313.思わぬ情報


 どうも、狩人になりすました工作員どもをサクッと処した勇者アレックスです。


 こいつら、あんまり大したことは知らなかった。バリバリ前線に出る実働部隊だから、余計な情報は渡されていなかったらしい。イクセル以外、誰がどこに潜伏しているかも全く知らない徹底ぶりだった。


 ここに潜んでいたのはこいつらで全部らしく、討ち漏らしはないようで一安心。


 ……本来、イクセルのように、重要な情報をいくつも取り扱う工作員の方が珍しいんだろうな。ぶっこ抜かれたときのダメージもデカいし。そんな奴を狙い撃ちにできたのは他でもない、ヴィロッサのおかげだ……


 感謝――なのかな。この気持ちは。感謝でいいのかな……。


「アレクが無事で良かったです~」


 レイラは灰まみれな工作員たちの服を片付けている。


 とりあえず、偽ハントス以外の3名はサクッとアンデッド化して、日光に突っ込ませて灰にした。


「……こんなのが、同盟圏にはたくさんいるんですよね……」


 憂いのある表情で、ほぅ……と溜息をつくレイラ。


「そうだな。少なく見積もっても数百はいるはずだよ」


 俺が仕留めたのは、ヴィロッサを含めてたった6名に過ぎない。


「だけど、夜エルフにとっては数が減らされるだけでも辛いんだ。これは森エルフにも同じことが言えるけど――」


 出生率が低い上に成長も遅いので、戦力が削られると補充がきかない。


『しかも夜エルフ猟兵ならともかく、工作員なんて一部の精鋭だろうしね』


 バルバラが言う通り、この手のエリート育成には、それこそ数十年単位で時間がかかる。俺は、夜エルフたちの居住区を思い描いた――元気に走り回っていた、まだ闇に染まりきっていない夜エルフの子どもたち。


 彼ら彼女らが前線に出られるようになるのは、遠い未来の話だ。


「だから、治療枠の件でも必死になっていたわけですね……」


 レイラもうなずいている。


「人口の増減が種族的に死活問題だもんな」


 人族や獣人族の命が『軽い』って言いたいわけじゃないけど、長命種にとっては、『1名』の損失の重みが違うってことだ。


 ……いやでも、そうしてみると長命なクセに早熟な魔族のインチキぶりよ。


「ま、地道な積み重ねあるのみ、か」


 ひとりを10回仕留めれば10名、それを10セットこなせば100名だ。


 石碑に文字を刻み込むように、少しずつ着実に、取り返しのつかない被害を与えてやる……!


「それで、このあとはどうしよう」


 俺は、一応まだ灰には還さず残してある、偽ハントスの遺体を見下ろしながらつぶやいた。


 万が一、村人が訪ねてきたらヤベーので、「夜エルフを仕留めたぞ!」と言い訳ができるよう残しておいたんだが。


 禁忌の魔法と死霊術の手管――魂に耐え難い苦痛を与えたり、逆にとてもつない快楽を与えたり、意識を朦朧とさせたり――で情報は全て抜き出したので、こいつそのものにはもう用はない。


「本物のハントスさんのこと、皆さんに知らせるかどうか……ってことですか?」

「そうなんだよ。黙って去るにしては、現場も……この有様だし」

『血塗れじゃのぅ』


 血痕まみれのログハウスを見回すと、アンテが揶揄するように言った。


 剣を使うと、どうしてもなぁ。かといって、素手で完封する自信はなかったし。


「お掃除します?」


 こてん、と小首をかしげるレイラ。


『イクセルのときの方針に従うなら、証拠の隠滅だけしてさっさと去るべきだと思うけどね』


 霊体化して腕組みしたバルバラが、冷静に意見を述べる。


「ふむ。レイラとアンテはどう思う?」

「わたしは……ハントスさんが気の毒ですし、できれば村の人たちに弔って欲しくもありますけど、アレクの噂が諜報網に届く可能性があるのは危険だと思います。バルバラさんの言う通り、去った方がいいんじゃないかと」

『我も同意見じゃ』


 だいたい、みんな同じことを考えていたみたいだな。


 ここで村人たちに真実を知らせると、『夜エルフ工作員が勇者に討たれたらしい』という噂が周辺地域に広がることになる。連絡員イクセルを潰したこともあり、他の工作員たちが警戒して動き回ったら面倒だ。


 リリアナが夜エルフの諜報網についても注意喚起しただろうから、そろそろ森エルフの呼びかけで対策が始まっていてもおかしくないが――できるだけ諜報網を刺激しない方が、既存の情報が使えるので俺にとっては好ましい。


 いや、夜エルフ対策が始まること自体は歓迎なんだけどな。


「俺も同意見だ。これ以上の案はなさそうだし、おさらばしようか。レイラ、悪いけどこの家を焼き払ってくれ。そのあと隠蔽の魔法をかけて離脱する」

「はい」


 レイラがいそいそと服を脱ぎだし、俺は荷物を取りまとめる。さらに、偽ハントスも日光に突っ込ませて灰化。


 夜エルフたちが貯め込んでいた資金は、半分ほど持っていくことにした。残り半分は、村人たちのために残しておこう。


 遅かれ早かれ、この村からは狩人が消えていただろうが、俺がそれを早めてしまったことに違いはないのだから……。


「準備できました」


 レイラが竜の姿に戻り、俺は革ベルトで彼女に荷物をくくりつけていく。さらに、防音の結界を展開。


「――ガアアァァァッ!!」


 気持ち、控えめな咆哮とともに、レイラの口から放たれた光がログハウスを焼く。


 ……全てが灰燼に帰していく。『狩人の家が消失し、住民も謎の失踪を遂げた』という噂が周辺地域に流れるかもしれないが、ここの夜エルフどもを見るに、イクセルのような連絡員でもなければ、自分たち以外の工作員の情報を極端に持たない。


 狩人=偽ハントスとは、即座に結び付けられないはず。


 ――ハントスという存在は、ここに消えるのだ。


「…………」


 俺は、人知れず亡くなった、孤独な狩人の冥福を祈る。


 ……え、夜エルフどもの冥福?


 日光で魂ごと浄化されたから冥福もクソもねえよ。


「行こうか」

『――はい――』


 俺が隠蔽の魔法をかけると同時、レイラが翼を広げる。



 蒼天に立ち昇る火災の煙を吹き散らしながら、白竜は飛び立った――



          †††



 そのまま北上し、国境を越えた俺たちは、空からトリトス公国に入った。


 ……税金を払っていないので、不法入国だ。


『不法も無法も今さらじゃろ』


 まあそうなんだけどさー。


 人口密集地に降り立つと、さすがに隠蔽の魔法をかけていてもバレるので、人気のない森に着陸。


「勇者なんだ。久々の長期休暇でね」


 例によって休暇中の勇者を装い、街に入ろうとした――のだが。


 何やら、街の入口の検問所には、ピリピリとした空気が漂っていた。


「勇者か……」


 俺の手に輝く聖属性を見て、検問所に待機していたやつれ気味の神官が、気の毒そうな顔をする。


「……休暇中のところ大変申し訳ないんだが、緊急事態につき応援を要請したい」

「何かあったのか?」


 そう言われると、前世のさがで、思わず前のめりになってしまう。


「ああ。前線の街から届いた情報なんだが、実は――」



 声を潜めた神官は。



「――第7魔王子ジルバギアス=レイジュが、政争に敗れて国を追放され、同盟圏に潜伏しているらしい……!!」



 深刻な顔で、そう言った。



「な……」

「えっ……」

『はぁ?』

『なんじゃと?』


 思わず絶句する俺たち。


「驚くのは無理もない……」


 疲れたように首を振る神官。


「だが、前線の街にそんな内容のビラが撒かれたのは事実らしい。かく言う私もビラの実物を見せてもらったんだ。おかげで国中が大騒ぎだよ、とにかく怪しい奴は全部チェックしていこうという話になった……」


 ギリッ、と手を握りしめる神官。


「ひょっとしたら角を落としてでも、身を潜めてるかもしれないからな……デフテロス王国では散々暴れ回って、王都防衛戦では私の知人も亡くなった。できることなら仇を討ちたい――数日でいい、捜索に協力してくれないか?」

「……ああ、もちろんだ!!」


 俺は二つ返事で了承した。



 クソッ卑劣な魔王子め!



 いったいどこに隠れていやがる!!!!!

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