270.要注意人物


 道中、特筆すべきこともなく、俺は無事魔王城にたどり着いた。


 到着したのは正午過ぎ、魔族にとっては真夜中だ。


「成長期なんですから、もっと規則正しく生活してください!」


 などとソフィアにお小言を言われつつ、軽食を摂り、ひと風呂浴びて、ベッドに潜り込んで仮眠。


 そして夕方、再び目を覚まし、俺の魔王子ライフが始まるのだ……



 オーソドックスな貴族服に身を包み、俺は城の居住区を歩く。



 今日はとある人物から招待状を受け取っていた。大公妃プラティフィアの縄張りを抜けて、有力氏族がひしめく領域へと足を伸ばす。


 一口に『居住区』と言っても、立地や環境によってそのランクは様々だ。最上部の魔王の『宮殿』が最高の立地で、続いて王族や魔王の妻たち、有力氏族など上位魔族に割り当てられた城の上部、闇竜王や獣人王といった他種族の有力者が住まう上層外縁部、木っ端氏族がまとめて振り分けられている中層~下層外縁部。


 そしてそのさらに外側、ほぼ地表にはドワーフ居住区および工房と、地下が好みな夜エルフたちのための居住区、そして監獄。風通しも日当たりも最悪で、湿気の多い城の内部は、使用人や下働きの獣人など最も身分が低い者たちの空間だ。


 この理屈で言うと、地下最奥部のアンデッドは環境最悪ってことになるんだが……アンデッドの宮殿は、意外と居心地がいい。エンマいわく、俺を迎えるにあたって、換気用のアンデッドが常に風車を動かしているのだとか。


 昔は知らないが、現在は城の内側の使用人区画よりよっぽどマシな住環境が整っている。


『いとも容易く環境を作り変えられる、技術力と応用力が脅威じゃのー』


 ホントそれな。そしてアンデッドを一切の躊躇なく、道具として運用できるエンマの精神性も恐ろしい。極めて厄介だ……どうにかして滅ぼせねえかな……


 そんなことをつらつら考えているうちに、赤色を基調としたやたらと派手なエリアに足を踏み入れる。待ち構えていた赤毛の魔族の案内で、俺は見晴らしのいい部屋へと通された。


「来たわね」


 俺を待ち受けていたのは、燃えるような赤髪の美女。鮮烈な赤のボン=デージ・スタイルを着こなし、脚を組んでソファに腰掛けている。



 第2魔王子ルビーフィア=リバレル。



 そう、ここはリバレル族の縄張りだ。アイオギアス派閥――というより、緑野郎に対する嫌がらせの一環として、俺はルビーフィア派閥にすり寄るような素振りを見せて、プレッシャーをかけようという心算だった。


 そしてルビーフィアも、それを理解した上で乗ってきている。俺との個別の会談でアイオギアスの先を越せたのが、嬉しくてたまらないらしい。


 アイオギアス派閥へのプレッシャーと嫌がらせという点で、俺たちが顔を合わせたこの瞬間に、目的は半ば達成されたようなもんだ。


「お招きいただき光栄ですよ、姉上」


 俺は敢えて少し慇懃無礼に、茶目っ気たっぷりに目礼する。力関係的にあまりへりくだるワケにはいかないし、かと言って対等に振る舞うとそれはそれで角が立つ。


 まあ、ルビーフィアは決して堅物ではないので、ちょっと冗談めかしたこれくらいの態度がベストだろう。


「ふふ。いいのよ」


 俺の思惑通り、にやりと笑ったルビーフィアは、爛々と目を輝かせて俺を値踏みするように見つめてくる。あわよくば、手駒のひとつとしたい――そんな思惑が透けて見えるようだ。


 俺は、そっと対面のソファに腰掛けた。


 こうして改めて相対すると――やはり、凄いな。


 まるで今にも噴火しそうな火山のように、強大な魔力が渦巻いている。


 ルビーフィアの爵位は大公、(魔王を除く)魔王国における最高位だ。しかも魔王の妻たち『大公妃』のように、『魔王の子を産んだ』という功績で特例的に1階級昇進し大公に叙せられたわけでもなく、純粋な武功のみでここまで駆け上った傑物。


 魔力に目を瞑れば、人族でいう二十代の美女といった容姿なのに、これで同盟圏でも恐れられている最上位魔族のひとりだってんだから、魔族はほんと見た目じゃわからねえよな。


 ――『火砕流』ルビーフィア。


 その二つ名は同盟圏にまで轟いている。彼女が侵攻した地は、火山の噴火に見舞われたかのように全て灰燼に帰し、焦土しか残らない。


 そんな彼女が何の悪魔と契約しているか。実は、それも知れ渡っている。


【放火の悪魔】フォーティアだ。


『暇さえあればそこかしこに火を付けて回る、はた迷惑な奴じゃ』


 アンテが忌々しげに言った。


『実は我が宮殿も、あやつに火を放たれたことがあっての。昼寝しておったせいで気づくのが遅れて、消し止めるのに苦労したわ……』


 …………小悪魔ソフィアにいたずらされたり、宮殿に火を放たれたり、昼寝してる間に何かしら起きてんなお前。


『大魔神たる我が不覚を取るとすれば、それこそ意識を失ったときくらいのものじゃからの』


 ちなみに悪魔は睡眠を必要としないので、昼寝はマジで暇潰し以外の何物でもないらしい。


 何はともあれ、【放火の悪魔】は、禁忌の大魔神の宮殿にまで火を放つようなイカれた奴で、名前から受ける印象とは裏腹にけっこうな力を持つ大悪魔のようだ。


『火を扱う魔族とは、それは相性が良かろうて』


 ふふふ、とアンテが笑みを漏らした。


 ルビーフィアの出身、リバレル族は炎属性を得意とする部族だ。



 もちろん、血統魔法も知れている。



 その名を【延焼呪】という。



 魔力を物体に込め、本来は燃えないものでも燃やすことができる魔法だ。


 たとえば石。たとえば鉄。はたまた灰さえも、魔力が尽きるまで燃え続ける。もちろん普通に水をかけても鎮火しない。水魔法をぶつけるなり、あるいは同程度の魔力で【延焼呪】を吹き飛ばすなりする必要がある。


 それを【放火の悪魔】と組み合わせると何が起きるか……想像に難くない。


 いや、ルビーフィアが大公にまでのし上がっている時点で、火を見るよりも明らかとでも言うべきか。


『【放火】の権能により、燃やせば燃やすほどに力を得られ。【延焼呪】により生半可な手段では消し止められず。そして魔法の行使を支える魔力は、【名乗り】によって強化可能……なかなか厄介じゃの』


 で済まされるかよ。俺はルビーフィアの前で、魔王子スマイルを歪めないよう苦労した。


 そう、ルビーフィアの手札はほぼ割れている。だが、割れても問題ないほどにシンプルかつ、強力なのだ。


 戦場において、ルビーフィアは周辺一帯を丸ごと火炎で満たし、目につくものを片っ端から焼き払っていくそうだ。


 仮に勇者や魔導師といった上級戦闘員が切り込んできても、炎熱と延焼呪対策を強いることができるため、迎撃は容易い。


 また、ルビーフィア自身も高い魔力を誇る一級の槍使いであり、白兵戦でも普通に手強い戦士だ。ルビーフィアは過去に何度か負傷した記録があるが、全て飛び道具による被害だった。


 そして、今のコイツが身にまとうボン=デージ――極めて強力な矢避けの加護が込められていると見て、まず間違いない。


 攻防一体の炎熱に、際限なく被害を拡大させる放火の権能。一兵残らず敵軍を平らげ、全てを自らの戦功と力に変える――実に強欲なルビーフィアらしい戦闘スタイルだ。俺が戦うならどうする……?



「――随分と熱い眼差しを向けてくれるじゃない」



 と、ルビーフィアのからかい交じりの言葉に、俺はハッと我に返った。


「これは失礼。姉上の美貌につい見惚れていましたよ」


 俺が咄嗟にそう返すと、しかしルビーフィアは、これまでの強気な態度が嘘のように情けない顔で挙動不審になった。


「や、やめなさいよ、あんたまでダイアみたいなこと言うのは……」


 めっちゃソワソワしながら、窓や扉に注意を払っている。ちなみに今、部屋には俺とルビーフィアしかいない。


「その……、姉上に対して、そういう恋愛感情とかないんで……安心していただければと」


 自分で言っといてなんだけど、本来、弟が姉を安心させるためにかける言葉じゃあねえなコレ?


「そ、そう……ならいいんだけど……」


 かくいうルビーフィアも「なに言ってんのかしらねあたし……」と言わんばかりの遠い目をした。


「…………」


 沈黙。しまったな……出鼻をくじいてしまったな……


「ま、まあ、お茶でも飲みながら語らいましょう」


 気を取り直して、ローテーブルの茶器に手を伸ばすルビーフィア。


 ヒュバッ、と聞いたこともないような音を立てて指先から熱波がほとばしり、茶器の中身が一瞬で沸騰。ルビーフィア手ずから、熱々のお茶をカップに注いでくれた。


 火魔法の繊細な制御は見事の一言に尽きるし、寒い冬なら嬉しいんだけどさ熱々のお茶……


 夏なんスよね……今……


『まずはアイオギアスの方に行くべきじゃったかのぅ』


 うーん。氷菓子とかバンバン出してくれそうだよな……ちょっと後悔する俺をよそに、ルビーフィアは熱さも何のそので、グイグイお茶を飲んでいる。マナーなんてあってないようなワイルドな振る舞いだが、不思議と下品な感じがしないのは、蛮族ながらお姫様育ちゆえか。


 どこか初代魔王の気質を思わせる豪快な人物・ルビーフィアだが、ダイアギアスに押されると割とタジタジな雰囲気もあるし、実際あの兄貴、今回の戦でめっちゃ手柄立てて来そうだよな。爵位が並んだらどうするつもりなんだ?


 ……それとも、弟が本当に、自分を上回る覇気を、魔王に相応しい力を見せるならば、潔しとするのだろうか?



「で、実際、ダイア兄上のことは憎からず想ってるんじゃないですか?」



 何気なく俺が尋ねると、「んぶふゥ」とルビーフィアが鼻から茶を噴き出した。





――――――――――――――

※メリークリスマス! 並行連載しておりました『武装宣教師ヒカリノ』というサイコホラーが、本日完結しました。一度読めば記憶にこびりついて一生涯忘れられない読書体験になると思います! この機会にぜひお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願い致します!

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