271.第2魔王子


 ルビーフィアは慌ててハンカチで口元を拭い、キッと俺を睨んだ。


「――その話題は! もう流したでしょ! なんで蒸し返すのよ!」

「伊達や酔狂で聞いたわけじゃないですよ。単純に姉上の展望が知りたいんです」


 コイツなりの国家論というか、『魔王位』に対する考え方というか。


「ダイア兄上が王者として成り上がるなら、それはそれで潔しとするのかなぁ、と。ある意味で、敵対者と言ってもいい存在を配下に加えてるわけじゃないですか」


 俺の言葉に、ルビーフィアはきりりと眉をつり上げた。


「……言っとくけど、あたしはあたし自身が魔王になるつもりよ。たしかに、最近のダイアの伸びは著しいけどね、あいつの下剋上なんて許しはしないんだから」


 トントン、とソファの肘掛けを苛立たしげに指で叩きながら言う。


「それでもなぜ、あたしがダイアを配下にしたかって話だけど……答えは単純」


 そして、苦虫を数十匹まとめて頬張り噛み潰したような顔をするルビーフィア。


「あたしが配下として迎え入れなきゃ、向こうに流れると宣言されたからよ……王位継承戦における、あたしの助命嘆願を褒美としてアイオに従う、と……」

「……あー」


 味方に加えて貞操を狙われるか、敵に回して貞操を狙われるかの二択だったのか。


『究極の選択じゃのぅ……』


 気の毒に見えてきたわ。


「それならまだ……味方にするのがマシ……ですかね」

「……もちろん、それだけが理由じゃないけど……氏族の絡みとかもあるし……でも一因であることはたしかね。無視できない一因」


 ふう、と溜息をつくルビーフィア。


「兄上はなかなかにキレた御仁ですよね」

「ホントよ」

「しかも『魔王の配偶者』としては、悪くないのが厄介というか……」


 俺が指摘すると、ルビーフィアがげんなり顔になった。


 そうなのだ。腹違いの姉弟で何を……と思うかもしれないが、選択肢としてはアリなのだ。


 魔族は普通、特に有力な氏族は、同族とは結婚しない。子どもが産まれても同族間では血統魔法がひとつしか受け継がれないからだ。兄弟姉妹間の婚姻など論外。


 が。


「たしかに……氏族は違うけど……」


 ルビーフィアが、「むぅ」と口を引き結ぶ。


 魔王の子に限っては、その法則が当てはまらない。なぜなら俺たちは全員、魔王ゴルドギアス=オルギの子でありながら、別々の氏族出身となっているからだ。


 これには、初代魔王ラオウギアスが定めた法が関係している。諸国を放浪した経験から、単純な世襲制の王国は数代で腐敗し傾いていく可能性がある、とよく知っていた初代魔王は、魔王国においても魔王の一族を贔屓し続けるとロクなことにならないと考えた。


 そこで、『魔王の子は配偶者の氏族出身とする』と定め、子どもはすべて妻の一族に引き取らせるようにしたのだ。


 もちろん、初代魔王の出身ルイナ族はこの決定に猛反発したが、ラオウギアスの魔王パンチで黙らされた。


 魔王になるからには、自らの氏族ではなく、魔族という種族そのものを第一に考えよ、という初代魔王の思想が色濃く反映された法と言えるだろう。



 で。



 俺たち、魔王子の出身が別々ということは、つまり俺たちの間で子が生まれれば、問題なくふたつの血統魔法が受け継がれるということでもあり。


 ルビーフィアが初の女魔王として君臨するつもりならば、王配選びもかなり難しくなるところ、ダイアギアスはある意味で後腐れのない相手でもある。


「ですよね?」


 という旨のことを改めて確認すると、ルビーフィアはじっとりと目を細めた。


「何……? 何なの? あんたダイアの回し者なの?」

「いえ、別に。仲が良いことは否定しませんが……」


 他魔王子比。


「ただ魔王たらんとするならば、無視できない問題でもあるでしょう? とりあえず姉上が、ご自身で魔王になる気満々であることは伝わってきましたが」

「そりゃそうよ、そのために生きてるんだから」


 ふんす、とルビーフィアは腕を組んで鼻を鳴らした。しかしボン=デージってのはなかなかスゴイよな……すっかり慣れてるし……俺もコイツも。


「魔王になるのが目的なのはいいとして、仮になったら、どうするつもりなんです。国の方針はどのようにお考えなんですか、姉上は」


 玉座に座れれば満足、ってタチでもねえだろ?


「アイオ兄上とは、まだ腹を割って話したことはありませんが……どのような方針で国を運営していくつもりなのか、大まかには伝わってきます。ですが姉上のそれは、見えない。いったいどのような未来を思い描いているのか……」


 俺の問いに、ルビーフィアはニヤリと笑った。



「――より強い魔王国」



 答えは、端的に。


「あたしが魔王になったら、同盟圏へ攻め込んで一気呵成に征服するわ。父上みたいにのんびりやるのは趣味じゃないの」


 俺は唖然とした。いや、趣味てお前……


「もちろん、初代様の本は読んだわ。読んだけどね」


 足を組み替えながら、ルビーフィアはソファの肘掛けに頬杖を突く。


「魔族の闘争心を外に向けろ、ってのは指針としては正しいと思うわ。でも、それって『目的地までわざとゆっくり歩いていけ』という意味ではないと思うの。そういうのは。闘争こそがあたしたちの誉れではなかったの? 仮に大陸を統一した果てに、血みどろの争いが待ち受けているというのなら、存分に争えばいいのよ」


 ふふっ、とまるで少女のようにあどけなく笑う。


「――あたしたちは、そういう種族なんだから」


 ……リバレル族は勇ましく血気盛ん、とは聞いていたが、ちょっと違うな。


 勇ましいは勇ましいでも、蛮勇だこりゃ。


「それに、魔王の槍がある限り、たとえどんなに身内争いで消耗しようとも、魔族は滅びない。初代様が建国記を執筆された時代とは、単純に魔族の頭数が違うのよ。仮に他種族が反旗を翻したところで、魔族を一瞬にして殺し尽くすのは不可能。叛乱が起きたら、喧嘩は一時取りやめて、仲良く制圧すればいい」


 傲岸不遜な表情で、ルビーフィアは俺を見下ろした。


「そういう意味では、あんたの『叛乱を許容する』自治区の構想は評価しているわ。あんたは意図して、あたしは自然に、そうなればいいと思っていた」


 …………。


 コイツの思い描く魔王国の未来は、ただの虚無だ。


 だが、俺がそう感じるのは、闘争を『悪』と考えているからで、ルビーフィアは逆に、闘争を『善いもの』とみなしている。



 根本的に、相容れない。



 やっぱ滅ぼすしかねえな。いや、どんな未来を思い描いていようが、俺とは9割9分9厘、相容れないことはわかりきっていたんだが。


「要は、この大陸という遊技盤で楽しく遊ぼうという話ですね」

「あら、そんなお行儀のいい話じゃないわ。ただ自然であれ、ってことよ」


 呆れたような俺の物言いに、ルビーフィアはただ泰然と笑う。


「どう? あんたも、覇業の行末を見届けてみない?」


 ルビーフィアは、俺の答えなどわかりきっているだろうに、敢えて聞いていた。



 なので、俺も敢えて愛想良く笑って答える。



みますよ、姉上」



 ……まあ、答えるまでもなく、わかりきってるんだろうけどな。



 お互いに。

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