40.冴えた方法
どうも、数少ない前世の顔見知りをさらに苦しめるため、新手の拷問法を考案してくれと頼まれたジルバギアスです。
どうして……どうして、何の因果で、こんな目に遭わなきゃいけないんだ。
俺も、リリアナも。
『数奇な巡り合わせが過ぎるのぅ』
呑気なこと言ってる場合かよ!!
シダールも、ヴィーネも、心なしかワクワクとした面持ちで、ジッと俺の様子を窺っている。
冷たい牢獄には、宙吊りにされたリリアナの潰れたような呼吸音が響くのみ。
彼女の生殺与奪は、今や、俺の手の中にある。斬新な拷問を試すフリをして、彼女を苦しみから解放することも――つまり殺すことも――容易かもしれない。
だが、本当にそれしかないのか?
それ以外には、何も手がないのか?
他にどうしようもないなら仕方がない。人族の戦士たちを手にかけたように。転置呪の身代わりに人々を死なせたように。
だが、もし、他にやりようがあるのに死なせてしまったら、俺は一生後悔するぞ。
今回は、今までと違う。殺したり死なせたりすることを強制されたわけじゃない。
俺だ。俺自身の決断が、彼女の運命を変えるんだ。
考えろ。考えろ。考えろ。
「……仮に、だが」
唇を湿らせて、俺は口を開いた。
「特に冴えた方法は思いつかなかったら、どうする?」
時間稼ぎの言葉。
「特に何も。このまま現状維持でしょうな」
落胆したふうもなく、そのままの笑顔でシダールは首を振る。
「ただ、まあ……この女の研究は続けることになるでしょう」
「研究?」
「ええ。我々も、ただ苦しむ様を眺めて、楽しんでいただけではないのです。この女の利用法も常に模索し続けて参りました」
たとえばこの血の力です、とシダールは床の血溜まりを指差す。
「凄まじい再生力をもたらす、強い光の魔力。我ら闇の輩には、むしろ毒になり得るものです。ナイトエルフなどは、触れただけで肌がただれてしまうほど」
革の手袋をヒラヒラさせるシダール。
「なるほど、そのための手袋か」
「ええ。拷問する際も、仮面や防護服を着用して、返り血などにも細心の注意を払う必要がありました」
そこまでして……。
「ですが、この血の効用は、魔法や呪いというよりも奇跡に近いものです。つまり、聖女の意志いかんで、『副作用』抜きに我らにも適用できるかもしれない」
シダールは爛々と輝く目でリリアナを見つめる。
「――そこで我々は、聖女の【支配】を試みました」
【支配】――あるいは【洗脳】。ナイトエルフのお家芸だ。薬物や魔法を駆使して、対象の意志を捻じ曲げ、何でも言うことを聞く傀儡に仕立て上げる――
だが、人族や獣人族みたいに魔力が弱い相手ならともかく、ハイエルフともなればそう簡単にはいかないだろう。
「度重なる責め苦で、心は完全に折れました。ですが、魂さえも屈服させて、奇跡を我らに適用するまでには、あと一歩及びません」
口惜しげに顔を歪める。
「薬物で一時的に従えても、光の魔力は我らを傷つけました。かといって意識を失わせても、この血は毒であり続ける――」
歯噛みするシダールを、俺は冷めた目で見ていた。
当たり前だ。彼女の癒やしの力は、『仲間』にしか適用されないんだ。どんなに心が折れようが、薬物で意志を捻じ曲げようが、地獄の責め苦を与えてくる連中を仲間だなんて認められるはずがない。
「最近では、頭を割って、中身を作り変えればいいのではという案もありましてな。どうせ再生しますし、中身を削り取れば記憶を書き換えられるのではないかと――」
おぞましいことを言い出した。
「ただ、そこまでするとさすがに死ぬかもしれませんし、思考が変質して『聖女』でなくなってしまう可能性もあることから、最後の手段ですね」
……いずれにせよ、リリアナの未来は明るくないということだけは、確実だ。
「そうか、しかし納得した」
吐き気を押し殺しながら、俺は何でもないふうを装って口を開いた。
「だからお前たちが直接、この女を陵辱してはいないんだな」
先ほど聞いた拷問列伝にも、その内容だけはなかった。全部ゴブリンとかそういうの任せで。
「とんでもない! たとえ光の毒がなくとも、それは御免被りたいですな」
オエッと吐き気を堪えるような顔で、シダールが首を振る。
「血を治療用に研究することでさえ、一族の中から反対意見が出るほどです。聖女を陵辱? ――おぞましい! そんなもの、犬と寝た方がマシです……想像しただけでイチモツが腐り落ちそうだ」
ヘラヘラした笑顔さえ剥がれ落ちて、嫌悪感をあらわにするシダール。あっ、そういう価値観なんだ……
「なる、ほど――」
俺はしばし考えた。
「――俺は、正直なところ、けっこうコイツが気に入ったぞ」
えっ、とシダールとヴィーネが間の抜けた声を上げた。構わず言葉を続ける。
「シダールも聞いてはいると思うが……俺は最近、体が急に成長してな」
「え、ええ……聞き及んでおります……」
「本来なら5歳児なのだが、近頃は
俺は、自らの表情筋が許す限りの下衆っぽい顔を作って、リリアナに舐めるような視線を向けた。……苦しむ彼女の姿が目に入って、途端に萎えそうになったが、踏ん張る。
今の俺は――ダイアギアスだ。色欲狂いのダイアギアスなんだ!
「そして、そのぶつける先がなくて、困り果てていたわけだ……それで、シダール。相談なんだが」
「ま、まさか……」
「そのまさかだ。もちろん、俺が
シダールはドン引きしたような顔を見せたが、すぐに愛想笑いで取り繕った。
「も、もちろん構いませんが……」
「……いけませんよ! そんなの! 殿下の、は、初めてが……こんな形で! 奥方様に顔向けできません!!」
ヴィーネが悲鳴のような声で割って入る。チッ、余計な真似を!
「ヴィーネ。母上にはもちろん秘密だ」
「しかし――」
「俺がナニをヤるかは俺が決める。それとも何か? どの女を抱くかまで、いちいち母上に許可を取れとでも言うつもりか?」
俺がわずかに怒気を滲ませると、ヴィーネは青い顔をして「いえ……」と引き下がった。そうだよな。こんな問題、突っ込みづらいよなぁ。そしてこんなしょーもないことで俺のひんしゅくを買いたくはなかろう。
「まあ、そういうわけで、だ……さすがに、俺もな。人目があると……こう、わかるだろう?」
思春期特有の、そういう欲求と体裁が入り混じったような表情を意識しながら、俺が意味深な目を向けると、シダールは色々と後悔してそうな顔をしていた。
「お言葉ですが……殿下、その……こう見えて、その女はなかなか危険な存在でもありまして……」
俺は無言で、床に垂れたリリアナの血を指ですくった。
しゅわしゅわする。光の魔力だな。
「俺の魔法抵抗をナメるなよ」
「い、いえ、それだけでなく……万が一、縄が緩むなりして意識を取り戻せば、殿下を傷つける可能性すらございます。その、
しどろもどろに言い募るシダールを見つめながら、俺はムスッと不機嫌そうに顔を歪めてみせた。もちろん、笑い出すのを我慢するためだ。
……アンテ、出てきてくれ。さっきからずっと笑ってるだろ。
『んん? 特等席から見ておきたかったんじゃがの』
ふわりと褐色の魔神が俺の横に降り立つ。シダールが虚を突かれたように体を仰け反らせ、一歩下がった。
「問題ない。俺は独りじゃないからな」
「我に見られるのは構わんのか?」
「見るなと言ってもどーせ見るだろ。お前は気にするだけ無駄だ」
俺はもうヤる気満々だぜ、とばかりにベルトに手をかけながら、困り果てたナイトエルフたちを見据える。「ところで、お前らはいつまでそこにいるんだ?」と目に圧を込めて。
「……外で待機いたします。何かあれば大声を上げてください、すぐに駆けつけますので……」
どうしてこうなった、とばかりに肩を落としながら、不承不承シダールは頷いた。ヴィーネは白目を剥きそうになっている。俺の貞操がよりによってハイエルフで失われてしまうのもアレだが、もし
「なあに、心配するな。でもあまり待たせたら悪いな、長く楽しむかもしれん」
すごすごと部屋を去っていくふたりの背中に声をかける。
「……殿下! いいですか! くれぐれも、首の縄を緩めてはなりませんよ! 絶対緩めないでくださいよ!」
シダールは必死の形相で最後にそう言い残し、苦虫を千匹噛み潰したような表情で鉄の扉を閉めた。
「…………」
アンテが無言で俺の中に飛び込んできた。
『――ふふふふあはははははははっ、はーっはっはっはは! ひーっ、ふふふ……はははははっ、フフー! ははひっひい、うぅっ、げほっ、ゲホッ』
引きつけを起こすほど大爆笑している。
俺も、残虐な夜エルフどもに一矢報いた気分だったが、それも吊り下げられた無残なリリアナを、再び目にするまでだった。
どうにかして、邪魔者は追い出せたが。
『……どうするつもりじゃ』
アンテが静かに問う。
『あ、お主が望むなら、我も部屋の隅に待機して、目と耳を塞いでやってもいいが』
しねえよバカタレ!
『凄まじい力が稼げるであろうことは、禁忌の魔神として伝えておく』
……しねえよ、ばーか。
シダールの話を聞いていて、妙案は思いついた。
だが――それには当然リスクが伴う。
俺は、決断しなければならなかった。
ひと思いにリリアナにとどめを刺すか。
それとも、リスクを――俺の正体が露見するリスクを取ってでも。
彼女を救い出すか、否かを。
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