4.殺意を秘めし幼児


 どうも、魔王軍へのドス黒い殺意を秘めし2歳児、ジルバギアスです。


 生まれ変わって2年が経った。


 赤ちゃん時代はバブバブ言ってるだけで誤魔化せたが、喋れるようになってからは大変だった。


 うっかり魔族らしくない言動を取ってしまい、怪しまれて正体がバレたら一大事だからな。周りを観察しながら、頑張って魔族らしい立ち居振る舞いを心がけつつ、俺はどうにか日々をやり過ごしている。


 さて、この2年で、俺の体は成長した。……びっくりするくらい成長した。具体的には人間の5歳児くらいの体格だ。軽く走ったり跳ねたりもできる。話によると魔族は成長が早く、15歳で肉体がほぼ完成するらしい。


 魔族さぁ……長命なくせに早熟なのズルくない? エルフとかクッソ長生きな代わりに成長も遅いんだぜ? 少しは見習えよ……


 ただ、俺の場合は、周囲の者たちが成長の速さに驚いていたので、魔族の中でも特に早熟なのかもしれない。


『早く一人前になって魔王をブッ殺したい』という俺の強い願いが、体の成長を加速させている可能性がある。これは魔族に限った話じゃないが、『魔力が強い存在』は、ただ念じたり言葉にしたりするだけで現実を歪めてしまう。


 そして今の俺は、エルフに次いで魔力が強いとされる魔族だ。普通の赤子は、俺みたいにハッキリとした自我を持ってないから、こんなことは起きないんだろうが。


 ま、1日でも早く魔王を倒せるようになるなら、大歓迎だ。


 赤ちゃん状態でやることがなかったから、ひたすら瞑想していた甲斐があったってもんよ……!



 そして、乳母の手を離れた俺には、新たに教育係がつけられていた。



「お坊ちゃま! 今日こそ、ごはんのあとはお勉強ですよ!」


 それがコイツ、俺を起こしに来た少女――の姿をした"悪魔"だ。


 ぴったりとした黒と赤の執事服。額からニョキッと突き出した2本の角。顔立ちは大人しそうだが、人畜無害と呼ぶには尖すぎる八重歯。申し訳程度に背中から生やした、コウモリともドラゴンともしれぬ翼でフワフワと浮いている。トレードマークはやたらと目が大きく見える片眼鏡だ。


 名前を『ソフィア』という。本人曰く知識を司る中級悪魔らしい。知識を得ることで成長し、位階も高まっていくのだとか――その性質上、歩く辞書のような知識量を誇り、教育係としてはうってつけというわけだ。


 この肉体ジルバギアスの母親と契約しているソフィアは、まさしく悪魔的な執拗さで俺を勉強机に向かわせようとしてくる。


「深淵なる叡智がお坊ちゃまを待ってます! さあ読み書き計算を始めましょう!」

「イヤだ! 今日はお城を探検する!」


 俺は魔族らしい傲慢さで、断固として拒否した。


「『今日は』って、毎日探検ばっかりじゃないですか!」

「勉強はキライだ」


 俺は不機嫌を隠さない。もともと前世からじっと机に向かっていられないタチで、暇さえあれば駆けずり回っていた俺だ。"勇者"だなんて呼ばれていても、本質的には強い兵士だから、最低限の読み書きさえできれば問題なかったしな。


 勉強に時間を割くよりも、魔王城の構造を調べる方が有意義ってもんだ。どこかに抜け道とかないかな。


「魔王になるには、ただ強いだけじゃなくて、頭も良くないとダメなんですよ!」


 ソフィアはそう言って発破をかけようとするが、別に俺は魔王になりたいわけじゃなく、魔王をぶっ殺したいだけだし……


「ん~、どうしたらいいんでしょう……たしか魔族は、『やれと言われたらやりたくなくなる』んでしたか……」


 額を押さえてブツブツ言っていたソフィアは、


「じゃあお坊ちゃま、運動してください! 運動しまくるのです!」

「よし、それならお城を探検だ!」

「やっぱりダメじゃないですか!」


 俺が嬉々として言い切ると、ソフィアは頭を抱えた。


 残念だったな。向学心皆無の俺と、知識の悪魔は死ぬほど相性が悪いぜ……!


「……はぁ。仕方ありません、とりあえずお食事にしましょう……」


 ソフィアがぱちんと指を鳴らすと、使用人たちがワゴンを押して入ってきた。夜エルフ、獣人、小悪魔などと種族がごちゃまぜなメンツだ。


 悪魔は契約に縛られていて裏切ることがなく、夜エルフ・獣人は選りすぐられた忠誠心の高い連中らしい。一応、俺の護衛にくかべも兼ねているとか。


 ベッド横のテーブルに、手早く目覚めの食事が用意される。


『目覚めの食事』――人間からすれば馴染みのない言葉だろう。要は朝食だが、俺は魔族、つまり闇の輩で、だいたい朝方に寝て、昼過ぎ~夕方に起床する夜行性だ。


 つまり寝起きの食事が『朝食』ではなく、人間で言うところの『昼食』or『夕食』になってしまい、元人間としては非常にややこしい。


 アンデッドや吸血鬼と違って、魔族は日光を浴びても平気なんだけどな。やっぱり夜に活動して昼間は休んだ方が体調がいい。窓に目を向ければ、日が傾いて茜色に染まる空が見えた。


 使用人たちでわかるように、働いている者も夜型種族が多く、魔王城は夜を中心に回っているというわけだ……



 それでも爽やかな朝日と朝食を懐かしみながら、俺は『夕食』を口に運ぶ。



 おっ、今日はチキンのもも肉のローストか。香草も添えてあっていい感じだ。パンもふっくら焼き上がっているし、デザートの果物の盛り合わせにはハチミツまでかかっていた。


 なんという贅沢。こんな人類が大変なときに、と罪悪感も抱くが、俺が食べなきゃ他の魔族の腹に収まるだけだ。


 俺が他の魔族の分まで食べて、魔王を倒す糧としてやる……!!


「お坊ちゃまはよく食べますねえ」


 毎度のことながら、俺の食いっぷりにソフィアが感心しつつ呆れている。俺が親の仇のように食いまくるので、量はいつも多めだ。どっちかというと親が仇なんだが。


「……今日は、母上は?」

「奥方様は、急用で領地の視察へ向かわれました」


 いつもは母の部屋で食事を摂るのだが、自室ご飯になったのはそういうわけか。


 まあ顔を合わせたら勉強しろ勉強しろとうるさいので助かる。……お前ら魔族って『力こそ全て』が信条じゃなかったのかよ!? 運動に関しては、十分すぎるほど体を動かしてるから文句言われたことないけど。


「『魔王になるため、ちゃんと精進なさい』と言伝を預かっております」


 ソフィアが皮肉っぽく付け足したが、俺は聞こえないふりをした。



 さて、腹も膨れたし魔王城の探検と洒落込むか。



「お坊ちゃま、たしかに運動は大切ですけど、せっかく頭が柔らかいんですから今のうちに――」


 口うるさい悪魔が後ろから色々言ってくるが、無視だ無視!!


 ――きっとソフィアは、俺がただの腕白坊主だと思ってるんだろうな。


 擬態としては我ながら完璧だ。


 謎に包まれた魔族の生態や魔王城に関しての情報は、いくらあっても損はしない。俺は独力で魔王を倒すつもりだが、場合によっては、汎人類同盟にどうにかして情報を渡せないかとも考えている。


 まあ、俺の立場で汎人類同盟と接触するのがまず難しいわけだが。その方法も考えないといけない。


 いずれにせよ、もっと自由に動けるようになるまで、待つ必要はあるな。


 あと何年かかるかわからないが……頼むぞ、人類。


 頼むから、それまで持ちこたえてくれよ。



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