544.第2防衛線
アダマスは現在、赤熱して徐々に形を変え始めている段階だ。
「どんだけ頑固なんだよコイツァァァッッ!!」
半ばブチギレながらハンマーで叩きまくるアインツ。
「お前にそっくりだなぁアインツ!!」
轟々と燃え盛る炉の炎に負けないよう、俺は怒鳴るようにして茶々を入れた。
「うるせえ誰のせいでこんなふうに仕上がったと思ってやがるッ!!」
ギロッと睨まれた。ハンマーを握ってなけりゃゲンコツも飛んできただろうな!
にしても暑い。とにかく暑い! アインツはもちろんのこと、隣で聖属性混じりの闇の魔力を延々と練り込んでいる俺も額から玉のような汗を流している。
「……水! 水くれ!!」
かさかさになった唇をぺろりと舐めたアインツが叫ぶ。
「はいはい」
すぐにヘレーナが魔法で水を生み出し、コップに注いで麦わらのストローを差してアインツの口元に運んだ。
「助かる!」
ズゾゾゾゾーッとすごい勢いで水を吸い込みながら、目をかっ開いてハンマーを振るい続けるアインツ。ドワーフと森エルフは気が合わないことが多く、ヘレーナもツンケンした態度に見えたが、なんだかんだで甲斐甲斐しく補助してくれている。
ヘレーナってけっこう面倒見が良かったんだな……
俺にはものすンごい塩対応だから知らなかった……
いやまあ悪い人じゃないのはわかってたんだけどね……悪いヒトは俺なんで……
「くあ~っ生き返るぜ! さァて、いい子だからそろそろ目覚めろよアダマス!」
ガツーンガツーンとハンマーを通して、アダマスに魔力を注ぎ込むアインツ。
俺はちょくちょく休憩を取ってるけど、アインツはマジで不眠不休だ。食事もハンマーを振るいながら他の人に口元に運んでもらって済ませてるし、水分補給も同様。
ドワーフの鍛冶の魔法をハンマーに込めて、アダマスに『語りかけて』いる――時折、リリアナに生命力を吹き込んでもらっているとはいえ、まさに精神が肉体を超越した状態としか言えなかった。
打ち終わったら、筋肉痛でしばらく動けないんじゃねえかなアインツ。
『ぬぐぅぅ……!!』
そして感心する俺をよそに、相変わらずレキサー司教が苦しんでいる。
『……落ち着かないときは休眠しとくのも手ですよ、レキサーさん』
アーサーとボードゲームで暇を潰していたバルバラが、見かねたように言った。ちなみに、ゲームのコマはアーサーが物理的干渉力がある【
いやあ、絵面よ。銀色に光り輝くイケメンが、うっかりコマを切り裂いてしまわないよう、【エクスカリバー】の剣身を持って慎重に、柄の部分でコマを押してる……
俺が遺骨でチャチャッと腕だけアンデッドを組み上げるって手もあったんだが、どうやらあっちの方が魔力効率がいいらしいんでな……
『ぐぬぅ。しかし誰かが助けを求めているとき、ただ寝ているだけというのも……性に合わないというか……』
『その気持ちはとてもよくわかりますけど』
レキサー司教の答えに、渋い顔をするバルバラ。
他のヴァンパイアハンターたちも同じ心境なのだろう、気もそぞろでカーテンを閉じきった窓を見たり、うろうろと壁や天井を歩き回ったりしている。
――なぜ、レキサー司教をはじめヴァンパイアハンターたちの気が急いているかというと、オディゴスの権能により、新たな吸血鬼がフェレトリア国内に入ってきたことが判明しているからだ。
今この瞬間も、吸血鬼たちが後方へ浸透しつつあるかもしれない。吸血鬼狩りの専門家としては居ても立っても居られない状況。
しかし、アンデッドでもある彼らは、魂の器に溜め込んだ魔力が尽きたらあっさりと消滅してしまう(より正確に言うなら、聖属性による魂の『燃焼』が加速する)。
なんだかんだで――いつの間にか――かなりの上位アンデッドと化しているレキサー司教たちなら、俺の補給無しでも数週間くらいなら余裕で過ごせるだろうが、戦うとなると話が別だ。
特に雷魔法を連打する戦闘スタイルのレキサー司教は、補給がなければあっという間に力が涸れ果ててしまうはず。
それに加えて――
『オディゴスがいないと、効率的に対処できないですもんね』
ずい、とコマを【エクスカリバー】で動かしたアーサーが困ったように溜息をつく。息してないけど。
『そうなんだよな……』
『すっかり贅沢になっちまった』
『吸血鬼がどこにいるかなんてわかんないのが普通だったのに』
頭を抱えるヴァンパイアハンターたち。
現状、リリアナが俺やアインツの補助をしているし、今後はアダマスの素材として血も提供する予定だ。レキサー司教たちが独力で吸血鬼狩りに出かけても、最初に大まかな方向がわかるだけで、あとは自力で探さなきゃいけない。
しかも生前と違って
『この姿になって以来……自重はやめて、あるがままに、心の赴くままに過ごそうとしてきたが……それが
くっ、と歯を食い縛るレキサー司教。
アレか、聖霊化しても魂を摩耗させないコツ。
『生前の欲求に抗わず自然体で過ごすこと』――という、レキサー司教とアーサーの、当事者視点での予測か。
『――求めている! この
ビッタンバッタンとのたうち回るレキサー司教。その姿はまるで――いや、レキサー司教にこれは洒落にならない、やめとこ。
『仇敵の血に餓えた復讐鬼、さながら仇血鬼と言ったところかのぅ!!』
俺の中に戻っていたアンテが、『おっほほーぅ!!』とウッキウキで叫んだ。お前せっかく俺が打ち消した思考を……!! だいたい、血に飢えたケダモノと正当なる復讐者を一緒にしてんじゃねェ!
『フッフッフ、正当なる復讐者、か。まあ似た立場のお主としてはそういう言い方になるじゃろうなぁ……』
なんだよ、含みのある言い方しやがって――
と、そのとき、鍛冶場の外、アインツ邸の玄関の扉が開き、速歩きで近づいてくる足音が聞こえた。
「ただいま戻りましたぞ」
オーダジュが鍛冶場に入ってくる。数時間ほど前、その地位と貫禄を活かして街の中枢に情報収集に出かけていたのだ。
「非常にまずいことになっておるようです」
険しい表情、白髭に覆われた口元も引き結ばれている。
「ホーラック砦を陥落させた魔王軍は、その他のドワーフの防衛拠点は無視して、人族領と獣人族領に雪崩込んできた模様。オプスガルディア領に主戦力を置きつつ、テルガリウス領やプルゲスタ領にも同時侵攻しておるようです」
……そうか。
真っ先に砦を攻め落としていたから、今回はドワーフ王国軍と真正面から殴り合う方針なのかと思ったが、違ったらしい。
それとも、そう思わせておいて、各砦に鍛冶戦士団の戦力を振り分けさせるのが狙いだったのか……? でもそんなまどろっこしい戦術を取るか? それもサウロエ族とコルヴト族の連合なんていう主力級の軍団が。
「戦況は非常に苦しいとのこと。特に、敵の主力部隊の矢面に立ったオプスガルディア領主軍の被害は甚大で、具体的な被害は判明しておらぬようですが――」
一旦言葉を切るオーダジュ。苦しげな表情。
「――半数近くの部隊と連絡が取れないとのこと。剣の修道会の一部戦力が
俺たち――特に聖教会の関係者は沈痛な面持ちで押し黙った。
『死兵の殿、か……』
ヴァンパイアハンターの誰かがやるせなくつぶやく。剣の修道会といえば、数多の優れた剣士を輩出してきた、聖教会でも指折りの武闘派集団だ。おそらく、剣聖と勇者を含む部隊が死ぬ気で足止めしたのだろう。それがなければ、さらなる追撃で被害が拡大し、今ごろオプスガルディア領主軍は全滅していたかもしれない。
……ドワーフ王国は、ドワーフ族の領土(山城など)は堅固だが、平地の人族領・獣人族領は平和を享受してきたため、要塞化が不充分な傾向がある。
魔王国の侵攻に備えて築城や野戦陣地の構築は進められていたものの、魔王軍の主力を受け止めるには足りなかったか……
「幸か不幸か、敵主力の侵攻速度は遅く、撤退にはそれほど苦労しなかったとか。潰走状態にあった部隊が合流できたのもそのお陰でしょう。ただ、そのぶん戦闘においては本当に手がつけられず、負傷兵いわく『蟻が巨人の歩みを止めようとしていた』ようなものだったとか……」
「敵はサウロエ族とコルヴト族ですからね」
俺は魔王国の顔見知りを思い浮かべながらうなずいた。ふたりの姉……スピネズィアにトパーズィア……
「サウロエ族は強力な半球状の結界を展開しながら、コルヴト族は石壁をその場で生成しながら侵攻します。両者ともに魔族の中では鉄壁の防御を誇る部族です」
歩みは遅いが、止まらない。半端な軍では、真正面からぶつかりあうと地力の差ですり潰される羽目になるだろう。
が、『真正面からぶつかる』以外に戦いようがないのが問題だ。機動戦で翻弄する、というのが真っ先に思い浮かぶ対処法だが、たとえば魔王軍相手に騎馬なんて持ち出したところで、なぁ……
『カイザーン帝国軍の騎兵隊が、お主ひとりにあのザマじゃったからのぅ』
そうなんだよなぁ、上位魔族が【足萎え】の呪詛投げつけるだけで壊滅しちまう。騎馬一頭一頭にめちゃくちゃ上等な魔除けの加護が備わった馬鎧でも装備させたら話は別だろうけど――ドワーフのお膝元だから理論上不可能ではないけど、馬にそこまで力入れるなら人間の兵士に鎧をくれよって話になるし……
第一、機動力だけあっても、魔族の結界や石壁を破壊できる火力を投射できなければ意味がないもんな。
『ドワーフ鍛冶戦士を馬に乗せたらどうじゃ? 打撃力はあるじゃろ』
…………あいつら、足短くて乗馬できないんスよ。
『ああ……』
アンテにしては珍しく、茶化すでもなく、なんとも気まずそうな声を漏らした。自分もちんちくりんだからかな。
『不敬なッ』
ぬあああああスマン悪かった俺の中で暴れないでくれ!! 今はアダマスに聖銀呪で染めた闇の魔力を練り込んでんだ、制御誤ったら全身黒焦げになっちまう!
「爺や……その第2防衛線は、どれくらいもちそうなの」
と、ヘレーナな表情を曇らせて問う。
「正直なところ、予想がつかんのぅ……今日、明日は陥落することはないと思うが」
髭を撫でながら、考えを巡らせるオーダジュが答えた。
「悪魔兵や猫系獣人兵、ゴブリン、オーガからなる昼戦部隊が第2防衛線の手前で小競り合いを起こしているらしいが、肝心の主力の魔族ども今は交代で休息を取っているらしい。仮に動き出しても進軍は遅いからの、今晩から明朝にかけて第2防衛線まで辿り着いたとして、そこから本腰を入れて攻撃が始まると考えれば――」
俺は窓に目を向けた。カーテンの隙間から差し込む日差しは、徐々に茜色に変わりつつある。
また――夜が来ようとしている。
「――無策で攻撃を受け続ければ、明後日の朝には第2防衛線が突破されてしまう……やもしれん」
オーダジュが俺と、ハンマーを振るい続けるアインツに目を向けた。アダマスはいつ完成するのか、
アインツはアダマスを見つめたまま、一心不乱に手を動かしている。
しばし、誰もが沈黙した鍛冶場に、ハンマーの音だけが響き続けていた。
ずしんと腹の底が重くなるような感覚。わかっちゃいる、時間は有限だ。俺が今のこの盤面をひっくり返すには、相当に派手な戦術を取らざるを得なくて、そして……その条件は、悲しいことに徐々に整いつつある。
しかし、今アダマスを放り出すわけにもいかない。
真打ちの剣は、魔王戦の勝率を上げるためにどうしても必要だ。
とはいえ第2防衛線が突破されれば、この街、領都ガルディアまではさしたる障害物もない平野が広がっている。平野で会戦? 冗談じゃねえぞ、向こうは結界だの石壁だので即座に陣地を構築できるのに。魔王軍相手の攻城戦は避けたい……
でもこのまま待っているだけでは、気がついたら魔王軍に包囲されてるなんてことになりかねない……
がちゃん、と。
鍛冶場のドアが開いて、リリアナが入ってきた。
大きな、一抱えもあるような壺を抱えている。リリアナが歩くたびに、とぷん、とぷんと液体が揺れる音。
「――アレク、アインツ」
リリアナが俺たちのそばに、壺を置いた。僅かな鉄錆にも似た匂い。
「これ、私の血。とりあえず入るだけ入れておいたから」
――アダマスの材料として。その言葉に、アインツさえもふと顔を上げた。
……ああ。
リリアナの微笑みを見て、俺は察した。
エメルギアスとの戦いで自我を取り戻したあと。
魔王国を去る決断をしたときと、同じ顔をしていたから。
「行くのか」
俺の問いかけに、リリアナはうなずいた。
「ええ。導きを、救いを、希望を求めている人たちがいる――」
リリアナは静かに胸に手を当てて、そして――
胸元から、何の変哲もない杖が飛び出した。
リリアナの手に収まる。かつん、と鍛冶場の石の床を杖先が打つ。
オディゴスにもたれかかったリリアナは、精一杯、いたずらっぽく笑ってみせる。
「前線でちょっと……暴れてこようと思うの」
悪魔の力を身につけた『聖女』が。
再び、戦場に舞い戻る。
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