545.聖女の決断
※このライトノベルがすごい!2025、アンケートにご協力頂きありがとうございました~! 書籍の正式な発売日もいよいよ明日に迫っております! 新規キャラデザ発表もありますので、どうぞお楽しみに。
これからもWEB・書籍ともにお楽しみ頂けるよう、頑張ります!
(ぼちぼちジルくんの魔王国帰還に向けて巻いていきたいところです……!)
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リリアナは気丈に振る舞っていたが、それでもよく見ると、杖を握る手が細かく震えていた。指の関節が真っ白になるほど力がこもっている。
でも――それでも、行くんだろう。
「……ホントはね」
俺が、リリアナの強がりに気づいたことに、彼女もまた気づいたようだった。
「まだ怖いの」
強張った笑みを口の端に貼り付けたまま、リリアナはぽつりとつぶやいた。
「……でも、怖がってるのって、私だけじゃないでしょう? 怯えている人、痛みに苦しんでいる人、無理をしている人……今この瞬間にも命を落としている人だって、たくさんいる」
顔を上げたリリアナが、カーテンを閉め切った西の窓を見やる。
遠いようで近い、ここからは見えない戦場。
「私、今けっこう無理をしようとしてる」
言葉の割に、毅然とした、力強い口調でリリアナは言った。
「でも――その価値はあるわ。きっとね!」
明るく断じたリリアナは、「それに、ふたりには心置きなくアダマスを完成させてほしいし!」とお茶目にウィンクする。
……眩しかった。前世の勇者時代、前線で活躍していた、在りし日のリリアナを思い出す。無理をしてでも当時の在り方を取り戻そうとする、リリアナの心意気がただただ胸に沁みた。
「……ありがとう。俺も可能な限り早く向かうから」
アダマスを完成させて。
彼女ひとりに無理をさせるつもりは、ない。
「な! アインツ?」
「…………」
「何とか言えよオイ!」
俺が顔を覗き込むと、気まずそうにそっぽを向くアインツ。頼むぞ!? ホントに間に合うんだろうな!?
「それで――アレクたちの怪我とか病気とか、万が一のことがあると不安だから」
リリアナが、オーダジュとヘレーナのふたりを交互に見る。
「ふたりのどちらかには、残ってほしいのだけど……」
申し訳無さそうに縮こまるリリアナ。オーダジュとヘレーナが見つめ合うが、視線がぶつかった瞬間に勝敗は決したように見えた。
「あーあー、わかりましたよ! 私が残るわ」
穏やかに微笑むオーダジュを前に、ヘレーナがふてくされたように言い、どっかと椅子に腰を下ろした。
「…………だって爺やには、弓でも魔法でも敵わないもの」
――だから、前線についていくなら自分よりオーダジュが相応しい。
サンダルを履いたヘレーナの爪先に、ぎゅっと力が入っている。消え入るような小さな声。しかしそこには悔しさと寂しさが滲み出ていた。「ヘレーナ」と駆け寄ったリリアナが、ぎゅっとその体を抱きしめる。
「ごめんなさい。いつも勝手で」
「……ホントよ」
抱きしめ返すヘレーナ。顔立ちはあまり似ていないけど、なんだか姉妹のようだった。やんちゃな妹に振り回され、苦労している世話焼きの姉……
「放っておいたら、魔王城にだって殴り込みに行っちゃうんだから、あなたは」
ジロッ、と俺を睨むヘレーナ。……魔王城強襲作戦、か。
「もうイヤよ。あんな思いは」
「大丈夫、今度はちゃんと――」
体を離したリリアナが、にっこりと笑った。
「ヘレーナとアレクが来るまで、前線を支えておくわ!!」
「…………」
そういうところよ、と言わんばかりに呆れ顔で溜息をつくヘレーナ。
「まあヘレーナよ、今回はワシもついておるからの。逃げる場所もあるし、いざとなれば姫様の首根っこを掴んででも下がらせるから、安心なさい」
「はぁい……爺やもホント…………その、頑張って」
「うむ…………」
遠い目になる森エルフたちだった。
「じゃ、そういうことで、行ってくるわ! またあとでね、アレク! みんな! アインツも真打ち頑張って~~~!」
「いやぁ戦場か、話には聞いていたが初めてだ! いったいどれだけ迷い人がいるのか、どれだけ導けるのか楽しみでならな――」
ウッキウキでクネクネするオディゴスを手に、リリアナがピューッと走って鍛冶場を出ていく。
「ああッ姫様お待ちくだされ! 言ったそばから~~~!!」
オーダジュが慌てて追いかけようとするも――ふと、足を止めて振り返る。
「アインツ殿」
「……おう」
「貴殿の真打ち――完成が楽しみでなりません。貴殿は素晴らしい鍛冶師だ。どうか……火と土の精霊の導きがあらんことを」
オーダジュの言葉に、アインツがフッと髭もじゃの頬をほころばせた。
「ありがとうよ。すげえもんを見せてやるぜ、楽しみにしててくれ」
ハンマーを振るう手は止めずに、ほんの一瞬だけ、振り返ってアインツが言う。重々しくうなずくオーダジュ。
「では……御免!」
それだけを言い残し、リリアナを追って去っていった。
オーダジュ……ああ見えて魔法の武具マニアだからな。アインツの真打ちが楽しみで仕方ないんだろう。
『…………』
どうした、アンテ?
『いや……そうじゃな』
アンテが、フフッと小さく笑った。
『楽しみじゃな、完成が』
†††
足早に屋敷を出たオーダジュは、玄関前でリリアナが待っているのを見て、ホッと胸を撫で下ろした。
「てっきり置いていかれたかと思いましたぞ」
「流石にあの流れで先行はしないわよ」
苦笑するリリアナ。
「行きましょう」
夕焼けに照らされた、領都ガルディアの石畳の道を行く。
家々の窓は固く閉ざされ、逃げ場のない、あるいはこの街に残ることを決めた住人たちの戦々恐々とした空気が、外にまで伝わってきていた。
通りを行き交うのは、各地から集まる汗だくの伝令や、硬い面持ちの兵士たちばかり。どこからどう見ても森エルフで、しっかりと夕陽を浴びているリリアナたちは見咎められることなく、そのまま街を出て前線へひた走った。
もう、アレクやレイラに気を遣う必要もない。風の精霊の加護と補助を受けたふたりは、騎馬の全力疾走に勝るとも劣らない速さで移動する。
「……姫様。精神的な無理と、身体的・戦術的な無理は違いますぞ」
ふわりふわりと風のように駆けながら、オーダジュが改めて忠告した。
「特に、今の姫様は普通の森エルフになりすましておいでだ」
人化の魔法を中途半端に行使して、並のエルフに擬態している。見た目だけではなく、魔力もハイエルフ形態から弱まっているし、おそらくは治癒力や身体能力も――
「決して、元のお姿のときのような無茶はされませぬよう。それとも――解きますか? その魔法を」
ハイエルフの姿で、暴れるか?
「…………」
しばし考えて、リリアナは首を振った。
「今、現役の
……
監獄に囚われていた7年間。魔王城だけでなく、魔王国各地の夜エルフが代わる代わる監獄を訪れ、リリアナを甚振るのには充分な時間だった。
「脱走した『聖女』が前線で暴れ回っている、と知れ渡ったら、彼が帰国したあと足を引っ張りかねないし」
険しい表情から一転、寂しげに目を細めながらリリアナは言う。
「それよりも、新たな『脅威』が出てきたと思わせた方がいいわよね」
だから、このままの姿で戦う。可能な限り。
「まあ、もっとも」
目深にかぶったフードに触れながら、リリアナは――
普段の彼女からは想像できないほど、冷淡な表情を見せた。
「今のこの顔を見た夜堕ちを――生きて帰すつもりはないけれど」
リリアナは癒やしの力を持っている。どんな傷でも病でも呪いでも治せる。
しかし前線でリリアナがどんなに頑張っても、傷つく人や呪われる人は一向に減らなかった。治療が間に合わないくらい、次から次に負傷者が現れるからだ。
では、そういった負傷者を減らすにはどうしたらいいか?
決まっている。
大元を断つ。
すなわち、人々を傷つける存在を排除する。
リリアナは、ただ優しいだけの癒し系のマスコットではないのだ。
だからこそ死を覚悟して魔王城にも殴り込んだわけで――
「前線は8年ぶりね……うまくやれるかしら」
ふわりと手のひらに浮かべた清浄なる光を――ぎゅっと握りしめるリリアナ。
この夜、闇の輩は思い出すことになるだろう。
日が暮れてもなお燦然と輝く、太陽の恐ろしさを。
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