143.祖母、母、孫
――ゴリラシアは、ドスロトス族の族長筋だったらしい。
40歳でレイジュ族に嫁入りして、プラティは80歳くらいのときの子だそうだ。
つまり今は180歳くらい。かなりピンピンしているというか、若い。ちょっと体つきが筋肉質で、目尻に小じわのあるプラティって感じだ。あとよく見たら、右頬に薄っすらと刀傷が残されている。
「いやァ、聞きしに勝るとはこのことだねェ!」
俺の隣をノシノシと歩きながら、ガッハッハと笑うゴリラシア。
「強い強いとは聞いていたけど、まさかここまでとは思わなかったよ! プラティも流石にこれほどじゃあなかった。なんだい? これが魔王陛下の血なのかねェ?」
ワハハワハハと俺の頭を撫で付けてくる。篭手の隙間に髪が挟まって痛えァ! にしても、重量級の鎧を身に着けているが、足取りは俺より軽やかだ。体幹が半端じゃねえぞコイツ。
「まさか、お
俺はさり気なく、撫でてくる手を振り払いながら、ゴリラシアを見上げて言った。ホント不意打ちすぎて驚いたわ。プラティから名前は聞いてたけど、全く面識はなかったからな。
聞きしに勝る――とはこっちの台詞だ。プラティの戦闘槍術はドスロトス族の影響がデカいって話だったが、ここまでパワフルなオカンだったとは。
プラティの蛮族っぷりって、もしかしてレイジュ族じゃなくてドスロトス族の気質なのか……?
『レイジュ族は、良くも悪くも小綺麗な印象じゃからのう』
ああ。里帰りしてつくづく思ったが、想像より文明的だったんだよなレイジュ族。……その、蛮族にしては。
対して、この婆さんは――なんというか、イメージ通りの蛮族風を吹かせている。
「お祖母様は、剣術の心得もおありなのですか」
「心得ってほどじゃないけどねェ。色んな武器を扱うのが趣味だから、見様見真似で振り回してるだけさ! 弓も格闘もやるよ!」
見様見真似であのクオリティかよ。てっきり誰かに師事したのかと思ったわ、魔族に剣術教える奇特なヤツが、ヴィロッサの他にいればの話だが。
「会いたかったといえば、そこのアンタ!」
と、まさに俺が思い浮かべていた夜エルフの剣聖に、声をかけるゴリラシア。
「見込み通り、凄まじい腕じゃないか! 惚れ惚れしたよ! あとでアタシとも手合わせしな、アタシは槍で、アンタは剣でね!」
「はっ。お望みとあれば……」
慇懃に一礼するヴィロッサ。もうこの流れは諦めたらしく、俺に視線で助けを求めてくることもなかった。
「あと、ジルバ。お祖母様だなんて、他人行儀じゃないか。アタシのことは、ゴリ
「ゴリ姐!?」
俺はゴリラシアを二度見した。いくら魔族で若く見えるからって、『姐さん』って歳じゃねえだろ!?
「なんだい? 言いたいことでも?」
ギロッと三白眼で見下ろしてくるゴリラシア。
「いえ、何もないっス、ゴリ姐様」
俺は即答した。ここでこの女と争っても何の意味もないからだ。『軟弱じゃのう、勇者としての意地はどうしたんじゃ!』うるせえぞ万単位ババァ!『なんじゃと!』うおッやめろ目を突くな目を……悪かったって……!!
「あっ、ワシのことはレゴリウスおじさんでいいぞ! 姉貴より歳下だけど、姉貴と違って歳なんて気にしねえからな!」
と、もうひとりの勇者役――ゴリラシアの弟らしい、レゴリウスとかいうおっさん魔族が自分の顔を指差しながら言った。
「うるさいねェ」
「ごぼァ!」
そしてその顔面に、ゴリラシアの裏拳が炸裂。ゴチンッと音を立てて吹っ飛ぶレゴリウスだったが、俺は見たぞ。裏拳が顔に当たる直前に、首元から黒い刃がニュッと生えて篭手を防ぐところを――
ドスロトス族の血統魔法、【
闇の魔力を硬質化させ、一時的に黒曜石のような鋭い刃を形成する魔法。あんな防御的な使い方もできるのか……
「アタシゃ聞き分けの良い子は好きだよ!」
何事もなかったかのように、そして俺の抵抗虚しく、わっしゃわっしゃと頭を撫でつけてくるゴリラシア。
「……このあたりは、母親には似なかったみたいだねェ」
ふと、皮肉な笑みを浮かべて、チクリとプラティを揶揄するようなことを言った。
「母上に育てられて、聞き分けが良くなる子なんていませんよ」
対して、プラティはただただうんざりしたような顔。
「とりあえず、母上にされて嫌だったことは、この子にはしないと決めてました。何をするにしても、ちゃんと順序立てて説明する! 自分の機嫌が悪くても八つ当たりはしない! 子どもであろうとちゃんと信用する! などなど」
プンスカして、心なしか足取りが荒いプラティさん。険悪……ってほどじゃねえがなんかギスギスした空気だぞ!
ゴリラシアは、バツが悪そうというか、ちょっと心外そうに唇を尖らせていた。
「仕方ないじゃないかねェ。ガキんちょに細かいこと言ったって、わかりゃしないんだから。幼い頃から習慣づけないと惰弱になっちまうものなんだよ」
「決めつけは母上の悪いクセです、現にジルバギアスは惰弱じゃありません!」
キッとゴリラシアを軽く睨むプラティ。
「それは母上もご存知の通り! 私の教育は間違ってなかった。だから今後とも、口出しは無用ですよ母上」
「んんぅ……わかったよ。そうツンケンしなさんなって」
鞘に収めた剣でトントンと肩を叩きながら、目をそらすゴリラシア。と、その視線がそのまま俺に移った。
「アンタは、母親には不満はないかい?」
「ありませんね」
俺は即答した。
「何をするにしてもきちんと説明してくれますし、逆に、俺が何をやりたがっても、筋道立てて説明すれば納得してくれます。母上はいつも俺を応援してくれてるんで、その……感謝してますよ。不満なんてありません」
それは――本心からの言葉でもあった。
「……そうかい、まあ強いからいいんだけどねェ。理屈っぽいところは、プラティにそっくりなようだねェ……」
残念そうに小さく溜息をつくゴリラシア。プラティを見やれば、珍しく、ある種の狐みたいなうんざり気味の半目になっていた。たぶん俺も似たような顔をしている。
もしもこの婆さんに育てられてたら、俺はいまだに、ただ魔王の首を獲ることしか考えてない猪武者のままだったかもしれねぇ……。
そんなこんなで、心温まる家族の交流をしながら山道を歩いていると、森の出口が見えてきた。
同時に、なんだか香ばしい、美味しそうな匂いも漂ってくる。
見れば、使用人たちが空き地でバーベキューの用意をしていた。楽しそうに串焼き肉を炙っているのはレイラで、傍らにはリリアナの姿も。
あ、レイラがこっちに気づいた。微笑みながら小さく手を振ってくる。俺も軽く手を挙げて応えた。
「……あれが、アンタの噂の彼女かい?」
半ばからかうような声で、ゴリラシアが囁いてくるが――
目が笑ってねぇ。完全に品定めしてんじゃん。
「ええ、ホワイトドラゴンの」
俺は【シンディカイオス】を撫で付けた。
「この鎧の
「……アンタもなかなか、肝が据わってるねェ……」
あまりにも平然とした俺の態度に、流石のゴリラシアもちょっと引き気味だった。へへん、どうだ参ったか。俺たちの心のつながりは、お前が思ってるようなシロモノじゃないぜ!
「さて、行軍訓練ご苦労。反省点はあるけれど、まずは食事にしましょう」
整列した俺たちを振り返って、プラティがそう言った。
「やった!」
「お腹ぺこぺこっスよ!」
「肉だー!」
鎧を脱ぎながら、三馬鹿が大喜びしている。
「あ、セイレー。あなたは別よ」
「え?」
が、プラティが無慈悲に宣告。
「あなたには特訓があるって言ったじゃない。食べる前にわたしと手合わせよ」
「え……え……」
セイレーナイトは、世界の終わりが訪れたような顔をしていた。
「別に、あなたが望むなら食後でもいいけど、
プラティは早くも魔法の槍を展開させて、臨戦態勢だった。プラティも食事より先に特訓に付き合おうってんだから、剛毅な話だよ。セイレーナイトは脂汗をダラダラ垂らしていた。
「あ、あの……奥方様……身に余る光栄ってか、お心遣いは嬉しいばかりなんスけど……その、俺、さっきの訓練で、槍が……!」
「わたしの予備をあげるわ。なかなか上等な槍だから大事になさい」
「アッ……ありがとござまいッス……うっわすっげぇ良い槍だァ……うわぁ……」
しずしずと使用人から上等な槍を手渡されて、感激しながら絶望を味わうセイレーナイト。
「それじゃあ始めましょう」
「あっ、ハイ……」
そうして、ふたりとも空き地の端っこに移動していく。
アルバーオーリルとオッケーナイトは、自分たちの槍と見比べて、ちょっとだけ羨ましそうな顔をしていたが、決して口には出さなかった。万が一聞かれたら巻き添えを食らうのが目に見えていたから……。
「よし、俺たちは一足先に飯にしようぜ」
固まっているふたりに、俺は声をかけてやる。
「……そっスね!」
「いやーお腹ぺこぺこですよ!」
ぐわあああというセイレーナイトの悲鳴は無視しつつ、俺たちは武装を解いてウキウキと皿を取りに走るのだった。
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