144.複雑な関係


「うおおおさっすが王族!」

「いい肉食べてますねぇ!」


 肉山盛りなバーベキューに、アルバーとオッケーが大はしゃぎしていた。プラティにボコられてるセイレーなんて、すっかり忘れちまったみたいだ。アイツの治療するの俺なんだけどな。


「わん! わん!」

「よーしよし、ほら、リリアナ。ご飯だぞ」


 俺はしっぽをフリフリしているリリアナの前に、焼き野菜のお皿を置いてあげる。地べたでそのままじゃ食べにくそうだから、毛皮のシートも敷いておいた。


 こんなふうに色々融通が利くのは、俺が王族だからだな! ワッハッハ。


 ……ホントいつもごめんなリリアナ、本当にごめん……。


「わふ、わふ!」


 口いっぱいに野菜を頬張って、耳をピコピコさせるリリアナに、やるせなさが湧き上がってくる。いつになったら、俺は彼女を解放してあげられるんだろう。


「はい、あなた」


 と、レイラが、俺にも皿を手渡してきた。


 塩コショウをまぶして焼いた各種肉の盛り合わせに、野菜に果物に……ワンプレートの宝島かよ。現金なもので、俺の腹が鳴り、「はやく栄養をよこせ!」とせっつき始めた。


「ありがとう、レイラ」

「はい」


 にっこりと微笑むレイラとともに、串焼き肉を頬張る。うん、美味しい。立ち食いってのもたまには乙なもんだな。



(――ちなみにこの間、周囲は少しばかり緊張していた。ふたりの関係が良好であることは知れ渡っていたが、それでも、ジルバギアスがファラヴギの鎧を装備し堂々と振る舞うのは初めてだったからだ。白竜の鎧を身にまといながらまるで気にするふうもないジルバギアス。そして自らの父を殺した男に、甲斐甲斐しく奉仕するレイラ。ふたりの関係性は、周囲の目には、ある種病的に映っていた。)



「うまい! 火加減が絶妙だな。全然くさみがない肉だし、そこに香辛料まで振ってあって……歩き通しだったから濃いめの味つけが染み渡るよ」

「ふふ。よかったです」


 舌鼓を打つ俺に、口元をほころばせるレイラ。モリモリ肉を噛み千切っていく俺と違って、レイラは一口が小さく上品な感じだ。とてもドラゴンには見えない。


「にしても、バーベキューですぐに食事にありつけるとは思ってなかった」


 肉類を腹に収めて一段落し、おかわりをもらいながら、俺はそう言った。腹はペコペコだったけど、屋敷に帰ってから飯だと考えてただけに、バーベキューの匂いがしてきたときは嬉しかったぜ。


 目の前でお預け食らって、ボコられてる奴も約1名いるけどな……。


『あのアルバーとオッケーとかいう連中、めちゃくちゃ幸せそうな顔で焼肉を満喫しておるの……』


 アンテが呆れたように言った。落差よ。


 まあアイツら、セイレーの遺体を持ち帰る設定で、ずっと石を載せた担架も運ばされてたから気持ちは理解できるんだよな……余計に腹減ってたんだろ。


「このバーベキューは、野戦料理を想定しているそうですよ」

「え、マジで」


 レイラの言葉に、俺は思わず皿を二度見してしまった。


 野戦料理!? このクオリティで!?


 ……いや、俺が王族ってこともあるし、息をするように魔法を使える魔力強者どもだから、前提が違うんだろうけどさ……


 それでも、俺たち同盟軍がしけったクラッカーをガジガジかじる間にも、魔族どもはこんな良いもんを食ってたのか……? そう考えると俺の内なる殺意が吹き出そうになってしまったが――


「…………」


 レイラが、そっと俺の腕に手を添えた。


 穏やかな、いたわるような視線に、ささくれ立った心が平穏を取り戻す。


「……ありがとう」

「……いえ」


 顔に出てたかな。


『ずいぶんと暗い目をしておったぞ』


 そいつはいけねぇ。気をつけないと。


「――邪魔するよ」


 と、背後から声。


 豪快に串焼き肉を頬張りながら、ノシノシと歩み寄ってくるゴリラシア。


「この方は……?」


 じろじろと無遠慮な視線を向けてくるゴリラシアに、レイラが助けを求めるように俺を見やる。


「俺の祖母だよ。どうしましたゴリ姐」


 俺の呼びかけに、(ゴリ姐……!?)という顔でゴリラシアを二度見するレイラ。


「ふン。いや、大した用事じゃないんだけどさぁ……アンタ」


 ずい、とレイラの顔を覗き込み、ゴリラシアは問う。


「アンタ――ジルバのこと、どう思ってんだい」


 ずかずかと踏み込んできたな――!?


「えっ……」


 そして軽く目を見開いたレイラは――


「……どう思う、というのは、その……」


 ポッと頬を染めながら、たじたじと目を逸らした。


「――ああ、いや、うん。わかった、もういいよ」


 若干げんなりした顔で、手を挙げて制するゴリラシア。なんか思ってたんと違う、というか、味見しただけでお腹いっぱいとでも言わんばかりの表情だった。


「ずいぶん、すんなりと引き下がるんですね」


 レイラに探りを入れに来たんだろうが、撤退の見極めが早すぎないか?


「アタシゃわかるんだよ、敵意の色ってヤツがね」


 肉の欠片を口に放り込んで、もしゃもしゃ咀嚼しながら、ゴリラシアは答えた。


「母方の血統魔法さ。【炯眼エフスラ】ってんだ、その娘には敵意の欠片もありゃしない」


 ひょいと肩をすくめたゴリラシアは、俺を見下ろしてニヤリと笑った。





 ――俺は全身の血管がざぁっと収縮するのを感じた。



 気取られている、のか……俺の感情を!?



「あは」


 新しい串焼きを手に、ゴリラシアが笑った。


「そうカリカリしなさんな、得難き素質だよそれは。強者に必要なもののひとつだ」


 ……ニヤニヤしながら呑気に食ってるあたり、違うのか……?


「アンタの尖り具合を見ていると、昔のプラティを思い出す」


 遠い目をして、空き地の端っこで特訓中のプラティを見やるゴリラシア。あ、セイレーが吹っ飛ばされた……


「なまじ感情の色なんか見えるから、ガキんちょなんて手玉に取れる……と、思ってたんだよねェ、アタシは……」


 ふン……とゴリラシアは、鼻で小さく溜息をついている。


『どうやら、子どもの"反抗"としての敵意、とでも解釈されたようじゃの?』


 ……そうなのかもしれない。危なかった。


『まさか5歳の孫がこの場の全員を絶滅させる意気込みとは思うまいからの』


 そりゃあそうだがマジでビビるぜ。魔族ってのはホントに油断ならねえ、けど正直対策の取りようもない……


 リリアナを助けたときみたいに、自我を封印するくらいしか。


「ま、アンタとプラティの仲が良好で良かったさ」


 ぽんぽん、と俺の頭を軽く叩くゴリラシア。今は篭手を外しているので、髪も痛くなかった。女とは思えない、ゴツゴツとした手だった。



「アンタがプラティに向ける色はね――」




 綺麗だったよ、と。




「さぁて腹も膨れたし、腹ごなしに剣聖と手合わせでもするかね――」



 言うだけ言って、ゴリラシアは歩み去っていった。



 綺麗、だった――?



 俺が……プラティに、……魔族に向ける感情の色が、……



 そんな、……



「いやー食った食った……あ、この肉って、もしかして余り? 持って帰ってもいいかなコレ?」



 アルバーが、夜エルフのメイドから油紙をもらって、嬉々として肉を包んでいるのを尻目に。



 俺は、しばし、茫然としてその場から動けなかった。

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