142.『勇者部隊』


 ――早駆け。


 魔力で強化された脚で、風のように斜面を駆け下りる。足場はクソ悪いが、流石の三馬鹿も転ぶような無様は晒さなかった。


 勢いもそのままに、敵の虚を突き、正面の茂みを突破する。


 茂みを抜けて視界が広がれば、案の定、左手の迂回路に備えていた連中が、俺たちの突撃に気づいてこちらへ展開し直そうとしていた。


 咄嗟に迎撃の矢が放たれるも、【刺突を禁ず】制約の魔法に弾かれる。


「【ひれ伏せ】」

「【退け!】」

「【足萎えよ】!」


 そしてお返しとばかりに、俺の手下たちが呪詛や魔法を行使した。もちろんどれも威力は加減してある。アルバーオーリルの呪詛が獣人たちを絡め取り、クヴィルタルがズンと足を踏みしめて、地面をめくれ上がらせながら無数のつぶてを放つ。


 何人かに礫が直撃し、ドコッボスッという鈍い音とともに「ぎゃっ」「ぐええ」と悲鳴も聞こえてきた。クッソ痛そうだけど、実戦だったら礫じゃなくて尖った石柱が飛んでいったんだろうな。


「喰らえ!」

「燃えちまえー!」


 オッケー・セイレーのナイト兄弟も火魔法を使っているが、山火事防止のため派手なだけの賑やかしだ。たぶんこちらも、実戦だったら、もうちょっとマシな火が飛んでいたはず。


「獣人部隊は半壊! 呪詛や魔法の直撃を受けた者は戦闘不能!」


 と、聞き覚えのある女の声。


 プラティだ。戦場の端っこで、金属製のメガホンを手に仁王立ちしている。乗馬服風の装いはそのままに、『戦場の女神』と書かれたゼッケンをつけていた。つまり、審判役ということだ。


「ジルバギアスの部隊は以降、呪詛禁止! 優れた神官が加護で防ぐため!」


 プラティの示す先には――


「ガハハ! 来たな闇の輩め!!」


 戦意旺盛に構える魔族が4名。


 それぞれ『勇者』『神官』といったゼッケンを身につけた、鎧姿のムサい連中だ。勇者の仮装ということで槍は持たず、剣や盾を得物としている。そして戦場で拾ったか、聖教会のボロボロな旗まで掲げて――


「どうした魔族ども! かかってこいよ!」

「テメーらの頭蓋骨で盃を造ってやるぜ!」

「オラァ、光の神々! 我らを守りやがれー!」


 ガンガンガン、と盾を剣で打ち鳴らしながら、馬鹿笑いする


 なんだァ、テメェら……ブチ殺すぞ!


『っていうかガラ悪すぎじゃろ』


 思わず頭に血が昇る俺をよそに、呆れた様子でつぶやくアンテ。


 俺の、そして手下たちの意識が、否応なく勇者部隊へ引きつけられたその瞬間――



 意識の間隙を突くように、木陰からゆらりと飛び出す影。



「――セイレー、避けろ!」


 俺の警告は間に合わなかった。


「えっ? うわっ!」

「御免」


 ぎらりときらめく剣閃。セイレーナイトがギョッとして槍を掲げ、迎え撃とうとしたが、ヒュカンッと軽い音を立てて槍が両断される。首元にサッと刃を沿えて、身を翻し退避する男。


 ――剣聖、ヴィロッサ。


「セイレー戦死!」


 プラティが宣言する。


「俺の槍があぁぁぁあ!」


 悲痛な声で叫んだセイレーナイトは、力尽きたように倒れ伏す。


「あいつが噂の、夜エルフの剣聖……!」


 アルバーオーリルが槍を構えながらごくりと生唾を呑み込んでいる。


 静かに細身の剣を構えるヴィロッサ(ひとのすがた)は、並の魔族を凌ぐ威圧感を漂わせていた。魔王国では、力ある者は何であれ尊敬に値する。アルバーオーリルがヴィロッサを見る目に侮りの色はない、むしろ強者への畏怖さえ――


 クソッ、それにしても、敵に回すと実感するな。


 魔法使いの援護を受けた剣聖の厄介さ……!


「クヴィルタル! 抑えろ!」

「はっ!」


 俺の命令に、クヴィルタルが前に出る。呪詛が使えないなら、コイツが一番剣聖と相性がいい。


 ズンッ、と魔力を込めて地を踏みしめるクヴィルタル。地面から細い石柱が何本も飛び出し、槍衾のようにヴィロッサへ迫る。


 が、すかさずヒュカカンッと乾いた音が響き、それらは全て切り飛ばされた。睨み合うクヴィルタルとヴィロッサ、互いに迂闊には近づけない――


 その間に、俺は供を引き連れ勇者部隊を叩く。


「来るか!」


 大柄な魔族の男(ゆうしゃのすがた)が、盾を構えてニヤリと獰猛に笑った。っていうかコイツ誰だよ。プラティの親戚か?


 にしても何だァその構えは……隙だらけじゃねえか!


 制約の魔法を解除し、俺は剣槍をまっすぐに向けて刺突の構えを取る。


「ははァ!」


 バカ正直に、盾を前面に押し出して受けようとする偽勇者――


 俺はヤツが盾で自分の視界を塞いだ瞬間、槍を引っ込め、体当たりするように思い切り盾を蹴りつけた。


「うおおッ?」


 そして体勢を崩したところで、改めて槍で足払い。ひっくり返った喉元に穂先を突きつける。


「勇者レゴリウス、戦死!」

「ぐわーっ、やられたわい!! グワハハハ!!」


 大の字に寝転がって爆笑する魔族。三流劇団の芝居にでも付き合わされている気分だった。


 さっさと終わらせちまおう、こんなもん。


「お前たちは神官をやれ! 俺は――」


 神官役の魔族ふたりに手下を差し向けながら、もうひとりの勇者を睨む。


 こいつは――


『堂に入った構えじゃの』


 ああ。運動音痴のお前でもわかるか、アンテ。『誰が運動音痴じゃ』


 どっしりとした体格で、全身鎧を装備した『勇者』――角と干渉しない魔族用の、フルフェイスの兜をかぶっており、顔は見えない。


 こいつ……できるな。


 今しがた仕留めた勇者と違って、剣と盾の構えに合理を感じる。人族汎用剣術ではないが、驚くべきことに、こいつにはがあるッ!


「――――」


 一切の予備動作なく、フルフェイス勇者が前へ出た。


 俺もまた前進しており、一瞬にして間合いがゼロになる。


 そして剣ではなく盾で殴りかかってきた。ごうっと渦巻く風が額当てをかする。


 こいつ! 使い方がわかってやがる……!


 剣槍を短く持ち替え、撫でるように斬りつけた。スッと差し込まれた剣がそれを防ぐが、甘いぜ――


「らァッ!」


 俺は手元を捻り、相手の剣を跳ね上げる。崩れた体勢にねじ込むように穂先を――


「ははッ!」


 しわがれた声で笑ったフルフェイス勇者が、躊躇なく背後へ転がるようにして俺の斬撃をかいくぐる。……今の声。声質が……


「いいねェ! ――あらよッ!」


 そのままあろうことか俺に剣を投げつけてきた。これには意表を突かれ、咄嗟に回避させられたことで、俺の追撃が鈍る。


 その隙に体勢を立て直したフルフェイス勇者は――


「聖なる刃をお喰らィ!」


 ぞわっ、とその手に闇の魔力が集中。


 ギュンッと伸びて硬質化し、黒曜石のような鋭い刃となって俺へ突き込まれた。


「ウッソだろおい!」


 思わず素っ頓狂な声が出た。これ――プラティが使ってた血統魔法!!


 驚いても身体は動く。軌道を見切って首を倒し、魔力の刃を紙一重で回避。骨の柄をぐるりと回転させ、槍の石突で打撃を見舞う――


「ふンっ!」


 当然のように盾がそれを防ぐ。


 だが――


 すっ、とその上から差し込まれる、色褪せた聖剣の刃。



 俺は、剣と槍を分離させ、アダマスだけを右手に握っていた。



 フルフェイスの兜の奥――ぎょろりとした目が、首元の隙間に突きつけられたアダマスと、その持ち手たる俺を睨む。



「――ハッハッハ!! 参った参った、こりゃアタシの負けだよ!」


 構えを解いて、豪快に笑い出すフルフェイス勇者。


「勇者部隊、全滅! 士気をくじかれた獣人と森エルフ部隊は潰走! 魔王子部隊の勝利、ね」


 プラティが宣言し、戦闘は終了した。


 俺の前で、フルフェイス勇者が兜を脱ぎ去った。


 ばさっ、と銀色の長髪が風にひるがえる。


 眼光の鋭い、野性的な顔つきの魔族の中年女性だった。やっぱり女だったか……


「いいねェ! アンタ、話には聞いていたけど、どうやらプラティのフカシじゃなかったようだねェ」


 俺を値踏みするような目が、愉快そうに笑っている。


 ……ん?


 俺を『アンタ』呼ばわりした挙げ句、プラティのことも随分と親しげな……


「わたしが物事を大袈裟に言うわけないでしょうに」


 呆れたように肩をすくめながら、歩み寄ってくるプラティ。


「――もご存知のとおりにね」


 母上!? それはつまり、俺の……


「はン! だけどもねェ、こればっかりは直接この目で確かめないと!」


 鼻で笑った女――俺の祖母は、再びこちらを見やってニヤリと笑う。



「会いたかったよ、ジルバギアス。アタシがアンタのおばあちゃん――」



 堂々と胸を張って、名乗る。



「――ゴリラシア=ドスロトスさ!」



 女傑プラティの生みの親だった。







(※筆者注 作中世界にゴリラは存在しません)

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