141.臨機応変
どうも、ピクニックみてえなノリで訓練が終わるはずがない、と思ってたら、案の定奇襲を受けたジルバギアスです。
闇夜に煌めく無数の矢が、俺たちめがけて弧を描く――
「【刺突を禁ず】」
俺は小さく唱えた。
矢の雨が明らかに勢いを減じて、ぱらぱらと力なく落ちていく。「おお……!」とクヴィルタルたちが感嘆の声を上げた。実戦でも間違いなく披露するし、どうせ敵を演じてるのも身内だろうから、遠慮なく使っていくぜ。
眼前にひょろひょろ飛んできた矢をパシッと掴み取れば、
――と。
ガサッ、ガササッと茂みがざわめき、白い影が複数飛び出してきた。
武装した白虎族の戦士たちだ。革の軽鎧に身を包み、手には鉤爪やナックルなんかを装備している。
「いたぞー、魔族だー」
「うおおー闇の輩に死をー」
「ごしゅ……魔王子、覚悟ーっ」
いかにも大根役者な棒読み口調とは裏腹に、その動きは俊敏だ。っていうかガルーニャいるじゃん。いつものメイド服姿と違って、彼女の戦装束は新鮮だな。デカデカと『同盟軍』と書かれたゼッケンを着けてんのは、ちょっとアレだけど……。
【制約】の魔法でへなちょこな矢の援護を受けつつ、素早く距離を詰めようとする獣人の軽戦士たちだったが、ほんの少しだけ、その動きが鈍る。
なぜなら――
「高台で休憩しておいて正解だったな」
俺たちが陣取っているのは、丘のように小高く盛り上がった場所だからだ。大の男ふたり分くらいの高低差だが、こんなでも突撃の勢いはかなり削がれて、迎撃する側は楽ができる。
「まさか、そこまでお考えの上、ここで小休止を?」
「兵法書に書いてあった」
クヴィルタルには素っ気なくそう答えておく。
そうこうしている間に、露払いの三馬鹿たちと、獣人たちが接敵。
「【
アルバーオーリルが呪詛を浴びせかけ、ビクンと先頭の獣人が硬直する。そこに槍を突き込もうとしたが、【刺突を禁ずる制約】を失念していたらしく、腕が固まって「おりょ?」と目を白黒させていた。
「あまり怪我させるなよ、戦技じゃなくて立ち回りの訓練だからな」
俺はそう言い含めながら前に出る。ガルーニャを迎撃するために。
「おにゃーッ!」
可愛らしい気合の声には不釣り合いな、轟ッと空気を抉る重い打撃。『突き』ではなく『殴り』、ちゃんと俺の魔法にも対応してるな。
だけどやっぱ格闘じゃリーチが足りない。拳聖みたいな謎加速もないし、低所からの攻撃で速度が乗ってない。
「ほい」
俺は剣槍を薙ぎ払い、刃の腹の部分でガルーニャの胴体を叩いた。
「うにゃーっ!」
断末魔の叫びを上げたガルーニャが、パタッとその場で倒れ伏す。戦死判定。
「ひええ、とても敵わん!」
「逃げろー!」
数人が返り討ち(判定)にされ、残った獣人たちがピューッと退いていく。
「……いかがなさいますか?」
クヴィルタルが生真面目に問うてくる。なんだか、勇者見習いで教導院にいた頃を思い出すなぁ。
「どうせ追撃したら、本隊なり罠なりが待ち構えてるってオチだろ」
獣人たちが逃げていった茂みを、クイと顎でしゃくってみせながら答える。
ぶっちゃけ同盟でもよく使う手だ。ただそれの裏をかいて迂回路で待ち伏せたり、裏の裏をかいて正面でやっぱり構えてたり、相手が移動しようとしたところに突撃したり、と色々な戦術があるので、どのレベルで対処すりゃいいのかがわからねえ。
「魔力探知はどうだ?」
クヴィルタルの部下のひとりに尋ねた。コイツは探知が得意なはずだ。ファラヴギ事件では、エメルギアスの騎竜の接近にいち早く気づいた実績がある。「自分に話を振ってくるとは抜かりがないなぁ」とばかりに苦笑した部下は、
「茂みの奥に極めて強力な魔力の反応が、5つほどあります。その、おひとりは審判役かと思いますが、ほかは勇者あるいは神官の部隊かと」
なるほどね。魔族の同盟軍仮装大賞が見れるわけだ……吐き気がするぜ。審判役はたぶんプラティだな。
「戦術的には、バカ正直に攻めるのは愚策だと思うが」
俺は判断しかねて、クヴィルタルに意見を求める。
「魔族の王子としては、同盟軍の小細工など真正面から粉砕してみせるべきか?」
「大軍での会戦であれば、それも考慮すべきかもしれません。しかし現在は山中での遭遇戦です。政治的判断までは求められないかと」
「なるほど」
俺とクヴィルタルのやり取りに、三馬鹿が「ほえー」とアホ面を晒して、感心したような声を上げていた。
「では……正面から攻めるか」
が、俺の言葉に「えっ?」と怪訝な顔をする三馬鹿。
「獣人たちが素早く突撃・撤収していったから、正面には大きな障害物がないはず。ここでは側面を突く動きが定石だから、逆に考えて、迂回路にはすでに仕掛けが施されていると見るべきだろう。俺たちが追撃せずとどまってる時点で、突撃は考慮から外れているだろうし、結果的に真正面が一番手薄になっている」
たぶん、左手側の迂回路で待ち構えていると思う。右手側は窪地になってるから、高低差がキツくて俺が避けると考えるはず。こんな高台で小休止してる時点で、俺が地形を気にしていることは向こうもわかっているはずだから。
「何か意見があれば聞きたい」
「異論はございません」
面白くなってきたな、と笑いながらクヴィルタルがうなずいた。
「……ただコレが本当に実戦であれば、一旦退いて夜エルフの偵察部隊と合流したいところだ。やはり彼らの力は必要だな」
夜エルフが必要とか、ペッペッとツバを撒き散らしたい気分だ。それでも悔しいが奴らの偵察能力は侮れん。
「それは……」
うーん、とばかりに微妙な顔をするクヴィルタル。
「一部隊長としては妥当な判断です。奥方様もお責めにはなりますまい」
ですが……と茂みの奥に意味深な目を向けながら。
「
俺の行動をゲストはどう捉えるか、って話か。めんどくせーなぁ。
「やんごとなき身分はままならんな」
俺は肩をすくめて、額当ての位置を調整した。
「――総員突撃。
偽物の勇者部隊を、な。
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