121.里帰り王子
どうも、レイジュ族の領地へ里帰りすることになったジルバギアスです。
魔王城で生まれ育った俺が『里帰り』って言うのもなんか変な感じがするけどな。
これまで他魔族とは極力隔離されてきた俺だが、とうとう、みなの前にお出ししても問題ない、と判断されたらしい。
出発前に、魔王城の知り合いにも挨拶しておく。
「――と、いうわけで1ヶ月ほど空けるぞ」
夜エルフの居住区。
「はい。出立前にお忙しいところ、誠にありがとうございました……!」
ソファに寝転がってグロッキーな俺に、深々と頭を下げたのは胡散臭い夜エルフの男――シダールだ。
里帰り中は、リリアナの対価である個人的治療を引き受けられないので、出発前にまとめてやっておくことにしたのだ。
今じゃすっかり習慣化しちまってるけどよォ……なんで俺がよりによって夜エルフなんか治療してやらなきゃならねーんだ……
『ずいぶんと高くついたのぅ、あの犬っころの身請けも』
身請け言うな。
「くぅーん……」
その犬っころことリリアナは、シダールや他夜エルフたちにクッソ怯えてるので、早々に御暇したいんだが、傷をしこたま引き受けた精神的ダメージのせいで足腰に力が入らねえ。
俺の上に乗っかって、俺の腕とソファの間に顔を突っ込んで、リリアナは隠れた気になっているようだ……頭隠してなんとやら。安心させるように頭を撫でておく。
にしても、数が多かったこともあるが、今日の治療はけっこうキツかった……
『顔面がひしゃげたのは痛そうじゃったのー』
まとめて引き受けたら意識が飛んでヤバそうだったから、2回に分けたのが却って裏目に出たな。鼻の奥にまだ血がこびり付いてる気がする。
今回治療した夜エルフどもは、この間の剣聖たちや、拳聖ドガジンが死んだ戦で傷を負ったに違いないんだよな。
なに重傷で生き延びてんだよ。潔く死んどけや……。
とは思うものの、期間限定の私兵として
「いやはや。お陰様で未来ある若者たちを失わずに済みました。殿下の崇高なる精神に、このシダール、感服の至りにございます。あ、お飲み物などいかがでしょうか、各種取り揃えておりますが」
シダールは胡散臭い営業スマイルで、揉み手しながら機嫌を取ってくる。
監獄審問長官として魔王城地下監獄の一切を取り仕切っていたシダールだが、独断で俺にリリアナを献上した責任を取って、その地位を辞したらしい。
今はいわゆる無職状態らしいが、俺の個人的治療枠を采配する権利を握っているので、むしろ以前より偉そうな雰囲気をまとっている。
「……よく冷えたミント水。はちみつたっぷりで、すぐに」
「かしこまりました」
シダールの視線を受けて、壁際に控えていたヴィーネがブンッ! と飛んでいく。
お前が行くんかい。親戚だか何だか知らないが、ヴィーネっていつもシダールに顎で使われてるよな……
急かしちゃって悪いことしたな。
気を取り直して、今度は魔王城地下深く。
「せっかく再会したばかりなのに……またお別れだなんて……!」
俺の前でクネクネしてるのは
「王子様も忙しいんだねー」
そんなエンマをシラーッとした顔で見てるのはクレア。
と、目が合った。ニコッと笑われたが、どこかよそよそしい空気を感じる。
この間の不用意な質問のせいで壁が出来ちまった。俺は気まずさを隠さずに、申し訳無さそうな顔で肩をすくめてみせる。
「…………」
つーんと唇を尖らせてみせるクレア。お、新しい表情。
「じゃあ、もう明日には出発しちゃうのかい?」
「そうだな。母上の即決即断も考えものだ……まあそういうわけで、準備もあるし、そろそろ――」
夜エルフと違って、特に用事があったわけでもなし。死霊術を習ってる手前、何も言わずに長期間空けるのもアレだから、挨拶に来ただけだからな。
御暇するぜ。
「えー、もうちょっとゆっくりしていきなよ」
ぷっすーと膨れて、俺の服の袖をちょんと摘むエンマ。
「ははは、そうは言っても俺も忙し――む?」
……服がぴくりとも動かねえ! 可愛らしい動作だけど万力みたいな力が籠もってやがる!!
さすがこの間、石柱を握り潰してアピールしていただけのことはあるな。コイツの肉体性能、やはり侮れん。
「まあまあ師匠、いいじゃないですか、1ヶ月くらい」
ふくれっ面のエンマをどうしたものか悩む俺に、クレアが助け舟を出した。
「あたしたちの永遠に比べりゃ、一瞬ですよ。1ヶ月なんて」
「ああ、それもそうだね」
エンマは軽くうなずいてスッと指を離した。
納得早いな!!
俺が感謝の念を込めてクレアに視線を送ると、つーんとそっぽ向かれた。
うぅむ。やはり壁を感じる……。
そして最後に、魔王にも挨拶を。執務室を訪ねた。
「話には聞いている」
書類をさばきながら、魔王はチラッと顔を上げて言った。
「……しかし、お前の歳でもう戦場に出そうというのかプラティは……」
今回の里帰りの目的も知っているのだろう、魔王は複雑な顔で「正直、信じられんな……」と呟いた。
「我でさえ出陣は成人後だったぞ?」
「……俺も、ちょっと早いんじゃないかなとは思いますが」
どのみち――なんだよなぁ。それこそ遅かれ早かれだ。
「デフテロス王国も滅亡寸前だとか」
「ああ。来年の雪解けとともに、王都に攻め入ることになるだろう」
俺の探りに、魔王はこともなげに答えた。
「諜報網によれば、聖教会の援軍が大急ぎで向かってきているらしい。しばらく攻め込む予定もないというのに、ご苦労なことだ……」
低い声で嘲笑う魔王。俺はそれにあわせて意地の悪い笑みを浮かべながらも、内心歯噛みしていた。
『同盟に巣食う諜報網は、本当に手に負えんのぅ……』
夜エルフだけじゃなく、人族の裏切り者までいるらしいからな……!
「血を分けた一族とはいえ、お前の栄達は多くの戦士が嫉妬しような」
ペンを置いて、魔王が真面目な顔で俺を見つめてきた。
「……どうすればいいか、わかるか?」
「身内ですから、手加減が大変だと思ってます」
うんざりしたような俺の答えに、苦笑する魔王。
「確かに、族長のメンツは立てた方がよかろう……だが、それ以外に関しては逆だ。身内だからこそ手加減をするな、弱みを見せるな」
表情を引き締めた魔王には、思わず背筋が伸びるような凄味があった。
「上下関係を叩き込んでやれ。……お前が、凡百の王子であれば、このようなことは言わんがな」
ニッ、と口の端を吊り上げる。
「お前が何を目指しているか、父は知っておるぞ」
――一瞬、ひやりとした。
だがその言葉は、俺が裏では魔王を目指している(ということになっている)ことを指しているのだろう。
だが、甘いな魔王……俺が目指すところは、もっと高みだぜ……!!
「わかりました、父上」
だが澄まし顔で、俺はうなずくに留める。
「手加減はなし、ですね。……じゃあ、見せしめに角も折っていいですかね」
「それはやめろ」
――そんなわけでつつがなく挨拶回りも終えて、俺は魔王城を出立した。
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