122.氏族の領地へ


 もともと古の魔族たちは、クッソ狭い痩せた土地で暮らしていた。


 そんな彼らにとって、豊かで広い土地を手に入れることは悲願だった。


 だから初代魔王は、征服した土地をこれでもかと配下に配りまくった。初代魔王の野望は、己がのし上がることじゃなくて、一族を豊かにすることだったから。


 力ある者と魔王に貢献した者が優先的に褒美を頂戴したので、必然的に、大陸西部の魔王城周辺には、有力氏族の領地がひしめいている。


 逆に、弱小氏族は後回しにされて、東部や前線近くに本拠地があることが多い。


 ……西部より東部の方が、肥えた土地が多かったりするのはご愛嬌だ。



 で、俺の出身、レイジュ族。



 魔王国でも指折りの名家たるこの一族は、魔王城の西~南西にかけて、かなり広大な領地を誇る。話によれば、人族の小国をまとめて併呑したのだとか……。


 本拠地は、魔王城から骸骨馬車スケルトンホースで1日ちょっとの距離。


 遠くもなく、近くもなくといったところだろう。ドラゴンに乗れば1時間もせずに行き来できる距離だが、俺とプラティは馬車で移動している。冬も近づいてきて空は寒いし、そこまで急ぐ必要もないし、お供も連れて行くし。


 そんなわけで、馬車に揺られている。


『とはいえ、ほとんど揺れとらんがの』


 まあな。エンマ謹製の黒箱ブラックボックスのお陰で、馬車の揺れは極限まで抑えられている。……すまねえ。中で働いているスケルトンたち、すまねえ……。


「…………」


 車内は静かだ。


 俺と、プラティと、ソフィアとヴィーネの4人。


 ……ホントは、リリアナやレイラたちと一緒に移動するつもりだったんだがな。


 母親プラティを放置して、女とイチャイチャしながら馬車で移動ってのも外聞が悪いし、現地に到着したら何を言われるかわかったもんじゃない。


 俺は、別に何を言われようと気にしないんだが、プラティ的にはちょっとな。


 というわけで、極めて高度な政治的判断により、俺はプラティと同乗することになったのだ。


「…………」


 俺の隣でプラティはゆったりと座席に沈み込んで、うつらうつらしている。普段、魔王城では肩肘を張りまくってるから、ここぞとばかりに気を抜いているようだ。


 ソフィアは無言で、前線で新たに回収されたという、デフテロス王国の歴史書を読み込んでいた。すぐに読み終わってしまうのを恐れているかのように、ゆっくりゆっくりと、味わいながらページを捲っている。


 そして、俺の対面には、ピシッと背筋を伸ばして座るヴィーネ。俺と目が合うと、しんみりと物悲しげな表情を見せた。プラティ、ソフィア、俺と目上の者しかいない環境に放り込まれちゃって、全然リラックスできてないらしい。


 前回、俺が演習に出かけたときは、夜エルフ組は同じ馬車で移動してたからなぁ。あんときゃ勝手知ったる者同士で気楽だっただろう。


 こういうとき夜エルフって損だと思う。ガルーニャみたいな獣人だったら鼻提灯でグースカしてても怒られないけど、夜エルフがだらけてたら『なに気を抜いてんだ』って叱責が飛んできそうだ。


「…………」


 俺はクイクイッとわざとらしく眉を動かして、ヴィーネにプレッシャーをかけた。


「……っ」


 なぜかツボに入ったらしく、ニッチャニチャと無言で笑ったヴィーネは、そのまま観念したように座席に身を預けて、のんびりと窓の外の風景を眺め始めた。


 おかしい……プレッシャーをかけたはずなのに……


『こやつ、時々妙に図太いのぅ』


 なんか、他の夜エルフと微妙にズレてんだよな、ヴィーネって……。


 ここで俺が『なにを腑抜けている!』とかブチギレだしたらどうするんだろう――と、嗜虐的な好奇心が鎌首をもたげたが。


 まあ、今日のところは、隣ですやすやと寝息を立てているプラティに免じて、勘弁してやろう……


 そんなことをつらつらと考えながら、俺も馬車の外へと視線を転じる。


 夕方あさに魔王城を発って、かれこれ数時間。外は星明かりがあるのみでほとんど真っ暗だ。


 この辺りは魔王の直轄領で、街道沿いには、収獲を終えた畑が広がるばかり。なんとも殺風景な感じだ。時折、獣人のそれと思しき集落が見えるが、住民も寝静まっているようで明かりのひとつもない。


 馬車が凄まじい勢いで走っていることもあり、あっという間に視界の後方へと流れ去っていく。


 うーむ……特に見るべきものもなく。


 ただひたすらに暇だなぁ。


『前回は、猫助や犬っころと乳繰り合って鼻の下を伸ばしとったからの。あっという間に着いたようじゃったな』


 アンテの声がどこか刺々しい。


 うーーーーん……認めがたい、認めがたいことだが……


 ここのところ、手が空いてたら必ず、ガルーニャなり、リリアナなり、レイラなりをナデナデして過ごしてたから……


 手が空いてたら、誰かを撫でてないと落ち着かなくなってる……!!


 だが……ッッ! この車内……ッッ!


 撫でたい奴がいない……ッッ!


 っていうかいくら寝ててもプラティの前でナデナデすんの、なんかイヤだ……ッ!


 うーーーーむ。


『む。ならこれでどうじゃ?』


 と、俺の目の前に、ふわりとアンテが姿を現した。



 魔神アンテンデイクシス(まぼろしのすがた)だ。



 幻といっても、俺には感触があるやつ。


『ほれ、これでお主も暇つぶしになるじゃろ?』


 いたずらっぽい笑みを浮かべて、しなだれかかってくるアンテ。


『我に感謝するがよい』


 ……自分がナデナデされたいだけでは?


『やかましい』


 イテェッ目を突くな目をッッ! 幻想といえど痛い!!


 わかりましたよ。偉大なる魔神様アンテ様。


 謹んでナデナデさせていただきます。


『うむ。くるしゅうないぞ』


 そういうわけで、俺はアンテを全力でナデナデし始めるのだった――




          †††




(――えっ。何!? なになに何!?)


 そのとき、ヴィーネは。


(何なのッ!? 女が恋しいからって……とうとう空気を……!?)


 突如として、微笑みながら虚空をナデナデし始めた魔王子ジルバギアスに異様な緊張感を覚えつつ、それを視界に収めないよう必死で顔をそらしながら、早く馬車の旅が終わることを闇の神々に祈るのだった。

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