510.信頼の証
Q.ヴァレンティウス=トン・フェルミンディア=フェレトリア=イグノーティア=アロ・ピタラ=マルガリア=セル・オプスガルディアって誰だっけ?
A.吸血鬼に眷属化されかけて、緊急搬送の馬車の中でギシャーッとか言ってた褐色肌のウェーブ黒髪イケメン貴公子。オプスガルディア領の領主一族。リリアナがいなければ眷属化で人生終了していた。
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じりじりと夏の日差しが降り注ぐ昼下がり。
ヴァレンティウスは村の広場、木陰に腰を下ろし涼を取っていた。服と
普通、全身鎧とは従者の補助がなければ装着できないものだが、ドワーフ製の魔法の鎧はその限りではない。かがみ込んで両腕部分に手を突っ込めば、あとは鎧の方が勝手に身体に張り付いてきて装備が完了する優れものだ。
周囲では部下の騎士と従士たちが同じように、木陰や天幕の下で体を休めている。皆、昼間のうちに英気を養う構えだ――
「森の縁に立ち寄りて見上ぐれば
太陽の恵み木々の葉を透かし
煌めき纏いて踊る風の歌声
そよぐ葉音 花の囁きが
甘く我が心を撫でる――」
木の幹に背を預け、森エルフの詩を口ずさむヴァレンティウス。静まり返った村の中、そのつぶやきがやけに大きく響いた気がした。
――本来この時間帯の農村は、野良仕事に勤しむ村人や、手伝いをする子どもたちで賑わっていたはずだ。
しかし吸血鬼が出没している現状、住民たちは身を寄せ合い、武器を手に眠れぬ夜を過ごしている。昼の間に睡眠を取らねばやっていけないのだ。ちらほら、後回しにできない必須の農作業に汗を流す者も見かけられるが。
日が当たらない屋内でも、念には念を入れて、必ず複数人で固まるよう気をつけているとのこと。ただ、魔力のない一般人が集まったところで、吸血鬼に対抗できるかは謎だが――
「ヴァルス様!」
と、完全武装の騎士がガシャガシャと駆け寄ってくる。
「如何した」
「ヴァンパイアハンター殿が戻られたようです」
「! すぐに行く」
ちなみにフルネームがクソ長いので麻痺しがちだが、『ヴァレンティウス』という名前も普通に長いため、身内の親しい者は『ヴァルス』の愛称で呼ぶ。
かがみ込んで鎧を装着してから、ヴァレンティウスは部下の後を追った。
「――ヴァレンティウス殿、お待たせしました」
廃坑の方から、ヴァンパイアハンターのアレクサたちが戻ってきていた。リリィやオーダジュといった森エルフ組も含め、全員がだ。
アレクサは真剣な面持ちだが、果たして何か進展はあったのだろうか……
「アレクサ殿。討伐の目処は如何に?」
「終わりました」
「ん?」
「終わりました。この地に潜み村を襲っていた吸血鬼は3体おり、先ほどこれを全滅させました」
「…………え?」
日頃から、貴族に相応しい言動を心がけているヴァレンティウスも、このときばかりはぽかんと口を開け、間抜けな声を発してしまった。
我に返り、天を仰ぎ見るも、日はまだ高いままだ。己がいつの間にか村でうたた寝してしまい時間が過ぎたのかとも思ったが、やはりアレクサたちと別れてから数十分と経っていなそうだった。
いや、仮に数時間が経っていたとしても――
「全滅させた――?」
早すぎる……!
「それは……事実であれば、貴殿にはどれだけ感謝してもし足りない、のだが――」
「わかります」
皆まで言うなとばかりにうなずくアレクサ。
「自分で言うのもなんですが……早いですからね……」
「誠に。いったいどのようにして……?」
秘術なので教えられないのはわかっているが、それにしても疑問を呈する権利くらいはあるだろう。
「申し訳ございませんが……」
案の定、バツが悪そうに目を逸らすアレクサ。
ヴァレンティウスは、助けを求めるように、思わずその背後のオーダジュやリリィに目を向ける。だがオーダジュは古びた大木のようにいかめしい顔のまま、リリィは申し訳無さそうに、しゅんと縮こまっていた。
「…………」
美形揃いのエルフ族の中でも、リリィの美貌は別格だ……神々しささえある……などと、現実逃避じみたことを考えながらも、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえるヴァレンティウス。
「……そうか。であれば、討伐の証として、吸血鬼の灰を見せてはくれまいか?」
せめてもの要望を出すと、アレクサはさらに渋い顔に。
「申し訳ございません……」
それすら駄目なのか!?
「灰も見せられない、と……?」
「はい……」
心苦しいのですが……と気まずげなアレクサ。
「ふむ……」
ここまで来るといっそ潔い。いや、興味深くさえある。怜悧な眼光を湛えたヴァレンティウスは、顎に手を当てて思考を巡らせた。
――なぜ灰を見せられないのか?
①灰を見せたらどのような手段で討伐したか推察できてしまう
②灰を回収することができなかった
③そもそも吸血鬼を討伐できていない
……この3つが考えられるが、最後は除外してもいいだろう。というより除外できなければ困る。
(曲がりなりにも聖教会の者が、そのような詐称をするはずがない)
ヴァレンティウスはアレクサをあまり疑ってはいない。
より正確に言えば、聖教会の実績と、リリィたち森エルフ組を信頼している。
部下から聞いたが、自分の眷属化はもはや末期的だったらしい。どう見ても手遅れで、解呪が可能とは思えず、ひと思いに介錯するべきか否か悩んでいた――と、馬車に同乗していた部下が吐露していた。
そんな自分を、見事に治療してみせたオーダジュとリリィ。只者ではあるまい。
であれば、彼らの仲間たるアレクサも一端の者と考えるべきだ。
(①は……見当もつかない。素人が灰を見ただけで類推できる、特殊な攻撃手法など存在するだろうか? 仮に、特異な攻撃手法を用いたのだとして、考えられうる影響は灰が発生しないか、灰の回収が困難かのいずれかだ)
直感的には、②の『灰を回収できていない』が濃厚に思える。
そうであると仮定すれば、アレクサが語りたがらない理由も見えてくる。
地下奥深くに潜んだ吸血鬼を、遠隔的に滅ぼせる『何か』。しかもただ滅ぼすだけでなく、居場所さえも正確に探知でき、かつ『全滅させた』と断言できるだけの索敵性能も兼ね備えている……
(いったいどのような能力なのだ……?)
対象は吸血鬼限定なのだろうか? 自分だって喉から手が出るほど欲しい能力だ。
そんなものが存在するとわかっただけでも、ちょっとした騒ぎになるだろう。まさに『秘術』の呼び名が相応しい……
(しかし、歯痒いな)
目星はついたが、憶測に過ぎず、アレクサに詳しく尋ねるわけにもいかず。下手につついて神秘が揺らぎ、使い物にならなくなれば人類の損失だ。
とはいえ。
とはいえ、だ。
「私としては……貴殿を疑っているわけではないのだが、アレクサ殿。村人たちは、これまで幾晩も眠れぬ夜を過ごしてきた。せめて吸血鬼の灰なり何なり、討伐の証があれば、彼らも心から安心できようが……」
問題は、吸血鬼の被害者はヴァレンティウスら騎士隊ではなく、無力な村人たちだということ。
「それは……そうでしょうね……」
唇を噛んでうなずくアレクサ。
「本来であれば、もっと多くのヴァンパイアハンターがこの地を訪れ、長期に渡って人々をサポートできたのだと思います。しかし……俺たちだけになってしまって……誠に申し訳――」
「貴殿が謝る必要はない」
ヴァレンティウスは頭を下げようとするアレクサを制した。
「そのヴァンパイアハンターたちは、果敢にも魔王子に立ち向かったのであろう? なぜ彼らを、貴殿を責めることができようか。諸悪の根源は魔王子ジルバギアスだ。
苛立ちと憎しみを込めて、忌々しげにヴァレンティウスが言うと。
「あ……ハイ……ソウデスネ……仰る通りです……」
アレクサは今にも消えてしまいそうなほど、生気のない顔で相槌を打った。ヴァンパイアハンターたちの戦死は、他ならぬアレクサも堪えているに違いない……痛ましいことだ……
しばし、沈黙が続く。
「今後、貴殿らはどのようにされるおつもりか?」
「……次の現場に向かいます。被害が出ている地域は目星がついておりますゆえ」
瞳に光を取り戻して、アレクサは答えた。
やはり、吸血鬼の居場所を特定できる秘術――このようなハイペースで討伐できるなら、アレクサはヴァンパイアハンターのエリートとして、大陸中を飛び回っているに違いない。
オーダジュやリリィほどの使い手が仲間になっていて当然。また、秘術により吸血鬼の居場所が特定できるため、逆に犬獣人は旅の一行に加わっていない……
「そうか……」
ため息ひとつ、ヴァレンティウスは雲ひとつない青空を仰いだ。
無念のうちに、しかし人類のために散っていったヴァンパイアハンターたちを思えば、己がなすべきことも自ずと見えてくる。
――リリィとオーダジュの尽力がなければ、助からなかった命だ。
命の恩人の功績を、他ならぬ自分が保証せずして如何するというのか。
「我が名において、村人たちに吸血鬼の殲滅を宣言しよう」
だから決めた。
アレクサたちに、全幅の信頼を置くことを。
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