509.筋金入りの狩人


 ……重苦しい沈黙。


 自然と、皆の視線が俺に集まる。


「底が知れない――というのが正直なところです。俺がエンマから学んだのは、主に霊魂への干渉法と、スケルトンとかグールとか、実体のあるアンデッドの作成術ですが……」


 霊魂に複雑な制約を課す方法はまだ教わってないし(その場で意志を強制したり、思考を誘導したりする方法は習ったけど、永続的な縛りを与える方法は知らない)、アンデッドのボディの技術格差については言及するまでもない。


「そして、俺自身は幽体離脱ができないんで、霊体として行使する術はほとんど何も知りません」


 霊界の門は何回も開いたけど、俺は霊界に入れないしなぁ。


 ってか、アーサーやレキサー司教みたいな聖霊が霊界に入ったら、何が起きるんだろう……霊界の圧に負けず問題なく向こうでも存在を維持できるのかな?


『試してみればよいではないか』


 失敗=消滅だからおいそれとできねえんだよ!!


『アウリトス湖でクラーケンを倒したときもそうだったんだけど、吸血鬼を倒したら奴らの魔力を吸収する感覚があってさ……僕らって、いわゆる死霊王リッチの変異種みたいなもんだよね』


 アーサーがくるくるとペン回しのように、指先で魔力の刃エクスカリバーを弄びながら言う。


『僕らにできることは、向こうリッチもできて当然なわけだ』

「……そうだな。そして弱点も共通してる。直接的な魔力の干渉に弱く、霊体が破壊されれば再起不能なダメージを受ける――そしてそれを嫌って、エンマは強力な魔法耐性を持つボディの開発を進めつつ、緊急時には素早く霊界へ退避する術と、霊魂を幾層にも防護する魔力障壁を身に着けた……」

『我々も、吸血鬼に血を吸われることはなくなったが、奴らの血の魔法を無防備に受けるわけにはいかないからな。【霧化】した吸血鬼に魔法を叩き込むと面白いように倒せるが、あれと同じことが我々にも起きる』


 レキサー司教があごひげをさすりながら相槌を打つ。


『いざとなったら、壁や地面の中に潜ってやり過ごせるのが生前とは違う僕らの強みですね』

『まさにそうだな、アーサーくん』

「そういった霊体ならではの戦い方はあるでしょうが、傾向として、エンマが霊体で戦場に出てくることはないと思いますよ」


 自分は安全地帯に引きこもって、あらかじめ用意しておいた軍勢を敵にぶつけるのが、本来の死霊術師の戦い方だからな。


「あと、エンマもその配下も、基本的に魔力は闇属性です。レキサー司教のように壁から飛び出て、いきなり雷撃を浴びせるような芸当は難しいかと」


 クレア以外のエンマの配下と面識がないから、断言はできないけど。


『へえ。僕らみたいに元々魔法使いだったら、複数属性持ちになるんじゃないの?』

「エンマ流の死霊術は、魂を加工して別物に作り変える。加工段階で闇の魔力を流し込むから、属性も闇で塗り潰されちまうんだよ」


 俺が肩をすくめながら言うと、アーサーたちは――いや、オーダジュとヘレーナら森エルフ組も、ゾッとしたように背筋を震わせた。リリアナは、俺が渡したノートで死霊術の基礎を学んだのだろう、驚いてはいない。


『オレたちも、エンマに囚われたらなっちまうわけか』


 若いヴァンパイアハンターがつぶやくが――いや、そうではない。


「聖霊化は――聖属性があなたたちを焼かないのは、聖属性があなたたちを『人』と認識しているからだ」


 人類の敵と戦うために、黄泉帰った戦士たち。


「もしも、エンマがあなたたちの霊魂を、奴にとって都合よい存在に作り変えようとしたならば――」

『我々はもはや人ではなくなり、この銀の輝きによって焼かれる、と――』



 レキサー司教が今一度、透き通る銀色の自らの手を掲げ、笑う。



『頼もしいじゃないか』



 惚れ惚れするほど不敵に。



 そう――これこそが聖霊化の強みだ。



 エンマ式の死霊術とは、根本的に相容れない。



「死霊術の基礎に関しても、おいおい情報共有していきたいですね」

『そうだな。闇属性を扱えない我々では、あまり意味がないかもしれないが……』

「あ、いや、霊界の門を開くだけなら、光属性でもできるんですよ。複数属性持ちが注意深く魔力を運用すれば、理論上は使える術もあるはず」

『何だと?』

『ホントに? 俄然興味が湧いてきたな僕も……』


 俺はちらっとリリアナを見た。ムフーッとやる気に満ちた顔でピコピコ耳を動かしている。今度いっしょに勉強会でもやろうか。



 ただ、少なくとも、ついさっきまで吸血鬼の棲家だった洞窟でやる話ではない。



「村に戻って、ヴァレンティウス殿に討伐報告をするべきですかね」


 あの、眷属化されかけていた貴公子。秘術で情報開示不可の一点張りでお引取り願ったから、向こうもいい気持ちはしてないだろうし、せめて朗報くらいは……


『それがいいだろう。……ただ、少し早すぎて信用してもらうのが難しそうだな』

「最悪、納得するまで村の守りを任せて、俺たちは出発するのもアリかなと」


 俺はヒョイと肩をすくめてから、レキサー司教をはじめヴァンパイアハンターたちの顔を見回す。



「――狩りに行くだろ? を」



 一瞬、洞窟の中がぎらりと銀色に染まった。



『『当然……!!』』



 溢れんばかりの戦意――!



『善は急げだ! 次行くぞ次!』

『オディゴスー! また頼むぞー!!』

『ウオオオオアアア!』

『キエアアアアアア!』


 次々に、気合の叫びを発しながら俺の腰のポーチの依代の遺骨に吸い込まれていくヴァンパイアハンターたち。


『見慣れたが、随分と奇妙な光景よの……』


 うん……見慣れたけど。


 あ、そういえば。


「ここら一帯にいきなり吸血鬼が増えたって話でしたが、それについて何か情報は取れましたか?」


 俺が何気なく尋ねると。



『えっ』



 キエエアアモードで今にも遺骨に戻ろうとしていたレキサー司教が、意表を突かれた顔で急停止した。



『ジョウホウヲトル……?』



 あっ……



 いや、まあ、霧化するバケモンを尋問なんてできないし……



 ヴァンパイアハンターは見敵必殺が基本だからね……しょうがないね……



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※次回はヴァレンティウス=トン・フェルミンディア=フェレトリア=イグノーティア=アロ・ピタラ=マルガリア=セル・オプスガルディア視点です。

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