508.達人の境地


『狩ってきたぞ』


 ヌッと音もなくレキサー司教が地面から顔を出した。


「えっ、もうですか!?」


 早! さっき潜っていったばかりなのに!



 どうも、マジでな~んにもしてないヴァンパイアハンター・アレクサです。



 待ってる間に何しようかな~とか考えてたら、もう片付いちまったらしいぞ!


 レキサー司教に続いて、アーサーや他ヴァンパイアハンターたちも次々に地面から生えてくる。


『たぶん、一匹も逃していない……と思う』


 少し自信なさげな半透明のアーサーが、地面に置かれた白銀の小盾――【アーヴァロン】に視線を落とした。以前、アウリトス湖で吸血鬼湖賊を狩ったときと同じく、球状の結界【絶対防衛圏】が展開されており、蟻の子一匹逃がさない構えだ。


『それにしても、死してなお使えるとは便利な道具じゃな』


 アンテが皮肉っぽく、と同時に感心したような口調で言った。それを言うならアダマスだって、一度は死んだ俺を主人と認めてくれたし……


 ……アウリトス湖でアーサーを呼び出した直後、アーサーは、俺の腕に絡みついたままだった鎖状の【アーヴァロン】をほどいてくれた。アーサーの意思に応じて形状変化ができたんだから、結界が使えるのも道理ってもんだ。


『地下空間はみんなで見て回ったんだけど、まだ隠れている奴がいないか、リリィとオディゴスに確認してもらいたいな』


 アーサーの要望に、「もちろん!」と意気揚々に答えるふたり。


 逃げ場のない空間でヴァンパイアハンターたちに追い回された挙げ句、運良く隠れられたとしても駄目押しの【導き】まである……味方ながら空恐ろしいな。


「――オディゴス、あの村を狙っていた他の吸血鬼がいたら教えて」


 そう言ってリリアナがスッと手を離すも、直立したままのオディゴス。


「どうやら他にはいないようだね」

『いや、まだ油断はできない。念のため、現時点ではあの村は狙っていないが依然としてここ一帯の地下に潜んでいる吸血鬼も探してみてくれないか』


 真剣な面持ちでレキサー司教が口を挟む。確実に殺しきるという構え……!


「お安い御用さ」


 が、オディゴスはその場で直立したまま。【案内】の権能は発動しない。


「どうやら、本当に全滅させたみたいですね」

『素晴らしい……』


 俺の言葉に、しみじみと、噛みしめるように、レキサー司教もうなずく。


『 素 晴 ら し い ! 』


 そしてクワッとした顔でこっちを向いた!!


『私がどれだけ感動しているか――わかるかね!? アレックスくん!』

「わか――」


 いや、どうだ……!?


「――わかってるつもりですが、完全に理解しているかは自信がありません!」

『よろしい! ならば説明しよう!! 地下の拠点に潜んだ吸血鬼。侵入経路は崩落した坑道のみ、生身での到達は実質不可能……まさに悪夢のような状況だ! 普通に討伐しようとすれば、何週間かかるかわからない!』


 興奮気味に、バッと足元を示すレキサー司教。


『まず第一に、奴らの正確な居場所を特定するのが困難だ! 腕利きの風の精霊使いに探査してもらわなければならないだろう! それでも特定できるかは時の運次第ではあるが!』


 チラッと森エルフ組を見る。 


『そして居場所を特定できたとして、今度はドワーフたちに坑道を掘ってもらう必要がある! だが音や振動で気取られれば、吸血鬼どもが逃げ出してしまう! ゆえに防音の結界やドワーフの秘術を併用しつつ、少しずつ掘っていかねばならないのだ! その間、新たな犠牲者が出ぬよう、周辺集落にも戦力を配置すべきだろう! だがここまでやってもなお、吸血鬼が我々の存在に気づき、姿をくらましてしまうことはままある……!』


 過去の経験からか、歯を食い縛った苦渋の表情で、半透明の拳をぎりぎりと握りしめるレキサー司教。その獰猛に輝く瞳が、今度はリリアナとオディゴスに向けられ、ふたりともビクッとしていた。


『それがどうだ! 一瞬で居場所を特定! 狡猾な吸血鬼にも不可能な想定! さらにはこの霊体! 壁も地面も思うがままに素通りする形態! 水中でも問題ないことを加味すれば、霧化の上位互換と言っても過言ではない……!』


 熱弁のあまりちょくちょく韻を踏んでいる……!


『【アーヴァロン】の存在も大きい! 吸血鬼どもを逃がさぬ大規模結界は、我々が求めてやまないものだった! 大掛かりな設備や準備なしに展開できる隙間のない障壁、まさにヴァンパイアハンターの夢! そして!! 極めつけに!! 討伐後の念押しの【案内】!! これがあまりに大きすぎる――!!』


 レキサー司教は、感動を抑えきれない様子でジタバタとしている。吸血鬼への殺意を爆発させることは何度もあったけど、こういう形での感情の発露は、レキサー司教にしては珍しいな。


『普通! こういう状況で! 吸血鬼を全滅させた確証は、なかなか得られないものなのだ! 新たな犠牲者が出ないことを、時間をかけて確かめなければならない! もしも討ち漏らしがいればうっかりでは済まされないからな!』


 だが、オディゴスがいれば――


『状況を確定できる!  なんという……おお、なんという……!! 素晴らしい……!!』


 感極まったか、レキサー司教はぽたぽたと涙までこぼし始めた。銀色に輝く雫が滴っては、洞窟の闇にきらきらと消えていく。


 ……それにしても、レキサー司教があまりに感動しているので、他のヴァンパイアハンターたちが逆に冷静になって神妙な顔してる……


『アレックスくん』

「はい」

『結果的にだが、私はこれでよかったのかもしれない……』


 涙を拭ったレキサー司教は、複雑な面持ちで自らの半透明な腕を見下ろした。


『私も歳だ……いつまで現場で戦えるか、あと何匹吸血鬼を狩れるか、近頃はそんなことばかり考えるようになっていた……』

『司教……』


 他のヴァンパイアハンターたちは『マジか』『嘘だろ』『冗談でしょ?』と言わんばかりの顔をしている。俺も同じ気持ちだ。魔王子ジルバギアスと交戦して、実質的な致命傷与えてきたのあなたじゃないですか……


『しかし人族の命は短いからのぅ。あと5年、10年と経てばわからんじゃろ』


 まあ……な。ほんの少しの衰えが、致命的なミスを引き起こす。そんな環境に身を置き続けていれば、いずれは……


『率直に言って……私は今、感動している。もちろん聖霊化だけでなく、リリアナ殿とオディゴスの力があってのことだが、それにしても今の私は、生前とは比べ物にならないほど吸血鬼狩りに特化されている……! 今となっては剣を振るうどころか持ち上げることすら叶わないが――障害物をすり抜けて吸血鬼を奇襲できるなら、それを補って余りある……』


 実に、晴れ晴れとした顔で――それでいて、とてつもなく凶暴な笑みで、レキサー司教が俺を見据えた。


『今の私は、君に感謝すらできるかもしれない……!』


 ………………どう反応すりゃいいんだ。


 レキサー司教は満足してるみたいだけど、その、後ろの他の若い方々は……苦虫を噛み潰したみたいな顔してるんスけど……


『……とはいえ、個人的な意見だがな。私は、老いぼれの独り身だったから、こうも言っていられるが……』


 当の本人も遅れて思い至ったらしく、他のヴァンパイアハンターやアーサーの方を振り返りながら、少しバツが悪そうにしていた。


『いや、まあ……』

『概ね異論ないんですけど……』

『ないんだけど……それでもなぁ……』


 釈然としない――きっと彼らも、吸血鬼や魔王軍との戦いの果てに散り、聖教国で聖霊として呼び出されていたら、喜々として戦線に加わってたんだろうけど……


 よりによって俺だからな……


『やったのも、呼び出したのものぅ』


 何も言えねえ……何も、言う資格がない……


『オレ、故郷に恋人いたんですよね……』


 ヴァンパイアハンターのひとりが、フッ――と乾いた笑みを浮かべて言った。


 ウッ……。


『まあ、最後に会ったのはもう1年以上前だし、最近は手紙出しても返事が返ってこなくなってきたし、風のうわさで他の男と仲良くしてるって聞いてたんで、もういいんですけどね……』


 ウウッ……!


「それは……」

「ひどい……」

「う~む……」


 リリアナとレイラが気の毒そうな顔をし、オーダジュさえかける言葉が見つからないようだった。俺も……なんと言えばいいのやら。


 ただレキサー司教と違って、ヴァンパイアハンターでもみんながみんな故郷が壊滅してるわけじゃないんだなぁ。


「ふむ。もしよければ今からでも運命のあい――いや何でもない」


 オディゴスが何やら言いかけて、自重した。


 おい! 運命の相手とか言いかけただろ今!


『死んだオレでも、愛してくれる人がいるんですかね……?』

「あなたが望むなら、試してみることはできるとも」

『…………う~~~ん』


 ものすごく悩み始める失恋ヴァンパイアハンター。いや……怖いな! これでオディゴスが直立不動だったら、彼、消えちゃうかもしれないよ……!


「魔王城の、エンマの宮殿の方とかに倒れそうだからやめとかないか……?」


『お似合いの相手』のもとに導かれるなら、そうなる可能性もゼロじゃないと思うんだ俺は……!


『うっ、それは色んな意味で救いがないね……』

『やっぱやめときます。冥府に期待』

『……エンマか』


 引きつった笑みのアーサー、どうにか悩みを振り払う失恋ヴァンパイアハンター、そしてスッと真顔になるレキサー司教。


『自分がなってみて身に沁みたが――霊体となって日が浅い我々でさえ、これだけのことができるのだ』



 その表情は、険しい。



『二百年近く研鑽を積んできたエンマは、一体どれだけのことができるのか……』




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