507.闇に潜む鬼


 地の底。


 ロウソクの灯りが揺らめく、薄暗い洞窟で。


「北部戦線~!」

「「最高っ!」」


 カンッ、と盃を打ち合わす音が響いた。



 ――男3人が小さなテーブルを囲んで、飲み会を開いている。



「……かぁ~~ッッ! 昼間からキメる1杯は堪りませんなァ!」


 豪快に盃をあおり、感無量で叫ぶ小太りの男。上機嫌な表情といい、浮かれ調子といい、まさに酔っ払いのオッサンという印象だが、赤ら顔の逆で肌は青白く、生気が全く感じられない。


 ぐいと服の袖で拭った口の端からは、人間にはあり得ない鋭い牙が覗く――


 吸血鬼だ。


 その名もジラーミン卿。魔王国では騎士の位を持つ『貴族』の端くれ。



「うむ。これぞまさに至福のひととき……」


 ジラーミン卿の言葉に、その隣、燕尾服を着たギョロ目の紳士がうなずいた。


 並み外れた眼力の持ち主だ。不気味に輝く巨大な赤の瞳は、一度見たら忘れられそうにない……


 優雅にソファに腰掛け、赤い液体が注がれたグラスを揺らし、ワインのように香りを楽しんでいる。所作の端々に気品が滲むが、シャツが黄ばんでいたり、赤黒い染みがついていたり、ところどころ穴が空いていたりと、みすぼらしさも否めない。


 魔王国準男爵・テュパ卿。かつて存在した吸血種の国家、『夜王国』より続く名門カブラ家――の傍系の傍系で、要は先祖だけは立派なタイプの木っ端貴族だ。



「へへへ、ホントにウマイっすよねぇ。ささ、おふたりとも、もう一献……」


 そして自らもうまそうに盃を傾けながら、ワイン瓶で酌をする貧相な男。


 これといった特徴のない痩せた男で、その名をタシパという。


 無位無官、眷属上がりの下位吸血鬼。人間であった頃の名残で、まだ肌が浅黒い。ふたりに仕えてかれこれ十数年のベテラン下っ端だ。



はなかなかの上物であったな」


 名残惜しげにグラスを揺らしていたテュパ卿が、一息に中身を飲み干す。


「うぅむ……まろやかな味わい。やはり、酸いも甘いも経験した老人の血は熟成されていて、よい」

「ですなぁ。しかし妻に先立たれていたのが残念、夫婦揃って賞味とはいかなんだ。その点、先日の老夫婦は飲みごたえがありましたな」

「うむ。あの飲み比べは乙なものであった。やはり獲物は活きがよくなくてはな」

「瓶詰めも悪くはありませんが、生き血の踊り飲みには敵いませんよなぁ! 吸いついた先から命の灯火が消えていく、あの感覚がまた尊いのですよ」

「うむ。糧となった生命に、大地の恵みに、改めて感謝せねばなるまいな」


 はっはっは、と笑い合うテュパ卿とジラーミン卿に、空になった酒瓶を片付けながら、「へへへ……」と調子を合わせて笑うタシパ。


「えーと、次はいかが致しましょう、お二方……」


 揉み手をするタシパの背後には木の戸棚が置かれており――ずらりと、種々様々な酒瓶が並べられている。


「そうだな……次は若い女の血で口直しといくか」

「一昨日に詰めた男の血はいかがで? あれも脂が乗っていて旨かった」

「う~む……よし、ならば両方にしよう! 血だ、誰にも遠慮する必要はないのだからな」


 ふん、と鼻を鳴らすテュパ卿。


「ふんぞり返った魔族どもも、ここにはおらんのだ」

「まったくで。いいですなぁ、剛毅ですぞ~テュパ卿! タシパ、両方だ!」

「へいへい只今!」


 よくよく見れば、棚の酒瓶はどれも薄っすらと霜が張っていた。タシパが手に取り魔力を流し込むと、瞬く間に解凍されていく。


 タシパは一見、どこにでもいそうな平凡な男だが、実は人間時代から筋が良いと言われていた水魔法使いだった。魔力は大したことがなくとも、氷の生成や解凍に非常に長けており、風味を損なわずに血液を長期保存することも可能なのだ。


 その点を高く買われて、テュパ卿たちの眷属に取り立てられたという事情がある。




「いや~それにしても、我らの『城』もなかなかに立派になってきましたな」


 ソファに身を沈めながら、感慨深げに言うジラーミン卿。


 この地下洞窟は、十数人は優に収まるダイニングルームほどの空間に、いくつもの小洞窟が接続した構造だ。小洞窟のうち、ほんの数本が地上まで繋がっており、どれも崩落した廃坑であるため霧化しなければ通り抜けることができない。


 そんな空間に、ソファやらテーブルやら戸棚やら、絶対に持ち込めないサイズの家具がいくつも並べられているわけだが――


「なかなかに苦労したな。小分けして運ぶのは……」


 新たに注がれた血をグラスで揺らしながら、テュパ卿はしみじみと言う。



 そう、これらの家具は全部、テュパ卿たちが霧化でちょっとずつ部品を持ち込み、せっせと組み立てたものなのだ。



 吸血種の【霧化】は、服飾品や小物程度ならば、一緒に霧の状態に変化させられる万能な魔法だ。そしてテュパ卿ほどの熟練の吸血種であれば、一抱えもある木の板も霧化させられる……ッッ!


 というわけで、血を求めて獲物の家に侵入するたび、いい家具が目に留まれば分解しては持ち出し、こまめに拠点に持ち込んで組み立てていたわけだ……


 おかげで、ただ持ち込んだり、買ったりした家具よりも、愛着がある始末だった。


「いやはや、本当に、これほど安心できる隠れ家は、吾輩も初めてですぞ。少しカビ臭いのが欠点ですが……『住めば王都』とはよく言ったもの」


 鼻をつまんでみせながら、おどけて言うジラーミン卿。


 ちなみに『住めば王都』とは夜王国時代からある言い回しだ。吸血種の始祖・ツェツェは夜王国の建国を宣言し、ある都市を暫定的に王都と定め、後々遷都する予定であるとしたが、なんだかんだでその地が気に入ってしまい、夜王国が勢力を拡大したあとも遷都せずに留まり続けたという。


 現代においても、同盟圏に潜伏することがままある吸血種の間で、かつての栄華を懐かしみながら用いられる表現だ。


「まあ、カビの臭いは仕方があるまい。湿気が多いからな」


 テュパ卿も苦笑いしながら答える。


 吸血種は存在の維持に呼吸を必要としない。空気が臭かろうと毒を帯びようと、何の問題もないのだが、吸血種のベースが人族なだけに、形式的にはどうしても呼吸してしまう。悪環境でも暮らしてはいけるが、空気は爽やかな方が快適だ。


 ただ、この洞窟に限って言うならば……


「地下水脈の存在があまりに大きい」


 足元、さらに地底奥深くへと続く小さな穴を指さして、テュパ卿。微かに耳をすませば、ザァザァと大量の水が流れていく音が聞こえる。



 そう、この空間は、巨大な地下水脈の真上にあるのだ。



「ここまで好条件な隠れ家は、大陸広しと言えどそう見つかるまい。霧化しなければ入ることもできない、狭すぎる侵入経路が複数。さらに、ドワーフでも掘削が容易ではない深さに、地下水脈の存在……」


 このような隠れ家で一番の問題となるのは、土と岩の専門家たるドワーフたちが、ヴァンパイアハンターの要請を受けて侵入経路を直接ぶち抜いてくることだ。


「しかし地下水脈があれば話は別だ。慎重に掘らねば崩落と水没が同時に起こりかねず、ドワーフにとって致命的な事態を引き起こす。あの短足の石頭どもは泳げない者カナヅチが大多数だからな……」

「ドワーフだけに、ですな」


 カンカンと鍛冶の真似をしながら真面目くさって言うジラーミン卿に、タシパのみならずテュパ卿までもが「ンフフッ」とウケた。


「しかも、直下に大水脈があることで、水攻めにすら対応可能だ。どれだけ水を流し込まれても排水が可能なのがありがたい」


 普通、この手の洞窟は行き止まりであることが多く、大量の水を流し込まれてしまえば居住に適さなくなり、泣く泣く出ていく羽目になりがちなのだが、この隠れ家はその点でも隙がないのだった。


「それに――そもそも、この場所に見当をつけるのが難しいですぜ」


 ジラーミン卿のグラスにおかわりを注ぎながらタシパ。


「その通りだな。森エルフの精霊使いの協力を仰いだとして、ここまで複雑に坑道が入り乱れていれば、風の精霊でも特定には手こずろう……」


 うむうむ、とどこか得意げにテュパ卿がうなずく。


「いずれにせよ、この隠れ家は完全無敵だ……!」


 確信……ッ!!


「仮に正確な位置が特定され、ドワーフたちが勇敢にも坑道を掘り始めたとしても、音と振動ですぐに気付けるであろうからな」

「その間に、我らも悠々と逃げられるというわけで」

「然り。ただ、まあ、なんだ」


 ゆったりと、手狭だが住心地のよい『城』を見回しながら、テュパ卿が小さく肩をすくめた。


「叶うことなら、ここに居続けたいものだな。これほどの隠れ家をまた見つけるのは骨が折れる……」

「まったくで。吾輩も可能であれば、地表から永遠におさらばしたいところですな。ただ、まあ、時間に余裕はありましょう。我らの大体の位置がヴァンパイアハンターに割れたところで、特定から対策までには膨大な月日が必要でしょうからな」

「その間、自分らはウマイ血が飲み放題ってわけですね」

「うむ、うむ。その通りだ」


 テュパ卿、ジラーミン卿、タシパの3人は、顔を見合わせてニヤリと笑った。


「やはり最初に戻ることになるな」

「ですな……北部戦線!」

「「最高っ!」」


 わはは、と陽気に笑う吸血鬼たち。


「では改めて乾杯といこうではないか。我らの素晴らしい城と、気ままな同盟圏での休暇を祝して……!」

「おい、タシパ!」

「へいへい、お待ちを! とっておきを開けましょう」


 タシパがグラスに、新たな瓶の中身を注いで回る。


「それでは――」

「「乾ぱ――」」



 と、盃が打ち合わされようとした瞬間。



「――――」



 テュパ卿とジラーミン卿のふたりが、ふっと顔を上げた。



「…………」



 分厚い岩に阻まれた、はるか頭上。地表を気にするかのように――



「……お二方とも、いかがなすったんで……?」


 先ほどとは打って変わって真顔のふたりに、タシパが不安げに尋ねる。


「いや……」

「何か、こう……」

「妙な感覚が」

「うむ。それだ。妙な感覚があった」


 声を揃えて言うふたりに、「……はぁ。妙な感覚」と首を傾げるタシパ。生まれついての吸血種であり、優に百年以上の時を過ごしているテュパ卿たちとは違い、眷属上がりで経験も浅いので、魔力的感覚ではかなり劣る。


「もしかして、もう、ドワーフたちが……?」

「いや、そういうわけではなさそうですな。ドワーフが掘り始めたなら、もっと騒々しい音がするはず」

「うむ……説明が難しいが、森の中にいて、鳥や小動物たちの息遣いを感じられていたのに、急に一瞬、辺り一面が静まり返ったような……そんな不気味さが」


 ゆらゆらとグラスを揺らすテュパ卿。


「あった……気がしたのだが、ふむ、気のせいか……?」

「吾輩だけでなく、テュパ卿も気づかれたということは、ただの気のせいではなさそうな気がしますが……?」

「うーむ……」


 釈然としない様子で天井を見上げていたが、いつまで経っても何も変化がないので視線を外すふたり。



「…………」



 グラスにたゆたう赤い液体を眺め。


 そのまま口をつけようとした吸血鬼、


 テュパ=カブラは――



「――ん?」



 グラスの中に、ぽっ、とロウソクの灯りではない光があることに気づく。



(…………いや、違う!!)



 これは――上だ!!



 バッ、と弾かれたように再び天井を見上げると同時。



『【神雷ケラヴノスッッッッ!!!!】』



 ズガアァァンと世界がカチ割れるような轟音とともに、テュパ卿の視界が白銀に染め上げられる。



「たばあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァッッッ!!」



 絶叫。全身を聖なる雷が駆け巡り、皮膚は裏返り、髪は焦げ、自慢の瞳は沸騰し、破裂。続いて身体の内側からめくれるようにして膨れ上がっていき、臓物が爆裂。


 血と肉、骨の一片一片に至るまで、銀の怒りが、憎悪が、呪詛が、執拗に徹底的に完膚なきまでに叩きのめし打ち砕き焼き焦がし。


 ぶぱぁっと妙に湿った音を立てて木っ端微塵に砕け散ったテュパ卿は、身体の構成物という構成物を撒き散らしながら灰に還った。



「――ッッ!!」

「なっ……!?」


 残されたふたりの反応は、対照的だった。テュパ卿が光り輝き始めた時点で、即座に霧化して逃走を試みるジラーミン卿。対するタシパは目と口をあんぐりと開いて、ただただ驚愕している。


』という吸血種の鉄則が、叩き込まれているかどうか。


 ヴァンパイアハンターの恐ろしさを、知っているかどうか。


 その年季の差が如実に表れたと言っていい――


『【神鳴フールメン!!】』


 バチィッと再び雷が弾け、タシパをかつてない激痛が襲う。


「ぐっ……がぁぁぁぁぁああああぁぁ!?」


 悶絶し、椅子から転がり落ちるタシパ。



『ふん。もう一匹は逃げたか』



 そして。眼前。


 虚空より、現れる。


 銀色の――凄まじい形相の、


 半透明の、老いた男が。



 いや、それだけではない。



 壁から、床から、音もなく、憤怒の形相の男たちが。



 怨念と義憤に駆られた復讐鬼たちが、次々と――!



「な、なっ、なん……!?」


 理解できない。こんなの聞いたこともない。


 なんだこれは?! 霊体ゴースト!?


 いや、しかし、なぜ銀色――!?



『その様子。まだ日が浅い眷属上がりだな』


 バチバチィッ、と銀の雷を迸らせながら、初老の男は厳しい顔で言った。


『何か言い遺すことはあるか』

「な、何なんだ……!? あんたらは……!?」

『…………』


 激痛に苦しみながらも、どうにか疑問を絞り出すが、初老の男も周囲の男たちも、黙して語らない。



 ……当たり前だ。敵に対してわざわざ情報を明かす必要があるか?



 聞かれたら何でも答えてくれる、親切な魔王子とは違うのだ……



『言い遺すことは、ないようだな』

「まっ……待ってくれ!」


 久しく感じていなかった、濃厚な死の気配に、タシパは慌てた。


「おっ、おれは……無理やり! こいつらに言うことを聞かされて……!」

『だが、霧化してこの場所に来られる程度には、血を飲んでいる』

「…………」


 氷のように冷え冷えとした指摘に、タシパは二の句が継げない。薄々、この半透明の存在が、ヴァンパイアハンターではないかということは理解し始めていた。ジラーミン卿は地下水脈の方へ飛んで逃げて行ったきり、影も形もない。


 なぜ……なぜ、自分だけ、こんな目に……


 確かに、血は飲んだ! 嫌というほど飲んだ!


 飲まさせられた! そして、慣れた……!


「仕方がなかったんだ……!」


 歯を食い縛りながら、タシパは言った。


 さっきから、霧化を試みてはいるが、全身を蝕む激痛で魔力がうまく扱えない。


 逃げることもできない……!


「おれは……眷属化されて、逆らえなかったんだ……!」

『…………』

「どうしようもなかったんだよぉ……!」


 少し……ほんの少しだけ、初老の男の目が哀れむような色を帯びていた気がした。


 もしかしたら、イケるだろうか? そんな希望がタシパの心に芽生えた。


「助けてくれ……見逃してくれ……! あいつらさえいなければ、おれは自由になれるんだ! 心を入れ替えるから……助けてください……!」


 半透明な足に、すがりつこうとする。


「死にたくねえよ……!」


 心の底からの願いを、口に出しながら。



 ……よし、体が動くようになってきた! このまま自分も霧化



『【神雷ケラヴノス】』



 タシパの視界が銀色に染まり、一瞬にして、意識ごと存在が消し飛ばされた。



『……哀れなものだ』


 ざらぁっ、と灰に還っていく一匹の吸血鬼を見下ろしながら、初老の男は――レキサー司教は、つぶやいた。


『一度、血の味を覚えた獣は、二度とそれを忘れられない……』


 血に飢えた獣を信頼し、野に放つことができようか? ……できるわけがない。


 それでいて、経験豊富なヴァンパイアハンターとして、眷属化された哀れな犠牲者を数え切れないほど見てきたレキサー司教には、今の男が言っていたことも、わからなくもないのだ。



 ――仕方がなかった。



 ――逆らえなかった。



 ――どうしようもなかった。



 皆、そう言って、許しを請う。


 眷属化による強制力、そして血に対する強烈な飢餓は、常人の精神が抗えるものでは、ない。


 それこそ、愛する我が子の血すら、思わずすすってしまいそうになるほどに、強烈なものなのだ。


 そしてひとたび眷属化が完了してしまえば、血の味を覚えてしまえば、もう普通の人間に戻るすべは、ない。



『せめて、苦しみなく逝くがいい』


 それが、ヴァンパイアハンターたるレキサー司教の、最後の慈悲だ。


 事実、タシパは最後の瞬間まで、自分の消滅に気づかなかっただろうから――




          †††




(なんだアレは!? なんだアレは!? なんだアレは――!?)


 かつてない恐怖と驚愕に襲われながら、霧化したジラーミン卿は必死で狭い洞窟を逃げていた。


 洞窟――というより、もはやただの穴だ。小動物はおろか、虫すらほとんど見かけないような空間。


(いったい何だったんだ!? なぜ……何が!? ヴァンパイアハンターか!?)


 何か、理解し難い危機的状況が発生したならば、ヴァンパイアハンターの仕業によるもの、というのが吸血種の常識だ。


 ベテランのテュパ卿が即死。タシパもおそらく駄目だろう。


(逃げ切れたのは、運がよかった……!)


 霧化していなければ、全身冷や汗まみれだったに違いない。それでもなお、恐怖におののきながら、ジラーミン卿は必死に逃げる。


 自分は、運がいい。だがそれがいつまで続くかはわからない……!


(とにかく、距離を! そしてしばらく身を隠さねば……)


 と、ジラーミン卿が今後の算段を立てていた――



 次の瞬間。



 べちん、とその動きが止まった。



(……は!?)


 前進できない。霧化しているのに。


 いや、……待て!? なんだこれは!?


(透明な、壁!?)


 魔力障壁!? 馬鹿な!? こんなところに……どうやって!? なぜ!?


(何なんだこれは!?)


 霧化したまま、もはや悲鳴のような思考を振り絞るジラーミン卿。


 だめだ、何はともあれ、このままじゃどうしようもない。


 別のルートを探さねば――


 と、来た洞窟を引き返そうとしたジラーミン卿だったが。



『あ、いたいた』



 突然、銀色に輝く爽やかな青年の顔が目の前に出てきて、今は存在しない心臓が止まりそうになった。



『【来たれ破魔の刃】』



 だが、その驚愕ごと。



『【伝説の聖剣エクスカリバー】』



 魔力の刃が、ジラーミンを両断する。



「……ば」



 馬鹿な、と口にすることすらできずに、霧化した状態で真っ二つに引き裂かれたジラーミン卿は、ざらぁっと灰に還っていった。



 霧化。物理的干渉に対しては無敵に近い魔法だが、その実、魔力による攻撃には極めて脆弱という欠点を抱えている――



『よしよし』



 そしてそれを見届けてニッコリと笑った青年――アーサーは、ふわりと泳ぐようにして、岩盤をすり抜け上昇していく。



『この状態でも【絶対防衛圏アーヴァロン】が使えたのは収穫だったなぁ』



 呑気な独り言が遠ざかっていく――





 ジラーミンは地底の奥深くに。



 テュパとタシパは小さな『城』に。



 念願叶って、未来永劫、居続けることになるだろう。



 ――灰の塊として。

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