506.大陸最高峰


 皮肉なことに、折れたアダマスの代わりにバルバラの刺突剣を腰に差し、左腕には銀の小盾アーヴァロンを装着していた俺は、機動力重視の典型的なヴァンパイアハンターの装いで説得力は充分だった。


 レイラは光魔法使い、リリアナたちは協力者の森エルフということにして。


 俺たちは例の吸血鬼が出没した村に案内されることになった。


「ヴァルス様! 自分は先行し、ヴァルス様の快復を皆に報せたく!」

「頼んだ。併せてヴァンパイアハンターの到着も伝えてほしい」

「はっ!」


 騎士のひとりが伝令に駆けていく。どうやら村にはヴァレンティウスの配下の一部が防衛戦力として残されていたようだ。まあ、主君が吸血鬼にやられたからって騎士が全員撤退したら、村人たちは絶望するしかないし、当たり前か。


「しかし、アレクサ殿。いったいなぜここまで遅れてしまったのだ? いや、決して責めているわけではないのだが……」


 自己紹介のあとヴァレンティウスに単刀直入に聞かれ、俺は苦いものがこみ上げるのを抑えきれなかった。


「……実は、魔王子ジルバギアスがハミルトン公国に出没したのですが」

「ああ。カイザーン帝国軍と魔王子が衝突した件は聞き及んでいる。……まさかとは思うが」

「はい……。本来は、アウリトス湖を経由してこちらに向かうヴァンパイアハンターたちが主力メンバーだったのですが、道中で魔王子襲来の報を聞き、これを討ち取るべく出撃。…………全員、戦死しました」


 俺がやりました……


「なん、と」


 絶句するヴァレンティウス。他の騎士たちも呆然としていたが、やがて烈火の如く怒り始めた。


「おのれ魔王子!! 許すまじ!!」

「同盟圏を土足で踏み荒らすケダモノめ!」

「我が前に姿を現さば、剣の錆にしてくれる!!」


 血気盛んな彼らは息巻くものの。


『そんな簡単に剣の錆にできるなら苦労しないんだよなぁ』


 思わずといった様子でボヤくアーサー。ほんとごめん……エクスカリバーの錆にならなくて……。


『カイザーン帝国軍の近衛騎士でさえ、あのザマじゃったからのぅ。そしてこやつらがあの近衛騎士より優れているようにも見えん。数も少ない。まとめて相手になっても、10秒ともたんじゃろ』


 うーん。見た感じ、鎧は流石ドワーフ王国のお膝元だけあって、近衛騎士に勝るとも劣らぬクオリティなんだけどね……魔除けのお守りとかは近衛騎士ほどには持ってなさそうだから、勇者や神官の援護がなければ、一方的な戦いになるだろうな。


「なんということだ……ヴァンパイアハンターたちも、さぞかし無念だろう。神よ、死後の彼らの魂が安らかにあらんことを……」


 痛恨の表情で祈りを捧げるヴァレンティウス。


『目の前で自分の死を悼まれるのは、なんとも妙な気分だな』

『ぜんぜん安らかじゃねーんだよなぁ残念ながら』

『死んでも死にきれないし化けて出てやるぜ~』


 誠に、誠に申し訳ございません……!


『おほォ~』


 おほ~じゃねえんだよおほ~じゃ!



          †††



 それから街道を進むことしばし、件の村に到着した。


 まだ昼間であるにもかかわらずひっそりと静まり返っていて、外を出歩く村人たちの顔も暗い。彼らの怯えがひしひしと伝わってくるかのようだった。


「ヴァルス様! よくぞご無事で……!」

「ヴァンパイアハンターが来た! ヴァンパイアハンターが来たぞぉ!」

「やった! これで助かる!!」

「ハンター様! 村をお救いください……!!」


 馬車から降りると、ワッと村人たちに群がられた。ヴァンパイアハンターへの信頼を感じる。勇者としての責務とはまた別のプレッシャーがあった。


 ――村人たちから話を聞く。


 村外れの老夫婦が忽然と姿を消したのを皮切りに、住民が次々に行方不明になり、そしてとうとうある日、森の外れでカラカラに干からびた遺体が発見され、吸血鬼の仕業と断定。


 聖教会への通報、騎士たちの支援、ドワーフから送られた魔除けのお守りなどでどうにか耐え凌いできたが、ひとり、またひとりと犠牲者は増え続け、日に日に力を強める吸血鬼を防ぐことはますます難しく――という状況だったようだ。


「くっ……」


 遺族の話を聞いているだけで胸が張り裂けてしまいそうだった。レキサー司教たちが速やかに駆けつけていれば……こんなことには……


『…………業腹だが、私たちが帝国軍に足止めを食らっていたのも事実だ』


 俺の胸の内を知ってか知らずか、レキサー司教が忌々しげに言った。


『あのまま滞りなくアウリトス湖西岸までサードアルン号で移動し、帝国領を迂回してドワーフ連合王国入りを果たしたとして……この村に辿り着くのに、何日かかったか。それを考えると…………クソッ』


 レキサー司教があからさまに口汚く罵るのを聞いたのは初めてだった。


「現在、国内ではこうした吸血鬼被害が多発している。前線の戦力を動かすわけにもいかず、対応が追いついていないのが現状だ」


 貴公子然とした顔を歪めて、ヴァレンティウスも苦しげに。


 それから、村の近くにある小山の洞穴へと案内された。ヴァレンティウスが吸血鬼にやられた場所だ。


「ここは廃坑で、崩落により行き止まりになっている。日中、吸血鬼が潜んでいられる空間にうってつけなので調べてみたわけだが、どこからともなく吸血鬼が飛び出してきてな……」


 血の刃を受けてしまった、と渋い顔をするヴァレンティウス。


 余談だが、吸血鬼は己の血を流し込むことで対象を呪い眷属化する。しかし長らく『吸血鬼に噛まれると眷属になってしまう』と信じられていたため、現在でも眷属化されるような攻撃を受けることを『吸血鬼に噛まれた』と表現することが多い。


 ま、蚊に刺されるのを『蚊に食われた』って言うようなもんだな。


「その出てきた吸血鬼はどうしたんです?」

「咄嗟に光魔法を放ったら、煙のように消えてしまった」

「ふむ。廃坑とのことですが、完全な行き止まりではないようですな」


 オーダジュが口笛を吹き、坑道内に旋風を放つ。


「どうやら、人や動物が通れぬほどの小さな穴がある様子」

「『奥』があるわけですね。霧化すればどんな隙間もくぐり抜けられるから……」


 廃坑の奥を拠点にしてるってワケだ。


「いったいどうすればいいのだ……煙で燻しだすか……?」


 ヴァレンティウスが途方に暮れている。めっちゃ煙たがるだろうけど死にはしないからなぁ連中。


 どれだけ深いかもわからない、崩落した廃坑に潜む吸血鬼。相手の数も不明、正確な位置も不明、普通なら討伐は不可能と言ってもいいほど厄介だ。



 だが。



 は普通じゃない。



「状況はわかりました。これより討伐に移ります」


 俺が気負わずに言うと、ヴァレンティウスと騎士たちは驚いた様子だった。


「なんとかなるのか!?」

「いったいどうやって……」

「アレクサ殿、何をするおつもりなのだろうか?」


 めちゃくちゃ期待の眼差しを向けてくるところ悪いんだけど。


「……【秘術】を行使します。残念ながら、具体的に何をするのかお教えすることはできず、討伐するところをお見せすることもできません」


 俺が首を振ると、流石に彼らもムッとしたようだった。


「……我らも今後に活かすため、方法論を知る必要があるのだ、アレクサ殿」


 様々な感情を押し殺していそうな声で、静かに主張するヴァレンティウス。


「お気持ちはわかりますが、できません。まず、非常に特殊な【秘術】であるため、あなた方には再現が不可能です。次に、詳しい方法論を広めること自体が、危険なのです」

「何……?」

「あなた方は、このような地の底に隠れた吸血鬼の討伐は、極めて困難だと考えておいででしょう。そしてそれは


 今、奴らは油断している。何度も被害者を出したにもかかわらず、同じ『狩り場』にとどまり続けているのが何よりの証拠。


「はっきり申し上げるが、奴らが『討伐可能であること』を、今あなた方が把握したことさえも好ましくはないのです。吸血鬼の厄介な点のひとつに、眷属化による情報の漏洩があります」


 俺が指摘すると、ヴァレンティウスは苦虫を噛み潰したような顔になった。たった今、自分も眷属化されそうになっただけに、その脅威は身に沁みているだろう。もしも俺が具体的な討伐法を話し、それを知った誰かが眷属化されて手の内がバレてしまったら――対策されてしまう。


「あなた方の民を守るという気高い意志は尊重しております。遅参した上、このように身勝手なことを言われればお怒りになるのも無理はありません。しかし、どうか。どうか信頼していただきたい」



 俺は、ヴァレンティウスの目をまっすぐに見て、言う。



「――ここには、大陸最高峰のヴァンパイアハンターたちがいるのです」



 唇を引き結んだヴァレンティウスが、俺たちひとりひとりの顔を見据える。


 ……なんか俺の後ろを二度見したな。どうした?


 気になったので振り返ると、リリアナが手の杖をぱたん、ころころ……ぱたん、ころころ……と坑道内で転がしていた。


「その……リリィ殿、それは……?」


 ぱっと見、棒倒しで遊んでいるようにしか見えない……ッッ!


「地形の確認をしています」


 澄まし顔で答えるリリアナ。嘘は言っていない。


「そ、そうか。……うむ。わかった、信頼しよう。どのみち指揮権はあなたにあるのだ、アレクサ殿」


 小さく息を吐いて、ヴァレンティウスは穏やかな表情を作った。


「この件は、専門家にお任せする。我らはその間――村を守るとしよう」

「ありがとうございます」

「……頼んだぞ」


 背中越しに、短いながらも、重みのある一言。


「必ずや」


 俺が同じ思いで答えると、ヴァレンティウスはうなずき、それでもなお色々と言いたげな騎士たちを引き連れて、去っていった。



 廃坑には、俺たちだけが残される。



「……さて」


 俺がオーダジュに目配せすると、とんっと地面をつま先で叩き、坑道の地面を隆起させて目隠しの衝立を作ってくれた。助かる。


「リリィ、奴らは?」

「ここの真下とみて間違いないみたい」


 トントン、とオディゴスである地点を示すリリアナ。



「――レキサー司教」



 薄暗い坑道に、パチパチバチッと銀の稲妻が閃く。



 虚空より、銀色に輝く男がロングコートを翻らせて現れる。



「アーサー」



 呼びかけるまでもなく、俺の隣に、すでに立っていた。



 ミステリアスな美貌の青年。アウリトス湖の英雄。その手には――魔力の聖剣。



 そして、もう待っていられないとばかりに。



 魔力を揺らめかせながら、銀の狩人たちが次々に姿を現した。



 吸血鬼どもに、夜明けの訪れを告げる者たちが――!



『さて、諸君。いよいよだ』



 レキサー司教が、笑顔で言った。



『狩るぞ』



 闇の輩に死を。



 無辜の人々に安寧を。



 ――忌まわしき夜を、ここに終わらせん。

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