113.仄暗い熱情


「エンマ!? なぜここに!?」


 前線にいたはずでは――!? 俺は思わず飛び起きた。


 どうも、いないと思っていた死霊王が突然姿を現して、びっくりしてしまったジルバギアスです。


 いやー、よりによってレイラとイチャついて、完全に油断しているところを見られてしまった。


 これは流石に恥ずかしい。


「ふ、……ふふ、ふ……」


 ほら、エンマも押し殺すように笑っている。せっかくいつもクールにキメていたのに、魔王子な俺のイメージが崩れてしまったかもな……


『お、お主……』


 何やらアンテが恐れおののくようにつぶやいた。どうした?


『い、いや……なんでもない……気づいとらんなら、別にいいんじゃ……』


 なんだよ、また奥歯に物が挟まったような言い方して。最近それ多くねえか?


「前線でのお仕事、早めに終わらせて、帰ってきたんだよ……?」


 壊れかけのカラクリ人形みたいなぎこちない動きで、カタカタと小首をかしげてみせながらエンマは言う。


「来る日も来る日も……ずっと、死体の片付けばっかりで……休みがいらないからって、ボクたち馬車馬みたいにコキ使われて……」


 ニンマリとわざとらしい笑顔。


「でも、……全部、終わらせて……! 可能な限り早く、戻ってきたんだ……!」

「へえ、そうだったのか。何か急ぎの用事でもあったのか?」


 そして何気ない俺の疑問に、ぴたりと動きを止めた。


 メキョ……とさらに音を立てて、エンマの指が石柱にめり込んでいく。すごい握力だな。しかしあれを俺に見せつけることに何の意味が……?


 もしかして素体の性能が向上して、はしゃいで自慢しに来たとか? 前線で画期的な発見でもあったんだろうか。ロクでもない内容だろうし、げんなりするなぁ……。


「くぅーん……」


 情けない声で鳴いたリリアナが、ぷるぷる震えながら俺とレイラの後ろに隠れる。レイラもなぜか顔を青ざめさせていた。


「あれ、ふたりともエンマは初めてじゃないよな? いや、リリアナはお初か?」

「わ、わたしは、初めて、じゃ、ありません、けど……」


 レイラが俺に縋るような目を向けながら、噛み噛みで答える。


 ……ああ、まあいきなり死霊王リッチが握力自慢しだしたらビビるか。リリアナに至っては、ビビるの通り越して怯えちゃってるよ。まあワンコからしたら意味不明な威嚇行為にしか見えないよな。


「リリアナ、そんなに怖がらなくていいんだぞ。彼女はエンマ、元人族の死霊王だ」


 俺はリリアナを安心させるように抱き寄せながら、エンマを示した。


「アンデッドだけど素晴らしく知性的で、ユーモアのセンスもあって、とてもお洒落な淑女なんだ。時々、今みたいに突飛なこともしでかすけど、一緒にいると退屈とは無縁でいられる、素敵なヒトだぞ」


 リリアナの緊張をほぐすために、多分にリップサービスを込めながら言う。


 嘘は言ってない。一緒にいると退屈とは無縁な、素で敵なヒトだ。


「くぅん……」


 ホント? と言わんばかりに、困ったような顔でエンマを見やるリリアナ。


 エンマはエンマで、何やらポカンと口を開けて、とぼけたツラを晒している。


「おーいエンマ、うちのワンコが怖がってるんだ。握力自慢はよそでやってくれ」

「……え? あっ、おおっと!」


 そして俺の呼びかけに、初めて石柱の惨状に気づいたかのようにパッと手を離す。白々しい奴め……あの石柱、あとでコルヴト族の誰かが修復するんだろうなぁ。


「あっ、あはは、ちょっと……えっと、取り乱しちゃって、はは……」


 手をにぎにぎしながら、焦り顔、真顔、笑顔、困り顔、と目まぐるしく表情を切り替えて、百面相を披露するエンマ。


「え、えと……ジルくん!」

「なんだ?」

「さ、さっきのって、ホントなのかなぁ?」

「さっきのとは?」

「ぼっ、ボクが……素敵な、ヒトっていうの……」


 指をいじいじしながら、上目遣いで尋ねてくるエンマ。


「ああ、もちろんホントに決まってる」


 俺は、最高の笑顔で答えた。


「俺にとって――この地上に、お前ほど素敵なヒトはいないよ」


 お前ほど素で敵なヒトはな!!


「ジルくん……ッ!! はっ、はぉぅ……ッ!」


 妙な声を上げて、胸を押さえるエンマ。


「はっ、ハァッ……危うく心臓が止まるかと思った……!」

「もう止まってんだろアンデッド」

「いや? この体では動かしてるよ。もっとも流れてるのは血じゃないけどね」


 え。そ、そうなんだ……


 ってか俺に素敵って言われたぐらいで心臓止まるとか、どんだけ自己肯定感低いんだよ……


「ボク……ジルくんに会いたくて……!!」


 回廊の薄暗闇で、舞台俳優のように我が身を掻き抱きながらエンマが言う。


「だから……風のように、戻ってきたんだ! キミに! 会いたい一心で!」

「そうか」


 同族というか配下はいっぱいいるみたいだけど――クレアみたいに――友達は少なそうだからなコイツ。


 最近、死霊術の講義で仲良くなった(と向こうは思ってる)から、何だかんだ部下だけじゃ物足りなくなったのかもしれない。


「ジルくん……!」


 ガラス玉みたいだけど、何かを期待するような目。うーん、仕方ねえな。期待に応えてやるか……


「俺も……お前がいなくて、日々に張り合いがなく感じてたよ。おかえり」


 たまにトイレの鏡で練習してる、憂いに満ちた笑みを披露してやる。悔しいけど今の俺めちゃくちゃイケメンだからな、陰のある表情が似合うんだわ……


「じっ、ジルくぅん……!!」


 俺の三文芝居に、感極まったようなエンマは――


「あ――会いたかったよぉぉぉ――!!」


 そのまま、あろうことか突撃してきた。


 俺に向かって。


 フードをかぶるのさえ忘れて、日差しが降り注ぐ中庭へと――!


「あっ、ちょっおいお前!!」


 咄嗟に立ち上がってエンマを押し戻そうとしたが、その動きが想定外に速かった上に力も強かったせいで、抱きしめるような形になってしまった。


「あああああジルくぅぅぅぅん!!」


 死体とは思えないほど柔らかな――しかし冷たい感触。


 抱きついて離れねえ! ってか無駄にいい香水つけてやがんな!!


 そして案の定、チリチリと煙を上げたかと思えば、太陽に灼かれてボッ! と着火した。


「うわああああ!」


 俺に抱きついたエンマが火だるまになって、思わず情けない悲鳴を上げてしまう。っつ、っつ――ッく、ない? 俺は平気なんだこの炎……


「あああぁあぁああ……やっぱりジルくん落ち着くぅ……」


 スンッと真顔になる俺に対し、ふにゃふにゃと幸せそうな笑みを浮かべたエンマは――


 そのまま、ザラァッと灰になって崩れ落ちていった。


「ええ……」

『ええ……』

「えー……」

「くぅーん……」


 俺、アンテ、レイラ、リリアナ、茫然。


「……あ、あの! ……今のヒトっ、その、灰に……!」


 レイラが、芝生の上の灰の小山を指差してあわあわしている。


「……気にするな。ああいう奴なんだ。本体は別にあるから、すぐに別の身体に乗り換えて復活するよ」

「ええ……」


 死霊王の生態に絶句しているレイラ。


 リリアナが恐る恐る灰の匂いを嗅ごうとして、「へぶひゅっ!」と盛大にくしゃみした。エンマの焼けカスがもうもうと舞い散る――やめなさい! 体に良くない!! ハイエルフだからどうせ平気だろうけど! 倫理的にも良くない!


 ……どうしよっかなコレ。ああは言ってたけど、エンマも俺に何か用事があったのかもしれないし。アイツが出直してくるのを、ここで待つべきなのかな……もう部屋に帰ろっかな……


 それにしても、エンマの動きは俺が想像していたより3倍は速かった。いくら油断していたとはいえ、アイツの突進をもろに受けてしまったからな。これが戦場だったら組み付かれて、俺もアンデッドの仲間入りしてたぞ……


『お主……あやつに関しては、ホントに思考が物騒じゃの……』


 ? それ以外にどういう思考しろってんだ?


「……


 と、不意に、改まった態度でレイラが俺を呼んだ。


「うん?」

「……さっき、に言っていた――素敵だって台詞」


 拗ねたように唇を尖らせる。


「……あなたにとって、この地上に、彼女ほど素敵なヒトはいないって。……そうなんですか?」


 彼女のちょっと白々しい言葉に、俺は苦笑するしかなかった。


「ああ。紛れもない本心さ」


 こともなげに言い切ってみせると、レイラは、うつむいて悲しげな表情を作った。


「……この地上では、ね」


 しかし、俺の続く言葉に、きょとんと目をしばたかせて。


「きみは空を飛べるだろう」


 俺はしゃがみこんで、レイラに微笑みかける。


「この天空そらでは、レイラが一番すてきだよ」


 それが俺の紛れもない本心だ。


「……もう、あなたったら」


 自分で始めた茶番なのに、レイラは顔を赤くして、俺の胸板をぽこぽこと叩いた。ははは。ホントに可愛いな。


 それから何をするでもなく、見つめ合って――手を握ったり、指を絡ませたり――




「あーっ! イチャイチャしてるーっ!!」




 が、またまた聞き覚えのある声が中庭に響いた。




 振り返れば、回廊の日陰で、フードを目深にかぶった少女が「きゃーっ」と両手で顔を覆い、指の間からバッチリとこちらを覗き見ていた。




「今度はクレアか……」

「『今度は』とは何よ、『今度は』とは!」


 うんざりしたような俺の言葉に、プンスカするクレアだったが、ハッと口元を抑えて周囲を窺った。爵位持ちのエンマと違って、気軽にはしゃげない身分だからな。


「オホン。我が主、エンマ伯爵より伝言です……『さっきはちょっと取り乱しちゃった、ごめんね。明日あたり、死霊術の講義でもどうかな』とのこと」

「ああ……構わないぞ。その、両方ともに対してな」


 また死霊術か……禁忌が捗るなぁ……しかも前線帰り……死体がいっぱいだ。


 今から気が滅入る。


「わかりました。……いやー師匠もね、前線でコキ使われてイライラが溜まっちゃったみたいで……」


 てへへ、とちょっと渋い顔で笑うクレア。久々に魔族たちから嫌な扱いを受けて、ストレスだったのかもな。


 この調子で、俺以外の魔族と断絶して、反乱でも起こしてくれねえかなぁ。


「そうか……大変だったな」


 しかし、それはそれとして同情は示しておく。クレアなんて、魔王軍のせいで死んでアンデッドとして蘇って、その上で魔族にコキ使われてるようじゃな……浮かばれないよホント。


「まあまあ。無事に戻ってこれたのでヨシですよ! それに、明日の講義はすごいですよー王子様!」


 クレアは、ニカッと屈託のない笑みを浮かべた。



、いっぱい手に入ったんです! 色々遊びましょうね!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る