112.日向と日陰


 ――オルフェンは半ば茫然としながら去っていった。


 俺は変わらずベンチに腰掛けたまま、その背中を見送る。


 やっぱり闇竜としては、俺の下でレイラが惨めな日々を送っていることを期待していたらしい。


 厚遇されているだけならまだしも、レイラと俺の関係が極めて良好なことは想定外だったようだな……悪いが、下手したら俺自身より大事にしてるぜ!!


「ふふ……」


 俺の肩に頭を載せたまま、レイラが小さく笑った。


 いやー、隣でクスクスと声を上げて笑い出したときは、俺もビビったぜ。てっきりオルフェンが出てきて怯えてるものかと心配してたんだが……


 首を巡らせてレイラを見れば、澄んだ金色の瞳が俺を見返してきた。微笑むレイラには、かつてのような、おどおどとした気配は微塵も感じられなかった。


『すっかり自信をつけたようじゃの』


 だなぁ。


 俺んトコに来たときとは大違いよ。トラウマが払拭できたようなら何よりだ……


「くぅーん……」


 と、草陰に隠れていたリリアナがひょっこりと顔を出した。オルフェンが怖くて身を潜めていたらしい。


 トコトコと俺の隣にやってきて、ひょいとベンチに飛び乗り、寝転がるリリアナ。だけど石のベンチなので寝心地は悪そうだ……


「厄介者も去ったことだし、」


 やおら立ち上がり、俺はリリアナを抱え上げた。


「俺も童心に帰って、寝転がってみるかな」


 中庭の真ん中へ。


『名目上5歳児がなんか言うとるの』


 ぼくむずかしいことわかんない。


 芝生の上、手足を投げ出して寝転がる。うーん、やっぱり晩秋でも、おひさまは温かいや。つくづく日光が平気な種族でよかったー。


 同じく寝転がったリリアナは、俺の腹に顎を載せてご満悦。すぐにすぴすぴと寝息を立て始める。森エルフもおひさま大好きだもんな。


 レイラもまた、俺のすぐ近くに腰を下ろした。


「お膝をどうぞ、あなた♪」


 メイド服のスカートを撫で付けながら、レイラがはにかんで笑う。


「お……、ありがとう」


 ちょっと躊躇ったが、断るのも失礼だと思い、もぞもぞと体を動かす。


 レイラの膝枕に、そっと頭を載せた。……適度な太ももの弾力と人肌の温かさが、無性にくすぐったい感じがして、心地よい。


 なんて……なんて枕だ。


 クソッ、角さえなければ……横向きで堪能したかった……!


 人化すりゃいけるけど、こんな場所で弱体化するのはリスクがデカすぎる……!


 …………部屋に帰ったらやらせてもらおうかな?


「どう、ですか?」

「最高」


 語彙力を失った俺が答えると、レイラは「えへへ……」と照れたように笑う。その手が、俺の髪をくすぐるようにして撫でた。


「今度はわたしがナデナデしちゃいます」


 おぉ……いつも俺がする側だから、新鮮だな……


 レイラの白魚のような指が頭皮を優しく撫でる。他人に撫でてもらうのってこんなに気持ちいいのか……そりゃみんなハマるはずだよ……


 眩しすぎず、それでいて温かなおひさま。最高の膝枕に、頭のマッサージ……


 楽園は地上にあったのか……


「ふふふ……」


 慈愛に満ちた深い色をたたえた眼差しで、レイラが微笑む。


「…………」


 その純真な笑顔を見ていると、ふと、申し訳無さが湧いて出た。


「ごめんな。さっきは手荒なことしちゃって」

「え? 手荒なこと……ですか?」


 撫でる手を止めて、小首をかしげるレイラ。


「うん。……その、顔をグイッてやったりとか」


 強引に口づけたりだとか。


 ああいうわかりやすい形で仲睦まじさをアピールすれば、闇竜たちへの『魔除け』になると考えたのだ。


 いくらレイラに屈折した嗜虐心を抱いていようとも、俺のお気に入りに対しては、そうやすやすと手出しできないはず。


 元々、俺のご機嫌取りのために差し出したのがレイラだからな。その待遇が気に入らないからって、レイラに嫌がらせをして俺の気分を害するようでは、本末転倒だ。


 それに魔族は蛮族だからこそ、色恋沙汰で下手打ったら何をやらかすかわかんないからな。アイツらもより一層、慎重になるだろう……。


「ああ……あれですか」


 俺の言う『手荒なこと』を察して、レイラがちょっと怒ったような顔をする。


「ひどいです。びっくりしちゃいました」

「……すまない」


 いくらレイラを守る意図があったとはいえ、俺が勝手にやったことだ。突然あんな真似をされたら、不快な思いも――



「――だから」



 と、レイラの手が、不意に俺の両頬に沿えられた。



 視界に、微笑みをたたえたレイラの顔が、大写しになって――



 そっと――額に、柔らかな感触。



「……仕返しです」



 唇を離したレイラはキリッとした顔で言い切ろうとして、失敗して、ふにゃふにゃと相好を崩しながら、頬を赤く染めて目を逸らした。


「……っっ」


 額に魔法でもかけられたみたいに、俺もまた全身が熱くなるのを感じた。……いやレイラの膝も熱っ!


 ど……どうしたらいいんだ!


 俺はどう反応したらいいんだよ! アンテ! 教えてくれ!


『我が知るかァ――ッッ!!』


 おぇッぷ俺の中で暴れるのはやめろォ――!





 ――メキョッ





 不意に、その場に相応しくない破砕音が響いた。


「……?」


 怪訝そうに顔を上げたレイラが、緊張に身体を強張らせるのがわかった。


「なんだ……?」


 俺も軽く身を起こして、レイラの視線の先をたどって――


「……あ」




 




「ジールーくん♪」




 さんさんと日光を浴びる俺たちから、距離を取って。




 回廊の日陰から、作り物めいた笑顔でこちらを覗いていたのは――




「あはは。早めに帰ってきちゃった♪」




 ――石柱に指をめり込ませた死霊王リッチ、エンマだった。

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