7.角が生えてきた
どうも、最近なんか頭が痛えなと思ってたら、いきなり角が生えてきた魔族の子、ジルバギアスです。
生まれ変わってからだいたい5年が経った。
勉強、魔族流格闘術、城の探検(という名の走り込み)、と心身ともに鍛えつつ、反逆の牙を研いでいたら、ある日突然それは起きた。
側頭部がじくじくと痛むなー、ソフィアに殴られた痛みとはなんか違うなー、って思いながら寝て、起きたら枕が血まみれになっていたのだ。
そして違和感があるなと思ったら、角だよ。
まだ小さいが、魔族特有の禍々しい形状のアレが、頭の両サイドから生えていた。
「おめでとうございますお坊ちゃま! いや、もう『お坊ちゃま』じゃなくてジルバギアス様とお呼びするべきですね!」
角を握って茫然自失していた俺に、部屋へ起こしに来たソフィアがパチパチと拍手して祝ってくる。
普段と変わらないはずの彼女に――しかし、俺は言葉を返せなかった。
ソフィアを中心に、魔力が渦巻いているのが、わかる。
いや、ソフィアそのものが魔力の塊だった。その肉体が、物質的なモノではなく、吹き荒む風を無理やり型に押し込めたような不自然な状態であることが、感覚として理解できた。
あー、そっか。
だから悪魔って死んだら大なり小なり爆発するのか……この『型』が崩壊してエネルギーが解き放たれるわけだ。
学者たちが『悪魔は精霊に近い存在』だとか言ってたのが、今ならしっくりくる。俺たち生物とは、根本的にあり方が違うんだ。
「……あ、ジルバギアス様もわかるようになったんですね?」
ニヤリと笑ったソフィアは芝居がかった仕草で、手品師のように両手を広げる。
彼女の手のひらから滲み出す魔力が、楔形の魔族文字を形作り――『角なし卒業 おめでとうございます』と読めた。
こんなにはっきり魔力を知覚できたのは、前世を含めても初めての経験だ。
高位の術者、あるいは
魔族にとって、角はかなり重要な感覚器であることは広く知られていたが、まさかここまでとは。ただ目で見る世界とは、まるで違う……
「奥方様もきっとお喜びになられるでしょう! それにしても早いですねー、魔族の角は8~9歳、遅ければ10歳くらいで生えるそうですが――」
ソフィアの言葉を聞き流しながら、俺は噛み締めていた。
自分が本当に――人族ではなく、魔族に生まれ変わってしまったという事実を。
今までは、何かに没頭していればそれを忘れることもできたが、もう無理だ。ここまで感じる世界が変わってしまったら。
……あと、もう二度と横向きに寝れないことが地味にショックだった。
俺、仰向けだとうまく寝付けないんだけどな……
†††
「素晴らしいわ! 5歳で角が生えるなんて、史上初じゃないかしら!?」
プラティは大喜びだった。
きっと他の王子の母たちにウキウキで自慢しに行くんだろうな――などと冷めた目で見つつ、俺はプラティの魔力も感じ取る。
――強い。
さすがは魔王の妻というべきか、上位魔族と呼ぶに相応しき力強さ。その場で風が渦巻いているようなソフィアと比べると、どっしりとした岩のような存在感だ。これはやはり、『肉体』を持っているからだろう。良くも悪くも安定している。
「ジルバギアス様、おめでとうございます」
「おめでとうございまーす」
ひるがえって、部屋の隅で祝ってくる使用人たちに目を向ける。
馴染みの小間使いの
そして獣人は、それに輪をかけて頼りない。身体能力的にはインプより格上のはずなのだが、魔力的には吹けば飛びそうな脆さだ。魔族が下等種族と蔑むのも、わからんでもない。……そして人族もきっと、このくらいなんだろうな。
最後に、
彼女ら夜エルフは、森エルフから追放された一族の末裔とされている。
太古の昔、エルフたちは精霊を崇拝し、森や動物たちを愛して、森とともに生きていた。が、その行き過ぎた自然主義に折り合えない者が現れ始めた。
その者たちは狩りに興じ、自然を自らの望む形に作り変えることを厭わなかった。やがて、自然主義のエルフたちと対立が深刻化し、激しい同族争いの末、彼らは故郷の森を追われたのだという。
その際、精霊の寵愛を失ったせいか魔力は衰え、寿命も短くなってしまった。彼らは森エルフと精霊たちを恨み、闇の神を信奉して
今では、ほとんど別の種族と言ってもいい。強大な魔力を誇り、健康的に日焼けした森エルフと、太陽を忌み嫌い、病的なまでに青白い肌の夜エルフ。
森エルフほどの魔法は使えない代わりに、闇に適応した夜エルフたちは、その赤い瞳で生物の熱を感じ取ることができ、また弓に関しても森エルフより実戦的かつ高い技量を誇る。
……まあ、魔法を使える森エルフはそこまで弓に頼る必要がないわけだが……
ともあれ、夜エルフは森エルフに復讐を果たし、その血を闇の神に捧げることで、在りし日の魔力と寿命を取り戻すことを悲願としている。だから同じ闇の輩であり、他種族へ侵略戦争を仕掛ける魔族に恭順しているのだ。
血を好む残虐な気質は合うし、青白い肌も親近感が湧くし、魔族と夜エルフの関係は、それなりに良好だ。
表向きは。
「おめでとうございます」
俺を祝福する夜エルフの使用人たちの笑顔は、しかしどこか寒々しい。
魔族は、魔王国の黎明期から付き従う夜エルフたちを優遇しているが、同時にその弱々しい魔力を蔑み、陰では『角なし』などと呼んでいる。
同じような気質で同じような見た目なのに、角がないせいで魔力が貧弱だ、と。
しかも周囲には、魔族とほぼ同格に遇されている悪魔たちがおり、悪魔にも角が生えている。
「おめでとう、ございます」
壁際で拍手する夜エルフたちが、強大な魔力の象徴たる角を、どのような気持ちで見ているか――
その胸中は定かでない。
だがひとつ確かなことがあるとすれば。
魔王軍は決して、仲良しこよしの集団ではないということだ。
「さて、改めておめでとうジルバギアス。これであなたも、世界の見え方が変わったでしょう」
落ち着きを取り戻し、扇子をひらひらさせるプラティ。
「最低限、自分の身は守れるようになったわね。今まであなたの行動範囲を制限してきたけど、これでもっと自由に動けるようになるわ」
「自分の身を守る……ですか?」
俺は首を傾げた。
行動範囲が制限されていたのは事実だ。城からほとんど出たことがないし、城内でさえ出入りできない区域の方が多かった。魔王や兄・姉たちが暮らす宮殿にも入ったことがない。
理由は『危険だから』。他王子やその親族たちが何を仕掛けてくるかわからない、とのことだったが――
角が生えたことと、自分の身を守ることがどう関係するのだろう。
なんだ? 魔族は文字通り角を突き合わせて喧嘩でもするのか?
「ジルバギアス、角が生えた恩恵をあなたに教えてあげるわ」
含みのある笑みを見せたプラティは、ぱちんと扇子をたたむ。
どろり、と魔力がその体から溢れ出し、部屋を包み込んだ。
「【ひれ伏せ】」
声――のような、なにか。
凄まじい重圧。部屋の空気が、粘着質に淀んだ別のものに成り果てる。
それには確かな強制力があった。俺は反射的に、自らを守る。
魔王軍と戦う者なら、誰でも最初に教わる心得。透明な殻で全身を包むイメージ。魔法と呪詛への対抗法。
そして驚く。角が生えたことで、それが驚くほどスムーズに行えた。全身がフッと軽くなる。
かつ、本当に自分が、魔力を操れていることに気づいた。前世で魔力を扱っていたときのあやふやな感覚とは一線を画す。今まで目隠しをしたまま文字を書こうとしていたのが、ちゃんと手元が見えるようになった。それほどに違う。
俺を守る殻が強固なのも、それをはっきりと認識できるからだ。
部屋の隅では、獣人の使用人が全身の毛を逆立ててひれ伏すのが見える。夜エルフの使用人たちは必死に耐えているようだった。インプは煙たがるような仕草を見せ、ソフィアはいつもどおりの涼しい顔。
「――素晴らしい」
爛々と目を輝かせながら、プラティは笑った。
「わたしの本気にも膝を屈さないなんて。素晴らしいわ!」
部屋の空気が、元に戻った。獣人はぜぇぜぇと肩で息をしながら立ち上がり、夜エルフたちもホッとした様子で細く息を吐く。
「さすがはわたしの子よ、ジルバギアス。角なしでも、――それこそ赤子の頃から、異常なくらい我が強かっただけのことはあるわね」
――言い方が、少し引っかかった。
それに今しがたの、あの空気。
程度こそ違うが、身に覚えがある。
『――あなたは、魔王になるのよジルバギアス』
ことあるごとにかけられていた、あの言葉――
呪詛だったのか。
我が子を魔王へと仕立て上げるための。
そう悟って、俺は薄ら寒い気分になった。
「わたしの本気に耐えられるようなら、大丈夫ね。そのまま宮殿に踏み入っても壊されるようなことはないはずよ。ああ、あなたが強い子でよかった! 王子が呪詛を恐れて魔除けを身に着けてるようじゃ、後世まで笑い者にされてしまうもの」
プラティは上機嫌でからからと笑っている。
「予定をちょっと繰り上げてもいいかもしれない。宮殿でゴルドギアス様に――魔王陛下にお会いするのが楽しみね? ジルバギアス」
……俺は勇者だ。
魔王に挑むのに恐れなどない。
これまで立ち入りが禁じられていた宮殿に――あの憎き魔王に近づく機会が、とうとう得られそうだという事実に、高揚感すら覚える。
でも、ちょっとだけ……ちょっとだけ不安に思うことくらいは、許してほしい。
魔王城に殴り込んだときでさえ、頼れる剣と盾と魔除けくらいは身につけていたのだから。
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