8.イカれた階級社会
幸い、というべきか、角が生えたその日に宮殿へ殴り込む羽目にはならなかった。
というのも、『
具体的には、
魔王国はちょっとイカれた階級社会で、なんと魔族はほぼ全員が貴族という扱いになるのだ。角が生えたら従騎士、15歳で成人すれば騎士、あとは戦功や国への特別な貢献によって準男爵、男爵、子爵――といった具合に昇格していく。
家や領地に身分が結びついていない、長子じゃなくても身分が付与される、魔王の子であっても下っ端スタートであとは自分次第、という点で人族の貴族制度とはだいぶん毛色が違う。
そしてこれらの階級は、戦場での命令系統にも直結している。最上位に『魔王』が君臨していることは言うまでもない。
他者の上に立つのが大好きで、命令されるのが大嫌いな魔族たちは、少しでも階級を上げるべく日々心血を注いでいるわけだ……
ちなみに、魔族以外の種族にも、身分が授けられることがある。
ナイトエルフやドラゴンといった、いわゆる一等国民。あるいは魔王に忠誠を誓う高位のアンデッド。獣人族の指導者層(獣人の王とか、族長とか)。
そして魔族とほぼ同格扱いされる悪魔たちだ。
「わたしですか? 一応、男爵ってことになります」
お勉強タイム。俺の魔族文字の作文を添削しながら、ソフィアはあまり興味がなさそうに言った。
「どうでもよさそうだな」
「わたしは基本的に
さもありなん。
悪魔たちは魔力と強さが直結している。角が生えてから何体か城の悪魔を目にしたが、「こいつはソフィアより格下だ」「こいつはソフィアよりかなり強い」というのが、はっきり感じ取れた。
角生えたての魔族でさえそうなんだから、当の悪魔たちには自明の理なんだろう。戦功をたくさん挙げて子爵に列せられた小悪魔が、ソフィアより格上だと偉ぶっても滑稽なだけ、というわけだ。そんな小悪魔が存在するかはさておき。
「……それにしても、魔族なら誰でも実力次第で昇格できるんなら、魔王位の継承で問題が生まれないか?」
「? といいますと?」
「『魔王』に次ぐ『大公』まで上り詰めたやつなら、全員、次期魔王になろうとするんじゃないか? 後継者争いがとんでもないことになりそうだが」
「よくわかりませんね。それのどこが問題なんです?」
きょとんとするソフィアに、作文する俺の手は止まった。
……そうか、血にも結びついていないのか、魔王位は。
本当に強ければ、魔王の血族でさえなくても構わない、と。そしてどれだけ激しい争いになっても構わない、と……。イカれてると感じるのは、俺が元人間だからなんだろうか。
「現魔王陛下も、心の底から恭順を誓った者を除いて、兄弟姉妹も含めて対立者は皆殺しの上で即位されてますからね」
ソフィアは何でもないことのように言った。
「それほど激しい後継者争いを勝ち残った者でなければ、我の強い魔族を統べることなんてできませんよ、ジルバギアス様」
「……隔絶した実力がなければ、誰も従わない、か」
「ええ。『魔王の槍』を受け継ぐに相応しいことを証明しなければ」
……あの『槍』か。
魔王との戦いを思い出す。
無骨で、黒曜石のような質感のシンプルな槍だった。とんでもない力を秘めた魔法の品であることは間違いない。守護の魔法と祈りを何重にも込めた俺たちの盾を、紙細工か何かみたいにブチ抜いてきやがった。仲間の剣聖が放った渾身の一撃でも、傷ひとつついていなかったように思える。
「魔王の槍、ってのは、何なんだ」
俺は知識の悪魔に、その正体を尋ねることにした。
「……ああ、そういえば説明していませんでしたね。魔族にとってあまりにも当然の存在なので、ジルバギアス様も知っているような気になっていました」
ぽん、と手を打ったソフィアは、嬉々として説明し始める。
「魔王陛下が受け継ぐ槍は、初代魔王のラオウギアス様――ジルバギアス様のお祖父様ですね――が、自らの命を代償に創り出した魔槍です」
命を代償に、か。
「まるでドワーフだな」
ドワーフの『真打ち』のようだ。鍛冶を種族としての魔法にまで昇華させた彼らは、一生に一度、自らの魂を込めて凄まじい魔法の武具を創り出すという。
「そうですね! よくご存知で。……なぜご存知で?」
俺のつぶやきに相槌を打ったソフィアは、怪訝な顔をする。
……やっべ。俺は教わった以上のことは知らないはずなんだ! そしてそれを全て管理しているのが目の前の悪魔だ!!
「……本で、読んだ気がする」
嫌な汗をかきながら、俺は苦し紛れに答えた。
昔の俺とは違う。魔族文字を覚え、人族文字も学び、今ではエルフ文字にまで手を出している。本も読めるし、実際に教科書として何冊か読破した。体が若いせいか、覚えるのがそれほど苦じゃないんだよな。
悪魔の教育によって、勉強嫌いがだいぶん改善されてしまった……
「ああ、371日前に読まれた歴史書に、ドワーフ族の記述がありますね。説明はしてませんでしたけど、ちゃんと読まれてたんですね」
目を細めて虚空を一瞥したソフィアが、フンフンと頷いて納得する。
…………あっっっぶねぇ。こいつ、俺に読ませた内容も全部把握してやがる!
もし今まで読んだ本の中にドワーフの記述がなかったら、もっと怪しまれるところだった……!!
もう、相槌を打つのはやめよう。思ったことを口に出すのも、だ。
「……話が逸れたな。それで?」
「はい。ジルバギアス様もお察しの通り、『魔王の槍』は魔法の武具です。初代魔王が魔神と契約して手に入れた、『魂喰らい』の力が込められています」
魔王の桁外れな力の源であるという、『魂喰らい』の邪法がここで出てくるか。
俺たち汎人類同盟も名前だけは知っているが、その実態は謎に包まれている。人族の諜報員が活動できない魔王国は、情報が極端に不足しているのだ。
鼓動が早まるのを感じながら、俺は無言で続きを促した。
「『魂喰らい』は魔神カニバルの権能で、屠った獲物の魂を糧として魔力に変換する魔法です。そして『魔王の槍』には、その魔法と、初代魔王が保持していた魔力の大部分が込められており、槍の担い手はそれらを受け継ぐことができるのです」
――――。
あの隔絶した魔王の力は。
そして魂喰らいの邪法は。
全て、槍が基点だったのか……!
「ですから、魔王の座をめぐる争いは、槍の担い手をめぐる争いとも言えます。ただ手にするだけではダメなんです。競い合い、殺し合い、最後に勝ち残った者が正統な担い手となって初めて、王が臣下を統べる呪術が完成するのです」
「…………」
口の中がからからに乾いていた。
つまり、つまりだ。
「じゃあ、さ」
……さっき余計なことは口にしないと誓ったばかりだが、これだけは聞かずにいられない。
「万が一、あの槍が失われたら……とんでもないことにならないか?」
「そう、ですね」
ソフィアは頷く。
「仮に槍が失われれば――強大な力を持つ『王』がいなくなれば、残念ながら、魔族の皆々様もまとまりを失われるかと」
その言葉には、どこか皮肉るような色があった。
「ただ、この世界に、あの槍を破壊できるものが存在するとは思えませんね。魔神の権能で鍛え上げられた、初代魔王の魂の結晶ですよ? 第一、肌身離さず持ち歩く現魔王陛下が、そんなこと許さないでしょうし」
構わない。
ああ、構わないとも。
許そうが許すまいが、俺は『殺る』つもりだったんだ。
強大な魔王国の、弱点が見えた。それだけで今の俺には十分だ。
「そうだ! このあたりのことを、詳しく書いた本があります。初代魔王陛下が執筆されたものですよ」
と、ソフィアが突然、執事服の胸元を開いて、ずるるっと辞典のようなクソでかい本を取り出した。
「どこから出したその本!?」
「わたしの体の中、書庫になってるんですよ」
「書庫に!?」
いくら肉体の縛りがないからって、自由すぎるだろ!!
困惑しつつも、本を手に取る。
無駄な装飾のない、質実剛健な装丁。
そしてそれに相応しい、飾り気のないタイトルが魔族文字で書かれていた。
――『魔王建国記』と。
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