376.秘術の使い手


「アーサー殿ですか? 今日はもうお出かけされてますね……」


 吸血鬼狩りの旅に同行する旨を伝えるべく、聖教会を尋ねたら、現地の神官が申し訳無さそうにそう教えてくれた。


「お出かけ?」

「はい。たぶん、こちらの住所におられるかと……」


 そうして、メモを渡される。……住宅街の方か?


 住民に道を尋ねながら、そちらに向かってみると――慎ましやかな一軒家。鉄の輪っかを咥えた鳥の頭を模したドアノッカーで、コンコンと来訪を知らせてみる。


「はーい! どちらさま?」


 よく日に焼けた、そばかす顔の活発そうな女性が出てくる。


「あの、アーサーがこちらにいると聞いて伺ったんですが……」

「はい、いますよ! 聖教会の方?」

「そんなもんです」

「あなたー! お客さんよー!」


 階段の上に向かって、女性が叫ぶ。え、『あなた』?


「はいはーい」


 ドタドタと階上で慌ただしげに足音がして、ちっちゃい子を抱きかかえたアーサーが降りてきた。先ほどまでの鎧姿とは打って変わって、白いシャツに茶色の短パンというめっちゃラフな格好だ。サラサラ金髪ミステリアスイケメンとのギャップというか、アットホーム感が尋常じゃない!


「やあ、アレックス! さっきぶりだ! すまないね、教会にいなくて。今日はもう来ないと思ってたから……」


 ……アッ! 『返事は1日待って』ってこっちから頼んでたんだった!


「いや! こっちこそ急に訪ねちゃってすまない、すっかり忘れてた……」


 俺ってばうっかり。明日でよかったかー。申し訳なくて頭をかきながら、アーサーの隣の女性と、抱きかかえてるお子さんを見やる。


「奥さんと、娘さん?」

「妻のサラと、こっちは娘じゃなくて息子のラーサーだよ」


 アーサーがニコニコしながら、抱っこした息子さんをゆさゆさ揺らしている。


「息子さんだったか! こんにちは」


 俺が目の高さを下げて挨拶すると、息子さんが「こーんちゃ!」と舌足らずながら元気に答えてきた。あら、もう挨拶はできるんだね~かわいいね~。


「俺は、アレックスです。こっちはレイラ」

「はじめまして、レイラです」


 奥さんと息子さんに自己紹介しておく。


「元気なお子さんだ、すごい美人だからてっきり娘さんかと」

「あはは。サラに似たのかな」


 奥さんの肩を抱き寄せて、チュッと頬にキスするアーサー。「やだもぅ人前で」で照れるサラに、キャッキャと笑っているラーサー。個人的な意見では、たぶん奥さんじゃなくてアーサー似だ。


 にしても、妻と子どもがいることは聞いてたけど、まさかこの街にいたとは。


「そう。サラとラーサーに会いに来たんだよ」


 俺の視線で察したのか、微笑むアーサー。だけど、明後日にはもう出航か……見れば奥さんが、ちょっと寂しそうな顔をしていた。俺の来訪で、アーサーがまたすぐに旅立っちゃうこととか、色々思い出しちゃったんだろうな。


 貴重な家族団らんの時間に、土足で踏み込んじゃって悪いことをした。手早く用事を済ませよう。


「例の件なんだが、ついていくよ。よろしく頼む」


 俺がそう告げると、アーサーがチラッとレイラを見た。


「恋人さんは?」

「もちろん、一緒に」

「大丈夫なのかい?」


 危険かもよ、と言外に。ああ、まあ、見た目は華奢な娘だしね……


「レイラは強力な魔法使いだよ、彼女の秘術で何度もピンチを救われてる」

「なるほど」


 アーサーはそっと髪をかき上げる。前髪で隠されていた左目――綺麗な緑の瞳――もまた、しげしげとレイラを見つめていた。


「確かに、只者じゃない魔力だとは思っていた。そういうことなら」


 よし、そういうわけで、お暇しますかね……


『吸血鬼が複数おるかもしれんこととか、教えんでいいのか?』


 と、アンテ。


 む……確かに、重要度は高いな。仮にアーサーが他の支部に連絡したり、聖教会を通じて支援を要請したりするなら、早めに伝えておくべきだろう。


 ただ、ここで話し込むのもなぁ……もともと明日返事するはずだったし、ぼちぼち夕方だし、今日明日じゃそんなに変わらないか。


「明日、聖教会に顔を出す予定は?」


 日を改めて詳しく伝えるかな、と思ってさり気なく尋ねると、アーサーがスッと目を細めた。


「朝には顔を出すつもりだけど。何か……あるのかい? 伝えるべきことが」


 ……察しがいいなぁ~~~空気読みの鬼かお前? 


 ここで何も言わずに辞去したら、徒にモヤッとさせちゃうだけだな……


「奥さん、大変申し訳無いんですが、旦那さんと5分ほどお話させてください」

「いえいえ、お構いなく! どうぞどうぞ」


 俺が頭を下げると、サラは慌ててわちゃわちゃと手を振った。


「今、ちょうど飲み物を作ってたんです。よかったらどうぞ。レイラさんも」


 申し訳ないので遠慮しようとしたが、サラは構わず、俺とレイラにもミントと果汁をまぜた飲み物を渡してきた。アーサーが魔法を使い、さらにひんやりと冷却。アーサー、水属性持ちか……。


 コップを手に俺とアーサーで2階に上がる。さっきまで息子さんと遊んでいたのだろう、ベッドの上に積み木が転がっていた。


 俺がパンッと手を叩いて無詠唱で防音の結界を展開すると、アーサーがクイッと眉を上げてみせる。


「そんなに重要なのかい?」

「吸血鬼について、少し手がかりがな……」


 俺は神妙な顔で語る。アーサーも俄然、興味が湧いたようで前のめりになった。


「どんな些細な手がかりでもほしい。聞かせてくれ」

「ああ。おそらく、敵は複数で徒党を組んでいる。さらに、さっき打ち上げられていた遺体は、どうやら客船に乗っていたところを襲われたようだ。しかもその客船は中型船以上で、そこそこに規模も大きかったと見える……」


 ぴたっと動きを止めるアーサー。


「……思ったより情報量が多くてびっくりしてる。なんでそんなに詳しくわかったんだい?」

「占いだ」


 俺は真顔で告げた。


「……はい?」

「占いだ」


 俺は真顔で繰り返した。アーサーはぱちぱちと目をしばたいた。

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