555.真打と対価
ガツーン、ガツーンと硬質な音が鍛冶場に響き渡る。
アダマスが目覚めてから数時間、鍛冶場にはまるで噴火のような激しい火の魔力が吹き荒れていた。
発生源はアインツだ。ノリにノッている。
「いいぞ……こいつはすげえもんが出来上がる……!」
滝のように汗を流しながら、まるで熱に浮かされたように一心不乱にハンマーを振るうアインツ。
いったいどこにこれほどの力が眠っていたのか――と驚くほどの魔力が、ハンマーが打ち付けられるたび、赤熱したアダマスへと吹き込まれていく。
いや、すごいな……!
俺はドワーフの『迫力』とでもいうべきものに圧倒されていた。今のアインツなら侯爵級の魔族とも真正面から殴り合えそうだ。
『お主自身、片角を失って弱体化しておるので、余計にアインツが大きく見えていることもあるかもしれんの』
俺の中に戻ってきたアンテが言った。確かに、それもあるかもしれない。
「水! 水くれ!」
「ほいほい」
これだけ汗を流していたら、そりゃあ喉も渇くだろう。手が離せないアインツに、俺はストローをさしたゴブレットを差し出した。ただの水じゃなく、柑橘類の果汁とひとつまみの塩も入れてある。
「――くぁっ! 沁みるな!」
アインツは喉を鳴らして美味そうに飲み干した。
ついでに、俺も何口か飲む。いやぁ、美味い。燃え盛る炉の熱気に加えてアインツの火の魔力にもあてられて、そばにいる俺も暑くてたまらない。
ちなみに霊体組は、この魔力の奔流に焼かれてしまう可能性があるため、みな依代に退避している。『吸血鬼が野放しになっているのに自分だけ寝てるなんて』と駄々をこねていたレキサー司教も、流石に火属性には抗えず大人しく休眠状態に入っていた。
そして夜も更けてきたため、ヘレーナとレイラは別室で休憩中。レイラは鍛冶場で仮眠を取ろうとしていたが、アインツのハンマーの音がうるさすぎるので断念したようだ。
俺はというと、ついさっきまでアダマスに聖銀呪を配合した闇の魔力を注ぎ込んでいた。上位魔族の魔力と角、魔神の角、レイラの牙やリリアナの爪――禁忌の欲張りセットみたいな素材がガンガン投入され、アダマスの打ち直しは佳境に入りつつある。
赤熱した我が愛剣は――なんというかもう原型を留めてなかった。打ち直しだから当たり前といえば当たり前なんだが、「そんなに変えちゃって大丈夫?」ってくらい変形している。
もうほぼ別物だな……目覚めて早々、顔の形がわかんなくなるくらいボコボコに殴られてるようなもんじゃないのかな。打ち直される剣がどんな気持ちなのか、俺にはわかんないけど、ちょっと気の毒になってきた。
「おい、アレク」
「なんだ?」
「お前、この剣って、槍の穂先としても使うんだよな」
視線はアダマスに固定したまま、アインツが尋ねてくる。
「ああ。何のひねりもなく剣槍って呼んでるよ」
「柄には、伸縮自在の人骨を使うんだったな? どんなもんか見てみたい」
ちらっと顔を上げて、顎で部屋の隅に立てかけてあった剣を示すアインツ。
「アダマスに似た剣があるから、演武してみろ。剣をそのまま穂先として流用したら何かしら問題点があるはずだ。洗い出して改良する」
確かに、勇者時代の俺とは全く違った剣の使い方してるわけだもんな。打ち直すにあたって、穂先としての運用も前提にデザインしてくれるのだろう。
ありがてえ……!
俺は早速、剣を拝借して骨の柄をつなげ、剣槍の型を披露した。突きや打撃などの槍の動きに加え、剣術の延長にある斬撃、刺突からの斬り上げ、魔族の槍を巻き上げて逸らす防御技、反撃の石突の打撃――
「……俺ァ槍のド素人だし、ハッキリとはわからんが、刺突や柄での打撃だけでなく斬撃も取り入れられているのが、剣槍と槍の大きな違いか?」
「そうだな。柄が極端に長いおかげで、殴打や刺突をしやすい剣って考えた方が近いかもしれない」
「随分と洗練された術理に見える。お前ひとりで編み出したなら大したもんだ」
「…………いや、俺ひとりで考えたわけじゃない」
感心したようにうなずくアインツに、俺は思わず演武の手を止めて、胸元に手を伸ばした。服の下、揺れるペンダント。夜エルフの剣聖――
「……実は俺の部下に、剣を極めた夜エルフがいてな。そいつと実戦形式でガンガンやり合って、洗練していったんだ」
「なるほど……そうなってくると……斬撃……いや遠心力も加味すれば……柄が伸縮自在ってのがなぁ逆に……柔軟な運用を前提に……」
……アインツはもう自分の世界に入っているようだった。ブツブツと呟きながら、アダマスをハンマーで叩いている。
俺はひとり肩をすくめた。
『フフフ……感傷もクソもあったものではないの』
別に感傷的になんてなってないがー? そりゃあ、心情的に思うところは、なくはないけど、最初からわかってたことだしよ……
魔王子としては、いい部下だった。得難い忠臣だった。
だが勇者としては――あくまで敵だった。
それは最初から最後まで変わらない……
「……おいアレク、突きからの切り払いの動き、もう1回見せろ」
「おう」
アインツの要請に、俺は喜んで応じた。それからしばらく、言われるがまま剣槍の型を何度も繰り返して見せる。……魔王城にいたときからそうだったが、体を動かすのは好きだ。無心で剣を振っていたら余計なことを考えずに済む。
――それにしても俺としては、アダマスを槍の穂先にしても不満は特に感じてなかったんだが、アインツはどう改良するつもりなんだろう。
強いて言えば『槍』として運用するには少し重かったくらいか? しかし軽けりゃいいってモンでもないしなぁ。魔族になって前世とは比べ物にならないくらい強力な身体強化を使えるようになったので、重くても問題なくブン回せるし。
アインツが鍛冶師視点で剣槍に何を見出し、アダマスをどんな姿に生まれ変わらせてくれるのか――楽しみでもあり、不安でもあり。
ただ、俺にとって理想のひと振りを仕上げてくれることだけは、間違いない。俺は鍛冶師アインツを心の底から信頼している。
きっといい仕事をしてくれるだろう。アダマスを打ってくれたときのように――
「…………」
そういえば。それでふと気付いたが。
アインツと再会してから勢いでここまでやってきたから、すっかり大事なことを失念していたぞ……
『どうしたんじゃ。顔色が悪いが』
……俺、アダマスを依頼したとき、アインツに有り金全部差し出したんだよ。
文字通り、全財産だ。使い途がなくて貯め込んでた金貨、アインツの鍛冶場に全部ぶち撒けたんだ。
その甲斐あってか、アダマスは真打ちに限りなく近い聖剣になったが――
今回、打ち直してもらってるのは紛れもない『真打ち』だ。
いったい――どれほどの対価が必要になる?
俺の手持ちで払えるか……? じわ、と嫌な汗が滲んだ。
「なあ……アインツ」
「なんだ」
「その、今さらな話で申し訳ないんだが……」
「要点を言え」
こちらの気まずげな空気に、鬱陶しそうに眉をひそめるアインツ。
「……新生アダマスの対価、何を払えばいい?」
「いらん」
は?
即答するアインツに、俺は目が点になった。
「いらん」
聞き間違いではないことを強調するかのように、繰り返すアインツ。
「しかし……ドワーフの鍛冶魔法は」
鍛冶魔法は、顧客が正当な対価を支払わなければ成立しない。もしも契約が果たされなければ、ドワーフが吹き込んだ魔法は色褪せてしまい、永遠に喪われてしまう。
そしてそれは、ドワーフ族自身をも強固に縛る鋼の掟のはず――
「真打ちだけは例外なんだ」
が、心なしか、面白がるように頬を緩めながらアインツは言う。
「なぜなら真打ちは、他ならぬ自分自身のために打ち上げるものだからだ。己の誇りを、鍛冶の腕を、モノ作りに捧げた人生を――」
ハンマーを振り下ろし、赤熱したアダマスに魔力を吹き込むアインツ。
「――全て注ぎ込んで生み出される最高傑作。それが真打ちだ。俺が、俺の誇りのために打ち上げるものだから、お前からは対価はとらん。お前はただ、俺が全身全霊で打ち上げた魂の結晶を、持っていきゃいいのさ」
ハッ、と今度はどこか皮肉に笑って、アインツはおどけたように俺を見つめる。
「まあもっとも……生まれ変わったアダマスが、お前を認めたらの話だがな?」
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