556.相応しき刃

※お久しぶりです! 6巻の原稿が一段落したらWEB版に注力したいところです……本格再開まで、今しばらくお待ち頂ければ幸いです……!!


【前回のあらすじ】

アレク 「やっべ、真打ちの対価なんにも用意してなかった……」

アインツ「真打ちは俺が俺のために打つものだから対価はとらん、持ってけ」

アレク 「本当にいいのか?」

アインツ「生まれ変わったアダマスがお前を認めればの話だがな?」

アレク 「…………」

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 生まれ変わったアダマスは、果たして俺を主と認めてくれるのか。


 己に問いかけると、重石でも飲み込んだような気分になる。そもそもなぜアダマスが破損するに至ったかを考えれば。


 ――侵略軍とはいえ人族相手に暴れ回り、勇者や神官やヴァンパイアハンターを血祭りにあげ、しまいにはアーサーの最期の一撃を無理やり受け止めて。


 それでひび割れた。


 我が事ながら……列挙するとあまりに酷い。己の所業に真正面から向き合うと息が詰まるし嫌な汗が滲み出てくるし吐き気も催す。だがそんな体の反応も忌々しい。俺が俺の意思でやったことだ、何を可哀想ぶってやがると自分自身に腹が立つ。名状しがたい嫌悪感が際限なく湧き出てくる……


『おほ~~~……』


 人の苦悩を堪能してんじゃねえよ!! 角切断で散々禁忌キメただろうがよ!


「なあ、アインツ…………俺が主として認めてもらえる要素がなくないか?」

「…………」

「何とか言ってくれよ……」

「うるせェ! 俺だって真打ちが無駄になるとは考えたくもねェんだよ!!」


 キレられた。


「まあぶっちゃけ……親から子に受け継ぐものでさえ、真打ちが認めなくてダメになっちまうことはあるからな……主に実力不足が問題とはされてるんだが」


 ちなみに、ドワーフ族の精鋭たる鍛冶戦士団は、『真打ちの武器、兜、鎧を受け継いでいること』が入団条件らしい。それができている時点で、ある程度の実力が担保されている、というわけだ。


「血を分けた家族でさえ簡単ではないんだな……」


 ましてや血の繋がりはおろか、種族さえ異なる俺に贈るとなると……。


 その点、アーサーが受け継いでいる【アーヴァロン】は、本当に存在そのものが奇跡と言えるのかもしれない。


「……正直言うと、実力という点では、俺ァ心配してねェ。だから『アダマスがお前を認めればの話』とは言ったが、十中八九は大丈夫だろうとは思っている」


 俺を認めるような発言がむず痒いのか、アインツは顔をしかめながら言った。


「『使い方がマズかった』、本当にその一点に尽きる。逆に問題点はそれだけで、あとはアダマスがどれだけヘソを曲げているか、お前さんがどれだけ運用を改められるか、にかかってくるな」


 赤熱したアダマスをコツコツとハンマーで小突きながら。


「ハッキリ言って、お前さんは『人族を殺す用』の、良質な別の剣を用意するべきだったんだろうと思う」


 こともなげに言うアインツに、俺は閉口した。


「お前が言ってた、魔王城のドワーフ工房のフィセロ=ドン=テクニトゥスとかいう奴。俺も名前は聞いたことがある、あと五十年もすれば聖匠の座に手をかけるのでは、とまで言われている名うての鍛冶師だな。竜鱗鎧シンディカイオスを作らせたときのように、ドワーフ不殺の誓いを立てて、それなりの剣を打ってもらうって手もあっただろ。少なくとも休眠状態のアダマスをブン回すより、よっぽどマシな得物になったはずだ」


 アダマスを休眠状態で剣槍の穂先として酷使するくらいなら、別の武器を用意した方がよかった、とアインツは指摘する。


「むぅ……」


 ぐうの音も出ない正論だ。アダマスを確保するにしても、魔王子としての剣槍を新しく仕立てるという手もあったか。


 いや、でも……


 普段持ち歩くことも考えたら、アダマスが適してたというか。


 実際、緑野郎エメルギアスに奇襲されたときも、肌身離さずアダマスを持ち歩いてたおかげで全力で迎撃できたってこともあるしな……


「まあ、そこまでしてアダマスにこだわっていた、というのは」


 ハンマーを振るう手を少し止めて、アインツが困ったように溜息をつく。


「生みの親としては、鍛冶師冥利に尽きる、と言うべきかもしれんがな……」

「でも……お前が言う通り、別の剣槍を用意するべきだったのかもしれない。ドワーフ製の伸縮自在の携帯槍、持ち運びに便利で魔族の間で流行ってるんだ。それなら邪魔にもならなかっただろうし……」


 赤熱し、ハンマーで打たれ、完全に形が変わってしまったアダマスを眺めながら、俺は唇を噛んだ。


「アダマスは我慢してくれてるみたいだったけど、勇者の聖剣として生まれたこいつに、人族の血を吸わせすぎてしまった。その結果がこれじゃあ、な……」

「いや……だから……そうじゃなくてだな……」


 悔恨の念を滲ませる俺に、アインツはどう話したものか迷う素振りを見せた。


「……正直、人族を斬ったことそのものは、そこまで問題じゃねェんだ。『使い方がマズかった』って指摘に善悪の基準は入ってねェ。こう言っちゃなんだが、『本来は肉切り包丁なのに手入れを怠った上で無理やり木を伐採したら刃が欠けちまっただと? テメェ何してやがる』って次元の話なんだよ」


 結局、アインツは迷うのをやめて言い切った。


「道具は善悪を判断しない。道具にとって大事なのは『主の役に立てるか』と『主は自分を十全に活かせるか』、そのふたつだけだ。仮にお前さんが、アダマスが『我慢している』と感じていたなら、それは人族を斬るのに気が進まなかったお前の心情がアダマスに反映されただけに過ぎねェよ」

「いやでも……聖剣だし……」

「お前ら聖教会が『聖剣』って呼んでるだけで俺たちゃドワーフはずっと『魔剣』って呼んでンだよ! 何をどう取り繕ったところで、所詮は殺しの道具だからな」


 アインツは吐き捨てるようにそう言ったが、言葉とは裏腹に、そんな殺しの道具を心の底から愛おしむような顔をしていた。


「確かにアダマスは、闇の輩を斬るための決して折れないとして生まれた。だから魔族どもをブチ殺すときはアダマスがノリノリなようにお前は感じたんだろう。それも間違っちゃいねェ、間違っちゃいねェが……より正しく言えば、アダマスは『魔族を斬ること』に喜んでたんじゃない。『【魔族を斬る】という目的を達成し、喜ぶお前アレクサンドル』に共鳴してたんだ。そもそもお前、勇者として盗賊やごろつきの類は斬ってただろ?」

「それは……うん」

「そしてそいつら悪人をブチ殺すときは、別に良心の呵責なんてなかったはずだし、アダマスだって不満そうにはしてなかったはずだ」

「…………」


 言われてみれば。というか、そんなとき、アダマスの不満とか意識したことすらなかったように思う。


「それが答えだ。どの種族の血を吸うか、何を殺すかなんてそれほど関係ない。本来の目的を達成するため如何にして主の役に立てるか。それが一番、道具にとって重要なんだよ。『使い方がマズかった』って話に戻るが、結論、お前さんがどうするべきだったのかというと――

「いや、無理だろそれは」


 思わず俺は口を挟んだ。


 バレちゃうじゃん。アダマスそのまんまだったら。そりゃあ正体を隠す必要がないんだったら、俺だってアダマスを休眠なんてさせねえよ!? 不完全な状態なことは重々承知してるんだからさ!


「もちろん、現実的にはそうだ。今のは理想論だな」


 あっけらかんとうなずくアインツ。


「だが、それが本来あるべきアダマスの使い方だったんだよ。だからそれができないなら、別の武器を用意するべきだった――という結論になるわけだ」

「うーん……。まあ、でも、お前が言わんとしてたことはわかった。俺はアダマスを同族殺しのために使った末、壊してしまったことを後悔し、主に相応しくない使い方だと思ってたけど……問題なのは『不完全な状態でアダマスを酷使した』という一点のみで、『人族を斬るのに使われた』ことをアダマス自身はそれほど気にしてないはず……って言ってるわけだな」

「そうだ。ようやく伝わったか頓珍漢め」


 ゲシッとハンマーを持たない方の手で小突いてくるアインツ。


「技術面、運用面の話だ。ただ、お前の状況は理解している。『どうしても木を切る必要があった』『仕方なく手持ちの肉切り包丁を使った』『しかしそうなる前に伐採用の斧を用意しておけばよかった』――」

「じゃあ……この真打ちの、新生アダマスは」


 俺は改めて、赤熱する金属塊を見つめた。新たに生まれ変わろうとする刃を――


「――本来の目的。闇の輩をブチ殺すためだけに運用するべきだ、と」


 そのように覚悟を決めるべきなのだ、と。


「そういうことなのか」


 俺は核心を突いた気分でアインツを見やった。


「…………」


 が、アインツはなぜか、憮然とした面持ちで黙り込んでいる。


「……『別の武器を用意するべきだった』、ってェのは過去の話だ」


 唸るようにして、ひげもじゃの偏屈鍛冶師が口を開く。


「さっきも言ったが、お前がそこまでしてアダマスにこだわったというのは……制作者としては嬉しい気持ちもある。ただ、求められる運用に合致していなかった。それが最大の問題だった。だがアダマスは今から真打ちに生まれ変わろうとしている」


 カツーンッ、と一際高らかにハンマーを振り下ろす。


「なあ……考えてもみろ。【真打ち】だぞ? 俺の最高傑作であり、お前の人生でもこれ以上はない最高の一振りとなるべき剣だぞ? それが手元にありながら、別に武器を用意する? なあ……」


 アインツがじろりと俺を睨んだ。


「いかにも間抜けな話だと思わねェか?」

「……正直、思う」

「だよなァ? お前さんには、勇者の剣と、魔王子としての槍、その両方が必要なんだ。闇の輩を討ち滅ぼす剣と、人類を蹂躙し破壊をもたらす槍……そのふたつが」


 カツーン、と再びハンマーが打ち鳴らされる。


 審判のときを告げるかのように。


「アダマスは、生まれ変わらなければならない。お前がアレクサンドルからジルバギアスに生まれ変わったように」



 本来は闇の輩と戦い続けるために生み出された聖剣が。



「背徳の剣。禁忌の刃。ときには守るべきものをも、切り捨てるための武器として」



 アインツの口調は、まるで歌うようだった。



「こいつは魔剣だ。それもとびきりのな」



 気づけば、アインツの顔からごっそりと表情が抜け落ちている。



「お前はこのつるぎに何を祈る」



 厳かな問い。



「お前はこのつるぎに、どうあれと願う」



 アダマスが生まれ変わる、その最も重要な局面が訪れたのだと俺は悟った。







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※良いお年を!


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第7魔王子ジルバギアスの魔王傾国記 甘木智彬 @AmagiTomoaki

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