57.つわものどもが


 どうも、色々と後始末を終えて、再び馬車に揺られているジルバギアスです。


 実際、ほとんど揺れてないんだけどな。コルヴト族の舗装路と、馬車に仕込まれた特化型スケルトンのクッションのおかげで、実に快適だ。


 ――あれから丸1日、念のためゆっくりと休養してから、俺たちはブチ猫獣人の村をあとにした。


『それにしても村長。お前の戦場勘は正しかったな』


 別れ際、村長にそう声をかけると、ズサッと土下座された。


『ははーっ。申し訳ございません!』

『……? なぜ謝る?』

『いえ、あそこで退かず砦へ踏み入っていれば、斯様な事態には……!』

『手勢もろとも、大トカゲの餌食になっていただけだろう』


 俺は肩をすくめた。幾多の戦場を渡り歩いた老兵だけあって、彼の胸騒ぎは本物だったのだ。感心こそすれ責めようなどとは思わない。


 ……ちなみに行方不明になっていた村の男たちだが、砦の2階でミイラのように干からびた状態で発見された。


 生命力を吸い取るのは、闇の輩のお家芸だと思ってたんだがな。まさかホワイトドラゴンにそんなことができるとは知らなかった。


『おそらく、吸い取るというより魅了してんじゃろう』


 ……無理やり吸い取る闇の邪法より、むしろタチが悪いと感じるのは俺だけか?


 働き盛りの男手がごっそりと失われたのは、村にとっても大きな痛手だろう。だが周辺の脅威は排除されたわけだし、逞しく生き延びてほしいと思う……。




「……気楽な演習のはずが、あわや大惨事でしたね」


 馬車の中。


 俺の対面で、座席に力なく寝転がったソフィアが、本を読みながら溜息をつく。


 ちなみに俺の両側には、すぴすぴ昼寝するリリアナと、俺に寄りかかってナデナデされているガルーニャ。いつものメンツだな。


 出立直前にようやく意識を取り戻したソフィアは、『まっ黒焦げ』から『ちょっと焦げついたかな?』くらいにまで回復している。


 ちなみに目覚めて開口一番、俺を見て言い放ったのは「どちら様ですか?」。


 ソフィアまで記憶が飛んだのかと慌てたが(まあアンテが魔神バレしてるから記憶が消えたらそれはそれで都合がいいんだが)、どうやら俺の魔力が育ちすぎていて、同一人物とわからなかったらしい。


 アンテいわく、


『我らは魔力で物を見るからのう』


 ――俺であることに気づいてからは(魔神の仕業だな……)と神妙な顔をしていたが、今回の1件がホブゴブリンの手違いが原因と知るなり、そんなことも忘れて激怒した。


『あンの腐れ脳ども、責任者を八つ裂きにしてやるッ!!』


 あそこまで口汚く罵るソフィアは、産まれて初めて見たな。



 そして黒焦げ事件の第2の元凶たるファラヴギだが――その死骸は、ナイトエルフたちによってキレイに解体された。今は積めるだけ馬車に分散して運んでいる。



 さすが生物の構造に詳しいナイトエルフだけあって、見事な手際だった。もちろん『剣聖』ヴィロッサも大活躍だった。デカブツをバラすことにかけては、あいつの右に出る者はいない。


 ファラヴギの首は、ドラゴン族たちに首実検させるために魔法で凍らせておいた。他、ドラゴンの肉体で特に価値があるのは鱗、牙、爪、そして角だ。


 牙や爪、角なんかは武器になるらしい。ただし光属性を帯びていることから、闇の輩に対して効果絶大なもので、俺たち魔族にはイマイチ使い道がないのだとか。


 ……には、あるかもしれないけどな。


 一方、ホワイトドラゴンの鱗は、鱗鎧スケイルアーマーに加工すると極めて高い魔法耐性を得られるらしく、勇者や森エルフの魔導師と戦うことが多い魔族の戦士にぴったりな装備だそうだ。


 ただし夜エルフなんかは、耐性を得る前に、装備しただけで肌がヒリヒリしてしまい使い物にならないとか……。


 そして余ったドラゴンの肉は――食用可能ということで、焼き肉にして食べた。主に獣人の村人が。犠牲になった男たちの仇とばかりに食いまくってたな。


 俺はドラゴンを食べたことがなく、しかも自分が殺したとはいえ、先ほどまで会話していた相手だったので、微妙に抵抗を感じたが……


 割と美味かった……。すごくジューシーで光の魔力の残滓が口の中で弾ける……。熟成させたらもっと旨味が出て美味しかったんだろうな、と思った。


 とても食べ切れる量ではなかったので、余った分は獣人たちが熟成させたり、干し肉にしたりするそうだ。


 ちなみに夜エルフたちは手を付けなかった。光の魔力で口が焼けちまうからな。


「城に帰ったら、早速鱗をドワーフに加工させましょう。ホワイトドラゴンの長ともなれば、素材として1級。相当な強度が期待できますよ。量も充分ですし――」


 体調不良を誤魔化すように、あれやこれやと皮算用するソフィア。


「あー……」


 薄々察してはいたけど、やっぱり魔王国にもドワーフいるんだな。


 大陸北東部の山岳地帯にある、ドワーフの国は同盟側なのだが――種族で一致団結しているエルフと違って、ドワーフたちは良くも悪くも個々人で自由だ。流浪の魔法鍛冶や、隠れ住む少数部族もいるらしいし、あるいは鍛冶の腕のために戦場で囚われて、そのまま飼い殺しにされている職人もいるだろうし。


 プラティの魔法の槍なんかは、明らかにドワーフ製だ。


 基本的に魔族は、骨と石と皮しか加工しないし、できないからなぁ。


「ついでに、俺も何か新しい得物を見繕うかな」


 ベルトにぶら下げた遺骨の塊を撫でる。無理やり働かさせられているだろう鍛冶師には気の毒だが、ドワーフがいるなら、かなり期待できそうだ。



 ――剣と槍の融合については、ヴィロッサから静かに絶賛された。



『素晴らしい……! 殿下であればこその妙案にございますね……!』


 ふんすふんすと鼻息も荒く。


 参考までに、ヴィロッサにも骨の柄をつけた業物の剣を扱わせてみたが、本人的にはあまりしっくりこなかったようだ。


『難しいです。自分が剣に慣れすぎていることもありますが、刃の重さに振り回されてしまいますね』


 剣聖は魔力で身体強化しない。己の腕力のみで得物を扱わなければならないのだ。ヴィロッサもかなり鍛えてはいるが、遠心力が余計に加わる剣槍を、自在に操るのは難しそうだと語る。


『間合いの広さは魅力ですが、自分が普通の剣を扱えば、この程度の間合いはすぐに詰められますからね……』


 さらりと恐ろしいことを言うやつだよ。


 魔力を全部引き出してかなり強くなってしまった俺だが、純粋な技量だけではヴィロッサに勝つイメージが浮かばないんだよな……



 ともあれ、弱音を言っていても仕方がない。道中、暇さえあればヴィロッサと協議しつつ稽古して、剣槍という新たな境地を開拓していく所存だ。



「…………」

「……どうした、ガルーニャ」


 稽古といえば、ガルーニャだな。ファラヴギの一件以来、元気がなく、それでいて休憩中は思いつめたような顔で体を鍛えている。


 今も、俺に寄りかかってナデナデされているのに、どこかぼんやりと上の空だ。


「……私、ほとんどお役に立てませんでした。ご主人さまの盾となることさえ……」


 できなかった、と。ガルーニャの白い耳が、へにゃっと力なく垂れている。


「そんなことはない、吹っ飛ばされたとき支えてくれたのは助かったぞ」


 支えたというか、壁との間に挟まってクッションになったというか。


 だが、助かったのは事実だ。ファラヴギの爪で防護の呪文が削られていたし、あのまま壁に叩きつけられていたら、致命的な隙を生みかねなかった。リリアナに回復してもらう暇もなかったしな。


 ――ということを、何度もとくとくと説明したのだが、本人は納得していない。


 一瞬クッション代わりになること以外、何もできなかったことが悔しくてたまらないようだ。


 魔力に劣る獣人が、ドラゴンを、それも長クラスの個体を相手取るのは厳しいし、何もできなくて当たり前――とは思うものの。


 ガルーニャ自身、わかった上で悔しがっているのだろう。


 俺も前世は人族だ。魔族やエルフの強大な魔力を何度羨み妬んだかわからない。


 ガルーニャの気持ちはよくわかるが、それを口に出すことはできない――


「……ヴィロッサさん、50年鍛えて剣聖になられたんですよね」


 鋭い爪を伸ばした自分の手を見つめながら、ガルーニャがぽつんと言った。


「私が修行しても……どんなに頑張っても……そんなに時間をかけたら、しわしわのお婆ちゃんになっちゃいます……」


 獣人は――短命だ。どんなに長生きしても70年がせいぜい。


 人族に輪をかけて、最盛期が短いのだ。


 だからこそ、獣人の拳聖は、魔族でさえ一目置く。その短い命を燃やし、気が狂うほどの鍛錬の果てに物の理を極めた傑物だからだ。


 下等種族と蔑まれながら、獣人たちが魔王国で一定の地位を築いているのは、拳聖と、拳聖でなければなれない獣人の王の存在も大きいだろう。


 初代魔王ラオウギアスが、当時の獣人の王と戯れに腕相撲して、土をつけられたなんて逸話が残ってるくらいだ。


 もちろん魔力による身体強化抜きで、という但し書きがつくものの。


 信じられるか? 負けず嫌いな魔族の国で、魔王が負けたことがある、という話がんだ。


 それくらい、拳聖というものは特別視されている。魔族でさえ『拳聖にならば腕力で負けても仕方ない』と思う程度に。


 魔力に劣る獣人たちにとって――拳聖は希望の星なのだ。


「……私、もっと鍛えます」


 ぐっ、と拳を握って、ガルーニャが静かに宣言する。


「何年かかっても……何十年かかっても……絶対に強くなってみせます」


 言葉には出していないが、その強さが拳聖を見据えたものであることは明らかだ。


「もしかしたら……その頃にはもう、しわしわのお婆ちゃんになっちゃってるかもしれませんけど」


 不安げに、俺を見ながら。


「……それでも、ご主人さまのお側に、置いてもらえますか?」


 俺はガルーニャの肩を抱いた。


「もちろんだ」


 ガルーニャが嬉しそうに喉を鳴らす。



 本当に、俺にはもったいないくらいの忠義者だよ、ガルーニャ。



 お前がしわしわのお婆ちゃんになろうが、どうなろうが。俺が嫌と言うはずがないだろう?



 俺に仕えてくれるなら、とても嬉しいよ。





 …………その頃に、魔王国がまだ、存在していればの話だが。

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