529.全滅ののち
――その日、ついにオディゴスがぴくりとも反応しなくなった。
『歴史的快挙だ……!』
とある洞窟の中で、レキサー司教が感涙に咽ぶ。
『快挙だけど、名を残せないのがちょっと残念だな……』
『今はしゃーない。全てが終わったら語り継いでもらおう』
『森エルフのみなさーん! よろしくお願いしますよー!』
『といっても凄いのは俺たちじゃなくてオディゴスだけどな!』
わっはっは、と残りのヴァンパイアハンターたちも上機嫌。リリアナをはじめ森エルフ組が少し引きつった笑顔でうなずいている。
「導くものがなくなって喜ばれるのは新鮮な気分だ。現世に来てよかった……」
うんうん、と満足げなオディゴス――
と、いうわけでどうも、フェレトリア王国の吸血鬼を1匹残らず駆逐したヴァンパイアハンター(を騙る魔王子)のアレクサです。
……マジで完全に駆逐したよ。
信じられねえ、こんなことが可能になるなんて。
変わり者のドワーフたちとの邂逅から数日、俺たちはフェレトリア王国内を駆けずり回り、吸血鬼を狩って狩って狩りまくって――ついにこれを全滅させた。
短いながら目が回るような強行軍ではあったが、俺は主に移動していただけで、あとは『ヴァンパイアハンター』として現地住民との折衝を担当した程度。
体力的にはリリアナの癒やしがあったし、それほどキツくはなかった。実際に地中に潜って吸血鬼を狩ってたのも、レキサー司教やアーサーら聖霊組だしな。
多分、いちばん苦しい思いをしたのは、慣れない人の身での長距離走を強いられたレイラじゃなかろうか。今は洞窟の端っこでボーッと立ち尽くし、魂が抜けたような、真っ白に燃え尽きたような顔をしている……
『お主のところに初めて迎え入れた頃の方が、怯えや媚びの感情があっただけまだ活き活きしておったのぅ』
比較対象が酷すぎんだよなぁ……
まあ、レイラには気の毒だけど、オディゴスの権能がレキサー司教たちに知られた時点で、吸血鬼を狩り殺すのは確定事項だったので、致し方ない。
『そもそも、
はい……ヴァンパイアハンター組の無念を晴らすためにも、絶対にやらねばいけないことでした……。
とはいえ。
フェレトリア王国内の吸血鬼を全滅させたと言っても、あくまで一時的な話だ。魔王国と国境を接している以上、いつまた吸血鬼が潜入してくるかわからないし、それを防ぐ手段もない。今この瞬間、再びオディゴスが反応してもおかしくないほどだ。
しかしそれは、魔王国に面している全ての国や地域で言えること。
一時的であっても、ひとつの国家から完全に吸血鬼が駆逐され、しかもその事実が『確定』している――それは聖教会の
『ああ……まさか……こんなことが現実に……』
……アアッ! ヤバいレキサー司教がなんかボヤけ始めてる!!
「オディゴス! この世界でここから一番近い吸血鬼はどこにいる?!」
「むっ、まだまだ案内をご所望かね? それっ」
オディゴスが地面に身を投げる――西側にパタンッと倒れた。いや、倒れるだけにとどまらず、その場でぎゅるんぎゅるんと転がり始めるッ!
「むっ、むむっ、『一番近い吸血鬼』が頻繁に入れ替わるせいで案内が安定しない。どうやら対象が多すぎるようだ、申し訳ないな、こんな体たらくで」
『ウグオオオォォォァァァ――ッ』
レキサー司教が憤怒の形相になり、輪郭を取り戻した。よかったー。
『……ふう、私としたことが。ちょっと生前の討伐数の2倍を上回る数を狩ったくらいで、満足してしまうところだった……まだまだ狩るべき奴らは山ほどいるッッ』
額の汗(霊体なので本人が汗をかいたような気になってるだけ)を拭いながら、断固とした殺意を浮かべてレキサー司教が言う。いや、むしろオディゴスの導きもなく、生身でそれだけ狩ってたあなたが凄いです……
『といっても、イェセラのように、数百年単位で生きる長命種がヴァンパイアハンターになった場合、討伐数はもっと凄いことになるからな』
レキサー司教は肩をすくめた。
『私なぞ、歴代の討伐数番付では格下もいいところだ』
『……あの、この人こんなこと言ってますけど、そもそも討伐数が50越えないと討伐数番付には載れないです』
『載らずに殉職する人の方が遥かに多いんだよなぁ』
『あとイェセラさんって普通にずっと番付の上位にいますからね……』
『というよりレキサー司教より上の人、森エルフかドワーフしかいないです』
謙遜するレキサー司教に、周囲のヴァンパイアハンターたちが次々に補足する。
『要は人族最強格のハンターだったわけか……』
へえ……と感心しているのはアーサー。あなたも人族最強格でしたけどね……
『嗚呼、虚しきは過去形よ』
アンテが意地悪く笑った。はい……。
『まあ、番付の意味がなくなる日もそう遠くはあるまい』
真面目な表情に切り替えて、レキサー司教が俺に意味深な視線を向ける。
『アレが一般に普及すれば……普通の人々さえも、吸血鬼に対抗可能になるかもしれない』
――アレ。対吸血鬼の秘密兵器、【
変わり者のドワーフの細工師・ガディンゴが発明した、『割れると溜め込んでいた陽光を一気に放出するクリスタル』のことだ。
いやー、あのあと、ひと仕事終えたレキサー司教たちがフラグミニスのことを聞いたときは、そりゃもう凄い反応だった。
『革命だ! 革命だぞこれは!!』
『今すぐ量産せねば!!』
『国家は全国民に配布するべきだ! 今すぐに!!』
銀色に輝く霊体でも目が血走るんだ……って思ったもん俺。
俺は、ガディンゴ氏は今すぐに最重要人物待遇で保護するべきだと考えていたが、レキサー司教たちも同感だったらしい。ヴァンパイアハンター組は、肉体があったらそのままガディンゴを担いで聖教国に連れていきかねない勢いだったが――
『……うーん、好きなだけ研究費をくれるってェなら、そりゃあ魅力的な話だがよ。聖教国って人族ばっかなんだろ? それはちょっとなァ。俺様も、なんだかんだ今の暮らしは静かで気に入ってるし……』
俺がさり気なくガディンゴに移住を打診してみると、あまり乗り気ではなかった。他種族を本人の了解なく拉致したら普通に国家問題なんで……
まあ、このあたりは、聖教会の実務的な交渉役に任せるしかない。
俺にできるのは、ガディンゴから買い取った【フラグミニス】のサンプルを、森エルフ経由で近くの聖教会に届けるくらいのことだ……
「あと問題なのは、【火薬】ですよね……」
目下のところ、俺が頭を悩ませているのは【火薬】の発明者ベルトルトのことだ。
人族とドワーフ族のハーフで、ガディンゴたちと細々と暮らしていたはぐれ者の彼は、確かに凄い発明をしていた。
最初、実演してもらったときは、スプーン1杯ほどの【火薬】に火をつけて――なんかボワッ! と一瞬火の手が上がっただけ。
なんだ、こんなものか……というのが正直なところだった。『魔力がなくても火魔法が使えるようになる粉』って触れ込みだったからな。
しかしその触れ込みは、色々な意味で正しくなかったように思う。
俺は前世じゃ火属性の使い手だったからわかるんだ。アレの真髄は、真の強みは、良くも悪くも火と熱じゃない。
爆発だ。
『待ってください。【火薬】の力はこんなもんじゃないんです』
俺が失望したのを見て取って、ベルトルトはムキになった。吸血鬼が跋扈しているというのに(一応、周辺にいないことはオディゴスのお陰でわかってはいたが)夜中に外に出て、さらなる実演を敢行。
俺の拳大の壺いっぱいの【火薬】に点火した。
正直に言おう、俺は――いや俺たちはみんな、それをナメてた。
閃光が走ったかと思うと、耳をつんざくような轟音とともに、壺の欠片が目にも見えない速さで飛び散った。
結果、破片が刺さって俺とレイラが負傷した。すぐにヘレーナが治してくれたけど。
『あのヒョロドワーフは顔を真っ青にして謝り倒しておったのぅ』
ヒョロドワーフ呼ばわりはやめてさしあげろ。
……ともあれ、すごい威力だった。防護の呪文を展開していたら防げたとは思う。だけどアレはヤバいぜ、一切魔力を感じないのにあんな『現象』が起きるなんて事前に予測できねえよ。
ベルトルトは火魔法の再現にこだわってたけど、それは難しいと思う。直接敵に浴びせるには粉状で軽すぎてやりづらいし、いざ点火したら自分にも降りかかりそうだし……それらを魔法で制御するなら本末転倒だし。その魔力で敵に攻撃魔法投げつけた方が強い。
なので、【火薬】の運用としては、とにかく大量に用意して敵の足元で点火するとか、そういう使い方になるんじゃなかろうか。
壺の破片でアレだけ勢いが出たんだから、鏃とか折れた刃とか混ぜ込んだらもっといい線いくんじゃないかな?
「アレも戦場に投入したら、凄い戦果を出せると思うんですよね。味方を巻き込みそうなんで、使い所が難しいですけど」
『罠として有効活用はできそうだ。あらかじめ浅く地面に埋めておいて、敵が通りがかったところに火魔法や雷魔法を叩き込んでもいい』
『吸血鬼狩りにも使えそうですよねーなんだかんだ火ですし』
『アンデッドにも効くかな?』
俺の一言で、ヴァンパイアハンター組が意見を交わし始めるが、
……そうなんだよなぁ~~~。
【火薬】、確かに凄そうなんだけど、普及したらエンマも使いこなしそうなんだよなぁ~~~滅茶苦茶上手に。
『下級アンデッドにたっぷり持たせて、自爆させればいいだけじゃからの……』
そういうわけで、良くも悪くも、【火薬】は取り扱い注意と言わざるを得なかった。
で、その肝心の【火薬】のレシピについてだが。
『――こ、これは、僕が精魂込めて完成、させたものなので、た、ただでお譲りするわけにはいきません』
弱気なベルトルトにしては珍しく、この一点だけはキッパリとしていた。
ガディンゴのところに人を
【火薬】の爆発を実演させたら、聖教会の人員なら間違いなく興味を抱くだろう。あとはどれだけ予算が降りるか、ベルトルトを安全なところで保護できるか……
まあ、全ては実演でどれだけ強烈なインパクトを与えるかにかかっていると思うので、ベルトルトには使者が来るまで、とにかくできる限り大量の【火薬】を作っておくように助言しておいた。
……俺がなぁ、正規の勇者だったらなぁ。
ありとあらゆる手をつくして、ガディンゴもベルトルトも最重要人物として確保するんだけどなぁ……
『所詮は魔王子、偽りの勇者じゃからの』
……偽りじゃないもん!! 誰がなんと言おうと心は勇者だもん!
ただ……現時点じゃ正規の勇者じゃないってだけで……
まあでも…………体は魔族だしな……何なら立ち居振る舞いも……あり方も……
言い逃れができないほど魔族なんで……ハイ……すいません……
はぁ。
「なるたけ、勇者らしいこともしないとな……」
アーサーのご先祖様から、勇者として国のひとつやふたつも守ってみせろって言われてるしな……
まあそんなわけで。
「オディゴス」
「導きをご所望かね?」
「ああ。何度か頼んでるけど、コイツの作者の場所を頼む」
「お安い御用さ」
からん、ころころ……と燕尾服を着込んだ杖の悪魔は、紳士的に西へと転がった。
一応、約束してたんだ、レキサー司教たちとも。
フェレトリア王国内の吸血鬼狩りが一段落したら、俺が野暮用で【案内】を遣わせてもらう、って……
ドワーフ鍛冶のアイツを――探させてもらう、って。
吸血鬼狩りの最中にも何度か確かめたので、どうやらフェレトリア王国内にいるらしいことはわかっている。
現在位置の、人里離れた田舎村から西ってことは、国境の近くの街だろうか。
いざというときは――俺の正体を明かすことも視野に入れて、なんとかアダマスを修復したいが。
実際に本人を見つけないことには、話が始まらない……
「よし、移動しよう」
俺の一言で、聖霊組が依り代の中に巻き戻り、リリアナたちがいそいそと荷物を背負い始める。
「…………また…………走るんですね…………」
その後ろで、レイラが陽光に照らされた吸血鬼のようにサラァ……と砂になりそうな顔をしていた。ごめんね……
†††
そんなわけで、俺たちはフェレトリア王国の西部。
――人族の領地、オプスガルディア領へと向かった。
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※次回更新は、明日か明後日の0時を目指したいと思います!
そしてコミック3巻が、早いところではもう書店に並び始めたようです! 電子書籍などの予約販売も受付中です!! シリーズ継続の力となりますので、ご購入のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます!!!!
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