530.人族の領地

※コミック3巻、本日発売です!


「漫画化は無理だろ」「メディアミックス不可能」と言われまくっていた夜エルフ監獄編、つまりリリアナ登場回が遂に漫画化されました……!


 読者の皆様のご声援のお陰です! 本当にありがとうございます!


 肝心のリリアナ登場回は、作画のニトラ先生の手により精緻に、克明に、過酷なジルバギアス世界が描き出されております! 百聞は一見にしかずのド迫力ですので、コミック3巻をぜひご一読ください!!


 よろしくお願い申し上げます!


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 ……自覚はなかったが。


 アダマスが直せるかもしれないと思って、俺は浮かれ気味だったのかもしれない。


 それがはっきりわかったのは、フェレトリア王国に臣従する人族の領地、オプスガルディア領に入って空気の変化を感じ取ったからだ。


 冷水を浴びせられた気分だったよ。


 ざらついた空気。落ち着きなく、ピリピリと殺気立っていながら、努めて平常を保とうとしている、あるいは現実から目を背けようとするかのような市井の人々――


 間違いない、戦場の匂いがする。


 ――オプスガルディア領の領都、ガルディアに入った俺たちは、魔王軍がフェレトリア王国に攻め込んできたことを知った。




「聖教会、ヴァンパイアハンターのアレクサだ。前線で何が起きたんだ? 東部から休まず走ってきたから詳しく知らないんだ」

「これは! お疲れ様です……! 実は――」


 ガルディアには戦時体制らしく検問が敷かれていたが、聖教会の人員は出払っているようで聖検査は実施していなかった。夜エルフの諜報網は壊滅状態であることがはっきりわかってるのがデカいよな。


 俺はいつものように聖属性披露で衛兵たちの信用を勝ち取り、情報を仕入れることにした。……毎度、この身分詐称で何とも言えない気持ちになるんだけど、東部を駆けずり回って詳しいこと知らないのはホントだから勘弁してほしい。


「――第5魔王子スピネズィアが?」

「はい、現在は最前線のドワーフ要塞が包囲されているとか……我々も、最後の伝令を迎えたのが明朝なので、その後の状況は知らないんです。サッセン王子殿下が率いる精鋭部隊が守備についているとのことで、そうそう陥落はしないかと思いますが」

「……なるほど」


 スピネズィア。俺の脳裏に、赤紫の髪の――『姉』の顔がよぎる。


 サウロエ族の軍団か。【狩猟域】があれば攻城戦には強かろう。……ここらの衛兵たちはドワーフ側がまだ善戦していると思ってるみたいだが、砦の規模やサウロエ族の軍団の人数如何では、今日明日で陥落してもおかしくない。


 しかし妙だな……北部戦線でドワーフの王国と交戦するときは、真っ向から砦を攻めたりせずに、まず周辺の人族やら獣人族やらの領地を制圧して、ドワーフの守備拠点を兵糧攻めにするのが定石だったと思うんだが……


 スピネズィアが魔王にいいところを見せようとして無理攻めした?


『あの魔王とやら、そんな無理攻めを評価するような男かの?』


 いや、それは違う気がする。何か、今の俺では把握しきれていない、魔族的論理が働いているのかもしれない。


「攻め込んできた軍団は、どれくらいの規模なんだ?」

「ハッキリとしたことは我々にも知らされていません。獣人兵は2千を下らないって話ですが……」


 それから色々と聞いてみたが、衛兵たちは(言っちゃ悪いが末端なので)大したことは知らなかった。魔王軍の規模も正確なところはわからないらしい。正直、獣人兵とかの通常戦力より魔族戦士の数を知りたいんだが。


 衛兵たちは、領都ここが死地に変わるかもしれないということを受け入れきれていないのか、「まあドワーフ側がガチってるから、まだ何とかなるっしょ」みたいな雰囲気を醸し出していた。


 ……俺の経験上、前線からの報告が止まってて、後方が状況を楽観してるときってロクなことが起きてないんだよな。


 急いだ方が良さそうだ。これから何をするにしても。


 衛兵たちに礼を言い、俺たちは人々の流れに逆らって市街地へと入っていく。ついに魔王国が攻め込んできたとあって、けっこうな数の住民が王国の東側へと避難を開始していたのだ。


「リリィ、こっちであってるか?」

「ちょっと待ってね」


 全く土地勘のない石造りの街を進みながら、全てをオディゴスの案内に任せる。リリアナが普通の杖になりすましたオディゴスを、少し進むごとにカラン、コロコロと転がして進むべき方位を示してくれていた。


 ……往来のど真ん中で杖をカラコロと転がす神々しい美貌の森エルフに、道行く人々が「なにやってんだコイツ……」という顔をしていた。皆、戦争でピリピリしているから、なおさら目につくのだろう。


 そんなリリアナを俺(ゴツめの剣士)やオーダジュ(老齢のエルフ)がめっちゃ真剣な顔で護衛しているわけだから、まあ、異様な集団に見えるのは無理もない。


「えーと……こっちみたいだけど」


 リリアナが表情を曇らせながら俺たちを誘導する。……どんどん市街の中心地に向かってるな。当然ながら街並みも外縁部とは段違いに整い、きれいになっていく。


『このまま進むと、貴族街に入ってしまうじゃろこれ』


 が腕の良い鍛冶師だったのは間違いないけど、まさか、領主のお抱えとかになってねえだろうな……?


 もしそんなんだったら接触が面倒くさすぎるんだが……!


 頼む、たまたま用事で市街の中心部にいるだけの普通の鍛冶師であってくれ……!



「――止まれ! この先は関係者以外立ち入り禁止だ」



 そう祈っていた俺の前に、完全武装をキメた騎士が立ちはだかった。


 貴族街にはもうひとつの城壁があり、さらに厳重な検問が敷かれていたのだ……


「聖教会のヴァンパイアハンター、アレクサだ。鍛冶師のゴン=スフィリ氏に危急の用があるんだ、通して頂けまいか」


 この聖属性が目に入らぬか……ッッ。


 俺は指先にゆらゆらと銀色の魔力を灯し、正攻法での突破を試みた。


「ぬっ……ヴァンパイアハンター殿であったか。貴族街へ入られるならば、許可証を拝見したい。すまないがこれも規則なのだ」


 ガション、と兜の面頬バイザーを上げた騎士――中年のいかにも堅物っぽい、忠義一筋数十年って感じの顔――が、申し訳無さそうにしながらも断固とした口調で、許可証の提示を求めてきた。


「許可証……か?」

「お持ちでないか? 貴族、あるいは領主の関係者であることを示す身分証、許可証、書状の類だ。それがなければ、残念だが……」

「いや……危急の用なんだって!!」


 俺は腰の鞘からアダマスを引き抜いた。一瞬、堅物騎士がビクッとして自らの剣に手をかけたが、アダマスがボロッボロのヒビが入った状態であることを見て取り、肩から力を抜いた。


「……見事にヒビ割れているな」

「そうなんだ。その……激戦で、こういうことに」


 俺は苦い思いを噛み締めながら言った。


『人族の稀代の英雄と切り結んだら壊れた、とは口が裂けても言えんのぅ』


 言えません……。


「これを打ってくれたのが、ゴン=スフィリ氏なんだ! 彼にしか直せないんだ! このままだと魔王軍と戦えないんだよ!! 頼むから中に入れてくれ……!」


 俺は必死で訴えかけるが、堅物騎士は「ぬぅぅ……」と唸りながらも、鉄壁の構えを崩さなかった。


「いやしかし……規則は規則なので……」


 ゆ、融通が効かねえ……ッ! いやわかるよ! 規則、特に軍規の大切さは!


 しかし、もうちょっとこう、何とかならねえか……!?


『最悪アタシのレイピア使う?』


 俺が腰に予備として引っ提げているレイピアから、バルバラの声。ホントにどうしようもなかったらそうさせて頂きます。


 マジで何とかならないかな。せめてアイツを誰かに呼び行ってもらうとか……? しかしゴン=スフィリって家名は思い出せたけど、肝心の名がまだ思い出せていないから、そこんとこ尋ねられたら非常に苦しいんだよな……「なんで覚えてないんだよ」って言われたら、説明できない。


『戦場で頭を打ったら忘れたということにすればよいではないか』


 …………最悪それも視野に入れるしかないか……



「――要は身分が担保できればよいわけですな?」



 俺が色々考えていると、オーダジュが懐をゴソゴソと探りながら口を開いた。


「まあ、そういうわけです、御老体」

「で、あれば、これで如何」


 オーダジュが何やら書状と――金色の指輪を差し出した。指輪にはオオタカの紋章が刻み込まれている。


「そ……それはっ!」

「オプスガルディア家のヴァレンティウス殿から頂戴したものです。書状には……この通り、最大限の便宜を図るように、と……」


 ……あー! 思い出した!


 リリアナとオーダジュが、吸血鬼化しかけてた貴族の青年を助けたときに、謝礼としてもらってたやつだこれ!!


『あの名前が滅茶苦茶長いキザな男じゃな』


 ヴァレンティウス=(中略)=オプスガルディア殿だな!


 どうだ!? お望みの貴族の書状と指輪だぞ!?


 イケるか……!?


「おお! それがあるならば話が早い! どうぞどうぞ!!」


 堅物騎士が満面の笑みでサッと道を開けてきて、俺はずっこけそうになった。


 忠実……ッ! 色んな意味で規則に忠実すぎるわ……ッッ!


 少しは疑え……ッッッ!



 ――そんなわけで、一悶着あったが、俺たちは無事に貴族街に入り込めた。



「オーダジュ殿、ありがとうございました。ホントに助かりました」

「なに。人助けはするものですな」


 ホッホッホと笑うオーダジュ。ヴァレンティウス殿――確かヴァルス殿だったかな、愛称は。褒美としてあの書状と指輪をくれた、彼の心意気にも感謝したい。


「それで、リリィ」

「こっちよ!」


 もはやオディゴスを倒す必要もないらしく、リリアナがグイグイと導いてくれる。


 ……近い。


 すわ領主の館か――と思ったが。


 貴族街の端っこの、こじんまりとした館が、【案内】の終着点だった。


 貴族の館とは少し趣が違って、ゴツい煙突が何本もある。これ、造りは上品だけど工房だな。


 貴族街の中に工房? と思うかもしれないが、ここはドワーフの勢力圏。この館以外にも、工房を兼ねていると思しき物件がちらほら見かけられた。


 まあ、腕の良いドワーフなら人族の領地で貴族待遇になってもおかしくはない。



 ましてや――アダマスを打ってくれた、なら。



「……でも、なんというか、寂れてるわね……」


 ヘレーナが門扉から館を覗き込みながら、不安げに言った。


 うん……それは俺も思ってた。


 なんか煤けているっていうか。窓に蜘蛛の巣とか張ってるし……


「ごめんください……?」


 使用人もいないらしい。、成り上がったんじゃなかったのか……?


 っていうか、ここにいるのは確かなんだよな?


 俺がリリアナを見やると、コクコクと凄い勢いでうなずかれた。いるのは間違いないらしい。


 仕方がないので無断で門を開け(鍵はかかっていなかった)、館の正面の入口まで勝手に入る。


「ごめんくださーい」


 ゴンゴン、とドアノッカーを鳴らした。


「ゴン=スフィリさーん?」


 ゴンゴンゴンゴン。


「…………」


 返答なし。もう一度確認でリリアナを見ると、ブンブンと凄い勢いでうなずかれて、ついでにその手のオディゴスも転がした。


 からん。間違いなく、正面入口から真っ直ぐ前を示してますね……と、思っていたら杖がクイッと、まるで首をもたげるように曲がって、「いるよ。間違いなく」とオディゴス本人が直々に保証してきた。


 ありがたいけど!! 町中では杖の擬態を解かないでくれ!!


「ゴン=スフィリさーん! いるのはわかってるんですよ!!」


 ゴンゴンゴンゴン!! と俺はドアノッカーを鳴らしまくった。耳を澄ます。……なんか人の気配があるな。


「……これは! もしかしたら病気で倒れているのかもしれないなー!」

「なんと! それは一大事ですな!!」


 俺がわざとらしく大きな声で言うと、オーダジュがいたずらっぽく笑って、白々しい口調でノッてきた。


「このまま放っていくのはまずいかもしれないー!」

「で、あればいかがしましょう!」

「緊急事態ということで、この扉をブチ破っ――」


 バァン! と扉が開いた。


「うるせェ!! いねェっつってんだろ!!!!」


 いや言ってねえだろ、思わずそう突っ込みかけたが――



 ……ああ。



 そこに立っていた、ひときわ短躯で、ひときわがっしりした体格の赤ら顔のドワーフに、俺は懐かしさがこみ上げてくるのを抑えきれなかった。



『――こいつァ、ひたすらに頑丈さを突き詰めた剣だ』



 へとへとになりながらも、ひと仕事終えた満足げな顔で、お前は言ったよな。



『切れ味だの、身体強化だの、魔除けだの! そんなもんは全部二の次だ! 代わりに、とにかく頑丈に! 折れず! お前の期待と信頼を裏切らない! そういう剣にした……ッ!』



 つっけどんに突き出して寄越したのが――



『古い言葉を使った。頑強、あるいは不屈という意味だ』



 今、俺の腰にある、



『――【アダマス】』



 ……一方で、扉を開いたドワーフも、俺の顔をまじまじと見て雷に打たれたように固まっていた。



「アレク……?」


 ……そうだ。今の俺は、前世にかなり近い顔立ちをしている。魔王子ジルバギアスとしての正体を隠すためだ。


 だから、ひと目でわかったんだろう。


「――いや、アイツは……悪い。人違いだ。昔のダチに似てた」


 まるで幽霊に出くわしたみたいに、俺の実在を確かめようとするかのように、こちらに手を伸ばしていたが――すぐに引っ込める。


 バツが悪そうにヒゲを撫でながら、目を逸らした。


 ……ダチか。俺のことを、そう思ってくれていたのか。



 俺は胸がいっぱいになった。



「……久しぶりだな、アインツ」



 思い出したよ。



 お前のツラ見たら、自然に名前が出てきた。



 アインツ=ゴン=スフィリ――それがアダマスの制作者の名だ。



「……!?」


 口をあんぐりと開けて、こちらを見るアインツ。


「まさか、お前……!? 嘘だろ、アレクなのか!? おい!?」


 わなわなと震えながら近寄ってきて、俺の両腕を掴む。


「馬鹿な……だって、お前、手紙で……!」


 魔王城強襲作戦。当然ながら、俺はアインツにも別れの手紙を送っていた。


「色々あったんだ。本当に」


 マジで色々。


「だが……ッ! それにしても、信じられん!!」


 混乱の極みにあるアインツ。俺はその手をそっと押さえて、「これを見てくれ」と腰のアダマスを抜いた。


「これは……ッ!?」


 ひび割れて、枯れ木のように変わり果ててしまったアダマス――だが制作者なら、ひと目でそれとわかるはず。



「お……お前、これ……!!」



 俺の顔と、アダマスを交互に何度も見比べたアインツは――



 ――不意に、その顔を真っ赤に染めた。



 額に青筋が浮かぶ。



「壊れてんじゃねェかああああああアァァァァァッッッ!!!!!」



 ゴチィンッと衝撃があって、瞼の裏で星が散る。



 下顎にゲンコツを叩き込まれた、と理解する間もなく、俺はそのまま昏倒した。

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