528.置き土産


「い、いや、それはそれで【受け容れる】が――」


 なおも追いすがりながら、困り顔のセキハンクス。


 確かに、受け容れることはできる。が、これでは戦功的な意味で実入りが少ない! せっかくの大将首が目の前にあるというのに……!


 サッセンたちの撤退は、惚れ惚れするほどに整然としていた。短い足を全力で動かし、隊列を組んで狭い通路を疾走しているのに、全く乱れを見せない。


 もちろん鈍重なドワーフなので追いつけない速度ではないが、足止めの罠や小細工を起動しながら下がっていくのでその対処に手を焼かされた。しかも、殿しんがりを務める鍛冶戦士が極めて精強で、セキハンクスをして付け入る隙が見えなかった。


 セキハンクスも何とか魔法での妨害を試みたが、生半可な呪詛は真打ちの鎧に弾かれてしまうし、ドワーフの砦の中では【石操呪】も通りが悪いし、【狩猟域】は追撃には向かない。


【受容】で貯め込んだ力の解放には限りがある――使いどころは慎重に見極めねば。


「くっ……待て! 俺はお前の国宝を破壊した憎き敵だぞ!? このまま尻尾を巻いて逃げて恥ずかしくないのか! もう少し、こう、なんとかせねば、配下や国民に示しがつくまい!」


 何とかサッセンの足を止めようと、そんなことを叫ぶセキハンクスだったが。


「ハッ! 確かに【グリョルニル】を失ったのは業腹ではあるが――我らが王国を、魔王国などという新興国と一緒にしてもらっては困る!」


 サッセンは逃げる足を止めず、吐き捨てるように言った。


「歴史の厚みが違うわ、厚みが! 国宝など歴代の王の数だけある!」

「むぅ……ッ!」

「そして我らは、魔族とは違う! 武器などこれからいくらでも打てるのだ!」


 自分では何も生み出せない――破壊するしか能がない魔族とは違う。


「ゆえに逃げる! そして生き延びる!」


 穴熊のように粘り強く、それこそがフェレトリア王国の矜持!


「というか、何なのだ貴様は! 撤退を受け容れると言ったではないか、しつこいぞ! 『男に二言はない』のではなかったのか!?」

「ぐぬぅッ……いや! 受け容れた上で、どう行動するかは俺の裁量だッ!」


 苦し紛れに答えたセキハンクスに、


「貴様、そのような屁理屈を捏ねて恥ずかしくはないのか!」

「そうだそうだ! 見苦しいぞ!」

「立派なのはその手の槍だけか!?」

「どうせドワーフ作だろそれ! タマぁ見せろタマ!」


 ここぞとばかりにサッセンのみならず、取り巻きの鍛冶戦士たちまでもが非難や中傷の声を上げる。


「ぐぬぬ……!」


 屁理屈であることはセキハンクス本人が一番よくわかっており、「言い負かされた」と感じている時点で、負けではあった。その証拠に、【受容】の権能がぴくりとも反応しない。他でもないセキハンクスが今の状況を【受け容れられていない】からだ。


 ただ、セキハンクスは悪魔ではなく魔族だ。


 これが【受容の悪魔】本人ならば権能に縛られてすごすごと下がらざるを得なかっただろうが、セキハンクスは素の状態でも侯爵級の魔族であり、『権能を使わずに戦う』という選択肢がある。



「本当にしつこい奴だな! ならばこれでも喰らえ!! 火山警戒ー!」


 サッセンが何やら酒瓶のようなものを投げつけてきた。


「うおっ!?」


 反射的にそれをセキハンクス。『避ける』のではなく『受ける』ことが身に染み付いてしまっているがゆえの反応。


 果たして瓶はセキハンクスの胸当てを直撃し、割れるなり毒々しい煙を噴き出した。


「ぐわっ何だこれウゴヘッゲホッ、ゲホッ!」

「火の山の毒煙だ、それで頭を冷やしてろ! あわよくば死ね!」

「くっ、クソッ卑怯な……! だが俺は受け容れる、この毒をも受け容れるぞおおウオオオオッッ!」


 毒ガスにより、目から血を滲ませながらもなりふり構わず追いすがるセキハンクスだったが、前述の理由で【受容】の権能が奮わず、思うように毒を【受け容れ】無効化することができなかった。


「まだまだあるぞ!」

「オラオラァ喰らえ!」

「おかわりもくれてやる!」


 そしてサッセンの取り巻きたちも次々に瓶を投げてくる。こんな閉所で大量の毒ガスなどと、自滅覚悟か!? と正気を疑うセキハンクスだったが、いつの間にかドワーフたちは全員ちゃっかり仮面で顔を覆っていた。恐らく毒ガス対策の装備――!


「おのれ――ッ!」

「ハッハッハ! ではさらばだ魔族の司令官よ! を受け取ってくれ、もう二度と会わないことを祈っているぞ!」


 仮面越しに、くぐもった声で何やら意味深なことを叫ぶサッセン――その姿が、突然消え失せた。


 ……いや違う、落とし穴じみた脱出口だ!


 すかさずセキハンクスも後を追って飛び込もうとしたが、その目の前でバンッと勢いよく蓋が閉まった。守りの魔法で光り輝く、いかにも頑丈そうな金属製の隔壁――


「こんなものッ!」


 魂の器に貯め込んでいた魔力を引き出し、槍に込めて一突きする。厳重な守りの魔法を一撃で貫通、隔壁を破壊するセキハンクス。


 と、思いきや、破壊した隔壁の後ろには、さらに別の隔壁が待っていた。しかもその後ろからバンッ、バンッ……と隔壁が次々に閉まっていく音が響いてくる。


「…………」


 何重にも用意してあるのだろう。全部をブチ破るのはなかなか厳しそうだ……そもそも毒ガスで呼吸もヤバいし……


「むぅ……。結局コルヴト族頼りになりそうだな」


 大物を逃がしたことで、悔しげに壁を殴るセキハンクス。


「まあ、この結果を【受け容れる】しかあるまい」


 諦めがついたので、憑き物が落ちたように、スンッと現状を認めた。


 それによりちょっぴり魔力も育つ。


「ひとまず地上に戻るか――ん?」


 この砦はほぼ制圧したものとして、今後の方針を練るか――と思ったところで。



 ぐら、と砦が揺れた。



 パンモアルスが地上で巨像を動かしたのか? と思ったが……違う。


 揺れがどんどん大きくなる。


 そしてその震源は――どうやら『下』だった。


「……ああ、なるほどな」


 セキハンクスは察した。なぜ、ドワーフたちが遅滞戦術を展開し、魔族たちを砦の奥深くに引き込んでいたのか……


か……!」


 サッセンたちが脱出したのと同時に、砦の地下に張り巡らせた坑道を崩落させたに違いない。そして砦もろとも、引き込んだ魔王軍の戦力を生き埋めにする算段だ! 国宝の真打ちさえ一瞬で見切りをつけた連中が、今さら砦ひとつに固執するとも思えない。


「やられたな」


 もはや、立っていられないほどに揺れは酷くなりつつあった。パラパラと天井から石や砂の欠片が落ちてくる。壁に手をつきつつ、顔をしかめるセキハンクス。おそらく脱出はもう間に合わない……


 セキハンクス以外にも、魔族戦士は大勢砦の内部に侵入している。ここに来る途中で何度か目撃したが、ちょっとした物置や武器掛けが砦の至るところにあり――もちろん罠だらけだったが――罠を解除さえすれば、ドワーフ製の武具や小物がそのまま置きっぱなしになっており、兵士から魔族の戦士まで、貧しい出身の者たちが目の色を変えて物色していた。


「あれも『餌』だったわけか……!」


 少しでも多く魔王軍を誘い込むための。


 このまま砦が崩壊すれば、いったいどれほどの被害が出ることか……


「うーむ。ま、致し方あるまい」


 セキハンクスは肩をすくめて【受け容れた】。


「見抜けなかった俺の落ち度だからな」


 次の瞬間、セキハンクスの足場が割れて崩落。



 構造上の限界を迎えた砦は、内部に侵入した多数の魔族戦士や兵士ごと、地響きを立てて崩れていった……



          †††



「してやられたのう。最初から砦ごと我らに痛撃を与える算段であったとは」

「あれだけの兵器を用意しておいて、全部捨て駒だったんですね」


 その頃、地上にて。パンモアルスとスピネズィアはいち早く異変を察知したため、砦の崩落には巻き込まれず無傷だった。


 が、砦に踏み込んだ多くの将兵は、脱出が間に合わずに生き埋めになっている。


「これはなかなか骨が折れそうじゃわい」


 取っておいてよかった巨大石像――瓦礫をちまちまと退かしながら、パンモアルスが溜息をつく。デカい瓦礫でも持ち上げられるパンモアルス像は、こんなときでも大活躍だ。……要救助者をうっかり石像の指先で潰してしまわなければの話だが。


「うわああッ! 親父ーッ! 兄者ーッ!」

「誰か助けてくれーッ! 早く手当しないとーッ!」

「どう見ても潰れてんだろ! 諦めて他ぁ手伝え!!」


 周囲の一般兵や、弱小部族の魔族たちはパニック状態だったが――


「あーあー」

「コイツはひでえや」

「おーい、こっちの瓦礫動かすの手伝ってくれー」


 サウロエ族とコルヴト族は比較的落ち着いていた。


 異変が起きてから崩落まではいくらか時間があった。サウロエ族は【狩猟域】の結界で、コルヴト族は【石操呪】で、それぞれ持ちこたえている可能性が高い。


 瓦礫を退かして掘り起こすのに何時間かかるかわからないが……仮に1,2日かかったとしても、そうそう死ぬまい。 


「コルヴト族には大きな借りができそうですね」


 スピネズィアは苦笑しながら言った。こういう場面で活躍するのはやはりコルヴト族だ。サウロエ族の【狩猟域】も、救助作業にはあまり役立てようがない。


「ほっほ。なんの、手柄を多めに譲ってくれればそれでいいわい」


 パンモアルスは呵々かかと笑った。


「安くしておくでな」


 巨大パンモアルス像も同じように笑い、身の丈ほどもある瓦礫を放り投げていた。



            †††



 他陣営であれば、攻め落とすのに数ヶ月から数年――下手すれば未来永劫落とせなかったであろうフェレトリア王国の前線基地は、こうして一夜とせずに陥落した。


 魔王軍はドワーフ族の守兵を多数討ち取り、捕虜も何名かとったが、逆にドワーフ側の機械弓や投石機などで少なくない死傷者を出した。


 特に被害が大きかったのは獣人兵で、死者は三桁にのぼる。即死した者は少ないが、転置呪などの治療を受けられず、苦しんで死んだ者が多かった。


 が、治療を受けられた魔族は無事だったのか、と問われればそうでもない。


 なぜなら機械弓の矢には、毒が仕込まれていたからだ。転置呪で傷は完治したにもかかわらず、時間をおいて目眩や悪寒、呼吸困難などの症状を訴える魔族戦士が多く(当然獣人兵にも同様の症状が出ていた)、夜エルフの識者によって毒が特定された。



 ――解毒剤が存在しない重金属系の複合毒。



 高位の解毒の奇跡以外では、安静にして水分を大量に摂取し、毒素が抜けることを祈るほかない毒で、治療にあたった夜エルフたちもさじを投げた。(確たる治療法がないことを告げられた魔族が激昂し、担当の夜エルフが撲殺される事件もあった。)


 重度の中毒症状を見せた魔族戦士は後方に移送せざるを得ず、その多くは戦後も後遺症に苦しみ、内臓が機能不全に陥って死んだ者や、後遺症を苦にして自殺した者もいた。(当然、獣人兵にもいた。)


 ドワーフは自らの武具に誇りを持ち、毒のような外道に頼ることは稀であったが、おそらく第7魔王子ジルバギアスが同盟圏で毒に倒れた件を受け、ドワーフ側も使用に踏み切ったと分析されている。


 なお、魔族戦士――特に満足な治療を望めない弱小部族の者たちはドワーフたちの卑怯な戦術に怒り狂い、捕虜に取った砦の守備兵を腹いせの私刑にかけ、その大部分を死亡させてしまった。



 しかしこの一戦で最大の死者を出したのは、何と言っても砦の自壊だろう。



 サウロエ族・コルヴト族の多くは無事だったが、それでも数名は死者を出し、有効な生存手段を持たなかったその他の魔族戦士・獣人兵の多くが死亡した。


 救助作業は2日続き、最後のコルヴト族の戦士が見つかった時点で打ち切られることとなった。


 ……厳密に言えば、生き埋めになった者はまだいたのだが、救助の主力を担ったコルヴト族は、コルヴト族とサウロエ族の行方不明者が全員見つかった時点で作業をやめてしまったのだ。


 他の弱小部族では、コルヴト族に作業継続の対価を支払えなかった――


 ちなみに、ドワーフの王子を追い砦の最深部で生き埋めになっていたセキハンクスは、砦の崩壊から数時間後に自力で地上に這い上がってきた。


【狩猟域】で崩壊の衝撃に耐え、【石操呪】で自ら掘り進んできたとのこと。


 十中八九、無事だろうとは目されていたものの、まさか自力で脱出するとは誰も思っていなかったので、セキハンクスは称賛を浴びることとなった。



          †††



 こうして魔王軍は、ドワーフの堅固な砦を力押しで陥落せしめた。


 しかしドワーフ側、指揮官の王子サッセンを含む守備戦力の多くは砦の自壊前に脱出し、人的損害を最小限に抑えた。


 対する魔王軍は、主力のサウロエ族・コルヴト族にこそほとんど被害がなかったものの、他部族の戦士が多数死傷し、悪魔兵にも数十の損失、獣人兵などの通常戦力にも大きな損害を出した。


 砦を落としただけ、魔王軍の勝利と言えるだろうが――双方の被害の内訳を見れば、実質的には痛み分けだ。


 力押しの武威は充分に示せたと判断した魔族たちは、今後は定石通りのドワーフ攻めに軸足を移していくこととなる。



 すなわち、ドワーフ王国に臣従する人族領・獣人族領の制圧。


 人族領・オプスガルディア、テルガリウス。そして獣人族領・プルゲスタ。


 それらの地域を平らげるべく、魔王軍は国境沿いに緩やかな進撃を開始した。



 ――なお、救出作業中の会議で、砦の自壊に伴う甚大な被害について、他部族の代表者から意見(という名の釈明)を求められたセキハンクスは、



『やはり戦は最高だな、試練と波乱に満ちている! 甚大な被害を出したのは誠に遺憾だが、全て【受け容れよう】じゃないか! 次だ次!』



 と笑顔で言い放ち、他部族を絶句させ、じわりと魔力を成長させていたという。




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※次回からジルくん視点に戻ります。

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