290.光の裁き
闇に染まる広間を、激しい剣戟の火花が照らし出す。
互いに一歩も退かず、斬り結ぶ俺とエメルギアス。飛び散る青い血飛沫――エメルギアスの流す血は、煙のように蒸発していった。魔力に解けて、消えていく。もはやヤツの肉体は確たる存在ではないのだ。
「【グォォァァァァッ!】」
だが、それでもなお、その力は強大にして凶悪。雄叫びを上げながら突進してくるエメルギアス。槍を弾き、すれ違いざまにアダマスで斬りつけるが、うまく槍の柄で防がれた。
翼を広げ急制動をかけようとするエメルギアスだったが、そのまま勢い余って壁に激突。ズシン、と砦が揺れる。【石操呪】を失って脆くなった石材が砕け、壁に大穴が空いた。魔族というより、もはや魔獣でも相手にしている気分だ。
「【グゥ……ッ、ゴガアアアアァァッ!】」
鬱陶しそうに石片を振り落としながら、エメルギアスが口を開いた。
ポッ、と喉奥に光。……嘘だろ!?
剣槍の柄がしゅるっと解けて俺の左手に収束し――骨の盾に。ブレスを防ぐべく身構える俺だったが、
「【ゴガ――ゲホッ、ゴホッ】」
ボフンッ、と輝く煙を吐いて、エメルギアスが
「【クソッ! ……なぜだ! なんでうまくいかねェ……!!】」
苛立たしげにダン、ダンッと床を蹴って、スキップするような奇怪な動きで距離を詰めてくる。
「【クソがッ! これもダメかァ!】」
…………もしかしてそれ、地団駄踏んでるんじゃなく、剣聖の加速を再現しようとしてんのか……?
「バーカ! お前が物の理に愛されるワケねーだろ!」
むしろ毛嫌いされる部類じゃねーか!
「【やかましいィィッッ!】」
なお苛立たしげに叫びながら、それでもスキップはやめ、エメルギアスが槍を繰り出してくる。ゴウッと穂先に穿たれる空間、重量級の一撃。槍の扱いは一流なんだよな、ちゃんと鍛錬していたらしい。
――そう、鍛錬。レイラからは竜の力を奪い、バルバラからも魔力を奪ったようだが、エメルギアスは全てを活かしきれていないのだ。
考えてみれば当然のこと、生まれつきブレスの力を持っていたレイラでさえ、安定してブッ放せるようになるには練習が必要だった。ついさっき奪ったばかりのエメルギアスが、易々と使いこなせるものかよ!
「【グウゥゥォオオオオッッ!!】」
が! 反対に使いこなす必要がないモノは厄介だ。頭上から打ち付けられる翼に、死角から鞭のように叩きつけられる尻尾。洗練された槍術も加わって、一瞬たりとも気が抜けない。プラティの多槍流と散々やり合ったから、変則的な戦いには慣れっこだけどよ!
「おおおおおォォッッ!」
翼の打ち付けを盾で防ぎながら、俺は防護の呪文をブチ抜いて、エメルギアスの胴にアダマスをねじ込んだ。ガリィッ、とボン=デージの蛇革を削る。革製品のくせに硬すぎだろコレ! いい仕事してんなクセモーヌ! 邪魔ァ!
「【ゴガァァァッ! その力、寄越せェェェッ!!】」
呪詛が絡みついてくる。
「『【【収奪を禁忌とす!】】』」
もはや、絶えず唱え続けなければならない魔除けのおまじないだ。
ほぼ抵抗したが、わずかに薄皮1枚程度、魔力を剥ぎ取られた。キリがねえなマジで……! 悪魔に近い存在と化したからか、浅く斬ったくらいじゃ大してダメージになってない。
先ほど腕を切り裂いた傷も、魔力で肉体を補おうとしている。聖属性のおかげで、かなり阻害できているが――あとひと押しが足りない。
「【死ねええェェェッ!】」
「テメェがなァァァッ!!」
ガァンッ、ギィンッ、とアダマスと槍がぶつかり合う。剣戟の音で耳が馬鹿になりそうだ。
腕も痺れてきた――転置呪! ダメだ効かねえ、抵抗されたのか、それとも、ほぼ悪魔なエメルギアスは『生物』として呪いの対象に取れないのか、どっちだ? わからん!
俺のボン=デージのダメージ肩代わり機能は温存できている。ここは捨て身の一撃でケリをつけに行くべきか……?
『いや、大きな傷を受けるとさらに魔力を吸われかねん』
クソッ、確かに! 今でも隙あらば呪詛が飛んでくるからな!
「おらよォ!」
叩きつけられた蛇の尾をバッサリと斬りつけ、銀色の傷を刻み込む。痛みに唸ったエメルギアスが飛び退り、しばし睨み合う。一進一退、決定打に欠けると感じているのはお互い様か――
「【…………】」
が、ここで尻尾と翼を振り回し牽制しながら、エメルギアスが背後を気にした。
……まさか。
コイツは嫌がらせの天才だ。そして戦況は膠着している。何かしら変化をもたらす術を互いに模索しているところ。
そこで背後を――砦の外を意識したということは。
逃げるか、あるいは、……竜の力を奪われ人の姿になったレイラが狙いか!?
幸い、俺から見える範囲にレイラはいない。おそらく邪魔になることを嫌って退避しているはずだ。が、逆にそこまで遠くに行っているとも思えない。ほぼ裸で、魔法が使えぬ人の身では、周囲の環境が危険すぎるからだ。
バサッ、と翼を広げるエメルギアス。
いずれにせよマズい! たとえレイラが人質に取られようとも、俺は止まるつもりは毛頭ないし、レイラも足を引っ張ることは望まないだろうが――だからといって、看過できるワケではない!
【逃走を禁忌】に――いや、その瞬間に呪詛を放たれたら、【収奪を禁忌】の再制定が間に合わない。投げるか!? 槍を!? だがアダマスが奪われたら武器が――骨でどうにか拘束? それしかないか!
俺が左手の盾を解体し、骨の鞭のようにして叩きつけようとした――
瞬間。
ゴウッ、と背後で強大な存在感が弾けた。
――心地よい風が。
「【
目を射るような閃光、灼熱の気配が俺の真横を駆け抜ける。
ドゥッ、と撃ち抜かれる、エメルギアスの両翼。
これは――光の奇跡。まさか……!!
ひた、ひたと裸足の足音。
アダマスの刃を鏡代わりに、背後を見やると。
――『聖女』が、いた。
陽光を凝縮したかのような金髪に、晴れ渡った空のような青い瞳。ズタボロになったワンピースは、確かに『彼女』が身にまとっていたものだ。
だけど、見知ったわんこのぽやぽやした表情じゃなく、きりりと勇ましい顔。2本の足で床を踏みしめ、両手で光の弓を構えている。失われた手足が戻っている……!
「リリアナ……!」
鏡越しに目が合って、彼女は――花開くように微笑んだ。
『とうとう自我が目覚めおったか……!!』
アンテが感嘆と困惑が入り交ざったような声を上げる、俺もその気持ちはめっちゃわかる。
助かったは助かったが、ここでリリアナの力を奪われたらヤバい!
「【なんだテメェはァァァ!】」
安息套の翼を再展開しながら、エメルギアスが絶叫する。
「【眩しい……輝かしい……妬ましい! その力、寄越せェェェッ!!】」
ドス黒い呪詛が、放たれる。
――この際、手段は選んでられねえ!
「【
俺は魔力を放出した。銀色の輝きが、俺とリリアナを覆う。
魔除けの加護だ。だが同時に俺の全身を焼き焦がす! 聖属性に、魔力の膜でワンクッション入れるやつ、複雑な魔法とはまだ両立できねぇんだ……!
「【
俺のただならぬ様子を見て、リリアナの反応は早かった。光の弓を放り出し、歌を口ずさみながら、一瞬で魔力を編み上げて強大な魔除けの加護を展開。
「【――
黄金の背光がリリアナと、さらには俺にも宿る。すげえ。身体が軽くなった上に、聖属性が俺を焼かなくなった……!
「『【【収奪を禁忌とす!】】』」
俺とアンテの追い禁忌も合わさって、エメルギアスの放った呪詛は完全に吹き散らされる。
「【大地の慈悲よ】」
さらに、リリアナから流れ込んでくる温かなもの。聖属性に焼き焦がされた皮膚が治り、痛みもきれいに拭い去られた。ありがてえ。
「【なァ……ッ!?】」
目を見開き、唖然とするエメルギアス。魔法が無効化されたからか、自我を取り戻した聖女と俺が共闘しているからか。あるいはその両方か。
「【――バカな!? なぜハイエルフが、そいつの味方を……!?】」
思わず問うエメルギアスに、「~♪」と口笛を吹いてそっぽを向くリリアナ。まるで、単に空とぼけているかのようだったが、実はそれさえも魔法だった。
リリアナが口笛に乗せた魔力が、空中できらきらと結晶化。透き通る竪琴と化したそれを手に取り、爪弾きながら歌い、神々しい魔力を放つ。
「【
床一面に魔力が広がり、石材がひび割れていく。神性を宿した草が芽吹き、花々が咲き乱れ、砦の中が楽園のような花畑と化した。さらには広間の四隅には木が生え、みるみるうちに生い茂っていく――
光り輝く、大樹が。
「【
太陽のように暖かな光の波が打ち寄せる。普通の森エルフなら、『聖大樹』の枝を必要とするところ、神性を宿したリリアナはその身ひとつで行使できる。最上位の魔除けの結界――
今このとき、結界は悪意ある外敵を退ける壁というよりも、エメルギアスを閉じ込める檻として機能する。
「【この……ッ!】」
不利を悟ったエメルギアスが、茫然自失から脱してリリアナに襲いかかろうとするも、当然のように俺が割って入る。
「どこに行こうってんだ?」
相手は俺だ。それに術師を守るのが勇者の務めでなァ!
「【どけェ――!!】」
槍を振るうエメルギアス、しかし先ほどまでのキレはない。俺が著しく強化されていることもあるが、足元の草花がエメルギアスの手足に絡みついて、動きを阻害しているのだ。
「――――♪」
背後から、力強いハミング。心を奮い立たせるような、勇ましい旋律が――
「【
アダマスが、ブルッと震え、次の瞬間に光を爆発させた。
仇敵を討ち倒す、神秘の光――と呼ぶには、それはあまりにも暴力的すぎる。
「はは……ッ!」
俺は笑った。もう笑うしかなかった。神話級魔法をこんなに連発できるなんて!
リリアナの魔力は最上位魔族には及ばない。だがその身に宿す神性と、極めて高度な光の奇跡こそが真骨頂。
『聖女』リリアナ=エル=デル=ミルフルール。
前線で同盟軍を支え続けた光の化身――!
「【我が名はジルバギアス。そして、】」
俺は眼前にアダマスを掲げ、力をみなぎらせた。
「【アレクサンドル。タンクレット村のアレクサンドル!】」
エメルギアスが、困惑したように顔を歪める。ああ、そうかい。初陣で潰した村の名前なんて、オマエはこれっぽっちも覚えちゃいねえんだろうよ……!
「【――我が父母、我が故郷の仇。今ここに討ち果たさんとする者なり!!】」
俺の魔力が爆発する。怒りと、万感の思いとともに――!
「【なッ……なんなんだ!? 何なんだテメェは――ッ!?】」
槍を構えながらも、引きつった顔で叫ぶエメルギアス。
答えはひとつ。
「俺は――」
誰が、何と言おうと。
「――勇者だッッッ!!!」
いくぞ、アダマス。
リリアナが魔除けの加護を与えてくれたおかげで――
俺は
「【
太陽のように光り輝く刀身に、破魔の銀色が混ざり込む。
兵士の遺骨が巻き戻り、アダマスに巻き付いて剣槍と化す。
踏み込む。柔らかな草花が俺の足を支え、押し出してくれる。
「【ウワアアアアアァァァァァァッッ!】」
果たして、エメルギアスのそれは雄叫びか悲鳴か。ヤツを庇うように前に出た蛇の尾と【安息套】の翼を、俺は一刀のもとに切り捨てた。
「【クソがッ……舐めるなァァァァ――ッッ!】」
エメルギアスもまた、己を奮い立たせて槍を繰り出す。
濃厚な魔力が秘められた穂先に、俺は――アダマスを合わせた。
そして、激突の瞬間、全身の魔力を刃へと流し込む。
閃光。
破砕音。
エメルギアスの槍が、砕け散る。
「【なッ――】」
愕然とするエメルギアスに、もはや――打つ手はない!
「うぅおおおおおおォォォッッッ!!」
振り上げる。ここに――復仇の刃を。
「――死ねェァァァァァァァァァッッッッ!!!!」
アダマスを、脳天にブチ込んだ。
頭から、蛇のように長い首を、胴を、縦に両断する。
完膚なきまでに引き裂き、破壊した。
「【ア……、グ、……ガァ……】」
血の代わりにドス黒い魔力を吹き出し、よろよろと後ずさるエメルギアス。
「【あ……ああ……イヤ……だ……イヤだ、ああ、あがぁ!!】」
ボコッ、ボクンッ、と異様な音を立てて、その体がいびつに捻じれ、歪んでいく。
「【オレは……最強の、魔王っ、に! あっ、こんな、こんなあぁ!!】」
――致命的な損傷を受けた悪魔の末路なんて、ひとつしかない。
俺は、飛び退って距離を取った。
「【ァ、ぐぁォ、ォぎゃあああああああああああァァァッッ!!】」
絶叫しながら倒れたエメルギアスは。
「【――――】」
一拍置いて、魔力を噴き上げながら、轟音とともに爆発した。
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