67.新風きたる
どうも、人化の魔法を習得して、思わずはしゃいじゃったジルバギアスです。
「声が聞こえましたが、どうなさいました?」
ノックもなく、ソフィアが扉を開けた。どうやら人化で俺の魔力が弱まり、防音の結界が解けていたらしい。
「あっ。……んふッ、習得おめでとうございます」
俺の姿に目をぱちくりさせたソフィアが、顔を背けながら吹き出す。
「何が可笑しいんだよ」
「いえ……なんか弱っちくなっちゃってて、つい……」
そんなに弱くなってるのかー。人間で言うなら、いきなり可愛い小人さんになってしまったようなものか?
「お話は終わりましたか?」
「あっ、ご主人さまが人族に……」
なし崩し的に、ヴィーネやガルーニャたちもドヤドヤと部屋に戻ってくる。内密に話すようなことはもうないだろうし、まあいいか。ガルーニャがちょっとショックを受けてるみたいで笑ってしまった。
自分の魔力の動きを確かめてみる。
……弱いな。いや、たぶん、並の人族よりは強いというか、一端の魔法使いくらいの魔力ではあるが。
試しに防護の呪文を唱えてみたが、いつもより相当、頼りなく感じる。
「どうだ?」
俺の問いに、つかつかと歩み寄ってきたソフィアが、「ふんっ!」とおもむろに拳を叩き込んでくる。
ぱりん、と護りが砕け散った。
「普段を鋼鉄の壁だとするなら、薄い鉄の板くらいでしょうか」
うーむ。まあそれでも流れ矢くらいは防げるから、あるのとないのとじゃ大違いなんだよな。
それにしても魔法の威力がすごく下がってるな。ヴィロッサと違って、
防音の結界が解けたのは、魔力が弱まったせいで部屋全体をカバーできなくなったからかな? 今の俺だと、手を伸ばした範囲がせいぜいかもしれない。
「面白いな。角が生える前を思い出す」
頭に手を当てながら、魔法を解除。角がニョキッと生えてきた。世界が輪郭を取り戻し、色鮮やかになったように感じた。もうすっかり、魔力を感じ取れるのが普通になってしまったんだな、俺も……。
「何だかんだで、ついこの間に角が生えたばかりですもんねジルバギアス様……人化の魔法って、私でも習得できるんでしょうか?」
ソフィアが興味津々な様子でレイラを見やる。
「えっ。……あの、わかりません。悪魔で試したことは、ないので……」
「ジルバギアス様。私も試してみても?」
「レイラがいいなら構わないが」
まあ、未知の魔法を前に、ソフィアが指くわえて見てるだけってことはないよな。今度はソフィアのナイフで手を傷つけて、レイラが血を提供する。
「むっ。……そういう根源なんですか……」
レイラの血を口に含み、「いったい何を見せられたんだ私は……」という顔をするソフィア。理解できた、ということは魔法も習得できたということか? レイラの手を治療しながら、興味深く見守る。
「えーと……じゃあやってみます。ふん!」
ソフィアの輪郭がブレて――彼女のつむじ風のようだった魔力のあり方が、しゅるしゅると縮んで、こぢんまりとした『生き物』に切り替わる。
片眼鏡をかけた、執事服姿の、ごくごく平凡な女の子がそこにいた。赤っぽい肌も人族の平均的な感じになってるし、額の角も消えている。
マジかよ……悪魔も人化できるのか……。
「えっ……えっ!?」
自分の顔をぺたぺたと触りながら、ソフィアが狼狽した様子できょろきょろと周囲を見回す。
「なっ、なんですか……こんな! こんな、何も感じない状態で、人族は生きてるんですか!? うっ、うう……!!」
ぷるぷると震えながら、自分の体を抱きしめて、その場にへたり込んでしまう。
「大丈夫か?」
抱きかかえて鏡の前に連れて行く。ちゃんと肉の重みと温かみを感じる。鏡をまじまじと覗き込んで、「これが私……?」などとつぶやくソフィア。
悪魔は魔力で構築された身体を持つからな。感覚器まで失われて、人間で言うなら触覚を封じられたようなものか? すごく違和感があるんだろう。
「面白そうじゃな」
と、今度はアンテまで飛び出してきた。突然登場した自分と同じくらいに見える娘に、レイラが「ひえっ」とビビっている。
「あ、紹介が遅れたが、俺が契約している悪魔のアンテだ。普段は俺の中でぐーたらしている」
「ぐーたらは余計じゃ。おい竜娘、我にも血をくれい。やってみたい」
「アンテ、お前が人化して大丈夫なのか? 契約とか……」
「安心せい。種族が変わる程度で、悪魔の契約を『なかったこと』にはできんわ」
そいつぁよござんした。
「それにしてもレイラ、手めっちゃ切ってるけど大丈夫か? イヤならイヤって言っていいんだぞ」
「だっ、大丈夫です! お役に立てて光栄ですぅ……!」
躊躇いなく手を切りアンテに血を飲ませたレイラは、にへらと愛想笑いを浮かべ、「他にも、試したい方がいらっしゃるなら……わたしなんかの血でよければ、いくらでも……」と血塗れの手を差し出しているが――残念ながら他に希望者はいなかったので治療した。
まあ、魔力がけっこう強くないと、そもそも使えないからな、この魔法。
だから落ち込まなくていいんだぞ、レイラ……!
「ぬっ!」
アンテもまた、スンッと人化して(存在が)ちっちゃくなる。褐色肌は相変わらずだが、額の角が消えて、ふつーの女の子になっていた。
「なっ……なんじゃ、これは……!」
目を見開き、ぷるぷると震えながら、ぺたんと尻もちをつくアンテ。
「こっ……」
「こ?」
「こわい……!」
怖い……!?
「な、なにも見えん。なにも感じ取れん! 全てが物質だけで構築されているように感じる……! 我は今、恐ろしいぞ!! こんな感覚は初めてじゃ……!!」
言いながら、ちょっと頬を赤らめてもじもじしだすアンテ。未知の恐怖に興奮してんじゃねえよ! 無敵かてめぇは!!
「ね! 怖いですよね!」
ソフィアが半分腰砕けでアンテに近づいてくる。
「うむ……魔力なき者にとって、世界とは……このように殺伐と……」
「非常に興味深いです……よくこんな状態で生きてられますよね……」
「お主もあれじゃな! 肉じゃな! 下等生物じゃ!!」
「そういうあなたこそ! 肉の塊ですよ今は!」
なんか知らんが、互いのほっぺたをブニブニと引っ張り合っている。悪魔同士、俺たち定命の者にはよくわからない意気投合の仕方をしているようだ。普段の尊大さがちょっと鳴りを潜めてるアンテと、魔神が下等生物と化して微妙に強気なソフィア。
だけど、魔力が弱いからって、下等生物呼ばわりはやめよう、な?
元人族の俺とか、獣人のガルーニャとか、すげー複雑な心境だからよ……。
そんなこんなで、悪魔も人化が可能という知見が得られたが――
「好き好んで使う悪魔がいるとは思えませんね」
元の姿に戻って、ソフィアが身もふたもないことを言った。
「魔力が感じ取れなくなるのは……えも言えぬ感覚で、快か不快で聞かれれば間違いなく不快ですし、そもそも存在が脆弱すぎて不安になりますし……」
「ただ、現世にとどまるなら、魔力の節約にはなりそうじゃな。存在が確としておるおかげで、じっとしておる限りは魔力を消費せん」
堂々とソファに寝転がって、アンテが利点も挙げる。ちなみに人化したままだ。
「しかし、それだと肉体の維持のため本格的に食事を摂る必要が出てくるのでは?」
「魔力の補給に比べれば格段に楽じゃろ。あ、ついでに何か食べてみようかのう。我お酒も飲んでみたいんじゃが」
「お酒ですかー。精神が変容するんでしたっけ。ちょっと興味はありますね」
「そうじゃ、あとせっかくじゃし怪しげな薬とか毒とかも――」
やめろ!
煙草吸うくらいのノリで禁忌を犯そうとするんじゃねえ!
ヤク中の魔神とか笑い事じゃ済まされねえから絶対に許さんぞ!!
「ヴィーネ。そして他の夜エルフたちにも通達。
「かしこまりました」
「えー、なんでじゃー! 色々試してみてもよかろうに!」
「ダメだ! なんか破滅の予感がする!!」
酒もクスリも大して変わらんじゃろがい! とアンテが抗議してくるが封殺。正直酒だって飲ませたくねえよ悪魔には……! 何が起きるかわからん。
……まあ、でも、人化した状態なら、酔っ払っても大した害にはならなさそうだし大丈夫かな? 中毒性があるクスリはダメだが、適量の酒くらいなら許可するか。
「あ、そうだ、角を残して変身したらどうなるんでしょう……? 肌や髪の色の変化の限界は……?」
「いやー、ただでさえ窮屈な現世で、人の体などロクなものではないの。ただ、この不自由さは癖になるやも……」
好き好んで人化する悪魔がここに2体もいるんだが……。
ソフィアは好奇心のままに魔法の限界を試しているし、アンテは魔力縛りプレイでビクンビクンしてる。
他の使用人たちは「なにやってんだこいつ……」というような顔で呆れているが、まあウチでは割とままある光景だ。
そしてスピード感についてこられなかったレイラは、ぽかーんとしている。
「まあ、こういう連中なんだ」
俺は肩をすくめながらレイラに向き直った。
「改めて、新たな魔法を授けてくれたことに礼を言おう。彼女、レイラは奴隷として俺に譲り渡されたが――」
俺の足元でおすわりしているリリアナを見やる。
「ペット枠じゃなくて、それなりに遇したいと思う」
「具体的には、どのような扱いをお考えですか。私兵か、食客か、使用人か、側仕えかで変わって参りますが……」
新たな魔法に夢中でアテにならないソフィアの代わりに、ヴィーネが遠慮がちに聞いてくる。
正直、実質ペット枠の食客でもいいんだけどな。
「あ、あの……わ、わたしにできることなら、何でもっ、やりますっ」
しかし当のレイラは、両手をグッと握ってやる気を見せていた。
「そうだな、どういうことが得意なんだ?」
「あ……えと……その……」
一応本人の希望も聞いておくか、くらいのノリで尋ねると、途端にしおしおと元気をなくすレイラ。
「えっと……お掃除、とか得意です……」
「えっ、掃除……?」
「あ、あと、アイロンがけとか……」
「アイロン……?」
俺たちは顔を見合わせた。ホントどういう扱いを受けてたんだこの娘。
「書類仕事とかは、どうだろう」
「あっ、う……。文字は、読めないでしゅ……」
「ま、魔法は?」
「人化以外……教わってません……」
「……ドラゴンとしては、どうだろう。ブレスとか、飛行とか……」
「ブレスは、ちっちゃい頃にちょっとだけ。大きくなってからは、怒られるので吐いたことがないです……あと、空は……」
スカートの裾をぎゅっと握りしめるレイラは、話しながらどんどん小さくなっていくように見えた。
「空は、飛べません……【翼萎え】をかけられてて……その、ごめんなさい……」
怒られるのを恐れるように、泣きそうな顔をしているレイラ。
本当に……ただ、
でも、そうか。考えてみれば当然だ。
あの闇竜どもの、いったい誰が、この子に竜として必要な教養を、親切にも手取り足取り教えてあげるんだって話だ……!
俺の中に、ふつふつとこみ上げてくるものがあった――
一言で言うなら、義憤だ。
「レイラ」
「はっ、はぃぃ……」
「今日をもってきみは、俺の部下となった。だから闇竜の思惑はもはや関係ない」
レイラの目線の高さに合わせて腰を落とし、ぽんと肩に手を置く。
「そして――俺のもとに来たからには。どこに出しても恥ずかしくない、立派なドラゴンになってもらう……!!」
「はっ、はぃぃ?」
目を白黒させるレイラ。
「とりあえず【翼萎え】とやらだ! リリアナ!! ふっとばすぞ!!!」
「わん!!」
ついでに闇竜に仕込まれてそうな妙な呪いもあったら丸ごと浄化しちまえ!!
……口には決して出さないし、出せないが。
レイラを立派なドラゴンにして、彼女がその気になれば、いつでも魔王国を出ていって、ひとりで生きていけるようにすることが。
ファラヴギを屠った俺の、果たすべき責務だと思った。
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