461.恨み骨髄


「よし……やるか」


 俺は意を決して起き上がった。


 ヴィロッサから話を聞いたあと、キャンプ飯で腹ごしらえして、ちょっと休んでからレイラにまた転置呪して……


 体調は安定してるし、気合も入れ直した。



 ――俺は今から、アーサーたちを呼び出す。



 人族としては魔力強者な上、死にたてホヤホヤだ。きっと……自我も余裕で保たれているだろう。


「…………」


 気が重い、なんて次元じゃなかった。息が荒くなってきたのは、動悸がするのは、毒のせいじゃない。


 ……でも、このままってわけにはいかねえ。


 呪文を唱え、霊界の門を開く。


「【出でよ――】」


 俺は、呼ぶ。


「【レキサー、ギエール、アーチー、レニー、ラルフ――】」


 そして。


「【――アーサー】」



 お お お お



 眼前、黒々とした闇の魔力の門から――



 飛び出してくる。



 霊魂たちが。



『なん、だ……? ここ、は?』

『うおおァ熱いっ、熱いっ……あ?』

『何が……どうなっている!? 魔王子は!?』


 おそらく、死の瞬間から時が止まっていたであろう彼らは――突然の状況の変化に困惑し。


 顔を見合わせて、その視線が――俺に集中した。


「大変……申し訳ございませんでしたァァァァァッッ!!」


 俺は叫びながら、ダンッと砂浜に平伏する。


『――ジルバギアスッ!?』


 レキサー司教がクワッとした顔で叫び、自身の半透明な両手を見下ろし、


『【聖なる輝きよヒ・イェリ・ランプスィ この手に来たれスト・ヒェリ・モ!】』


 うわセルフ聖霊化の判断早ッ! しかも聖銀呪が周囲のヴァンパイアハンターたちにも伝播! 一瞬にして聖霊集団が爆誕する!


『【神鳴フールメン!】』

「ぐわあああぁぁッッ!!」


 レキサー司教の雷魔法が直撃し、思わず悲鳴を上げた。


『何が申し訳ございませんだ!』

『ふざけんじゃねえぞ! このっ、このっ!!』

『オラオラオラオラ――ッ!!』


 殺到してきた聖霊たちが、寄ってたかって俺をボコボコにする。銀色に輝く彼らの拳が、蹴りが、呪詛となって俺を打ち据える……!


「ぐがぁぁ……ッッ!」


 平伏したまま、俺はそれを無抵抗で受けた。彼らにはその権利があり、俺には義務があるからだ。魔族の姿であっても、防護の呪文も結界も展開していない今の俺には一発一発がかなり響く……!


 それでも耐える……耐える……!


「うっ……ううぅ……っ」


 無我夢中で俺をボコしていたヴァンパイアハンターたちだったが――やがて、俺のものではないか細い女のすすり泣きが聞こえてきて、困惑したように手を止める。


「うぐっ……うぅぅぅ……っっ!!」


 レイラだ。少し離れたところで見守りながら、涙を流していた。


「ふううぅ……ぐうぅぅ……ッッ!!」


 だが、カッと見開かれた金の瞳は、ぎらぎらと不穏な輝きを放ち、表情も、可憐な娘には似つかわしくない、まさに『凶相』とでも呼ぶべきもので――


「ぐるるぅぅ……ふしゅーっ……ふしゅーっ……!!」


 食い縛られた歯の隙間からは、ブレスになりかけの光の粒子がちりちりと漏れ出ていた。


『ひぇっ』


 若いヴァンパイアハンターのひとりが、思わずと言った様子で後ずさった。


『なっ……なぜ、レーライネ君がここに!?』


 愕然とするレキサー司教。続いて、顔を上げた俺を二度見する。


『……!? 魔王子が……アレックス君の顔をしている!?』


 その言葉に、他のヴァンパイアハンターたちも、俺の顔面に気づいたようだ。口々に『えっ』『なんで』と動揺の声を上げている。


 幽霊は、目じゃなくて魔力で外界を知覚する。『ジルバギアス』という存在に気を取られていて、顔立ちの物理的造形には頓着していなかったのだろう。


「レイラ」


 俺は、今にもブレスを吐きそうな彼女に声をかけた。俺のために、怒ってくれるのは嬉しいんだけど、さ。


「みんな、怒って当然だから」


 俺に、……俺たちに、どうこう言う資格はないよ。


「う゛ぅ……う゛~~~~……」


 しばらく唸っていたレイラだが、ふと霊魂の中のひとりに目を留めて、さっと顔を青褪めさせた。


「…………」


 しおしおと怒気を失って、俺の隣にぽすんと座るレイラ。


「……ごめんなさい。アレクの代わりに、半分くらいはわたしも殴ってください」


 一瞬、そんなことしなくていい、と言おうかと思ったが。


 俺がボロボロになったら、どの道レイラに傷を引き受けてもらうことになるわけで……それこそ、俺がどうこう言う資格はなかった。


「大変申し訳ないです。気が済むまで殴ってください……」


 俺もまた、平謝りする。


「…………」


 だけど、いつまで待っても次の一撃が来ない。


 不審に思って顔を上げると――


『……アレックス』


 音もなく、ひとりの青年が、俺の前に歩み出ていた。


 いや――青年と呼ぶには、若すぎる。


 まだ、少年と言っていいあどけなさを残した顔立ちの、彼は。


「アーサー……」


 明らかに、俺が知るアーサーよりも……若かった。まだ20になったかどうか、というところだろう。霊魂の外見には、肉体ではなく、精神年齢が反映される。


 アーサーが、エクスカリバーを振るい、みるみる老けていったのを思い出す。


 ……きっと俺と出会う前にも、前線でエクスカリバーを抜いてきたのだろう。どうしようもない強敵を打ち倒すための、最後の切り札として――ごく短時間。


『アレックス。どうして、なんだい?』


 アーサーは怒りでも、蔑みでもなく、ただただ悲しそうにしていた。


『どうして……あんなことを?』


 …………。


『きみは……なんだ?』


 ……俺は。


「俺が、第7魔王子ジルバギアスであることには、間違いない。だけど俺には前世の記憶もある。人族としての記憶が……」


 俺は、語り出した。


「俺の名前は、アレクサンドル。8年前、魔王城強襲作戦に参加し、魔王に敗れて死んだ……勇者のひとりだ」



 アーサーと、レキサー司教たちの顔が、驚愕に染まった。



          †††



 俺は全てを打ち明けた。


 魔王に敗れ、気づけば魔王子に生まれ変わっていたこと。前世をひた隠し、魔王子として振る舞いながら、魔王国を滅ぼすと決意したことを。


 禁忌の大魔神と契約した。聖女リリアナを救出した。白竜王ファラヴギを屠った。その娘、レイラを献上された。


 魔王子として、エヴァロティで初陣を飾った。デフテロス王国を滅ぼした。反乱を許容する自治区構想で、人族や獣人族の捕虜を保護した。


 故郷の仇、第4魔王子エメルギアスを討ち取った。


 リリアナを同盟圏に逃した。追放刑を受け、俺もまた同盟圏に脱出した。夜エルフの諜報員を狩って回った。


 そして――


「アーサーたちと、出会った」


 吸血鬼狩り。のちにハミルトン公国を巡り、帝国軍の襲来を知り――


「俺が、同盟圏の後方を旅して、ずっと感じていたのは、魔族の脅威があまりに軽視されていることだった。夜エルフどもの工作のせいだけど、後方がこんな平和ボケしてるようじゃ、魔王国とまともに戦えない」


 仮に俺が魔王を倒し、ダークポータルの破壊に成功したとしても、全魔族が一夜にして消え去るわけじゃない。むしろ長い長い掃討戦の幕開けだ。


 魔族だけじゃなく、現世に取り残された悪魔兵、人類に敵対的なドラゴン族、さらにはアンデッドの軍勢までいる。統制を失った闇の輩が雪崩込んできたら、今の同盟では対応できない。


 現状、魔王軍は全く本気を出していない、という点に留意する必要がある。全ての魔族が、悪魔兵が、ドラゴンが、アンデッドが、なりふり構わず、略奪も虐殺も何でもありで攻め込んできてみろ。大陸の端まで蹂躙されちまうぞ。


「だから……俺は、どうにかして、魔族の本来の恐ろしさを知らしめる必要があると思っていた。そんな折だよ、帝国軍が攻めてきたのは。打倒魔王国を掲げる連中が、どれほどの実力か――試してやろうじゃねえか、って思いもあった。帝国軍が、真の実力者なら――業腹だけどそれもよし。そうでなければ、侵略も止められるし、魔王子の悪名も轟かせるし、一石二鳥だ、って……」


 そんなふうに……思ってたんだよ。


「アーサーたちが、来るまでは」

『『…………』』


 沈痛の面持ち、ってのは、こういうのを言うんだろうな……。


 レキサー司教たちは茫然としていた。ぽかんと口を開けて停止している者、信じられないとばかりに首を振る者、頭痛を堪えるように眉間を揉みほぐす者――


『だから、か』


 アーサーが、ぽつんとつぶやいた。


『別れ際に、きみが……やけに穏やかな顔をしていたのが、気になってたんだ。まるで、何か覚悟を決めたみたいに……そういうこと、だったんだな……』


 勘づかれていたのか。流石だな……


『私も、得心がいった……』


 レキサー司教が、疲れ果てたような口調で言った。


『なぜ魔王子が、わざわざ、自分たちの得意技や弱点について長々喋っていたのか。あれは、文字通り、知らしめるためだったのだな……』

「はい……その通りです……」

『……待て、私は君に毒を盛ったのだが、あれはどうなった?』

「今も死にそうです……コポォ。失礼」


 吐き気が割と限界だったので、俺は胃液をオエッとした。


『吐く程度で済んでるのか……』

「いえ、他にも色々とヤバいです、気を抜いたら呼吸も止まりそうですし……転置呪で、毒の症状をレイラに引き受けてもらって、なんとか延命してます」


 そろそろまた、レイラに症状引き受けてもらわないと……


『治療、しようか?』


 俺のそばに膝をついて、気遣うように、アーサー。


「…………」


 泣きそうになってしまった。


 理不尽に、俺に殺されたのに……なんでこんな……こんな……!


「いや……、今の、アーサーが……光の奇跡を使ったら、……消えちまうよ」

『ああ……そうか。そうだよね……』


 銀色に輝く自らの手を見下ろして、アーサーが肩を落とした。



 いかに、聖なるもののように輝いて見えても――



 彼らが霊体アンデッドであることに変わりはないのだ。



 聖銀呪は、書いて字のごとく、きらびやかな呪詛に過ぎないのだから。



「ごめん……本当にごめん……」

『…………』


 アーサーは答えなかった。自らの感情を測りかねているかのように。


『今更だが……アーサーくんもいるということは、我々は全滅した……のだろうか。何人か、見えない顔もあるが』


 レキサー司教が、周囲の面々を見回しながら言う。


「……俺が名前と顔を知ってる限り、ヴァンパイアハンターの面々は呼び出しましたけど、霊魂がもう消滅してしまったのか、それともまだ生きているのかは、判断がつきません」


 森エルフのイェセラも、呼んだけど出てきてないな。


『呼び出し直後、何人か、火魔法や光魔法を使って自滅しておったぞ』


 混乱を避けるため俺の中に戻っていたアンテが、ボソッと言った。うわっ、マジかよ……欠けてるメンツってそういうのもあるのかぁ……


『事情はわかったけどよ……俺たちを呼び出して、どうしようってんだ?』


 ヴァンパイアハンターのひとりが、困惑と、かすかな苛立ちを滲ませて言った。俺は居住まいを正す。


「まず、謝りたかった。それに……約束してたから。死んだら……聖霊化するって」

『『…………』』


 自分で言ってて自分をぶん殴りたくなってきた。


 死んだら聖霊化するって、殺した奴が言っていいセリフじゃねえだろうがよぉ畜生畜生畜生――ッッ!!


 あああああああああああああああ!!!!!


 アアアアアアアアアアアアアッッッッ!!


「本当に……ごめんなさい!! 謝って、許せることじゃないのはわかってる。詫びのために死ねって言うなら、俺は死ぬ! だけど、それは……魔王国を滅ぼすまでは待って欲しい……!」

『いや、それはないな。ナンセンスだ』


 レキサー司教がバッサリと切って捨てた。


『死んで詫びる、というその気持ちはわかるのだがね』


 腕組みをして嘆息しながら、レキサー司教は静かに俺を見据える。


『ハッキリ言うが、アレックス君。君が死のうが生きようが、幸せに天寿を全うしようが苦しみ抜いて早死しようが、私たちが生き返るわけではない』


 仰る通りです……。


『死んで詫びるというのは、君の自己満足でしかない。君がやらかしたことの是非は……この際、一旦置いておこう。……これはあくまで、私個人の意見表明だから、皆に押し付けるわけではない。一応そういうものとして聞いて欲しい』


 後半は、周囲の面々に念押しするように、アーサーやヴァンパイアハンターたちを見渡しながら、レキサー司教は慎重に言葉を続ける。


『君の事情が特殊過ぎるのはわかった。そして君の考えに、一理あるのも認めよう。あの虐殺劇、勇者としては失格だが……人類に与した魔王子の仕業と思えば満点だ。一定の効果があるのは確かだろう』


 勇者失格――淡々とした言葉だけに、刺さる。


『魔王子に殺された者たちの遺族は、当然、君を恨むだろう。憎むだろう。現に、君に殺された我々も、憎しみや恨みがないと言えば嘘になる』


 ――あくまでも静かな眼差し。俺を取り囲むヴァンパイアハンターたちも、剣呑な空気を増す。張り詰める緊張感。


『その感情を清算するために――君が死んで見せるというのは、なるほど、ケジメのつけ方としては有効かもしれない。だが、それで失われるものの方が多いのではないか? アレックス君、いや、魔王子ジルバギアスよ』


 ずい、と俺の顔を覗き込んで。


『君は――いったい、どれほどの力を持っている? 我々と戦うとき、君は、のではないかね?』


 …………!


『……やはりか』


 天を仰ぐレキサー司教。


『……あれで、全力じゃなかった?』

『そんなバカな……』

『冗談だろ……』


 ヴァンパイアハンターたちが顔を引きつらせている。


『いや……考えてみれば、当たり前だ。だって僕たちと戦いながら、死霊術は全く使ってなかったし、悪魔の魔法も小出しにしていた。レキサー司教が戦死するまで、僕たちに死者が出ないよう、手心を加えてたんじゃないのか』


 アーサーが、自分で言いながらも信じたくはないという口調で。


『それに……使えるんだろう? 聖属性も』


 ――俺は、自分の手に視線を落とした。



 使える、のかな。



 まだ。



「【聖なる輝きよヒ・イェリ・ランプスィ この手に来たれスト・ヒェリ・モ】」



 ――ぽっ、と俺の指先に、銀色の光が灯った。



 じゅっ、と魔族の指が焼かれるけど……


 今は、その痛みさえ、愛おしく感じられた。


 あれだけのことを、やらかしても……聖銀呪は。


 まだ俺を……見放してはいなかった……




『…………』


 ――聖教会の霊魂たちは、複雑な心境で見守っていた。


 魔族が、聖属性の光を灯している。


 前代未聞にして、ある種の冒涜的な光景ではあったが。


「ああ……」


 今にも泣きそうに、顔をくしゃくしゃにして。


 すがるように、指先の銀の灯火を見つめる若き魔族。


 それはまるで、雪山で凍える旅人が、僅かなロウソクの火で暖を取ろうとしているかのような。


 どこか切実で、悲壮な姿だった――




『……これほどの力を持つ、は、他にいない』


 レキサー司教が、唸るように言った。


 一度は、勇者失格と断じながらも。


 それでも勇者たれ、と。


『その力を、ただ詫びるためだけに、死んでふいにするなど言語道断だ』


 それは、優しさからの言葉などではなかった。



 レキサー司教の目に宿る、狂おしいまでの光……!


『それこそが、君にできる唯一の贖罪ではないのかね。死んで詫びるだと? 甘ったれるな。君の死で誰も救われなどはしない』


 そこまで言って、肩の力を抜き、ふぅと溜息をつく。


『……まあもっとも、君の犠牲者の遺族たちは、君の死を願うだろうがね。私の立場で考えて、故郷を滅ぼした吸血鬼が、『実は自分は人族の生まれ変わりで、周囲の目を欺くため、仕方なく残虐な吸血鬼のフリをしてたんだ~君の家族を殺してすまなかった!』などと謝ってきたと考えれば……』


 一瞬、聖銀呪に染まったはずのレキサー司教から、どす黒い闇の魔力が噴き上がるかのようだった。


『ふざけんな苦しみ抜いてくたばれ、以外の言葉は、出てこないだろう。まあそんな事情はないだろうがね、アイツは明らかにいたぶるのを楽しんでいた……』


 レ、レキサー司教……! 聖霊化と悪霊化が両立しそうになってます……気持ちは色んな意味で死ぬほどわかるけど……


『だから、全ての人に、君の真実を知らしめる必要はない。知らされたところで困るというか、感情のやり場がなくなってしまう。せいぜい、魔王国を滅ぼした暁に、君が勇者に討ち取られて、惨めにくたばった――というストーリーを流布すれば、遺族たちも溜飲が下がるのではないだろうか』

「なるほど……」

『でも、司教。それなら俺たちはどうすりゃいいんです?』


 若いヴァンパイアハンターのひとりが、堪りかねたように口を開いた。


『殺された、俺たち自身は? ……俺は、闇の輩と戦って死ぬ覚悟はできてましたけど、こんな死に方はあんまりですよ』


 彼自身、どうしていいのかわからないとばかりに、もどかしげに首を振る。


『そりゃ、こんな展開になっちまったからには、もうどうしようもない。それはわかってるし、俺はあんたに協力するよ、ジルバギアス。でも……納得できねえんだ! 魔族の恐ろしさを知らしめるために、引き立て役になって死んだなんて納得できねえんだよ!』


 …………本当に申し訳ございません。俺は頭を下げるしかなかった。


『君の気持ちは痛いほどわかる。かくいう私も同じ心境だ』


 ぽん、と彼の肩に手を置いて、レキサー司教がうなずく。


『……だから、ここはひとつ、ジルバギアスに対価を要求しようと思うのだ』

『対価……ですか』

『そう。我々が納得できるだけの対価。おっと、我々が協力することに対する対価ではないぞ。生死にかかわらず、我らに意志と力がある限り、闇の輩と戦うのは当然のことだからだ。これは、我らの感情を清算するために、魔王子ジルバギアスに便宜を図ってもらうという取引だ』


 レキサー司教が、俺に向き直る。


『アレックス君。いくつか確認したいことがある』

「なんでしょうか」


 俺は背筋を伸ばして応じた。


『君は、いずれ魔王国に戻る予定はあるのだね?』

「はい。来年の夏には、追放刑の刑期が終わるので、魔王国に帰還する予定です」

『帰国後の君の地位はどうなる? ペナルティなどは?』

「少なくとも公式にはありません。俺は、第7魔王子としての全ての権限を取り戻すでしょう」

『素晴らしい』


 レキサー司教は――笑った。


『では、我々の唯一絶対の目標のために――魔王子として、ひとつ約束してもらえるかね』

「……俺にできることであれば」

『なに、簡単なことだよ』


 レキサー司教が、歩み寄る。


『我々、聖教会の人員には、絶対に不可能なことだが――魔王子であれば、いや魔族であれば、君は闇の輩と自由に接触できるだろう?』



 俺の肩に、手を置く。



『もちろん、君なら把握できるはずだ――』



 聖銀呪が、俺を焼く。



『魔王国に巣食う、吸血鬼どもの居場所も。そうだろう……?』



 一瞬、数名の顔が脳裏をよぎった。



 今も自治区で暮らしているであろう、ヤヴカたちの顔が――



『魔王子として、あらゆる手段を使って、奴らを根絶やしにしてくれ。奴らの滅びを確約してくれ』



 レキサー司教が、壮絶な笑みを浮かべる。



『それが、私が、君に協力する条件だ』



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