460.不屈の精神
俺はちょっと寝た。
アダマスを抱きかかえて横になった。
「…………」
かつての相棒は、今や、うんともすんとも言わない。
毒でしんどいのもあるけど、マジでどうしていいのかわかんなかった。
「まあ……休眠状態で、あんな超高密度の魔力の塊と何度も打ち合ったら……そりゃあのぅ」
アンテが渋い顔で言う。
アダマス――不屈の聖剣。魔王の槍と打ち合っても折れない頑丈さを誇るが、それはあくまで『本来の姿』での話。
休眠状態でも、生半可な剣より頑丈で切れ味も鋭いんだけど、本来の性能から大幅に劣化してしまうのは間違いないわけで……
それなのに、あんなバケモンみたいな
「ごめんよ……」
ヒビが入っちまったのは、他でもない俺の使い方のせいだ。本来の強みも活かしきれないまま、無理をさせて、ダメにしてしまった……
「これ……どうしたらいいんですか?」
流石にそのままってわけにはいきませんよね、とばかりに困り顔でレイラ。
『ドワーフ製だからねぇ……修復できるのはドワーフだけだよ』
あぐらをかいたバルバラが答える。
『ただ、修復といってもあくまで応急処置――使えるようにするだけで、本来の性能を取り戻すには、よほど腕のいい鍛冶師を見つけるか、打った本人に依頼するしかないんだよ』
「……アダマスは、真打ちにはわずかに及ばないってレベルの最上級品だから、『腕のいい鍛冶師』ならそれこそ
そして俺に
「前世の『アイツ』――アダマスを打った鍛冶師も、顔は朧気だし、名前も覚えてないし、どこで会ったかさえも定かじゃない……」
「そんな……」
『うーん……』
「新しいの打ったほうが早そうじゃな」
言葉を失うレイラ、難しい顔をするバルバラをよそに、アンテはあっけらかんとしていた。新しいのを打つのも、そんな簡単な話じゃないんスけどね……
『ま、まあ、とりあえず当座はアタシの本体を使いなよ。刺突剣だから、使いにくいかもしれないけどさ』
「そ、それはいい考えですね! わたしが腰に下げてても宝の持ち腐れですし……」
今はレイラが預かっている、バルバラの本体こと刺突剣【フロディーダ】。あれは俺が王子様パワーで大枚をはたいて、
「うん……ありがと……」
バルバラも言う通り、アダマスと使い勝手が全然違うけど、かなり頑丈だから多少乱暴に扱っても問題ないし、俺が製作依頼主でレイラに贈った(という建前で実際はバルバラのもの)だから、継承的にも問題ない。
これ以上の代替品はないだろう。
代替品は……ない。
「…………」
ひし、とアダマスを抱いて寝転がっていたら、なんだか泣けてきた。
ついでに眠くなってきた……。
「あ、いかん。こやつまた永眠しかけておる」
「アレク! わたし、もう回復したから大丈夫ですよ!」
「あ……うん。ごめ……ありがとう……【
「【
速やかに竜形態に戻って吠えるレイラ。
ごめんね……そしてありがとう……
「毒の解明も進めた方がよさそうじゃの。いつまでも剣のことで落ち込んでいても、埒が明かんじゃろ」
アンテに言われて、俺はノロノロと起き上がった。確かに、このままうじうじしてても仕方がねえ。
気は重いが……呼び出すか。
――俺は、胸元からペンダントを引き抜いた。
「いきなり俺がボロボロになってて、驚きそうだな……」
苦笑しながら、木の枝で地面に簡易的な結界を描いて、ペンダントを置く。
『じゃ、アタシは隠れとくよ』
バルバラが、荷物に立てかけられた【フロディーダ】に吸い込まれていく。それを確認してから、俺は結界に向き直った。
……はぁ。
「【目覚めよ、ヴィロッサ】」
俺は、封印を解除した。
ペンダントから、煙が噴き上がるようにして霊体が飛び出してくる。
……なんか今回はやたらスムーズだな。そう思う間にも、霊体は、俺がよく知る夜エルフの輪郭を取っていき――
『う……殿、下……?』
地面に寝転がる姿勢を取ったヴィロッサは。
――昏睡状態から覚めた怪我人のように、呻きながら声を上げた。
「……気がついたか」
『ここ、は……?』
「アウリトス湖の、無人島だよ」
霊体のヴィロッサが、ゆるゆると首を動かして、俺を見据える。
『殿下、……その、お姿は……?』
ほのかに光って俺を焼き続ける【アーヴァロン】の鎖――聖属性の輝きに、ヴィロッサが半ば本能的に身を引く。
「……お前を治療しようと、人里へ適当な人族の調達に向かったんだがな。運悪く、手強い勇者一行に鉢合わせしてしまった」
それでこのザマだ、と俺は肩をすくめて見せる。
「これは、その勇者が持っていた魔法具だよ。まるで意志があるみたいに絡みついてきて、引き剥がせもしない。おまけに死ぬほど頑丈だ……どうしたものかと頭が痛いよ……」
『それは……なんという……』
流石のヴィロッサも絶句しているようだ。『では私の剣で切り裂けるか、試してみましょう!』と言い出さないか気が気でなかったが、ぼんやりとした顔つきのまま、俺の反応を窺っている。
……ヴィロッサ視点では、ヴィロッサ自身も重傷人だからな。あるいは今の状態を『死ぬほど調子が悪い』と認識しているのか。生前よりおとなしめだ。
「しかも……どうやら毒を盛られてしまったみたいでな。転置呪での完璧な治療も見込めず、難儀しているところなんだ」
『それは…………大事、ですな……』
「できればヴィロッサ、お前の知恵を借りたい。どんな毒かがわかれば、【制約】の魔法で進行を遅らせられるかもしれないし、毒が特定できれば解毒が可能かどうかもわかるかもしれない」
『なる、ほど……。そういう、ことでしたら……』
しばし視線を彷徨わせ、考えを巡らせる素振りを見せたヴィロッサは――
『そういうこと、でしたら……
神妙な顔で。
『今の自分には、それくらいしかできませぬゆえ……』
……助かる。
「本当に……お前は忠義者だな」
俺は皮肉な笑みを抑えるのに苦労した。
「ありがとう、ヴィロッサ」
『いえ……。必ず殿下をお守りすると、奥方様に誓っておきながら、この体たらく。情けないばかりにございます……』
苦悶の表情を浮かべるヴィロッサ――
『……それで殿下、その毒は、どのように盛られたのでしょうか。痛みなどはございますか。そして、症状はどのようなものでしょう?』
「うむ……食らったのは首筋だ。毒による痛みらしい痛みはない。症状は、吐き気とめまい、手足の痺れ……あと気がついたら呼吸も止まりそうになって――」
俺が、まるで医者に相談するかのように、つらつらと話すと。
『ふぅむ……』
ヴィロッサは再び、仰向けのまま、夜空に目を向けて考え込んだ。
『……似たような症状の毒は……数多くあります。神経毒であることに間違いはなさそうですが、専用の器具や検査薬でもなければ、植物性か動物性かすら、判断は困難です』
「そうか……」
となれば、解毒作用のある薬草を探す、なんてのも夢のまた夢だな。
『毒の原理については、……残念ながら、自分は、その分野の専門的な教育を受けておりません。毒をいかに運用するかという点では、一流を自負しているのですが……お力になれず、申し訳ございません……!』
くっ、と歯を食い縛ったヴィロッサは、今にも泣きそうな顔をしている。
「いや……無理を言ってすまなかった。俺の油断が招いた結果だ、お前が気に病むことはない」
『しかし……』
「レイラが、毒の症状を引き受けてくれてるんだ。自己治癒力の強化で、繰り返しの転置呪の身代わりに堪えるからな」
『なるほど……』
ヴィロッサの視線を受けたレイラが、恐縮するように肩を縮こまらせた。
――なんだか、俺のところに来たばかりの、気弱な時代のレイラを思い起こさせる仕草だな。『裁かれるなら、あなたの手で死にたい』とか『自分より先に死なないでください』とか言ってきた娘と、同一人物とは思えない……。
『左様ですか……』
「だから、まあ、解毒できなくとも耐えてみせるさ。……もうしばらく休んでいてくれヴィロッサ、俺も回復したら――」
……俺は、ぎこちなく微笑んでみせた。
「――今度こそ、お前を何とかできるよう、頑張るからさ」
どの口でほざく、と胸の内で冷たい声がせせら笑った。今は外に出ているアンテじゃない。俺自身の声だ……。
「【今は眠れ、ヴィロッサ】」
『申し訳……ございま……せ……』
霊魂を眠らせる術を受けたヴィロッサが、再び朦朧としながら、ペンダントの中に吸い込まれていく――
「…………」
問題なく霊魂が格納されたことを確認してから、俺はペンダントを拾い上げて、首にかけ直した。
「ふーむ、いつになく役立たずじゃったの。ヴィロッサらしくもない」
砂浜に寝転がって、頬杖をついたアンテが言った。いや言い方ァ!
「まあ、仕方ねえだろ。毒の種類は不明、検査薬もなし、おまけに体もロクに動かねえんだから……」
「ふむ……まあ、それもそうじゃの」
アンテはジロッと俺の胸元で揺れるペンダントを一瞥してから、嘆息した。
「では、転置呪の力業で、毒が抜けるまで耐えるほかなさそうじゃのぅ」
「そうだな。……レイラには、苦労をかける。ごめんな」
「いえ、いいんです」
レイラは微笑んだ。
「あなたと苦しみを分かち合えるなら、本望です……」
両手で頬を押さえて、どこかうっとりとした様子で。
……さっきまでの、恐縮したように肩を縮こまらせていた娘と、同一人物とは思えなかった。
†††
『クソッ……またこの感覚か……!』
ペンダントに吸い込まれながら、強烈な眠気に襲われたヴィロッサは歯噛みした。
せっかく、意識が覚醒していたというのに!
忌々しい邪法のせいで、再び封じられようとしている……!
どうにか意識を維持しようと試みるが、ちょっとやそっとの抵抗では、どうにもならなさそうだった。
朦朧としつつある意識の中、憎々しげにペンダントの結界の向こう――ぼんやりと映るジルバギアスの顔を睨むヴィロッサ。
――よほど、嘘の情報を与えて、容態を悪化させてやろうかと思った。
今すぐにでも襲いかかりたい衝動を、鋼の意思で押し殺したヴィロッサは、何も気づかなかった風を装って、ジルバギアスと対話していたのだ。
嘘を教えることもできた。何やら聖属性の鎖で痛めつけられ、毒で弱っている今は絶好のチャンスと言えなくもなかったが……
ジルバギアスのそばに寝転がり、全てを見透かすような極彩色の瞳でこちらを見つめるアンテの存在に、かろうじて思いとどまった。
毒薬の特定や解毒のために、この自分を頼ったということは、奴らに専門的な薬学の知識はないのだろう。しかし冒涜的・退廃的な事物を好む傾向があり、おそらく自分よりも長生きなあの悪魔は――断片的に毒物について知っているかもしれない。
そしてジルバギアス本人も、他ならぬ自分の教えで基礎知識を身につけている。
もしも、ここで自分が嘘を教えて、それに勘づかれた場合。解毒薬の材料と称して毒草の特徴を伝えたり、症状を悪化させる対処法を教えたりして、気づかれてしまった場合。
――
『奴らは……おれが目覚めたことに、ジルバギアスの裏切りを知ったことに、気づいていない……!!』
こうして、のこのこと自分を頼ってきたのがその証左。
『できれば殺してやりたいが……リスクが大きすぎる』
だから、ヴィロッサは『何もしない』ことを選択した。
悪意ある情報を渡さない代わりに、有益な情報も与えない。
症状や状況から、毒の種類はある程度絞り込めていた。症状を緩和させる薬草にも心当たりはある。そして当然ながらヴィロッサは、毒がどのように作用するか、病理的な知識にも精通している――
『このままくたばる可能性だってなくはない……』
望み薄だが、と自嘲するヴィロッサ。
『奴の狙いが……何なのか。突き止め……報せなければ……同胞たちに……』
――ペンダントの中から、ヴィロッサは、先ほどの戦いも見届けていた。
ぼんやりとしか見えなかったが、人族を数え切れないほど殺して回り、聖教会の連中と交戦したのは明らかだった。
……解せない。夜エルフ工作員を次々に葬っていた勇者が、なぜ魔王子の姿をとって人族の軍団に挑み、あまつさえ聖教会の勇者や神官たちまで手にかけたのか。
『ジルバギアスは……我ら夜エルフに仇なす者。それには違いない……』
ヴィロッサにとって、最も大事なのは夜エルフという種の繁栄だ。魔王国に仕えているのはその手段であり、魔族たちの行末などは、正直知ったことではない。
単に自分を裏切り、夜エルフたちを手にかけたという時点で、ジルバギアスは万死に値するのだが……それにしても。
『何が狙いだ……?』
お前は――何者なのだ?
『突き止め、なければ……』
そして、どうにかして……この情報を……
同胞たちに……。
執念を燃やすヴィロッサの意識は、徐々に、不自然に穏やかな眠りに呑み込まれていく。
剣聖である前に、工作員。
一族で『伝説』とまで謳われたプロの精神、狡猾さは――
多少の憎悪では、揺るがない。
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