426.跋扈する悪党


 ――どうも、次の港町バッコスに到着した勇者アレックスです。


「なんかめっちゃ雰囲気暗くないか」

「そうですね……」


 下船して早々、俺とレイラは顔を見合わせる。早朝なのに夕方かと思ったぜ。それくらい、街はどんよりとした空気に包まれていた。


「これはいったいどうしたことだ。何か良からぬことでもあったのかね」


 早速、港で働く人々から聞き取り調査を始めるご隠居。訝しんでいた俺やアーサーも、自然とそちらに吸い寄せられていく。


「実は山賊が出ていまして、商売上がったりなんですよ……」

「は? 山賊?」


 ところが、港の商人が出してきた想定外の単語に、ご隠居も俺たちも呆気に取られることになった。


 山賊……湖賊ではなく?


「この街の北に、古代の遺跡があるのですが――」


 その商人いわく、バッコス北部の遺跡に、やたらと手強いならず者集団が居座っているのだという。街道を行き交う隊商や行商人、果ては旅人までもが襲われ、甚大な被害が出ているのだとか……


「領主はいったい何をやっておるのだ?」


 ご隠居が尋ねたが、もっともな疑問だ。


 山賊が出たのは仕方がないとして、根城の場所まで判明している。そしてバッコスはセーバイほどの規模ではないが、決して小さな街ではない。そこそこの戦力があるはずなのに、なぜ手をこまねいているのか?


「それが――」


 商人は、周囲を気にしながら声を潜めた。


「――領主様と領主軍の主力は、今バッコスを出払ってるんです。例の代王がまた、突拍子もなく『武道大会と軍事演習をやる』などと言い出したらしく、公都に招集されておりまして」

「武道大会に演習……」


 むむ、と唇を引き結ぶご隠居。代王というのは、現公王オラニオ公のことか。



 ――なぜオラニオ公は『代王』などと呼ばれているのか。



 それについて、先ほど船守人で暇だった間に、アーサーが教えてくれた。


『まあ、要は国民に歓迎されてないんだよね。前公王のグラハム公は名君と名高く、国民からも愛されていたんだけど……去年、帝国から強い圧力を受けて、退位せざるを得なかったそうだ。代わりに即位したのが、グラハム公の甥・オラニオ公なんだけど、まあこれが暗君らしくってね……』


 アーサーが防音の結界を張ってから話し始めたので、よほど際どい内容なのだろうと身構えていたら、やっぱりかなりキナ臭かった。


『帝国から圧力を?』

『そう。前に話したことがあったよね。ハミルトン公国は、僕らアウリトス湖の都市国家連合にとって、カイザーン帝国に対する防波堤――緩衝国のような役割を担っている、と』

『ああ、聞いたな』


 帝国が領土拡大の野心を見せるたびに、都市国家群が一丸となってハミルトン公国を支援し、干渉を退けてきた……そんな話だったと思う。


『当然ながら帝国は、ハミルトン公国そのものの属国化や併合も諦めてなかった。元は帝国のいち地方から独立した国なだけに、今でも自分たち帝国の一部だという認識が強いみたいでね。だけど、それらの不埒な試みをことごとく退けてきたのが、グラハム公だったんだ』


 大国に対しても一歩も引かず、それでいて国内にも善政を敷く。名君グラハム公が君臨する限り、公国の未来は明るい――そう思われていた。


 だが違った。


『グラハム公は、あまり子宝に恵まれなかった。跡取りはひとりだけ。しかも十数年前に不審な死を遂げている。……暗殺、毒殺ではないかと言われている。犯人は不明のままだ』


 、ねえ……。


『唯一幸いだったのは、公子には幼い息子――ヨハネス公子がいたこと。つまりグラハム公の孫だね。順当に行けば、この孫が跡継ぎになる……はずだったんだけど』

『また何かあったのか?』

『……昨年、帝国へ留学に行く途中で、乗っていた馬車が崖から滑落。……遺体は見つかっておらず、公式には、とされている』


 …………キナ臭え~~~~。


 っていうかグラハム公、気の毒すぎるな……。


『この一件で、高齢だったグラハム公は心労が祟ったのか倒れてしまい、しばらく政治から離れざるを得なかった……』


 そしてその隙を突いて、帝国が一気に政治的攻勢を仕掛けてきた。


『貿易における様々な規制、関税の引き上げ、ハミルトン公国と関係が深い各国商会への離間工作、とにかくあらゆる手段で揺さぶりをかけてきたそうだ。……それからしばらくして、快復したグラハム公が退位を表明。後継者に甥のオラニオ公が指名され、即位と同時に、帝国の規制や関税引き上げなども解除された……』

『グラハム公の退位を条件に、嫌がらせをやめるって裏取引があったわけか』


 そうして帝国は、目の上のたんこぶだった名君を排除した、と。


『名目上は、オラニオ公の即位祝いと親善の証に規制を解除する、ってことだったらしいよ。ちなみにオラニオ公はカイザーン帝国への留学経験がある。留学中は帝国で贅沢三昧の生活を送って、すっかり浪費癖がついてしまったって話さ……』


 名君を排除しただけじゃなく、親帝国派の暗君を玉座に据えることにも成功していたのか……! ってか、それってもう傀儡じゃん……公国が荒れ気味だった理由も、オラニオ公がやたらと不人気なわけも、一気に納得がいった。


 国民にとって、公王と呼べるのは名君グラハム公。


 オラニオ公はあくまでその『代わり』にすぎない……


『オラニオ公って、即位してからも浪費癖は相変わらずなのか?』

『らしいね。帝国の商人から高価なアクセサリーを買ったり、宴会を催したり、派手な生活を送ってるみたいだ』

『……各地に密偵を放って腐敗役人を取り締まるくらいなら、まず自分の身の回りを正せばいいようなものを』


 俺は呆れて嘆息した。まあ、自分が倹約したくないから、他人にやらせようとしてるんだろうけど……


『う、うん……そうだね……』


 アーサーも複雑な面持ちで同意していた――



「――本当に間が悪いのです! 代王の気まぐれのせいで、いったいどれだけの損失が出たことか……! それに山賊などと! グラハム公の治世では、ならず者なんて滅多にいなかったのに、あんな愚物が王になったせいで……! 武道大会なんて開催する暇があったら、山賊や湖賊の討伐にもっと注力しろってんですよ! いや、それ以前に食いっぱぐれが出ないように――」


 半泣きの商人は話すうちにどんどんヒートアップして、興奮気味にまくし立てていたが、おいおい、いくら傀儡でも曲がりにも公王を、公然と罵倒すんのは流石にマズいだろ!


 しかも、よりによって公王の関係者に向かって!!


「…………」


 ほら~~~ご隠居もめっちゃ険しい顔してるし、カークやシュケンたちも死ぬほど渋い顔してんぞ!! アーサーも「ヤバイよヤバイよ」と言わんばかりに、落ち着きなくご隠居をチラ見している。


「……話はわかった」


 低い声で、ご隠居が口を開いた。スッ、と肩の力を意図的に抜くのが、後ろから見ていてわかった。


「それで、山賊の件なのだが……この街の残存戦力では手出しできないほど、大規模な集団なのかね?」

「……いえ。30人ほどらしい、と聞いています」


 え、30?


 ……いや、賊としては決して少なくない数だけど、正規軍じゃあるまいし。この街に残された戦力でも、充分に対処可能では……?


「衛兵隊が出動すれば、排除しきれなくはないと思うのだが……?」


 ご隠居も同じように感じたらしく、首を傾げている。まさか30人も倒せないほど惰弱なの? この街の衛兵隊。


「我々も当初、そのように考えていました……。代官様に率いられた衛兵隊の一部隊が、討伐に向かったのです」


 商人は、沈痛の面持ちで。


「――ですが、ひとりとして帰ってきませんでした」


 しん、とその場が静まり返る。


 ……全滅? 曲がりにも正規の訓練を受けた衛兵隊が? そんなまさか。


「流石におかしい、という話になりました。何か卑劣な罠にでもかけられて、囚われたのではないかと。そこで待機していた衛兵隊に、街の有志や、各商会の用心棒まで加えた討伐隊が結成され、山狩りに向かいました」


 街の戦力をかき集めて、ぶつけたのか。


 だが、……それでも現状が解決していない、ということは……。


「……結果として、大損害が出ました。戻ってこれたのは半分だけです……」

「たった30人相手に……?」

「はい。30人のうち、ほとんどは食い詰めただけのならず者でした。ですがひとりだけ、化け物が混ざっていたんです……山賊の頭領が――」



 ブルッと身震いする商人。



「――剣聖だったんです」



 …………。


 一瞬、またこのパターンかよ、って思いかけたけど、被害のデカさからして、本当に『偽剣聖フカシ』じゃないのかもしれない。


「それは、『本物』の剣聖なのか……?」


 俺の問いに、商人は痛ましい顔でうなずく。


「……少なくとも、目にも留まらない速さで踏み込んできて、ひと振りで5人の首を刎ね飛ばす剣士であることは確かです」


 …………。


 聞く限りでは剣聖としか思えない。信じたくはないが。


「待ってくれ。聖教会は? この街に勇者や神官はいないのか?」


 と、アーサーが声を上げた。


 確かに。勇者は何をやってるんだ?


「残念ながら、この街にはかなり高齢の……いつ亡くなってもおかしくない老神官様と、成人したての見習いしかいないのです。数ヶ月前までは勇者様がいらっしゃったんですが、対魔王軍の戦況が思わしくないとのことで、前線に向かわれて……」


 そのまま戻ってこられてないです、と。


 商人は、そう言って肩を落とした。



 ……本当に、その山賊の頭領が剣聖なら。



 確かに衛兵隊の手には余る。魔法と剣で対抗可能な勇者は不在。神官は寿命で死にそうな老人がいるだけ。領主軍の主力には魔法使いのひとりやふたりもいたんだろうが、今は出払っている――


 剣聖ってのは、人類の希望なんだ。


 武を極めた物の理の申し子。


 魔力弱者が魔力強者に勝りうる、まさに切り札と言っていい存在。


 それなのに――


「山賊、だと?」


 ふざけんなよ。


 その力を、剣を、前線の後方で腐らせるだけじゃ飽き足らず、無辜の民を切り捨てて悪行三昧だと?


 許せねえよ……!


「…………」


 レイラが物凄く気まずそうに身じろぎしたのは、多分、腰の刺突剣からバルバラの声が聞こえてきているからだろう。

 


 その、山賊剣聖とやら。



 できれば前線に放り込んでやりたいところだが、こんなところで無法者をやってる時点で、人格がもう終わっている。



 更生の余地はないと見ていい。



 そして悪逆非道な剣聖なんざ、下手な魔獣よりよほど厄介だ。



 ――ブチ殺すしかねえ。



「俺が行こう」

「僕が行こう」

「我々に任せてもらおう」



 そして俺とアーサーとご隠居の声が重なり、俺たちは顔を見合わせた。



 ……うわぁ、みんなやる気満々だ。



 正直、俺ひとりの方がやりやすいんだけどなぁ……。




          †††




 の下に。



 男は、佇んでいた。



 見上げた空には、ぼんやりと。



 風景が浮かび上がっている。



 ――人族たちが、何やら話し合う様子。



 中心には、無骨な剣を腰に下げた、端正な顔立ちの勇者。



 さらにその傍らには、色素の薄い華奢な娘が立っていて――



『レイラ……!』



 ぎり、と歯を食いしばった――夜エルフの男は。



『ふざけるな……!』



 ダンッ! と星空に拳を叩き込む。



 空に見えたそれは、その実、手を伸ばせば届く高さの球状の境界で。



 無限に広がるような暗黒の世界は、男を閉じ込める魂の牢獄だった。



『出せッ!! 勇者アレックスッ!!』



 ダンッ! ダンッ!! と不可視の結界を叩き、男は絶叫する。



『私をここから、出せェェッッ!! 裏切り者ォォォッ!!!』




          †††




 山賊討伐計画を話し合う、勇者の首元で。



 ペンダントが、ゆらゆらと揺れている。



 ――絶叫が届くことは、ない。

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