232.真の機能


 どうも、光るボン=デージ・スタイルで魔王ファミリーの度肝を抜いているジルバギアスです。


 いやぁ……ハイエルフの皮と聞いて、ルビーフィアとスピネズィアが若干引いてたのは、「魔族にもそういう感性があるんだ!」と新鮮だったな。


 逆に、俺も自分の行いを直視させられる羽目になって、アレだったけど……。すまない……元仲間をペット化した上、その皮膚を身にまとう変態ですまない……。


『正気に戻るな、前を向くんじゃ』


 ヘヘッ……アンテの励ましが目にしみるぜ……。


 それにしても前々から思っていたが、狩猟好きな魔族の男たちに対して、女たちはそうでもないようだな? 男ほど、素材へのこだわりが感じられない。


 ハイエルフ皮はそういう問題じゃないって? それはそう。


 クセモーヌは、またとんでもねえモノを仕上げてくれた。


『【エヴロギア】と銘打ちました! ワタクシの作品の中でも、最高傑作と言っても過言ではありません!!』


 あのクセモーヌが断言するだけあって、非常に高性能なシロモノだ。


 光り輝くという奇抜さ――特に七色に光る機能は、色んな意味で【エヴロギア】の真の性能を隠す、良い目くらましになるだろう。


 俺がリクエストした通り、優れた耐熱耐寒性能を誇り、これを着た状態で鍛冶場の炉に手を突っ込んでも「あっつ」くらいのダメージで済む。ファラヴギの鱗鎧に防護の呪文、【名乗り】などもあわせれば、アイオギアスやルビーフィアと戦うとき頼りになるだろう。


『そして発光色の変化ですが、微弱ながら、色に対応した魔法属性に微弱な抵抗力を持ちます! 黒色の光は出せないので、闇属性への耐性はありませんが』


 ――で、そのオマケがすごい。あのときのクセモーヌのドヤ顔が忘れられない。聞いたときは耳を疑った。


 なぜか、闇属性を除く、風や雷への抵抗力までついてきたのだ。ほとんど全属性への抵抗力を持つ魔法の品なんて聞いたこともない。何をどうすればそんな芸当が可能だったのか、尋ねてみたが――


『なんかイケそうな気がしたので……やってみたら、できました』


 素材が良かったんですかねぇ! とのことだった。


 魔王ファミリーや上位魔族の間で、これからハイエルフ皮がボン=デージのアクセントとして流行りそうなのはアレだが……俺にはあまり影響がない。なぜなら俺は闇属性魔法しか使えないからだ。ルビーフィアやアイオギアスが火や氷への耐性を多少身に着けたところで、関係ない。


 そして俺の場合、唯一欠けている闇属性耐性は、ファラヴギの鱗鎧が全力でカバーしてくれるから大丈夫だ。職人が別々なのに、お互いの足りない部分をぴったりと補っている。俺にとって、理想的な装備と言えた……。


 クセモーヌ=ボン=デージ。付与術エンチャントに関しては聖匠マエストロ並、と他のドワーフ職人たちが遠い目をしていた理由がよくわかる。彼女は掛け値なしの天才だ――良くも悪くも余人には理解できない領域にいる。


『クセモーヌ、お前もう聖匠マエストロを名乗っていいんじゃないか?』

『いえ、ワタクシは金物が苦手なんですよぉ! ハンマーで根気よく、カチンカチンやらなきゃいけないのが、どうにも性に合わないんですねぇぇ!』


 俺の称賛に、クセモーヌは照れるでもなくお手上げのポーズを取った。


 聞けば、ドワーフ社会において聖匠認定を受けるには、何らかの武具――戦斧だとか戦鎚だとか鎧だとか――を品評会に出し、5名以上のドワーフの王、あるいは聖匠から認められないといけないらしい。


 聖匠といえば鍛冶仕事! という考え方は根強いようで、革細工特化のクセモーヌは厳しいとのことだった。ドワーフという種族のあり方、アイデンティティの話にも繋がるので、このへんは一朝一夕には変えようもないとか何とか。


 ただ、聖匠も極端な話ただの称号、肩書でしかない。クセモーヌが抜きん出た才能の持ち主であることに変わりなく、それを周囲も認めているので、『聖匠並』という評価は最大級の賛辞でもあるのだ。


『ワタクシは好きなように作れれば満足なのです! いやぁぁ今回は、ホントにいい仕事ができましたよぉぉ!! ふひへ……!!』


 晴れ晴れとした表情で、クセモーヌは、報酬として貰い受けたハイエルフ皮の余りに頬ずりしていた。うん……こういう奴なんだ……。



 ちなみにもうひとつのリクエスト、対アンデッド性能だが、こちらも申し分のない仕上がりとなっていた。


【エヴロギア】のピカピカ光る機能は、持ち主――つまり俺の魔力を吸い取って実現しているんだが、これ、『闇属性の魔力を光属性に変換する』という、割ととんでもないことをやっている。


 ……まあ、ダークドラゴンの死骸を使った呪具を介して、闇の魔力を操った邪悪な魔法使いの記録なんかも残ってるし、理屈としてはそれの逆なんだが……闇の輩が曲がりなりにも光を扱えるのはヤバいよな。


 そして俺クラスの上位魔族が本気で魔力を注ぎ込むと、効率は悪いが闇の輩にも有害な清浄なる光を放ち始める。夜エルフは肌が爛れるし、雑魚アンデッドはたちまち灰と化すだろう。『あんまりやりすぎると、ご自身も火傷しかねないのでご注意ください』とはクセモーヌに言われた。


 この光の魔力を武器に注ぎ込んでやれば、アンデッド特効エンチャントの完成だ。アダマスと、俺の聖属性も組み合わせればさらなる効果が狙えるし、仮に魔族の前で聖属性を使ってしまっても、この装備のせいだと誤魔化せるかもしれない。


 まあ、基本、目撃されたら口封じするだろうが。


 いずれにせよ、対アンデッド戦では心強い味方になるだろう。雑魚をいちいち相手にせずに済みそうなのは助かる。エンマが光への耐性を獲得して、雑魚にも付与しなければの話だが。



 あと、クセモーヌが『最高傑作』と称するだけあって、物理的な防御機能も備えている。【エヴロギア】が大きなダメージを受けた際、各所に取り付けてある竜の鱗が代わりに砕ける仕組みになっているのだ。


 つまり、このホワイトドラゴンの鱗が、全部身代わりの護符になる。


 なぜそんな芸当が可能だったかというと、この鱗……


 実は、ファラヴギだけじゃなく、大部分がレイラのものなんだ……。


 、俺が手ずから、1枚1枚、ベリッと鱗を引き剥がしていったんだ……


 めちゃくちゃ痛そうだったけど、本人は満足そうで、ちょっと怖かった……


 このボン=デージ・スタイル、父と娘のコラボレーションアイテムでもあるんだよなぁ。


『最悪じゃよな……』


 すまない……。



 最後にデザインだが、俺は一切口出ししていない。「こういうのが似合いそうだと思った」という理由で、骨格を連想させるつくりになっている。俺が死霊術師であることは、もちろん知らないはずなんだが……対アンデッド機能を盛り込んだから自然とそういう発想になったのかもしれない。


 逆に、魔王は俺が死霊術を学んでいることを把握しているから、このデザインを特に面白がっているようだった。




「――さて、ジルバギアス。ちょっと話があるから、残ってくれ」


 食後、茶を飲んでそろそろお暇しようかという段階で、魔王に声をかけられて、俺は固まった。


 他魔王子たちも、「……ほう?」と興味とやっかみが入り混じったような顔をしている。前回、このノリで俺が代官に大抜擢されたからな……


 しかし前回と違って他者の同席は許されず、人払いされる。「次はなんだよ?」と言いたげに緑野郎に睨まれたが、それは俺のセリフだ。



 次はなんだよ、魔王……!?



「ジルバギアス。お前に残ってもらったのは他でもない……」


 魔王はささやくように言いながら、身を乗り出す。声を抑える割には、防音結界は張らないんだな? それほど重要ではない要件なのか? いやしかし――



「以前、お前に贈った手帳。覚えているか」



 一瞬、何のことかと思ったが、「ハイエルフ皮の」と付け加えられて思い出す。



 ――魔王の執務室で見学したときに渡された、俺がリリアナの生存を知るきっかけになったアレだ!



「はい、それがどうかしましたか……?」

「恥を忍んで頼むが、あれ、もし使っとらんようだったら返してくれんか……?」


 …………。


 は?


「いや、我も、夜エルフからハイエルフ皮は献上されておったのだが……今までは特に使い途がなかったので、全部家臣たちにやってしまってな……」


 バツが悪そうにポリポリと頬をかきながら、魔王。


 ああ……。


 俺にも、ポイっと手帳くれたぐらいだしな……


 で、在庫のないハイエルフ皮の新たな活用法を、俺が開拓した、と……


 けど家臣に褒美として与えた以上、「返して」というわけにもいかん、と……


 ボン=デージ・スタイルの装飾にアクセントとして使うくらいなら、手帳の表紙にした皮くらいで上等だろうしな……


「……ダメか?」

「いや、もちろん、いいですよ。使ってませんし」

「そうか! いやよかったよかった!」


 不安げな表情から一転、破顔一笑した魔王は、わしゃわしゃと俺の頭を撫でつけてきた。


「いやはや、頼りになるなぁジルバギアス! 自慢の息子だ!」

「そんな、大げさな。元々父上のものですし、喜んで」


 おどける魔王に、にこやかに笑いながら俺も答える。



 ――こんなことで魔王の歓心を買えるなら安いもんだよなァ!



 ちなみに、魔王の用事はそれだけだった。人払いしてまで聞くようなことかよ、とは思ったが、「魔王として与えたものを返してもらうのは初めて」とのことで、恥ずかしいというか、割と沽券に関わるので、できれば秘密にしたかったらしい。


 それにしても、もうちょっとさり気ない話の振り方があっただろ……と俺がそれとなく苦言を呈すと、「それもそうだったな。すっかり手帳のことに気を取られておったわ、次回は気をつけよう」などと抜かしやがる。


 次回があってたまるかよ。ってかどんだけハイエルフ皮欲しがってんだよ。ボン=デージ大好きおじさんかテメーは。


 言いたいことは山ほどあったが、まあ、自治区のときみたいに無茶振りされずに済んだだけマシかな……


 そのうち配下の悪魔ソフィアに手帳を届けさせることを約束し、俺も退出した。



 あーあ、無駄に緊張して損した。



 まあ、何事もなく食事会も済んだことだし……



 ぼちぼち、クレアの身体を乗っ取ったエンマを、エヴァロティへ輸送する仕事に取り掛かりますかね……。

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