233.輸送任務
「――というわけで、クソ
『キエーッ!』
バルバラ(ゴーストのすがた)が奇声を発した。
今回のエヴァロティ行きは、バルバラもレイピアとして同行する予定だった。もちろん、セバスチャンが縁者かどうか、そして他の縁者が生き残っているかどうかを確かめるためだ。
しかし――
『ま、仕方ないねぇ。アタシの存在に勘づかれたらヤバいし』
高位アンデッド特有の理性ですぐに気を取り直し、肩をすくめるバルバラ。
エンマがそばにいる状態で、今のバルバラを連れて行くのは危険過ぎる。俺には、思念を発さずジッとしているアンデッドを探知する術はないが、エンマにはあるかもしれない。万が一あったらヤバい。
――ジルくん、この女、誰?
なんて言われたら……いやーーー、想像したくもない。なのでバルバラには留守番してもらうことにした。
部屋のクローゼットに、独りで。
「数日空けることになる。ごめんな……」
『なぁに、のんびりしておくさ。気にしなさんな』
バルバラは昔のように、ニヤッと笑ってみせた。
『生きてるだけでめっけもん……って昔なら言ってたんだけどね、今はどう言うべきか……来たる日に備えて、イメージトレーニングでもしておくよ』
バルバラのボディが完成したら――完成とまでは言わずとも、もっとマシな試作品ができたら、死霊術研究所で自由に過ごしてもらうんだけどなぁ。
それでもバルバラが孤独であることには変わりなく、申し訳なさがつのる。しかも孤独じゃなくなったら、それはそれで
――バルバラを呼び出さず、『向こう』で父上や兄上と一緒にそっとしておいた方が良かったんじゃないか、と思う瞬間もある。
だが、それが『幸せ』だったかと問われると、わからない。
逆の立場で俺だったら、安らかに眠ることよりも、骸骨になってでも魔王軍に反撃することを選ぶだろう。きっと、その気持ちはバルバラも一緒だと思う。
だから、これ以上は何も言わない。……結果を出すのが、彼女に報いる最大にして唯一の方法だと、俺は信じている。
ちなみに今回はエヴァロティに数日滞在する予定なので、リリアナも連れて行く。俺が現地のヴィロッサとガチ訓練をするため、負傷しても大丈夫なように……という建前だ。
本音は、死にかけの自治区民がいたら、労働力確保のためという名目で、気まぐれで(ここ重要)治療してあげるつもりだ。
『同盟諸氏に、初めて転置呪の存在がマトモに明かされるわけじゃのう』
アンテが面白がるように言う。
うん……何がタチ悪いって、魔族は別に、転置呪の存在を隠してるわけじゃないってことなんだよな……
単純に、レイジュ族と接敵して、生き残って、同盟圏に逃げ延びて情報を共有できた者が、今までひとりもいなかったってだけで……。
「
「ああ。現地の人族を消費するわけにもいかんしな」
俺が当然のようにリリアナを抱えていこうとすると、夜エルフたちはちょっと不安そうな顔をしていた。
だが、強硬に反対まではされなかった。というのも、エヴァロティはもはや前線ではなくなったからだ。
レイジュ族から戦線を引き継いだサウロエ族――
リリアナが自治区を訪れたところで、奪還される可能性は限りなくゼロに近い。
サウロエ族が旧王国領を完全に平定したら、次の侵攻先が決まるまで進軍は一時的に停止する。……今ごろ隣接国の代表者たちが、次はどの国が戦場を受け持つかで、
今の俺には、何もできない。
ただ、エヴァロティ自治区を少しでも安定させ、大量の捕虜たちを受け入れる準備を進める。
それくらいのことしか。
†††
「やあ、ジルくん。今宵もいい天気だね」
飛竜発着場に出向くと、すでに『エンマ』が待っていた。
振り返る。
――クレアの顔で。
にたりと笑う表情は、エンマそのものだった。クレアは……こんな、こんな下卑た顔はしない……!
殺すぞ貴様……と反射的に思ったが、もう死んでいた。ふたりとも。
「やあエンマ。本当に違和感がないな」
お前が、お前であることに。俺は1歩前に出て、朗らかに笑いかけた。背後からはレイラがいそいそと脱衣する音が聞こえる――それを隠す意図も込めて。
「クレアは、これ、どうなってるんだ?」
「眠っている、と言うと語弊があるけど、そんな感じかな? 意識レベルを下げて、夢うつつになっているよ。そうじゃないと、ひとつの身体にふたつの魂じゃ、混乱しちゃうからね」
……混乱については、わかる。だから試作したバルバラボディにも、本当に最低限の自我しか持たない魂を定着させたんだ。何処の誰ともしれない魂を……
「そうか……」
本来、アンデッドは眠らない。クレアは今、どんな夢を見ているんだろう。
「くぅん」
と、俺の足元からリリアナがひょっこり顔を出して、エンマがギョッと仰け反る。
「な、なんでワンちゃんがここに……?」
あ? 気安くリリアナをワンちゃん呼ばわりしてんじゃねえぞ、滅すぞ。
「今回は現地に数日留まる予定だが、鍛錬は継続するからな。人族を消費するわけにもいかんし、治療用に連れて行くことにしたんだ」
「あ、ああ、そうなんだ……ストイックなんだね、ジルくん……」
スンスン……と匂いを嗅ぎに近寄ってくるリリアナに、ザザッと全力で距離を取るエンマ。これがクレアのボディじゃなきゃ「いいぞ! もっとやれ!」と喝采を送るトコなんだがな……
「まあ、取って食いはしないから安心してくれよ」
「ハ、ハハ……クレアが無事で済んでくれたら、ボクも嬉しいよ」
エンマもぎこちなく朗らかな笑みを浮かべる。チッ、リリアナに噛みつかれても、クレアが破壊されるだけでお前は平気ってか? いつかテメェの攻略法も見つけ出してやるからな、首を洗って待ってろ……
「どうゾー」
準備完了し竜形態に戻ったレイラが、いつもより金属質な声で、乗りやすいように身をかがめる。俺の前にリリアナ(命綱装着)、後ろからは抱きつく形でエンマが、それぞれまたがった。
「にへへ……」
首の真後ろで、エンマが気持ち悪い笑いを漏らしているが、クレアの声なので頭がどうにかなりそうだ。
レイラも……ごめん。こんなもん載せることになっちゃって……。俺が言い出したことだから、俺が完全に悪いんだ……
『――いえ、いいんです。わたしは全然、いいんですけど――』
手綱越しに、レイラのやるせない気持ちが伝わってくる。俺の口惜しさ、幼馴染を乗っ取った死霊王への嫌悪感、忌避感、そういったものが伝わってしまって、共感しているようだった。
そんな汚い感情をレイラに押し付けてしまっている自分に罪悪感がつのり、それもまたレイラに伝わってしまって、レイラも悲しくなって、やるせなさスパイラルが完成してしまう。
ええい、やめやめ!! 不毛だ!!
それより楽しいことを考えよう。自治区には怪我人もいっぱいいた、今回の訪問でどれだけ治療できるかな?
現地の連中はうまくやってるんだろうか。異種族官僚3人衆は問題を起こしてないだろうな? 吸血鬼どもも続々移住してるみたいだが……あ、クレアが常駐するようになったら、エンマ経由で現地の情報が時差なく入ってくるようになるのか。
それいいな。飛びながらエンマに提案してみよう。エヴァロティ日報みたいなのを俺に送ってくれるように。
「それじゃ、行ってくる」
見送りに来たガルーニャやヴィーネたちに、軽く手を振って挨拶。
レイラが翼を広げ、軽やかに、夜空へと飛び上がった。
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