231.自慢の逸品


「――おっと失礼、眩しすぎましたか」


 ふっ、と輝きが消える。


 そこには、白色のボン=デージ・スタイルに身を包むジルバギアスの姿があった。エメルギアスほどではないが、露出は控えめ。胸部を覆うベルトの構造はどことなく肋骨を連想させ、腕や脚に走るラインも骨格を思わせるデザインだった。


 青肌を覆う白色が何ともスタイリッシュで、ジルバギアスの白銀の髪とよく似合っている。


「流石ジルバギアス! 一味違う……!!」


 ダイアギアスが感動の面持ちで膝を叩く。


「面白いな! 光り輝くインパクトもさることながら、革素材のみで骨を想起させるデザイン、芸術点が高い!」


 アイオギアスも手放しに称賛する。


「ふふ……ありがとうございます。しかもこれ、ただ光るだけではないんですよ」


 ニヤリと笑ったジルバギアスが――再び輝く。



 今度は、虹色のグラデーション。



「色も変えられます」


 おお……っ! と一同、圧倒される。不機嫌そうなエメルギアスを除いて。


「凄まじいな……これはいったい、何の素材だ?」

「はい父上、ハイエルフの皮です」

「ハイエルフ!?」


 ルビーフィアが素っ頓狂な声を上げた。


「あ、あんた……たしか、ハイエルフをペットにしてるって話じゃ……まさか……剥ぎ取って……」


 うげぇ……と引き気味のルビーフィア。無言だが、スピネズィアも食べるスピードが低下していた。


「いえ、流石に、新たに剥ぎ取ったものじゃないですよ。俺なりに可愛がってるので……これはしばらく前に夜エルフから献上された、過去のものです」

「あ、ああ、そう……本人、どんな気持ちなのかしらねそれ」

「わかりませんが、少なくとも自分の皮だとは思ってないみたいでしたね……」

「……まあ剥ぎ取られた自分の皮なんて見る機会ないものね、普通」


 なるほどね、と引き気味から気を取り直したルビーフィアは、改めて冷静な目で、七色に光り輝くジルバギアスを観察する。


「ふぅん……それにしても、よく光らせようなんて思いついたわね。闇の神々の不興を買っても知らないわよ?」

「夜空にも月は輝き、星々がきらめきましょう。それに、多少の光は闇を際立たせるものですよ」

「ふふ。言ってみただけよ。そこまでギラギラだとちょっとやりすぎなきらいがあるけど、アクセントとして入れると面白い使い方ができそうね」


 あたしも何枚か献上されてた気がするし、使ってみようかしら……などとつぶやくルビーフィア。


「うぅむ、ハイエルフ皮に、まさかこのような使い途があったとは……皮の新規生産がないのが悔やまれるな」


 アイオギアスも唇を引き結び、何か言いたげにジルバギアスを見やる。


 末弟は静かに首を横に振った。


「剥ぎ取りませんよ。俺なりに可愛がってるんですからね」

「うぅむ……」

「兄上、いいじゃないですか。逆転の発想ですよ」


 と、ダイアギアスが口をはさむ。


「新規生産がないからこそ、既存の皮の価値が跳ね上がるでしょう。どうせ僕らは何枚か持ってますし、新たなステイタス・シンボルになると思えばいいのでは?」

「なるほど、そういう考え方もあるな……」


 アイオギアスは顎を撫でながらうなずく。ひょっとすると、自分で使う以外にも、配下への褒美としての活用法なども考えているのかもしれない。


 しかしそうなると、全身ハイエルフ皮で固めているジルバギアスのボン=デージ・スタイルの価値が、さらに跳ね上がるわけで……


「大層な高級素材だけどよォ」


 エメルギアスは、たまらず噛み付いた。


「お前が仕留めた獲物じゃねーだろォ、それは。ペットの皮ってのは少々惰弱に過ぎねえか? 狩りで武勇を示すべきだろ」


 男性陣には特に、一理ある言葉でもあった。みなの視線がジルバギアスに向く。


「ああ……ちょっと代官の件で忙しくて、狩りをする暇がなくてですね……」


 小さく肩をすくめるジルバギアス。


 ピキッ……とエメルギアスの頬が痙攣した。大抜擢のあてつけか、この野郎……


「しかし、ご心配なく兄上。ちゃんと武勇を示すものもありますので」


 そのまま澄まし顔で、ジルバギアスは、ピッとみぞおちのあたりを指差す。そこには、皮ではない、硬質な輝きがあった。


「――ホワイトドラゴンの鱗も各所に配しております」


 よく見れば、ジルバギアスのボン=デージ・スタイルには、所々にドラゴンの鱗がアクセントとしてつけられているではないか……!!


「……はっはっはっはっは! これは参ったな。確かに、ドラゴンの長ほどのはそうおらんな!!」


 その返しがツボに入ったらしく、豪快に笑い出す魔王。


「我が自慢のドレッドライガーも、流石にドラゴンには劣るわ……!」


 股間の黄金獅子ドレッドライガーの頭の剥製に視線を落としながら。


「ともすれば、我らのボン=デージ・スタイルの中で、一番の大物素材やも――」


 と、みなを見回した魔王は、そのとき初めてエメルギアスに目を留める。


「おお、お前も新たな装いだな! 似合っているぞ、エメルギアス」


 ようやく父の目がこちらに向けられた! エメルギアスも笑顔で答える。


「はい、ありがとうございます父上。カイザーバジリスクの皮です」

「ああ……カイザーバジリスクか」


 魔王が目を泳がせ、言葉を探す。


 ――ドラゴンには劣るな


 そんな幻聴が聞こえた気がして……


「――よくぞ見つけたものだな! カイザーバジリスク、あれはなかなかにしぶとく手強い魔物だからな……」

「ええ……頑張りました……」

「うむ…………。さて、食事にしようか」


 席についた魔王がパンパンと手を鳴らすと、扉が開いて食前の飲み物などが運ばれてくる。


「…………」


 ピキキッ、とエメルギアスの頬が痙攣する。


 ファラヴギ――ホワイトドラゴンの長。アレも、書類のミスさえなければ、本来は自分が討伐することになっていた……!


 だが! 手違いで、ジルバギアスの訓練先と自分の派遣先が入れ替わっていたせいで、自分はチンケなゴブリン退治に! そしてその間に、ジルバギアスがファラヴギを討ち取った……!


 忌々しげに、末弟を睨む。


 ハイエルフとホワイトドラゴンのボン=デージ・スタイルを身にまとい、運ばれてくる前菜の皿を楽しげに眺める末弟は、こちらなど見向きもしていない。


(眼中になし、ってか……!!)


 歯を食いしばり、思わず、鎌首をもたげる蛇のように前のめりになるエメルギアスだったが、ボン=デージの姿勢矯正機能により、キュッと背筋を伸ばさせられた。


(運のいい奴め……!)


 オレが欲しい物を、目の前でかっさらっていく――何かとツイていない自分とは違って、時の運に愛されている。



 それが……たまらなく……!!



「…………」



 メリ……と音がする。



 エメルギアスの中で何かが歪に膨れ上がる音。



 だが、周囲にはエメルギアスより格上の魔族ばかり。



 特に強大すぎる魔力を誇る父が、魔王がすぐそばにいた。



 エメルギアスの変化になんて……



 誰も、気づきはしなかった。

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