550.あれは誰だ

〽️リリアナアローは 寄生する

 リリアナイヤーは ハイエルフ

 リリアナウィンクは 星が舞い

 リリアナビームは 熱光線

 悪魔の力

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「……あれはもうダメね」


 コルヴト族が次々に防壁を展開し、何重にも守りを固めているのを見てリリアナは溜息をついた。


 あの防壁、ただでさえかち割るのが大変なのに、あそこまで念入りに何枚も展開されてしまったら弓矢での突破は相当厳しい(コルヴト族自慢の石壁を弓矢でブチ抜く方が非常識ではあるが)。


 いわんや、その奥に控える上位魔族を射抜く難易度たるや。


「手応えはあったんだけど……」

は相変わらずあの壁の向こうだ。どうやら仕留め損なったようだね』

「……まあ仕方ないわ。足止めできただけ良しとしましょう」


 残念そうなオディゴス、肩をすくめるリリアナ。


 コルヴト族は入念すぎるほどに防御を固めているが、そのせいで進撃の足もかなり鈍っている。最初の一撃で総大将をひとり討ち取ったことも考えれば御の字だろう。


 リリアナは総大将狙撃作戦に見切りをつけ、仕留めやすい魔族戦士へと標的を移すことにした。


「うおおおッ!【突貫グ・レイ・ヴァンッ!】!」

「【突貫グ・レイ・ヴァン突貫グ・レイ・ヴァン突貫グ・レイ・ヴァンッ!】」

「【突貫グ・レイ・ヴァン――ッ!!】」


 そしておあつらえ向きに、槍を掲げてがむしゃらに突撃してくる魔族の一団。


「【神話ミトロジア再演・レプリカ 天恵セレナム・繁茂オブシトゥス】」


 リリアナは用意していた次なる矢を放つ。


 カァンッ! と快音を伴って、生ける枝が唸りを上げて襲いかかった。


 突撃してくる魔族たち――コルヴト族のような石壁もなく、サウロエ族のような結界もなく、彼らは当然のように防護の呪文を展開していた。ドワーフの機械弓や、並の森エルフの矢ならば余裕で弾く程度の防御力はある――


 はずだった。


 が、破砕。バリンッと呆気なく、飴細工か何かのように、先頭を突っ走る魔族戦士の防護が破られた。


「はぐぁッ!?」


 胸に枝が突き刺さり、驚愕しながらもんどり打って倒れた魔族が、地に伏す前に体から生え出した木の幹に支えられ、奇妙なオブジェになった。


「ぐっ、おがっ、もがぁぁぁァァッ!!」

「はぁぁッ!? なんだこれは!?」

「ふざけるなァ!!」


 仲間が口から枝を生やして悶絶し絶命、かと思えば光り輝く美しい木と化して、花まで咲かせるという、悪夢のような冗談のような光景に魔族戦士たちは混乱し、動揺し、憤る。


 思わず鈍る突進の勢い――そして彼らの足に、【天恵繁茂】の余波で地面に生い茂った草が絡みつく。


「イテテッなんだこの草!」

「ふざけやがって!」

「死ねァ!」


 足を取られながら魔族戦士たちは城壁の上のリリアナに魔法で反撃を試みるが、炎弾も礫も呪詛も、オーダジュの風魔法で逸らされる。


「誰か! 矢をちょうだい!」

「っはい! どうぞ!」


 その隙に、近くに居た森エルフ弓兵から矢筒を借り受けたリリアナが、素早く矢をつがえる。


【神話再演】がなくとも、特別な魔法がなくとも。


 極限まで魔力を注ぎ込まれたオディゴスと身体強化の極みにあるリリアナは、ただそれだけで凶器。


 放つ。


 快音再び。


 ヒュカァンッと飛来したただの矢が、足に絡みついた草をむしり取ろうとかがみ込んでいた雑魚魔族の後頭部をブチ抜いた。


「次ッ」


 再び矢をつがえ、放つ。


 バリンッと防護の呪文を撃ち抜かれ、魔族戦士が勢いよく地面に叩きつけられる。


「次ッ!」


 まだまだ矢はたくさんある。戦場に視線を走らせ、再び弓を引き絞るリリアナ。


「おのれッ!」


 次に目をつけられた魔族戦士は、咄嗟に矢避けの魔法を使ったか、リリアナの矢を辛うじて逸らした。そこそこ魔力も強く、一筋縄ではいかない相手に見える。


「【神聖なる光あれサンクトゥス・ルクス】」


 が、リリアナの対処は早い。手から熱線を放射。


「熱っぅ!!」


 目と顔面を灼かれ怯んだところに集中砲火、一矢、二矢、三矢。


 矢避けの魔法の芯を捉えた。


 ブチ抜く。


「次ッ!!」


 耳穴から矢を生やして倒れ伏す魔族を尻目に、矢をつがえるリリアナ――


「リリィ! 夜堕ちだ!」


 そしてオーダジュの警告に弾かれるようにして身を引いた。


 リリアナの頭があった空間を、ズヒョヒョヒョヒョとおぞましい音を立てて無数の毒矢が通り過ぎていく。


『おおっ! 今のはすべて君の右目を狙っていたね!』


 オディゴスが感嘆の声を上げた。


『百に迫ろうかという生命体が、一糸乱れぬ連携でひとつの標的を射抜かんとする。なんて美しくも素晴らしい光景だろう! 野生の導きをビンビンに感じる!』

(そうね! じゃあオディゴス、ついでにその『野生の導き』で!)


 リリアナは不敵に笑いながら、ぽっ、とその手に光を宿した。


 小さな、しかし太陽のような輝き。


(――教えてちょうだい、この戦場の、夜堕ちどもの場所を)


 お安い御用だとも。


 数百の魔力の『みち』が、リリアナの視界に浮かび上がる。


 リリアナは天頂に向けて弓を構えた。



「【神話ミトロジア再演・レプリカ――】」



 怖気が走るほどの魔力が、光の矢を形作る。



「【――暁光天泣ステラ・プルヴィオ】」



 打ち上がる。太陽のような光が。


 それは2つに分かれ、4つに分かれ、8、16、32、64、128、256――枝分かれした光が、まるで輝く大樹のように夜空にそびえ立つ。


 真昼のように、天を白く染め上げる。


 同盟人類にとっては神々しく、闇の輩にとっては心胆を寒からしめる光景。


 ゴオオオ、と大気が鳴動していた。


 灼熱の光に空気が燃える音。



 ああ、夜が堕ちる。



 数百の光の矢が、空から流れ落ちてきた。流星群と呼ぶには近くて眩しすぎる。


 それはまさに大瀑布、突如として夜に顕現した光の滝だった。


「「ぎいいぃやあああああアアアアア――ッッ!!」」


 戦場に響き渡る断末魔の叫びの大合唱。夜エルフ猟兵が、工作員が、メイドが、至るところで松明たいまつのように燃え上がっていた。全身の皮膚が溶け落ち、血液が沸騰し、いっそひと思いに殺してくれという地獄の責め苦を味わいながら、夜エルフたちはひとりまたひとりと息絶えていく。


「おお! おおお!!」

「すげえ! すげえぞ!!」

「まるで奇跡だ、女神様だ!」


 光の神々の御業としか思えない光景に、同盟軍の兵たちが歓声を上げ。


「…………」


 逆に、魔王軍は進軍の勢いを鈍らせていた。いや、もはや足が止まりつつあった。先頭を突き進んでいたアノイトス族の戦士が為すすべもなく射倒されたこともある。夜エルフたちが一斉に死滅したこともある。


 それに加えて、ちょうど、『セキハンクス討死』の報が広まりつつあった。


「なん……なのよ」


 スピネズィアをはじめとしたサウロエ族の軍団も、衝撃に打ちのめされていた。


 まさか。本陣にいたはずの、セキハンクスが?


 この北部方面軍のサウロエ族でも最強の戦士であり、最も防御に長けていた、セキハンクスが――討死?


 信じられない。あり得ない。


 受け容れられない。


「なんなのよ……何なのよいったい!!」


 血の気の引いた顔で、唇を震わせるスピネズィア。周囲のサウロエ族の戦士たちも似たような表情で呆然としている。


 ドワーフの王国攻めは一筋縄ではいかないことは、わかっていた。


 だがまさか――ドワーフの主力とぶつかる前に、こんなことが起きるなんて。


 それも、どうやらこの信じられない事象は、たったひとりの森エルフの射手が引き起こしているらしい。



 ――



 これまで悪魔の力を借りて、散々他種族に理不尽を押し付けてきた魔族たち。


 彼ら彼女らは知る由もない――そのしっぺ返しが、今まさに自分たちに降りかかろうとしていることなど。


 コシギンらスピネズィアの従者の獣人たちだけが、何かとてつもなく不吉なことが起きているのではないかと不安を隠せず、自分たちを守る【狩猟域】の結界を心細そうに見つめていた――




「あなた様は……いったい何者なのです」


 同盟軍の兵士たちが沸き立つバークレッツ峡谷関門。リリアナに矢筒を提供した森エルフ弓兵が、畏怖の念もあらわに思わず尋ねていた。


「ふふっ」


 フードを被ったリリアナはただぱちんとウィンクして、光り輝く魔力を編み上げ、複雑な紋章を頭上に大きく描いてみせた。


「「おお……っ!」」


 森エルフたちがどよめく。この魔力の紋章は、森エルフの吟遊詩人が歌いだしに描く模様のひとつだ。


『タチアナ』という古代の人族の女王が登場する物語の紋章であり、『わけあって身分を偽る貴人』を象徴している。


 つまり、『高貴な身分だが詳細は明かせない』という答え。森エルフならば紋章を見ただけでわかるし、その紋章を解読できる夜エルフは先ほどの一撃で殲滅された。


【神話再演】の連発、複雑な紋章を一瞬で描き出すだけの技量。


 リリアナが一角の人物であることは間違いない。


 森エルフたちは全てを察し、それ以上は尋ねずに、ただ恭しく胸に手を当てて深い敬意を示すのだった――



          †††



 ――戦場の果て。


 遠く、城壁の上に浮かび上がった光の紋章を、血走った目で睨む者がいた。


「お、のれ……おのれッ……おのれ……ッッ!!」


 血反吐を吐くような思いで、だん、だんと地面を殴る。


 男は、満身創痍だった。決して軽くはない火傷を全身に負い、服も至るところが焼け焦げて破れかかっている。まるで火事場から命からが逃げ出したような姿。



 そう、あの灼熱の光の爆撃から――男だけはどうにか逃げ延びたのだ。



 同胞を見捨てて。ひとりだけで。



 なぜなら、自分のについてこれる者は、誰もいなかったから。



「闇の神々よ……御身に、極上の獲物を捧げましょう……!」



 ぎり、と歯を食い縛った男は、肩で息をしながらも立ち上がる。



 夜エルフらしく表情を取り繕う余裕もなく、憤怒の様相で弓を構える。



 男の名を、アタールという。



 またの呼び名を弓聖『三羽烏』アタール――



 夜エルフ族、最強戦力の一角。



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※お陰様で、書籍6巻続刊決定しました!! 書籍購入で応援してくださった皆様、ありがとうございます!! 5巻で世界線がかなりズレたので、6巻はほぼ書き下ろしの別展開になると思います! ご期待ください!!

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