549.青天の霹靂
Q.たかがエルフ女ひとりに随分と厳重な措置でしたね?
A.元監獄審問長官シダール「当たり前だろ」
Q.殿下がペット連れてきた直後はかなり緊張気味のようでしたが。
A.夜エルフメイドヴィーネ「当たり前でしょ」
Q.聖女が脱走した際、相当慌ててらっしゃいましたね。
A.魔王ゴルドギアス「当たり前だ」
Q.何か一言お願いします。
A.リリアナ「わっふん」(胸を張りながら)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「あの中に次の総大将がいるっぽいわね」
リリアナの眼下、次々に石壁を展開しながら進んでくる魔族たち。
「長らく生きてきましたが、『次の総大将』はなかなか聞かない言葉ですな」
オーダジュが面白がりながらあごひげを撫でている。リリアナもくすりと微笑んで、強張っていた肩の力を抜いた。少しだけ緊張がほぐれた気がする。
「……コルヴト族、一撃でやるのは難しそう」
改めて標的を見据えた。まず石壁を突破し、その上で奥にいる魔族を狙い撃たなければならない――
問題は、『生ける枝の矢』は都度【天恵繁茂】の力を込めなければならないため、連射できないということだ。
『石壁を迂回したらどうだね? 見たところアレは完全密封ではなさそうだ。隙間を縫ったらどうだろう?』
オディゴスが提案してきたが、リリアナは首を振る。
(物理的な矢は、光の矢ほど柔軟に操作できないのよ)
いかに強力な【案内】があろうとも、実体を持つ矢を右に左に自由自在に動かすのは難しい。
『私からすれば、光を捻じ曲げる方がよほど難しく感じるがね』
(私は光の申し子よ? 光に関しては融通が利くの)
『ならば、光の矢で攻撃したらどうだい? 夜エルフに対してやったように』
(夜堕ち、ね)
不快感もあらわに訂正し、リリアナは困ったように眉根を寄せた。
(光の矢で夜堕ちを殲滅できたのは、あいつらがアンデッドの次に光に弱いからよ。あの矢を魔族に撃ち込んだところで『熱っ!』で終わると思うわ)
一応、火傷くらいは負わせられるかもしれないが……よほどの雑魚魔族でない限り討ち取ることはできまい。
「まあ、やるだけやってみましょう」
「【
木の実に生命の息吹を吹き込み、生ける枝の矢に仕立て上げた。
反撃を受けないよう一瞬だけ城壁から身を乗り出し、リリアナは矢を放つ。
カァンッ! と快音。
ビシッと硬質な音とともに石壁に突き立つ木の枝。
――急激に育っていく。植物には、僅かな隙間さえあれば石をも割る力がある。
光り輝く樹木がメキメキは音を立て、【石操呪】の防壁に食い込み、根を枝を幹をヒビにねじ込みながら破砕していく。
「うおっ!?」
「なんだこれ!?」
驚いたのは、壁の内側にいたコルヴト族の魔族たちだ。まさか【石操呪】の鉄壁の防御が、このような形で破られるとは思いもよらなかった。
しかしドワーフの仕業ではなく、森エルフらしいということはわかる。
そして森エルフならば対処もわかりやすい。
「燃やしちまえ!」
ひとりが咄嗟に火魔法を放った。コルヴト族は土属性が主力だが、多属性持ちも存在する。森エルフの怪しげな奇跡は焼いてしまうに限る……!
どろりとした粘性のある闇の炎弾が、生ける枝の矢を焼き焦がしていく。
が、生木であるがゆえかなかなか燃え上がらず、白い煙がもうもうと立ち昇った。
「うっ……オエッ! ゲホッゲホッ!」
「ゴホッ、ゴホッ……なんだこの木!」
「
イザニス族の伝令が風魔法で必死に煙を外に出そうとする。それはただの煙ではない、目に染みる上に、匂いもひどく呼吸もままならない! 石壁の内側でのんびりと構えていたコルヴト族たちは、一転、通路に充満する悪臭と煙で大騒ぎしていた。
「フフフ……」
次なる矢を準備しながら、リリアナはほくそ笑む。
『
アディスタシアは非常に燃えづらい上、焼くと催涙性のある煙を噴き上げる性質がある。かつてはドワーフ族対策に、森の外縁部に植えられていた。下手に放火すれば煙で大被害、伐採しても薪にもならない。ドワーフには蛇蝎のごとく嫌われている木。
――なお、人族は燃えづらくて建材にぴったりだと嬉々として利用していたが。
「外に放り出せ! 埒が明かん!」
眼下ではコルヴト族たちが、【石操呪】で土を押し上げて、侵食された石壁ごと枝の矢を排除することに決めたらしい。
ぐらりと石壁が傾いたその瞬間――中にいた魔族たちの姿が、見える。
リリアナもまた、次なる矢をつがえていた。
「【
必殺の一撃が叩き込まれる。
狙うは次の総大将。
コルヴト族の軍団長、パンモアルス=コルヴト。バァンッとガラスが粉砕するような音を立てて、防護の呪文がかち割られた。
「ぬゥッ!?」
驚愕しつつも、矢の勢いが少しだけ削られたため、パンモアルス自身の防御が間に合った。咄嗟に腕を掲げて篭手で矢を受け止める。左手にズシンと衝撃があり、骨製の篭手が砕け散った。だが大事ない――
「なにッ!?」
が、生ける矢は貪欲に根を伸ばし、篭手に絡みつき、パンモアルスの腕にさえ食らいついてくる。不気味なほどに痛みはないが、ロクでもないことになっているのは火を見るよりも明らかだ。
そしてパンモアルスは土と闇属性しか持たない。
森エルフの怪しい奇跡を焼くことができない、彼に残された手段は――
「【
もうひとつの、血統魔法だった。
あれだけ生命力に溢れていた枝の矢が、水分を奪われ、みるみるしおれていく。
パンモアルスは言うまでもなくエリート魔族で、ふたつの血統魔法を受け継いでいる。父方の【石操呪】と、母方の【脱水呪】だ。
【脱水呪】はあらゆる物体から水分を奪う魔法で、【聖域】時代は、お手軽な干物作りに重宝されていたらしい。
が、魔力強者が使えば、それは立派な凶器と化す。
触れた相手、槍で刺した相手をたちまち干からびさせてしまう【脱水呪】は、実質的に即死魔法であり、パンモアルスは先の魔王位継承戦で、名うてのレイジュ族の戦士を幾人も屠っていた。
「な、なんという魔力だ……!」
そしてそんなパンモアルスが顔を引き攣らせるほどに、『生ける枝の矢』は恐ろしいシロモノだった。矢に秘められた魔力はまるで無尽蔵で、どれだけ【脱水】しても枝は生き続ける。
全力を振り絞って【脱水】し続け、ついに矢を枯死させるパンモアルス。からからに干からびた枝を左腕から引っこ抜き、石壁の向こう、そこにいるであろう森エルフを睨んだ。
「厄介な射手がおるぞ! 警戒、防御を密に!!」
パンモアルスの指示に、コルヴト族たちも表情を引き締め、【石操呪】でさらなる防壁を形成し始める。
戦場で矢にやられるほど馬鹿らしいことはない。そしてコルヴト族は特に急いでいなかった。のんびり、じっくり、着実に、守りを固めながら標的を攻め落とす――
「――なんだと!?」
と、そのとき、パンモアルスの傍らに控えていたイザニス族の伝令が、素っ頓狂な声を上げた。
耳に手を当てている。【伝声呪】で何かを聞いたらしい――
「本陣より伝令っ!」
よほど信じがたい報せのようで、声を上擦らせながら、伝令は叫んだ。
「――セキハンクス殿、討死!! 本陣にて、奇妙な樹木に、その、貫かれるようにして亡くなっていたとのこと……!!」
パンモアルスは目を見開き。
先ほど、頭上を流れ星のように飛んでいった光を思い出し――
「おのれ……!!」
手の中の枯れ枝を、バキッと握り潰した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます