174.敵と味方


 刃を振るうたび、命が消し飛んでいく。


 脆い! 脆すぎる!


 俺の身体はまだ完成されていない。人族でいえばせいぜい十代の少年だ。


 なのに――複数の兵士に斬りかかられても、全く力負けしない。むしろ俺の斬撃を数人がかりでも止められない。強大な魔力に身体能力が底上げされているからだ。


 屈強な兵士たちが、俺の一撃で腕をへし折られ、胴を裂かれ、ろくな抵抗も許されず倒れていく。


 こんな――こんなにも、地力が違うのか!?


「どうしたァ人族!」


 兵士たちを蹂躙しながら、俺は思わず叫んでいた。


「その程度かァ、お前たちの実力は!?」


 悲しかった。あまりにも勝負にならなくて。敵意と殺意を剥き出しにしていた兵士たちは、今や引きつった顔で怯えを滲ませている。



 ――いや、わかってる。



 彼らの唯一といっていい武器、連携を封じたのが俺だってことくらい――



 それにしたって!



 それにしたって、こんなの……あんまりだろう!!



「……うォあああアァァァァァァァァァッッ!!」



 名状しがたい、怒りにも悲しみにも似た激情に駆られ、俺は絶叫しながらも、剣を振るう手だけは止めなかった。


 ひとつ、ふたつ、みっつ! まばたきする間にまた死んだ!!


 みんな、俺が、殺した――!!


『凄まじい……!!』


 どこか遠く、アンテの戦慄わななくような声が響く。こうしている間にも、アンテが預かりきれなかった魔力がどんどん俺に流れ込んでくる。


 自身の格が、無理やり押し広げられていく。全能感。恍惚感。物の理を思うがままに捻じ曲げる愉悦。全力で刃を振り回す腕が、疲れるどころか、むしろどんどん軽くなっていく。


 ただでさえ勝負にならなかったのに、ますます差が開いていく――


「――ははッはははははァァッ!!」


 もう本当に笑えてきた。


 クソ喰らえ! 魔族も悪魔もみんなクソだ!!


 こんなクソみてぇなモンがこの世に存在するのが間違いだ!!


 俺が無くしてやる!! 全部消し去ってやる!!


 だから、お前たちは――そのために――、そのための――、


「糧となれェェェッッ!!」


 血風。千切れ飛ぶ手足。宙を舞う首。


 土が吸いきれない血がバシャバシャと音を立てる。


 倒れ伏した亡骸で足の踏み場もなく、だから彼らの屍を踏み越えていく。


 もっとだ。もっと早く。もっともっと早く。


 一刻も早く、この戦いを終わらせる。


 この不毛な戦争を……!



 ――と。



 背後で魔力の高まりを感じた。


 及び腰で俺を遠巻きに囲んでいた兵士たちに、ズドドドドッと鈍い音を立てて岩の槍が降り注いだ。盾も鎧も、まるで紙切れみたいにブチ抜かれて、立ったまま串刺しにされ絶命する兵士たち。


 振り返るまでもない。クヴィルタルの【石操呪】。


「おらァ!」

「喰らえ!」


 さらに別の魔力の高まり。ドス黒い炎の塊がふたつ続けて着弾し、ねばっこい呪いの炎を撒き散らした。ぎゃああぁぁぁと絶叫を振り絞りながら、兵士たちが枯れ枝のように燃え上がる。


 オッケーとセイレーのナイト兄弟だ。


 さらに、稲妻や風の刃、呪詛などが雨あられと浴びせられ、数十の命が、ロウソクに息を吹きかけたかのように、消える。クヴィルタルの部下たちも、続々と――


「殿下! お供しまっす!」


 そして俺のかたわらに現れる――アルバーオーリル。


「よっ、ほっ」


 俺を真似して剣を穂先とした長めの槍を使うアルバーは、こちらの動きに合わせて器用に刃を突き込む。俺の死角を埋めるように、盾と鎧の隙間にねじ込むように、容赦なく、的確な一撃で兵士たちを仕留めていく。


 ――連携が禁じられたこの空間で。


【奔放】に愛されたアルバーだけが、俺と連携している。


「だっ……ダメだァ!」

「強すぎるっ!」

「こんなの無理だろ!」


 魔族の一斉攻撃で次々に仲間を屠られ、兵士たちが絶望の声を上げた――



「――【猛き火よアグリア・フローガ!】」



 その瞬間、砦の上部で魔力の高まり。



 銀色の豪炎が、俺めがけて叩き込まれる。



「げ! そぉい!」



 アルバーが、濃厚な闇の魔力をまとわせた槍で銀色の炎を打ち消す。



 砦の天守キープから、飛び出してくる戦士たち――



「【清浄なる風よ 忌まわしき呪いを祓い給え】」


 耳長の魔導師が心地よい風を呼び寄せると、俺が展開していた【制約】の領域が、パキンとひび割れるのを感じた。


「【大いなる加護よメガリ・プロスタシア!】」


 白銀の鎧を着込んだ男が、銀色に光り輝く盾を掲げた。兵士たちもまた銀色の燐光をまとい、怯えを拭い去って体勢を立て直す。


「【悪しき呪いは我らを避けて通る】」


 そして、法衣に身を包んだ男が祝福を与える。これまで紙人形のように薄っぺらく感じられた兵士たちが、確たるを獲得した。魔法的により強固な存在となった――


「これ以上、好きにはさせんぞ魔族ども!!」


 険しい表情でこちらを睨む、白銀の鎧の戦士――



 勇者だ。



 おいおい、来るのが遅くないか?



 もう何人死んだと思ってるんだよ。



 いや、鎧が血で汚れてるな。別の場所で戦ってたのかな。



 若いなぁ。勇者も神官も。隣の剣士なんてまだひよっこじゃないか。



 みんな、頑張ってるなぁ……



「……とうとうお出ましか、聖教会!」


 俺は、口の端を吊り上げて笑った。


「待ちかねたぞ!!」


 クヴィルタルを、そしてかたわらのアルバーを俺は睨んだ。


「――雑魚どもは任せた。アイツは俺が殺る」


 俺の視線に、そして有無を言わさぬ圧力に、魔族どもは一も二もなくうなずいた。


 加護を得て、手強くなった兵士たちを家来に押し付け――


 剣槍を振り上げた俺は、勇者たちに向き直る。



「【我が名はジルバギアス――魔王国が第7魔王子ジルバギアス=レイジュ!】」



 俺の名乗りに、勇者たちが目を見開く。そうだ。王子だぞ? この軍団の旗頭が、のこのこ姿を現したんだ……



「さあ――かかってくるがいい! 貴様の力を見せてみろ!!」



 嘲笑うような俺の挑発に――



「【聖なる輝きよヒ・イェリ・ランプスィ この手に来たれスト・ヒェリ・モ!】」



 銀の輝きを剣にまとわせた勇者は、一切の躊躇なく斬りかかってきた。

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