175."勇者"たち
斬りかかりながら、勇者が盾を突き出す。
「【
カッとまばゆい光を放つ盾。単純だが、夜目がきく魔族には効果的な目潰しだ。
――俺も昔よく使った。盾の動きから事前に察知していた俺は、両眼に闇の魔力を集中させ、目を射る光を相殺する。
「【刺突を禁ず】」
同時につぶやく。俺の手の届く範囲に限定し、濃密な【制約】を展開。
……これから斬り結ぶのになぜ刺突を封じるかって?
ひゅぅぅん。
カツンッ、と頭に衝撃。砦から飛来した矢が俺の兜に弾かれた。こういうことさ。さっきの森エルフ、ずっと隙をうかがっていやがったな。かなりの魔力が込められていたが、密度を高めた【制約】をブチ抜くほどじゃなかった。
目潰しも森エルフの矢もしのぎ、勇者が振り下ろした刃も剣槍で逸らす。
「……っ!」
一瞬、間近で交錯する俺と勇者の視線。不意打ちをすべて防いで、微塵も動揺していない俺に、逆に動揺している。若いな。顔が引きつってるぞ。そんなんじゃあ敵にナメられる。
「ははァ」
――だからこうして、笑うんだ。
勇者の斬撃をいなした勢いのままに、槍の石突を叩き込む。「【猛き――】」と何かを詠唱する暇も与えない。魔力を乗せた一撃だ、重かろう。
「ぐゥ……ッ!」
全身に聖属性をまとい、どうにか盾で受けて踏ん張る勇者。
その間にも、俺たちの周囲で
「はッッ!」
クヴィルタルの【
「「ぎゃあああァァァァッッ!!」」
股間から腹までを抉られた兵士たちが、悶絶しながら死んでいく。アレは男として食らいたくねえな、どんな鎧でも真下から槍で突かれることなんて想定してないし、装甲も脆弱だ。
にしても【石操呪】の厄介なことよ。あんなふうに物理現象を引き起こせる魔法は強い。魔除けの加護なら術者ひとりで集団にかけられるが、ああいった攻撃を防ごうとすれば、それ相応の対処を強いられる――
「【大地の精霊よ 邪な気を祓い給え!】」
エルフの魔導師が地面に祈りを吹き込む。【聖大樹再演】の影響もあってか、辺り一面のかなり広範囲がふわりと燐光を放つ。これで、クヴィルタルの土魔法は格段に使いづらくなった、が――
「オラオラァ!」
「まだまだあるぞー!!」
ナイト兄弟が石でも投げるような気軽さで呪いの炎弾を投げまくる。粘つく黒い炎が兵士たちを火だるまに変えていく。さらには雷、風の刃、腕を萎えさせ勇気をくじく呪いの言葉――
「【
聖教会の神官の、半ば悲鳴じみた詠唱。兵士たちを銀色の光の鎧が包み、悪意ある魔法を相殺し始める。それで力尽きたように膝を突いて、肩で息をする神官――高位の防御の奇跡をあれだけ大人数にかけたら、人族じゃ辛いだろ。あの様子じゃ精神力は使い果たしたかな。
そういえば――生まれ変わってから、魔法の使いすぎでバテたことないなぁ――
「【光の神々よ我らを護り給え!】」
「【忌まわしき言葉よ浄化の光を受けよ!】」
「【悪しき呪いの言葉は我らを避けて通る!】」
ここぞとばかりに、兵士たちが魔除けのまじないを唱えながら、一丸となって反撃し始める。こうなると人族は強い、木っ端の獣人兵や悪魔兵じゃ時間稼ぎにもならず次々に討ち取られていく。クヴィルタルたちも魔法が弾かれるとなると、あとは槍での地力勝負だ。それでも中堅魔族ゆえ強いが――
「――うおおおおォォォォッ!」
勇者の裂帛の叫びに、再び、自分の戦いに集中する。
全力を振り絞ったか、白銀の光をほとばしらせながら、聖なる炎で燃え上がる剣を振り上げて、勇者が迫る。
俺は剣槍を突き出しながら、あえて左の脇あたりに隙を作ってみせた。砦から飛来する森エルフの矢に、気を取られているフリをして。
「――ッ」
すかさず、そこに目をつけた勇者が、燃える剣を突き込もうと――
教本通りの動きだ。よく訓練されている。
だから咄嗟に、出てしまうんだなぁ、その動きが。
――【刺突】は禁じられているのに。
「!?」
突如として勢いが鈍る刃にギョッとする勇者。あるいは俺の魔法が何なのか、よく理解できていないのかもしれない。森エルフの矢が防がれ続けている時点で、強力な防御の魔法があると見て、もう少し警戒するべきだった。
でも、あからさまな隙を見つけて、思わず手が出てしまったんだろう。狡猾さが足りなかった、彼には。何よりもそれを身につけるための時間が――
「若すぎた」
まるで止まって見えるような突きをいなして、俺は腕を振るう。
剣槍が、アダマスの古びた刃が、弧を描く。
――トシュッ、と軽い音を立て、勇者の首が撥ね飛んだ。ギョッとしたような表情のまま――
――いや。
その目だけは、ギョロリと俺を睨んでいた。
首を失い、血飛沫を撒き散らしながら倒れる身体の背後から――
ゆらりと、
刃を構えた、
若い剣士が、踏み込む。
――異次元の加速。
……馬鹿な
「剣聖――!?」
俺は咄嗟に、全身の魔力を槍に集中させた。掲げる。防ぐ。
視界に一本の、銀色の光。
ヒュカァァンッと小気味よい音を立てて、槍の柄ごと俺の右腕が斬り飛ばされた。
「死ねえぇぇぇぇ!!」
間近に見る、童顔の剣士。まだ十代か、二十代になったばかりか、とにかく若い、血走った目が俺を据えている、信じられない、この若さで物の理を極めた――!?
『感心しとる場合かぁぁぁ!!』
アンテが悲鳴のように叫んだ。
――さらに振り上げられた刃が月光にきらめく。
『【斬撃を禁忌とす!】』
俺の奥底より、とてつもない魔力の波が放たれ、若き剣聖を直撃する。銀色に光り輝く魔除けの加護を受けていた剣聖も、たまらずガクンと動きを止めた。
その一瞬。
宙を舞う俺の腕、篭手部分の遺骨がにゅるりと伸び、俺の肘部分と接続。
パチンッ、と巻き戻るようにして傷口を合わせ――
俺の、自前の、濃厚な闇の魔力が、至近距離から剣聖を絡め取る。
「【
――右手の感覚が戻った。
と同時に、若き剣聖の右腕が、剣ごとポロッと落ちた。
「え」
綺麗な切断面から、一拍遅れて吹き出す鮮血。剣聖は、怒りも憎しみも忘れてしまったかのように、ただただ呆気に取られた顔を見せた。
あまりにも年相応な、彼の素朴な人柄が、浮き彫りにされるようで――
「――ッ」
俺は歯を食い縛りながら、その無防備な首にアダマスを叩き込む。
稀代の才能が、若き人類の希望が、俺の手で――
「そんなッ」
「勇者様が……!」
「剣聖がァァ!!」
兵士たちが絶望の声を上げた。精根尽き果てた様子の神官はこの世の終わりが訪れたような表情、エルフの魔導師も苦しげに顔を歪め、砦の上部からは「貴様ァァ!」と森エルフ弓兵が初めて声を上げた。
【英雄の聖鎧】――兵士を包み込む銀色の光が、その輝きを弱める。
勇者と剣聖が立て続けに屠られ、しかもふたりがかりで攻撃した魔族の王子がピンピンしているともなれば、まあ。
打ちのめされる、わなぁ。
そしてひとたび、心がくじけたならば――
悪しき呪いの、付け入る隙が生まれる。
「――【連携を禁ず】」
ぱきん、と何かがひび割れるような音。
兵士たちを守る加護が、さらに弱々しく瞬き――
「【腕萎えよ!】」
「【竦め!】」
「【逃げ惑え!】」
魔族たちの呪詛が、濁流のように押し寄せた。
「あっ……あああああッ!!」
誰かが叫び、恐慌とでも呼ぶべきものが伝染していく。くじけていない者、まだ心折れていない者も多かった。だが彼らだけでは戦えない、みなで一致団結しなければ魔族には勝てない。
そしてどうにかまとまろうとすれば、【制約】の呪いが、加護の上からでも邪魔をする――ぎこちなく、いつものようには動けない――
「【清浄なる――がふッ」
エルフの魔導師が魔除けの詠唱を行おうとした瞬間、その胸にドスンッと長大な刃が突き立つ。
剣を穂先とした槍だ。
エルフ魔導師を、まるで標本の虫のように、背後の壁に縫い止めた。
「おっ、当たった」
俺のかたわら、腕を振り抜いた姿勢のアルバー。
「投げ……た……!?」
愕然としたまま、吐血して息絶えるエルフ魔導師。常識にとらわれず、やれそうだと思ったらとりあえずやってみる男、それが『奔放なる』アルバーオーリル――
「うっ……うわあああ!」
「もうダメだあああ!!」
「あッ、待て! 諦めるな!!」
もはや【聖鎧】の輝きなどほとんど残されていなかった。算を乱して逃げ出そうとする者と、まだ踏みとどまって戦おうとする者がぶつかり合い、渋滞が起き――
そこを、さらに魔族の魔法が襲う。どす黒い炎塊も、雷も、風の刃も石弾も、ほとんど抵抗されることなく、勇気ある者も惰弱なる者も、まとめて殺戮していく。勢いづいた悪魔兵と、壁を乗り越えて続々と姿を現す獣人兵たちが、追撃を加えて被害を拡大させていく――
「あ、……ああ……」
もはや声もなく、うなだれるのみの神官。俺は無言で歩み寄る。
「……神よ……なぜ……我らはこうも……」
それ以上、嘆き悲しむ必要がないよう、彼の首を刎ねた。
「すいません、殿下。手ぇ出しちゃって」
アルバーが謝りながら、「よっ」とエルフ魔導師を壁ごと貫いた槍を引っこ抜く。
「いや、構わない」
俺は平坦な声で答えた。今さらそんなこと、気にもしていなかった。
「さあ、追撃するぞ」
「いいえ、殿下。先にやるべきことがあります」
逃げていった兵士たちを追おうとする俺の肩を、クヴィルタルが掴む。
「
指差したのは――夜空にそびえ立つ、光の巨木。
†††
どうやら、あの勇者たちがこの砦の最高戦力だったらしく、内部には明らかに格下な神官や老兵しか残されていなかった。
アルバーが仕留めた魔導師以外の森エルフ、そしてあの弓兵の姿もない。どうやら諦めて撤退したのか、あるいは他の砦に救援を呼びに行ったのか。他の砦に、援軍を出せる余裕があるとは思えないが――
「急いだ方が良さそうです」
手早く守備兵を槍で串刺しにしながら、クヴィルタルが言う。
「他の砦よりも先に、あの大樹を潰せば――誰の目にも明らかな殿下の功績となりますので」
俺を見つめて、にこりと笑うクヴィルタル。
「……ああ」
そうか、俺のため、か。
そうして、砦中央部の空間、祈りの間に着いた。
石畳が割られて露出した地面に、光り輝く木の枝が刺されていて、とくんとくんと脈動している。
あれが――【神話再演】の源、聖大樹の枝か。
こうして間近にすると、俺たち闇の輩さえ圧倒されるような、神々しい雰囲気を漂わせている。光の神々がこの地に残した奇跡、という森エルフたちの言葉に、嘘偽りはなかったようだ……
「初めて見ますね。興味深いですが……」
どうぞ、と俺にうながすクヴィルタル。
俺は無言でうなずき、聖大樹の枝に歩み寄る。
こうしてみると、大樹の枝とは思えないほどに可憐で、美しくて――
……すまない。本当に、すまない。
アダマスに闇の魔力をまとわせ――ひと思いに振り下ろす。
†††
【聖大樹】により、煌々と照らされていた夜空が――陰る。
「そんな……!」
『一角獣』バルバラは愕然と空を仰ぎ。
「マジかよ……」
『前線均し』ヘッセルもまた呻いた。
「ほう……さすがは王子殿下」
前線基地で見守っていたベテラノスも感嘆の声を漏らし。
「…………」
市街地で祈りを捧げていたシャルロッテも、表情を険しくする。
――王都エヴァロティ防衛の要たる、砦のひとつが、陥落した。
あまりにも早すぎる陥落。
それに対し、人類の夜明けは、あまりにも遠い……
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