33.強さを求めて


 ――俺が手で触れると、水晶玉は黒い輝きを放った。


「純粋な闇属性ね」


 プラティが半ば予想通りといった顔で頷く。


「闇、ですか……」


 俺は何とも言えない顔をしているだろう。


『やーいやーい、お主の魔法、闇属性ー』


 アンテがからかってきた。俺は渋面を浮かべる。



 どうも、属性の判定をしたら見事に闇一色だった魔王子ジルバギアスです。



 この水晶玉は、触れたやつの属性を判別できるらしい。ちなみに聖属性はその中に含まれないようだ。アンテによると、聖属性は世界を構成する属性ではなく、人族が生み出した呪詛らしいからな……水晶玉に出てこないのも当然か。


 魔法の属性は血筋や種族、生まれ育った環境などで左右される。


 俺の前世は、火属性だった。『聖炎』の勇者アレクサンドルと呼ばれていたものだ――『聖炎』の称号を持つ勇者は他にも何百といたけど。要はそれほど個性的じゃなかった、ってことだ。


「どうしたの、ジルバギアス。闇では不満?」


 自身も闇属性であるプラティが、腕組みして問いかけてくる。


「いえ……できれば火属性がよかったなと」


 魔王ゴルドギアスは闇と火の2属性らしいので、俺としても前世に馴染み深い火を受け継ぎたかった。


 火属性は純粋に火力を伸ばしやすいし、聖属性との相性もいいし、逆に敵が使う火の魔法にも耐性ができる。対魔王戦を想定するならば火がベストだった。


『その理論で行くと水でもよさそうなもんじゃが?』


 火除けの呪文は強力だし、まあそうなんだけど……水の魔法は搦め手が多くてなんか反りが合わねーんだわ。


『お主らしいのぅ……』


 火の方が性に合ってた。それは間違いない。魔族も悪魔もアンデッドも、全て焼き尽くして灰燼に帰す。俺の怒りを体現したような属性だった――


「……陛下が火だから、そう思うのは無理もないけれど……転置呪との相性は闇属性の方がいいわ」


 そりゃそうだろうな。


『闇の呪術の結晶みたいな業じゃもんなー』


 でもベースは愛なんだぜ。信じられるか?


「あと、王子の中で純粋な闇属性の持ち主は、あなたが初めてかもしれないわね」

「そうなんですか」


 話によると、『氷獄』のアイオギアスは水。『火砕流』ルビーフィアは火。


『色情狂』ダイアギアスは火と雷で、『羨望』のエメルギアスは風。


『暴食』のスピネズィアは特殊で、全属性――つまり魔族には発現しない光属性以外――を使えるらしい。


『眠り姫』トパーズィアは土属性。ちなみにトパーズィアは、石の加工を得意とし、魔王城の建築にも携わったコルヴト族の姫だそうだ。


「気にすることはないわ、ジルバギアス。強大な魔力の持ち主ならば、結局属性なんてなんでもいいのよ」


 プラティが身も蓋もないことを言った。


「戦場で一番重要な防護の呪文はどの属性でも使えるし、その次に大事な転置呪は闇属性と相性抜群。心配せずとも、あなたは戦士になれるわ」



 魔族の戦士を魔法戦士とは呼ばない。なぜなら魔法を使うのが当然だからだ……



 その日、俺は早速、いくつか魔法を習った。


 基本となる防護の呪文。そして骨を変形させて加工する魔法だ。


 本来ならばもうちょっと大きくなってから手を出すものらしいが、俺ならば大丈夫だろうとの判断だった。助かる。


 俺が討ち取った兵士たちの骨を魔力で変形させ、融合させ、槍の柄とした。


 穂先に用いるのは黒曜石のナイフ。これで俺の槍が完成だ。長さは1.5メトルほど、俺の今の身長よりちょっと高いくらいか。


 素材的な強度はまずまずだが、俺が初めて仕留めた獲物の骨を用いて、初めて創り出した槍という点で、呪術的に相当な力を秘めた逸品となっている。


 だから、俺の魔力がすごく馴染む。いくらでも流し込める感じがする。彼らの――無念と怒りが、底なしの怨念となって俺の命を吸い尽くさんとするかのように。


 人族製の普通の鉄剣では、傷ひとつつかないだろう……それほどに強力な代物になっていた。軽く、頑丈。折れても再び魔法をかければ修復も可能。



 ある意味、理想的な槍だ。



 魔族の駆け出し戦士である俺が、実戦形式の訓練を始めるには。



 練兵場。


 俺は顔面が強張るのを自覚しながら、槍を構えていた。


「我々魔族の種族武器は槍よ」


 動きやすい格好をしたプラティが、ベルトから金属の棒を引き抜きながら言った。魔法の槍だ――ぱちんと魔力が弾け、解けるようにして優美で鋭い武器と化す。



 種族武器、という概念がある。



 各種族が得意とする武器。得意なだけではなく、それを用いることによって、さらなる力を引き出せる呪術的な意味合いを持つ武器。


 獣人なら、爪と牙。


 エルフなら、弓。


 ドワーフなら、斧と槌。


 魔族なら、槍。


 そして人族なら、剣。


 ちなみに悪魔とドラゴンには、種族武器の概念はない。悪魔はこの世界の住人じゃないし、ドラゴンには吐息ブレスという最強の切り札があるからな。


 それはさておき。


「魔族にとっての槍の重要性は、語るまでもないでしょう。あなたが兵士たちと戦ったとき、ナイフではなく槍を持っていたなら、わたしは全く心配しなかったわ」


 自らの槍を撫でながら、プラティは言葉を続ける。


 ……そうだろうな。逆に彼らが剣を装備していても、話は違っていただろう。


 種族武器とは加護のようなものだ。ただ武器を手にしただけ、では説明のつかない力を得られる。同じ力量の人族の兵士がそれぞれ槍と剣を装備していた場合。間合いでは槍の方が有利なのに、なぜか剣士の方が強い、という現象が起きる。


「槍術こそが魔族の本懐。ジルバギアス、これからは槍を徹底的に鍛えていくわよ。あなたは今まで徒手格闘と短剣術を学んできたけれど、それらは自己鍛錬と万が一の備えにすぎないわ。これまでの経験は、遊びに近かったと心得なさい」


 プラティがゆっくりと構える。


 凄まじいプレッシャー。こいつも、高位の戦士なんだとはっきりわかる。


「わたしが手づから、実戦形式で鍛えるわ。最初は槍だけで。慣れてきたら、魔法も汚い手も使う。わたしが持つ全ての技術をあなたに伝授する」


 全力で抗いなさい、とプラティは言った。


「あなたの歳には少し早いけれど、あなたならきっと大丈夫でしょう。……それに、こんな贅沢な訓練ができる者は、一族でもそういないわ」


 俺の背後をチラッと見やって、プラティが笑みを深める。




 俺の背後には――鎖で繋がれた人族が、何人も控えていた。




 この間、戦った兵士たちとはまるで違う人々だ。ほとんどが年若い少年で、老人もちらほら。みな健康状態がよく傷ひとつない状態だが、まるで絞首刑台の前に並ばされた死刑囚のように、絶望の面持ちだ。


 いや、というか、事実その通りだった。


 彼らは転置呪の身代わりだ。そして自分がどういう末路をたどるか、知っている。


「レイジュ族の領地は、魔王国で最も多くの人族をのよ。そして健康管理もしっかりしている。だからこうして、潤沢に使の」


 プラティは言った。これから、俺を鍛えると。


 つまり寸止めなどはしない。


 即死さえしなければ――あらゆる負傷が許容される。


「それでも、1日あたりに使える人数には限度があるわ。あなたが持ちこたえれば持ちこたえるほど、より長時間、訓練が行える。そして実戦では、わずかな傷が命取りになることもあるわ。傷つくことに慣れるのではなく、全力でいなすことを第一に考えなさい」

「……はい、母上」


 俺は血を吐く想いで答えた。


 俺が失敗すれば、傷つけば、背後の罪もない人々が犠牲になる。



 ――そんなの、許せるはずがないだろ!!



 しかし……プラティは、事実として、強い。防護の呪文も一応唱えてあるが、魔力を帯びた穂先に対しては、布の服ほどにも頼りにならない。だから俺は、実質的に、使い慣れていない槍と、まだ発展途上の肉体で対処しなければならないのだ。



 そうでなければ――



 振り返ると、怯えた少年たちと目が合う。



「いくわよ、ジルバギアス」


 覚悟はいい? などとは聞いてこなかった。プラティがジリジリと間合いを詰め始める。まるで覚悟を決めようが決めまいが、敵は自分の都合で攻めてくるのだと言わんばかりに。



 全力で抗え、と言ったな。



「――【我が名は、ジルバギアス】」



 少しでも長く持ちこたえるために、俺は叫ぶ。



「――【我が命運を賭して挑み、抗う者なり!!】」



 プラティがゾッとするような笑みを浮かべた。



「その意気よ、ジルバギアス」



 優しげな口調とは裏腹に、一切の手加減なく、穂先が突き込まれた。

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