279.一件落着


 どうも、駆けつけたら全てが終わっていた代官のジルバギアスです。


 レイラにめちゃくちゃ頑張って急いでもらったのに、ライアン村に到着したときには死者の埋葬と瓦礫の撤去、マンティコアの死骸の片付けが進められていた。思わず呆気に取られちまったよ。


 瀕死の怪我人の治療が間に合ったので、レイラが全力で飛んでくれた意味はあったが。流石にバテたレイラは、リリアナにペロペロされながら休んでいる。あとで思い切り労ってあげたい。


「手酷くやられたな」


 村を見回して、俺は傲岸な魔王子らしくフンと鼻を鳴らした。


 土壁と堀には傷ひとつ付いていないが、家屋は多くが焼失・倒壊し、至るところに血痕がこびりついている。現場にいた数十名の衛兵や労働者のうち、生き延びたのはわずか十名にも満たなかったそうだ。脱出に成功したのが数名、地下倉庫などに隠れて難を逃れたのが数名……


 しかし、救援要請を受けて討伐に赴いた衛兵隊から、死者が出なかったのは奇跡的と言わざるを得ない。俺たちの到着が遅れれば多少は出ていたかもしれないが。


「吸血鬼と協力して倒しました」


 現場で指揮を執っていた衛兵隊副長・タフマンが、緊張の面持ちで報告する。こうして面と向かって言葉をかわすのは、かなり久々だ。夜明けが近づいてきているので本人たちの姿はなかったが、ヤヴカとその部下たちの援護を受けたらしい。



 ――吸血鬼と、か。



 現場には、神官見習いことマイシンの顔もある。聖教会関係者と吸血鬼が共闘したってんだから、ホントに世も末だよなぁ。


「よく殺し合いにならなかったものだな」

「援護を受けた恩義があります。何よりそれどころではありませんでした」


 なるほど、道理だ。


 聞けば、ヤヴカが「敵意がないこと」を表明し、実際にマンティコア相手に大立ち回りを演じて、討伐後も怪我人の止血や治療などに積極的に協力したことが大きかったようだ。


 俺自身、現役勇者時代は吸血鬼の『殺し』の技しか見たことがなくて、詳しくは知らなかったんだが……吸血鬼アイツら、血を操って中程度の傷なら止血や応急処置が可能なんだな。


 俺が到着するまで瀕死の怪我人が命をつないでいたのも、ヤヴカたちの処置のおかげだった。


「それに……自治区が始まって以来、吸血による死者が出ていないのは事実ですし」


 タフマンはちょっと複雑な心境をのぞかせながら語った。


 本来なら、人類の不倶戴天の敵で問答無用に吸血鬼は滅すべし、とされているが、死人が出ていない以上、共存は可能という判断か。


「ふむ。信用するのか?」


 自治区運営が始まった直後から暮らしてた、ってのが嘘かもしれないのに。


「はい。あのヤヴカ子爵の顔には見覚えがありましたので……」

「見覚えが……?」

「自治区が始まって間もないころ、美女に酒を呑まされる夢を見まして。今日の今日まですっかり忘れていたのですが、あのとき吸血されたのだろうなと」


 そういやヤヴカ、『バレたかもしれないけど夢ってことにして誤魔化した』みたいなこと言ってたな。あれお前だったのかよ!


 だが、皮肉にもこの一件のおかげで、タフマン自身が「吸い殺されていない」生き証人となったわけだ。


 ヤヴカは、夜間警備を条件に、気づかれない程度の吸血なら俺が容認していたことも話したらしく、衛兵隊の面々も「それくらいなら仕方ないか……」という半ば諦め顔だった。


 コレに関しては、吸血鬼たちがちゃんと自制してきた成果というべきか。


 それにまあ、気づかれない程度の吸血で、マンティコアを仕留められる程度の戦力が味方につくと考えたら、安いものかもな。


 一応、帰ってから自治区の主要メンバーで話し合いの場を持つらしいが、これからは吸血鬼たちが夜のエヴァロティを大手を振って歩くようになるのかもしれない。


 俺も、自治区民たちが強硬に反発しない限りは好きにさせる方針だからな。当人らが納得済みなら良いのだ。



 ――そんなわけで、エヴァロティ王城に向かい、今度はヤヴカからも話を聞く。



「此度は大儀だった」

「もったいなきお言葉……」


 ヤヴカと、協力したアーヴ準男爵、マヴィル男爵をとりあえず褒めておく。彼女らが動かなければ、衛兵隊はさらなる出血を強いられていただろう。


「衛兵隊の実力、どう見た?」

「……お恥ずかしながら、わたくしたち吸血種にはそこそこ脅威かと」


 得意げな様子から一転、ヤヴカは顔を曇らせる。


「成熟したマンティコア相手にも、かなりの粘りを見せていました。あの聖属性の出力は、我々には致命的です」


 何が致命的って、吸血鬼には聖属性を防御する手段がほとんどないんだよな。闇の魔力で自らを覆ってもあっという間に消耗させられるし、物理攻撃にはほぼ無敵な霧化も魔法的には脆いし。


 衛兵隊も渋々吸血鬼たちを受け入れていたが、吸血鬼としても、神官のマイシンは殺しておきたくて仕方がなかったことだろう。


 日刊エヴァロティによると、ライアン村で死亡した衛兵の中に、聖属性の使い手が紛れ込んでいたとのことだが――


 まさか、自治区の捕虜の中に勇者でも潜んでいたのだろうか? マイシンだけで、成熟したマンティコアに張り合えるほどの強化が可能とは思えないんだよなぁ。


『初日に比べればかなりマシになっとるようじゃが、相変わらず頼りない魔力じゃからのぅあの見習いも』


 現地の衛兵隊には、俺の感覚じゃパッと見分けがつかない程度の魔力弱者しかいなかったから、実際のところはわかんないけどな……


 だが、もし、のならば。


 さらなる研鑽を積んで欲しいと思う。少なくとも1名、すでに亡き者にされているのが残念でならない……


「ふむ。まあ衛兵隊がやる気を出したのなら、良いことだ。お前たちにとっては鬱陶しい存在かもしれんが、こうでなくてはな」


 俺が好戦的に笑ってみせると、ヤヴカはなんとも曖昧な顔で相槌を打つ。


「イザニス族どもの嫌がらせで、自治区がいいように荒らされていては腹の虫が収まらん。重ねて言うが、今回はよくやったぞ」

「なすべきことをしたまでですわ」

「うむ。しかしよく大胆に姿を晒す気になったな」


 ヤヴカの性格上、吸血鬼の存在が知れ渡るリスクを嫌って、今回の一件も静観しそうなものだが。


 それにエヴァロティ市街地が襲われたならともかく、まだ人員も配置できていない村までわざわざ赴いて、衛兵隊の前に飛び出し魔獣を討伐するとは……


「と――当然のことですわ!」


 ヤヴカはどこか引きつった笑みを浮かべた。


「わたくしたちは自治区の夜の守護者ですもの! オホホホホ」


 なんか急に白々しいな……どうした? 背後の部下2名も取ってつけたような愛想笑いをしているし、なんだ? 他に理由でもあるのか?


「それに殿下こそ、まさに神がかり的なタイミングでの再訪に驚きましたわよ」


 おっと、逆に切り返されちまった。


「まあ、ちょっと忘れ物がな……」


 俺が気まぐれにエヴァロティへトンボ返りした理由だが、『忘れ物』ということにしてある。大事な秘術(死霊術)の研究ノートを、エヴァロティ王城の私室に置き忘れてしまった、というカバーストーリー。いつでもこの理由が使えるように、私室の棚に1冊、それらしいノートを用意しておいたのだ。


 それを取りに戻ったら、たまたま緊急性の高い事態に遭遇した、と。まあ多少強引ではあるが、充分に誤魔化しは効くはずだ――初回なら。


「よし! 今回は特別にお前たちの働きに免じて、褒美をやろう。何がいい?」


 俺は話を切り上げて、ほとんど答えのわかりきっている問いを放った。


「そっそれは……!」


 頬を上気させたヤヴカが、期待感に溢れた目で俺を見つめてくる。


「叶うことなら、殿下の血を賜りたく……!!」


 ハァッ、ハァッと息を荒げ、顔をとろけさせながら。



 ――ちなみに、背後の部下、痩せぎすとぽっちゃり系なオッサン2名も同じ状態だ。



「よかろう……」



 というわけで、俺は盃1杯ずつ、強めに魔力を込めた血をくれてやった。



「「「んほおぉぁぁぁァァァ――ッ!!」」」



 1滴たりともこぼさぬよう、血眼になりながらビクンビクン痙攣するという地味に器用なことをする吸血鬼3名。こんなことで死ぬほど喜んでくれるんだから安いもんだよ。これからも自治区のために頑張ってくれ。



 さて、『用事』も済んだし魔王城に戻ってもいいんだが、レイラに無理をさせてしまったから1日2日は休んで帰るか。日刊エヴァロティで素早く有用な情報を伝えてくれたクレアにも、改めて礼を言いたいし――




          †††




 こうして、マンティコア襲撃事件は、呆気なく幕を下ろした。



 しかし、どんな理由付けをしようとも、遠く離れた自治区の変事にジルバギアスが即応した、という事実は変わらず。



 その他、普通なら見過ごすような奇妙な符合にも――気づいてしまう者は、ひとりやふたりはいるのだ。



 ――とりわけ、ジルバギアスの言動を、偏執的なまでに注視していたならば。


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