129.魔族の流儀


 どうも、挨拶に来るやつが多すぎてダレてきたジルバギアスです。


 いい加減もう名前覚えられねえよ……前の前の前の奴なんて名前だったっけ?


 なあ、アンテ。


『我が覚えとると思うか?』


 いや、ちっとも。むしろ覚えてたら、コレが夢であることを疑うところだった。


『そこまで言われると腹立つのぅ』


 いでェ!! カジュアルに目を突いてくるんじゃねえ……!!



 ……などと、密かにアンテと心温まる交流をしていると。



 その男は現れた。



 アッシュグレーの長髪を、キザにたなびかせた若い魔族。人族でいうなら30手前ってトコだが、正直このくらいになってくると、魔族の歳は外見じゃわからねえ。


 こいつら、20~30代くらいの肉体で100年以上過ごすからな……。


 わかるとしたら、表情か。


 このガツガツとした感じは、まだ100歳いってねえ雰囲気だ。俺の隣、次期族長ジークヴァルトみたいな『落ち着き』がない。


「ごきげんよう、ジルバギアス殿下」


 片手にワインをなみなみと注いだ盃を持ったまま、そいつは言った。


 ――ジークヴァルトは泰然としているが、俺のもうひとりのお隣さんこと、エイジヴァルトくんがピリッとした空気を放った。


 仲がよろしくないのかな? ……まあわざわざ言及しないけど。


 俺は目線で、長髪の男に続きを促す。まだ口を開けない。相手の名前と階級を聞いてないからな。


「……ゲルマディオスと申します、階級は伯爵」


 ほんの少しだけ目を細めて、俺を見下ろしながら名乗る男――ゲルマディオス。


『ディオス』か。聞き覚えがあるな。


 レイジュ族が初代魔王を治療しきれなかった責任を負って、族長の座から身を引いた一家だ。当時の族長が魔王崩御と同時に自刃し、他の魔族どもの言いがかりを身を挺して封じたらしい。


 元族長の血筋だけあって優れた転置呪の使い手が多く、ある意味では、レイジュ族全体が大恩ある一家とも言えるので、なかなか扱いに困る厄介な連中だ、とプラティが言っていた。


 現族長一家と、その血縁たる俺には内心複雑だろうな。それにしてもコイツもイヤな目をしてやがる……


 とはいえ、相手が名乗ったからには無視するわけにもいかず。


「よろしく、ゲルマディオス殿」


 俺は無難に返した。


「殿下のお噂はかねがね……」


 どこか慇懃無礼に目礼しながら、薄く笑うゲルマディオス。


「ほう? どのような噂を?」


 あまり興味はないが聞いておく。


「それはもう。比類なき武威をことあるごとに見せつけておられ、非常に誉れ高いと専らの評判で……」


 すぐに手を出す乱暴者で、プライドがめちゃくちゃ高いってか?


『当たらずといえでも遠からずじゃな』


 フン、まあナメられなきゃ何でもいいんだよ。……だが、レイジュ領では、噂程度じゃ魔除けにもならんと見える。


「殿下は、なんでも独力で白竜の長を倒されたとか?」


 ずい、と身を乗り出して、いかにも興味津々なふうを装って尋ねてくるゲルマディオス――こいつも俺のことナメてそうだな、態度に透けて見えるわ。


 チラッとその背後を見たが、挨拶待ちの列もだいぶん消化したみたいだ。ってか、今気づいたけどコイツ、堂々と先に割り込んできやがったな。それをしても許される程度には力があるってワケだ……


 むぅ、無下にするわけにもいかんな、ちっとくらい相手してやるか。


「ああ、あれには手を焼かされたな。とはいえ俺も、好き好んでひとりで倒したわけではないが――」


 俺は、『僅かな供回りとともに狩りに出かけたら、廃城に人化して潜んでいた竜に出会い頭にブレスを浴びせかけられて~』という事情を、かいつまんで話した。


 ゲルマディオスは要所要所で、「おお!」「ほほう!」などとわざとらしく感嘆の声を上げて聞いていた。お互いに貼り付けたような薄ら笑いで、まるで下手な茶番劇でも繰り広げてるみたいだ――


「なるほど! 風の噂で聞いてはおりましたが、そのような流れであったと。私も、腕には自信がありますが、白竜の長ともなれば苦戦いたしましょう」


 さり気なく自信アピールしてくるじゃねえか。


「その御歳で、独力で窮地を切り抜けられるとは感嘆の至り。殿下は、英雄であられますなぁ、はっはっは――」


 ヨイショしながら、何がおかしいのか大笑いするゲルマディオス。


 白々しい。さて、何がコイツの目的だ――?


 と考えた矢先。




 ゲルマディオスの盃を握る手が、フッとぶれた。




 なみなみと注がれていたワインが――あふれだす。


 そしてそのまま、きれいな放物線を描き――


 バシャッと、俺の顔に降り注いだ。


「…………」


 は?




          †††



 顔からワインをポタポタとこぼすジルバギアス。


「なっ」


 その両隣のジークヴァルトとエイジヴァルトは思わずギョッとした。


 子どもとはいえ王族相手に、あまりに無礼。身内の宴ゆえに、これが事故ならまだ許されようが――


「おおっと! 何たる失態! 大変なご無礼をば……!!」


 芝居がかった仕草で頭を下げ、非礼を詫びる下手人ゲルマディオスは。



 



「殿下の武勇を讃えんとするばかりに手元が狂ってしまいました。お許しください。この手で清めさせていただきます」


 呆気に取られる周囲をよそに、すぐさまハンカチを取り出して、フキフキとジルバギアスの顔を拭き清めるゲルマディオス。


 その姿は、まるで稚児の世話を焼くようでもあり――あたかも周囲にそれを見せつけるようでもあった。


 ジルバギアスは完全な無表情で、その手を拒みもせずされるがまま。本人が何も言わないので、ジークヴァルトも迂闊に声をかけられない。


「……はい、きれいになりました」


 当人が無反応なのをいいことに、ゲルマディオスはいけしゃあしゃあと。


「このゲルマディオス、痛恨の極みにございます。手元が狂った瞬間、何かの間違いであってほしいと神々に祈った次第で……いやしかし、白竜を独力で狩られるほどの猛者であれば、避けていただけるやもという考えも頭をよぎりましたが――おっと、これは詮無きことにございました。お忘れください」


 周囲に聞かせるように朗々とした声で。


「仮に私がナイフを持った不届き者であれば、殿下のお命が危のうございましたな。いかがでしょう。お詫びと言ってはなんではありますが、私も武技には一家言ございまして。殿下に体捌き等をご享受いたしましょうか?」


 ――本当にひとりで竜を狩ったのか? それにしちゃ体の動きが鈍いじゃないか。俺が武技を教えてやろうか?


「貴様……!」


 これには思わず、ジークヴァルトも口を挟まずにはいられなかった。あまりに慇懃無礼がすぎる! プラティフィアから話を聞く限り、ジルバギアスはただの子どもではない。


 激昂したら何が起きるかわからない――!


「――なるほど」


 が、ここでようやく、ジルバギアスが反応を見せた。


 恐る恐るその様子をうかがって――ジークヴァルトは驚愕する。




 ジルバギアスが、清々しい笑みを浮かべていた。




「ゲルマディオス殿の言にも一理あるな」


 その飄々とした態度に、周囲も、当のゲルマディオスさえも怪訝な顔をする。


「いや、俺も油断していたようだ。母方一族の宴に、よもやそのような不届き者が現れるはずもないと、無意識で思い込んでいた。ご教授痛み要る、ゲルマディオス殿」


 どころか、丁寧に礼さえ言ってのける。あまりにもにこやかな様子に、拍子抜けして鼻白むゲルマディオス。



「代わりと言ってはなんだが――」



 そこで、笑みを濃くしてジルバギアスが再び口を開く。



「俺もひとつ、魔王城で学んだことをけいにお教えしようか」



 と同時、バァンッとけたたましい音が響いた。



「――うおっ!?」



 ゲルマディオスは仰け反る。眼前に『壁』が迫ってきた。


 

 ……いや違う、ジルバギアスがテーブルを蹴り上げたのだ!



 咄嗟に腕で防ぐ、乗っていた皿類が床に脱落しガシャンガシャンと割れ砕ける――



「――不届き者の末路ってやつをな」



 低い声。




 ぞっ、と全身に怖気が走った。




 テーブルの向こう側で。




 王子の存在感が。




 魔力が。




「【我が名はジルバギアス=レイジュ】」




 ――膨れ上がる。




「【魔王国が第7魔王子なり!!】」




 ドガァンッ、と先ほどとは比にならない轟音が響き渡る。




 ゲルマディオスの眼前で、テーブルが砕け散り、




 それを突き破ったジルバギアスの拳が、




 全く勢いを減じることなく、




 ――顔面にめり込んだ。






――――――――――――

Q.【名乗り】の強化ってどれくらいヤバい?


A.魔力を身長・体重と考えるとわかりやすい


 5歳にして身長150cmくらいの少年がいたとして、「年齢考えたら大したもんだけど、まだまだ力で抑え込めるな」と甘く見てたら、そいつがいきなり180cmくらいの重量級レスラーに変身して殴りかかってきた

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る