128.気に食わない


「――ねえ」


 ルミアフィアは、やおらゲルマディオスに向き直った。 


「えっ? うん、なんだい?」


 いつもは何を話しかけても右から左なルミアフィアが、思わぬ反応を見せて、ゲルマディオスは面食らったようだ。


「あの王子様のこと、アンタはどう思う?」


 それに構わず、問いかける。


「……そう、だね」


 ルミアフィアの言葉に誘われるようにして、窓から宴会場のジルバギアスを見やるゲルマディオス――その薄ら笑いはどこか寒々しく、王子を心から歓迎しているようには、とても見えなかった。


(ま、アンタが気に入るわけないもんね)


 ルミアフィアはほくそ笑んだ。自信家で、プライドが高く、それでいて自らの現状に決して満足していないこの男が――自分を差し置いてチヤホヤされている王子を、羨まないはずがない。


 ゲルマディオスは伯爵だが、このところは思うように戦功が積めず、苛立っているらしい。魔王国で希少な癒者ヒーラーとして、レイジュ族は後方支援に回されがちだ。治療するだけでも男爵くらいまでは順当に出世できるが、そこから先は伸び悩む。


 治療の重要性は認識されているが、やはり魔族の序列は強さあってのもの、という考え方が根強いのだ。前線で己の実力を、強さを証明できなければ、それ以上の出世は難しい……


 そしてここ数十年、魔族の人口は増加傾向にあり、魔王軍の侵攻が非常に遅いことも相まって参戦枠の奪い合いが起きている。


 前線で戦功を挙げようにも、そもそも戦に参加できない、なんてことがザラにあるのだ。


 なのに――あの王子様は来年、王都攻めで初陣を飾ることが確定しているという。


 ゲルマディオスのようなからすれば、面白くなかろう。栄達の機会が自分たちの頭越しに、何の苦労もなく与えられようとしているのだから。


 ――ただでさえあの若さで、『独力でホワイトドラゴンの族長を討伐した』という、従騎士から子爵まで出世しているというのに。


「……色々と噂は聞いたよ。やれ族長クラスのドラゴンをひとりで討伐しただとか、やれ素手の喧嘩で子爵の角を叩き折っただとか?」


 おどけてお手上げのポーズを取りながら、ゲルマディオスはまるで冗談でも言っているような口ぶりだった。


「……ホントだと思う? 実物を見てみて、さ」


 クイとジルバギアスを顎でしゃくってみせながら、ルミアフィア。……彼女自身、ジルバギアス本人と会ってみて、その噂話は眉唾だと思っていた。


 ある程度、事実なのかも知れないが――甚だ誇張されているのではないか、と。


 たしかにジルバギアスは、年齢の割に魔力が強い。


 敬愛すべき兄と同格で、ルミアフィアを軽く超えている。


 だが――だからといって、独力でドラゴンの族長を倒したり、角をへし折ったりできるほどか、と問われると――


「……疑問、だね」


 ゲルマディオスは少しおどけて眉をクイッと吊り上げてみせた。


「オルギ族の血を継いでるから、【名乗り】で多少は強化するんだろうけど……まだ子どもだし、そこまでの傑物には見えないね」


 半笑いで、しかし冷ややかに、ジルバギアスをめつけるようなゲルマディオス。


「まあ、彼にも立場というものがあるし? 箔付けしようとしてるんじゃないかな」

「ふーん。アンタも、そう思ってるんだ」


 忌々しいことに、この男と初めて意見が一致した瞬間でもあった。


「……あの王子様、ちょっと調子に乗りすぎてるんじゃないかと思うの」


 自分の足の爪先を眺めながら、ルミアフィアは独り言のように。


「ママと一緒に里帰りできて、気が大きくなってるんでしょうけど、ずいぶん偉そうじゃない?」

「……そうだね、私もそれは感じているよ。王子という地位は決して軽くはないが」


 ジルバギアスを眺めるゲルマディオスの作り笑いに、少しばかりヒビが入ったように見えた。


「――それにしても、に対する敬意に、いささか欠けているんじゃないかとは思えるね。きっと他のみなも、内心そう感じてるんじゃないかな?」

「ふぅん」


 その表情を観察して、ルミアフィアは(これならイケそう)と踏んだ。


「……アンタが、さ。あの王子様に一泡吹かせてやったら、」


 死んだつもりで、意味深な流し目を、眼前の男に送ってみた。


「あたし、アンタのことちょっとは見直すかも」

「ほほう」


 まるで、目の前に肉の塊をぶら下げられた獣のように。


 ゲルマディオスは身を乗り出す。


「……いいね。いや、私も、彼の態度は鼻につくと考えていたんだ」


 真面目くさった顔で、まるで最初からそう思っていたとでも言わんばかりに。


 男は、餌に食いついた。


「あの世間知らずの王子様に――この私が、魔族社会の厳しさを教えてあげようじゃないか。……責任ある大人として、ね」


 芝居がかった仕草で、ファサッとアッシュグレーの長髪をかき上げ。


 ぱちんとキザにウィンクしたゲルマディオスは(吐き気を催す)、「そこで楽しみに見ていておくれよ」と言い残し、軽やかな足取りで去っていった。


 その後ろ姿が十分に遠ざかってから、フンと鼻で笑ったルミアフィアは、再び木の幹に身を預ける。


(馬っ鹿みたい)


 だけども、いい気味だとも思う。


 せいぜい高みの見物を決め込むとしよう――あの男が痛い目を見ようが、あの王子様が顔を潰されようが。




 どう転んでも痛快だ、と思っていた。




 思っていたのだ。




 このときまでは、まだ。

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