202.嵐のような
バァーンッとスタイリッシュなポーズをキメているダイアギアス。
幸い下半身はぴったりとした革ズボンで覆われており、隠さなきゃいけないところはしっかり隠してある。
が、上半身は、牙や角の装飾でトゲトゲしくなったベルトに締め付けられてはいるものの、色々とスッカスカ。でありながら、首元や肩には
なんというか……野蛮さをより洗練させたような形だ。
野蛮さをより洗練。
自分でも何を言っているのかよくわからないが、そうとしか言いようがない!
「はぁい♡ こんばんは、殿下♡」
そしてその背後から、黒髪の清楚美人がひょっこり顔を出す。ダイアギアスと契約している色欲の悪魔、リビディネだ――
「ひぇ……!」
が、彼女の服装に、レイラが上擦った声を上げ。
『おほーぅ!!!』
アンテが鼻息も荒く奇声を発し。
『これのどこが清楚じゃーッ!?』
バルバラが吠えた。
すまん。訂正するわ。リビディネもとんでもねぇ格好だった。
ダイアギアスと同じような、やたらトゲトゲした革ベルトの集合体を身にまとっている。かろうじて……かろうじて、隠すべき場所はちゃんと隠れているが、肉付きのいい彼女の肢体が絞り出されるように強調されており、なんというか、凄い。
「どうだい。似合うかな」
「できたてなんですよぉ♡」
クルッとその場で回って、ファサァと髪をかきあげるダイアギアスに、ねっとりとした扇情的な仕草で絡みつくリビディネ。
「そう……ッスね。似合ってますね」
似合うか似合わないかの二択なら似合ってる。それは間違いない。
『何、この……何?』
バルバラも困惑していた。奇遇だな、俺もだよ。
「それは……クセモーヌの」
「そう。彼女の新作さ」
首元の
「先日、ふと思いついてね。そろそろ暖かくなってきたし……普段着にしてもいいんじゃないか、って」
…………?
『なんでそうなるの……?』
俺が咄嗟に言語化できなかった疑問を、バルバラが言ってくれた。
「しかし、裸祭りでもあるまいし、いつものやつみたいに局部が丸出しなのはいかがなものか、という意見もあって、こういう形に落ち着いたよ」
よかった。誰が意見したかは知らんが、よくやった。
「それで、その……スタイルですか……」
まあ……趣味嗜好はヒトそれぞれだから……俺はとやかく言わないが……
『っていうかアンタは口出しする権利ないでしょ。レイラちゃんに着せてんのに』
ぐうの音も出ない。すまん。
「いやぁ、想像以上に素晴らしい出来上がりだ」
凹む俺をよそに、シュッと引き絞られた筋肉を強調するような様々なポーズを取りながら、ダイアギアスはご満悦だった。
「クセモーヌ女史の手により、温度調整の
冬もコレで出歩くつもりかよ……
「……でも、この『ボン=デージ・スタイル』について、きみにはひとつ謝らなければならないことがあるんだ、ジルバギアス」
と、不意に、ダイアギアスが神妙な顔になった。
なんだよ、謝らなきゃいけないことって!? 不安にしかならないんだが!?
「というか、『ボン=デージ・スタイル』とは……?」
「クセモーヌ=ボン=デージ女史に敬意を表しての呼び名だろう?」
……いや、『なぜ今さらそんな当然のことを聞くんだ?』みたいな顔で小首をかしげられても……。アイツのフルネームそんなのだったんだ……。
「あ、ああ。なるほど。それで……?」
「うん。ボン=デージ・スタイルは、僕が知り合いにもオススメしたから、実は魔王城の若者の間でかなり好評を博しているんだけど」
「は、はぁ……」
「僕が積極的に薦めたせいか、僕が元祖だと思われているみたいなんだ……!」
クッ、と口惜しげに表情を歪め、拳を握りしめるダイアギアス。
「もともとは、きみが始めたことだというのに……僕が手柄を奪ってしまうような形になって、すまない」
「えぇ……」
どんどん奪ってもらって構わないんスけど……
手柄っていうより恥だから……
「だから、勘違いしている者を見かけたら、きみこそが元祖だと訂正して回っているんだけどね。一度広まった誤解が、なかなか解けなくて」
やめろよ!? 恥の再生産は!!
「いえいえいえ全っ然構わないですよ兄上!」
あまりのことに現実逃避じみて茫然としていた俺は、ハッと我に返りダイアギアスを止めた。
「確かに、初めてこのスタイルをレイラに着せたのは俺ですが、その――」
こっから、どう言えってんだ!?
「――逆に、俺はそこから発展させることができませんでした。むしろ俺をきっかけに興味を持ち、自ら色々と試行錯誤され、ひとつの流行となるまで昇華させたのは、他でもない、兄上じゃないですか!」
グッと拳を握り、俺はダイアギアスにうなずきかける。
「だから、これは間違いなく兄上の功績。兄上が元祖と言っても過言ではありませんよ……!!」
頼む……ッ!
そういうことに……してくれ……ッッ!!
「ジルバギアス……」
フッと笑ったダイアギアスは、ぽんと俺の肩を叩いた。
「きみは……いいやつだな」
何が!?
「手柄と名誉を他者に譲るなんて、魔族らしくもないけど……僕個人としては、きみの姿勢を好ましく思うよ」
いや手柄と名誉っていうか恥……
ただでさえ戦功で注目を集めているのに、これ以上、変な目立ち方したくないだけなんだよなぁ。
「わかった。きみの心意気を汲んで、次から勘違いした者を見かけても、言うに任せよう。悪いね、ジルバギアス」
「いえ……構いません。本当に、兄上の功績なんで……マジで……」
「ありがとう。ところでジルバギアスも、クセモーヌ女史に何か注文を?」
「いえ、俺は別件です」
「そうか、まあ戦場帰りだしね。そういえばかなりの活躍だったと聞くよ、戦勝おめでとう。魔力も育ってるみたいだし、僕も負けてられないなぁ」
じゃあね、と手を挙げて、ダイアギアスは去っていった。左腕にしがみつき、脚に悪魔の尻尾を絡みつかせてくるリビディネとともに、仲睦まじく。
いや戦勝の扱い軽ッ!!
『あれが噂の『色情狂』ダイアギアス……その名に恥じぬイカれっぷりね……』
バルバラも茫然としていた……いや、でも、そうだよな……あんなのでも、戦場では同盟に恐れられている魔王国の公爵なんだ……。
「お待たせしました、殿下」
と、嵐のような邂逅が終わったところで、見計らったようにやってくるフィセロ。
「あ、ああ。久しぶり……」
「無事、お戻りになられたようで。今日は鎧の手入れですかな?」
「いや、別件だが、一応鎧も持ってきたぞ」
レイラがカバンから、よいしょと折りたたまれた【シンディカイオス】を引っ張り出す。父が素材にされた鎧を娘が取り出すという光景にフィセロが遠い目をしたが、何も言わなかった。
『アンタ、男のくせに女の子に荷物持たせて恥ずかしくないの?』
しかし、それをよそにバルバラが痛恨の一撃を放つ。
気にしてること言わないで……俺は王子、レイラは身分的には側仕えだから、どうしてもこういう形になっちゃうんだよ……。
『かーっそんなくだらない価値観に、アンタまで縛られててどうすんの!? どうせ魔王城もいつかブチ壊すんだから、どうだっていいじゃない!』
ハイ、仰るとおりです。帰りは自分で持ちます……。
「……問題ないようですな」
シンディカイオスをチェックして、真顔でうなずくフィセロ。
変わらぬ白銀の輝きで一目瞭然だが、俺が、戦場では間違いなく、ドワーフたちを手にかけていないと、再確認したのだろう。
「……その鎧はとても役に立ったが」
俺は慎重に口を開いた。
「ドワーフたちに鉢合わせたとき、しつこく製作者を尋ねられてかなわなかった」
その言葉に、フィセロだけでなく、周囲のドワーフたちまでピクッと反応した。
「……いかがされたのです?」
「お前の不名誉になるかもしれない、と思って答えるのを躊躇していたら、『直接検めた方が早い』と首を獲られそうになってな……」
俺は苦笑する。
――殿下、そんときゃ俺たちに任せてくださいよ!
……そうだな。そうできれば、よかったんだがな。
「どうしようもないから、尻尾巻いて逃げたさ」
俺がおどけて肩をすくめてみせると、フィセロは軽く目を瞠ってから、瞑目した。
「そうですか。殿下が誓いを守ってくださったこと、改めてお礼申し上げます」
「うむ。……仮に、ドワーフ鍛冶戦士団と出くわしたら、どうすればいい? お前の名を出してもいいのか?」
「……お気遣いいただきありがとうございます。恐縮ですが、ワシのことは気にせずに、連中の興味を満たしてくださったら幸いです」
告げてよかったのか。やはり、故郷の家族に生存を伝えられるからだろうか。
「わかった。……そういうことがあれば、フィセロは無事、元気にしていると伝えることにするよ」
「かたじけない」
頭を下げるフィセロ。
「ところで、本題なんだが……剣を一振り打って欲しいんだ」
「剣、にございますか」
はて? と俺の腰の【アダマス】に目をやりながら不思議そうなフィセロ。
「この娘の護身用のレイピアだ。可能な限りの業物を贈りたくてな」
「ああ、左様で……」
が、はにかむように笑うレイラに、すぐに納得した。どうにか真顔を維持しているが、「プレゼントかよ……」と微妙に呆れた雰囲気も漂わせている。
「……わかりました。他ならぬ殿下の依頼とあれば喜んでお受けしましょう。何か、ご要望はおありで?」
要望だってよ、バルバラ。
『ええっとねェ! 握りは15
怒涛のバルバラの指示に従い、紙にリクエストを書き出していく俺。見守っていたフィセロが(やけに具体的だな……)と不可解そうに紙とレイラを見比べていた。
「それと、最後に素材についてなんだが」
ようやく、バルバラの『アタシがかんがえたさいきょうのレイピア』仕様書を書き出してから、俺は懐に手を入れ、小さな巾着袋を取り出す。
「これを装飾なり、柄の芯なりに使ってほしい」
「これは?」
「戦場で出くわした剣聖の遺骨だ。俺の首を半ばまで切り裂いてきた強者だよ」
『ふふん……!』
得意げなバルバラ。フィセロは手渡された巾着袋に目を白黒させている。
「戦いぶりに敬意を表し、そいつが使っていたレイピアに仕立てようと思ってな」
俺がストロング蛮族スタイル理論を出すと、フィセロが「コイツマジかよ」という顔をした。
そして、「お嬢ちゃんコイツヤベーやつだぞ」とでも言いたげにレイラを見やったが、当のレイラは「?」とにこにこしている。
レイラ本人はバルバラと面識があるから、「バルバラさん、念願のドワーフ製の剣が手に入ってよかったですね!」状態なのだが、フィセロからすれば、父親の鱗鎧にも顔色ひとつ変えず、俺が殺した剣聖の遺骨配合の剣を贈られそうになってるのに、ただ微笑んでるヤベーやつだ。
「…………」
スンッと遠い目をしたフィセロは、「わかりました」とうなずき了承した。
できる男は、多くを語らない……!!
そうして、納品の日程や、対価の治療の段取りなどを決めてから、俺たちは工房を辞した。
『うほほほーーーい!! やったやった、ドワーフ製の武具ゥ!! 夢にまで見た、ドワーフ製♪』
俺が抱えたカバンの中で、バルバラがめちゃくちゃ嬉しそうにはしゃいでいた。
……彼女がこんなにも純粋に、子供のようにはしゃげたのは、いったい何年ぶりなんだろうな、などと考えてしまうと――俺は、涙を禁じ得なかった。
――――――――――――
※ダイアギアスの格好、作者のイメージとしてはちょっとセクシーな北斗◯拳のヒャッハースタイルです。
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