201.増す存在感


 ――凱旋したあとは、目が回るような忙しさだった。


 正装の貴族服に着替え、謁見の間で再び魔王と対面。


 即、伯爵に叙された。プラティの得意げな顔。そして、魔王城関係者たち――他の魔王子やその母親たちの、空々しい祝福の声が印象に残っている。


 あとからプラティに聞いたが、少し時間を置いて俺は侯爵になるらしい。魔力的にも戦功的にも充分。魔力だけなら公爵でもいいくらいなんだが、流石に2階級すっ飛ばすのは難しかったそうだ。



 ――戦死したわけでもないから。



 そのあとは、挨拶回り。アイオギアス、ルビーフィアのふたりともそれぞれ言葉をかわした。


「本当にジルバギアス、なのだろうな? まさか、何者かが化けているということはあるまい?」


 愛想の良い笑み、それでいてどこか冷ややかな眼差しで話しかけてきたのは、第1魔王子アイオギアス。


「おっと、気分を害したならすまない。信じられないほどに、短期間でお前が強くなっていたということだ――最大級の賛辞と思ってくれ」


 どこかひねくれた調子で俺を称賛するアイオギアスだったが――俺としては、その背後、黙って見守っていた母・ラズリエルの眼差しがヒエッヒエで可笑しかった。


 ホント、笑えるぜ。


 相対して実感したが、俺の魔力はもはやラズリエルと並ぶか、越えていた。コイツの存在に――魔王の妻になるほどの上位魔族を、たった5,6歳のガキが追い越そうってんだから、そりゃ周りも変な顔するわな。



「あんたが素晴らしい才能の持ち主なのは、もはや疑う余地がないわね」


 偉そうに腕組みしてふんぞり返りながら、俺に値踏みするような目を向けてきたのは第2魔王子ルビーフィア。


「たった1回の出征でそれほどの力を得るなんて、どんな悪魔と契約したのか想像もつかないわ。驚異的にして、脅威的ね」


 そうは言いつつも、不敵な笑みは崩さない。燃えるような赤髪の女傑は、俺の顔を覗き込んできた。


「――あたしの配下になれば、あんたにもっと槍働きの機会を与えられる。一緒に、もっと高みを目指さない?」


 ……アイオギアスもそうだったが。


 ルビーフィアは『大公』――魔王国において最高爵位の持ち主だ。言い換えれば、『大公』以上の階級は『魔王』しか存在せず、同じ大公でも、そこから魔力を鍛え続けられるか否かで、どんどん差が開いていく。


 こいつら……マジで強い。


 大公ルビーフィアと、大公妃プラティフィアでは、明らかに格が違う。魔力の密度が凄まじい。これが【名乗り】でさらに強化されるんだから、アイオギアスとルビーフィアが次なる魔王筆頭とされるのも頷ける。



 だからこそ――その両雄が、俺の動向を注視していた。



 アイオギアスは遠回しに、ルビーフィアは直接的に、自らの派閥に俺を引き込もうとしていた。――たぶん、ふたりとも、俺が第三極になろうとしていることに、薄々勘づいてはいるんだろう。


 が、万が一、相手の派閥に引っこ抜かれたらパワーバランスが一気に崩れてしまうので、放置もできないという感じだ。ご苦労なこった。


 向こうからしたら、面倒な存在だろうな、俺は。


 ……この勧誘も、あるいは、『とっとと旗色を明確にしろよ、そっちの方が割り切れてやりやすいから』という圧力なのかもしれない。


 ふたりとも、明確に、威圧的な魔力をみなぎらせていた。


 まあ、俺もそれくらいの圧は、涼しい顔で受け流せるようになったわけだが。


「けっこうなお話ですね。ダイア兄様もそう言って勧誘されたので?」


 割と勧誘がしつこかったルビーフィアにそう返すと、彼女はそれまでの強気な態度もどこへやら、痛いところを突かれたかのように「ウッ!」という顔をした。


「……そういうわけじゃないけど。アイツは何も言わなくてもついてくるし……」


 勢いを失ったルビーフィアは、そのままなんかゲッソリして去っていった。色情狂の弟に貞操を狙われるってどんな気分なんだろうな。想像したくもねえわ……




 次に、夜エルフたちが俺を訪ねてきた。


「想像の上をいかれる早いご帰還、および戦勝お慶び申し上げます」


 慇懃に頭を下げてきたのは、夜エルフ魔王城コミュニティの影の支配人こと、シダールだ。


 俺の手下が全滅したことを受けて、これまで顔を合わせた連中は奥歯に物が挟まったような言い方しかしてこなかったから、ストレートな祝福が逆に新鮮だった。


 ……あるいはヴィーネあたりからの報告で、俺がそこまで凹んでないことを知らされていたのかもな。


「ありがとう。戦場でも、後方でも、夜エルフのみなは実に貢献してくれた。王子としても個人としても感謝している」


 鷹揚にそう返したが、俺もシダールも笑みを貼り付けたまま、しばし沈黙した。


「……今回、負傷者は少なかったようだな」

「はい」


 俺の言葉に、しんみりとうなずくシダール。


 レイジュ族が主体の軍団だったため、怪我人は驚くほど少なかった。すべて現場で治療されたからだ。


 普段は、治療枠だ何だで転置呪を出し惜しみしているレイジュ族だが、戦場では話が別。転置呪の『対象』は山ほどいるし、戦闘中なら、味方の怪我を『押し付ける』だけで強力な攻撃魔法と化す。



 ――魔族が蛮族でよかった、としみじみ思う。



 これが夜エルフみたいな、嗜虐性と合理性を兼ね備えた種族だったら。


 四肢を落とした瀕死の人間を背負いながら戦っていたかもしれない。必要に応じて欠損を押し付け、背中の人間に手足が生えてきたらまた切り落とす。


 そのうち、失血のショックで死ぬかもしれないが、そうしたらまた別の人なり獣人なりを補充すればいいだけ――


 しかし、実際にそんなことをやったら、内外から「惰弱!」の罵倒の嵐でとんでもないことになるだろう。追い詰められたらやりかねないが、組織的に、表立ってやることだけは絶対にない。


 ホントに助かった。魔族が脳みそまで筋肉でできたような連中で。


 何はともあれ、おかげで今回は、俺も夜エルフ猟兵の治療をせずに済んだ。


「……この度の戦場は、強敵が多かったと聞き及びました」


 シダールが神妙な顔で話を続ける。


「なんでも、草食みどもが、かなりの戦力を割いていたとのことで」

「ああ。聖大樹の結界は厄介だったな」


 俺はもっともらしくうなずいてみせる。


「殿下も、敵の精鋭部隊と当たられたとのこと――家来の御方々には、お悔やみ申し上げます」


 ……なるほど、ここで触れてきたか。腫れ物に触るような態度より、こっちの方が潔くて俺好みだな、それをわかった上での行動だろうが。


「うむ。……そしてお前たちにとっても、かなり厳しい戦場だったようだな」

「……はい。私の親族も、残念ながら幾名か、帰らぬ者となりました」



 そう。エヴァロティ攻略戦では、負傷者こそ少なかったが。



 



 特に、魔族と夜エルフの損害は特筆に値するもので――もしもレイジュ族が王都を異例の早さで陥落させていなければ、今ごろ、他の部族から嘲笑が浴びせられていたことだろう。


「しかし、殿下がご無事に戻ってこられ、なおかつ多大なる戦果をあげられたこと、改めて心よりお慶び申し上げます」


 シダールは胸に手を当てて、真剣な眼差しを向けてきた。


「殿下は、我ら一族の希望です。殿下のお心遣いにより、これまでいくつの命が救われたことか――! 我ら、殿下への忠誠を改めて誓うとともに、殿下のますますのご活躍を、心より祈願しております」



 ――こいつは、知らない。



 戦場で散った夜エルフの何割かが。



 



 俺の胸のうち、仄暗い感情が広がっていく――



「ありがとう、シダール」


 しかし俺はそれをおくびにも出さず、王子らしい傲岸な笑みを浮かべて、ただ感謝を述べた。


「お前たちの忠誠を、嬉しく思うぞ。これからもよろしく頼む」


 だが、復讐ってのはこういうことだ。


 あの日、リリアナを助け出したあのとき、


 ――だから、仕方ないよな?


「はっ!」


 芝居がかった仕草でひざまずき、一礼するシダール。



 この瞬間、コイツは名役者というより、世界で一番の道化だった。




          †††




 シダールと挨拶したあとは、エンマも訪ねたんだが、これについては省略する。


 なぜかって? 「ジルくぅぅぅん会いたかったよぉぉん!!」とか勢いよく抱きつかれて、衝撃で息は詰まるわ、抱きしめられてアバラ骨がイキそうになるわ、散々な目に遭ったからだよ。


 怒ったフリして、さっさと退散できたのは良かった。


 たぶん、そのうち泣きながら(瞳に涙を流す機能を追加して)謝りに来るだろうから、そのときは優しくしてやろう。


 そうすりゃアンデッド作成の応用編もホイホイ教えてくれると思う。



 挨拶を終えてからは、プラティとふたりで食事を摂った。



 戦場の話をアレコレと聞かれた。正直、食欲は減退しそうだったが、それを補ってあまりあるほどの美食が供されて、かなり楽しめた。


 ちゃんと食べ物の味がわかるってのは、いいことだ。精神状態の物差しにもなる。


 ただ、部屋に置いていたバルバラの兜から、『ハァーッ!? 魔族こんないいもん食ってんのかよマジでふざけんじゃないよ!!』とブチギレ思念が聞こえてきて、なんというか。


 すまん。


「近日中に侯爵に叙されるはずよ。本当は公爵でもいいとは思うのだけど」


 優雅に、ぶどう酒のグラスを口元に運びながらプラティ。テーブルキャンドルの明かりに照らされた横顔は、ゾッとするほどに美しく、それでいて慈愛に満ちている。


「まあ、年齢を考えれば充分でしょう」


 俺も、ぶどうジュースの盃を傾けながらそう答えた。……戦場じゃ薄めたぶどう酒もガバガバ飲んでたけどな、こっちの方が美味しいからな。お子様舌なんだわ。


「あなたもそろそろ6歳ね……」


 しみじみと口にしたプラティは、俺をまじまじと見つめてから、吹き出した。


「6歳にもなってないのに侯爵。前代未聞すぎて笑えてきちゃうわ……」


 俺の年齢忘れてるんじゃないか説があったが、しっかり覚えてたのか。っていうか今さらかよ……


『6歳にもならん幼児を戦場に出すなーッ!!』


 響いてきたバルバラの正論に、俺も笑いが抑えきれず、ひとしきりプラティと一緒に笑った。


「はぁ。報奨金、叙爵祝、それから諸々の褒美もあるわ。すべてあなたの好きに使いなさい。……ただ、楽しい話ばかりではないの」


 グラスを置いて、ロウソクの光を眺めながらプラティは言った。


「……クヴィルタルたちの遺族に、上官としての追悼の言葉や、弔慰金を送る義務があなたにはあるわ」


 ズンッ、と腹の底が重くなった。


 ……ぶどうジュースを口に含む。大丈夫だ。味はする。


「多忙を極めているなら手紙でも大丈夫だけど、直属の部下であったからには、訪問した方が外聞はいいわね」

「……そう、ですね」


 避けては通れない問題だ。


 ……俺には、最後までやり遂げる義務がある。


「時期を見て、レイジュ領を訪ねます」

「それがいいわ。あなただけなら、レイラに乗ればすぐでしょうし」


 すっかりレイラの存在を受け入れちゃってて、笑うしかねえ。……ホントに、笑うしかねえよ。


「母上。今後の配下についてなんですが」

「……ええ」

「実戦で思い知りましたが、俺はやはり独りの方が楽です」


 ――プラティが表情を曇らせる。


「やはり、そうなの」

「結局、周囲の配下を巻き添えにしないよう、常に気を遣う必要がありました。剣聖の先制攻撃で彼らが壊滅して……初めて、本気を出せるようになったのです。正直なところ、彼らの存在は……」


 ――邪魔だった。


 それは嘘でもあり、本当でもある。


 俺がヤバかったとき、アルバーに助けられたのは事実だったから。


 まあ、あれも、『半分』で何とかしようとせず、アンテから『全部』預けた分を返してもらってたら、一瞬でことが済んだんだろうが。


 流石に、たった一戦で、大公級にまで成長したらおかしいからな。


 アルバーには……助けられたよ……。


「そう……」


 プラティは何か、物言いたげだったが、グラスのぶどう酒ごと飲み込んだようだ。


「まあ……あなたほどの実力者がそう言うのなら」



 ――そうして、以降、俺には配下がつけられないことになった。




          †††




 明くる日。


 俺は目下のところ最優先事項、バルバラの『本体』にするための業物の刺突剣レイピアを調達するため、ドワーフの工房へ向かった。


『いやぁ、ワクワクするねェ! ドワーフの業物なんて! まさか自分の身体になるとは思ってなかったけど!!』


 カモフラージュとして同行したレイラに、預かってもらったカバンの中、バルバラの兜もウッキウキだった。


 ちなみに建前として、レイラの護身用の剣ということで注文する予定だ。どのみち人化状態だと魔法らしい魔法を使うつもりもないし、ヴィロッサみたいな剣聖を目指すふうを装ってもいいかもな。


 レイラの人形態での運動神経はイマイチなので、周囲は曖昧な顔をするだろうが、まあ目指すのは自由だし……


「ようこそ」

「王子殿下」


 いつもように、ドワーフの守衛に工房の扉を開けてもらうと、鍛冶場の熱がブワッと吹き寄せてくる。


 相変わらずの熱気だな。まだ初春だから耐えられるけど、これ夏場はどうなっちまうんだ? 囚われのドワーフたちが、捕虜らしい悲惨さなど全く滲ませず、鍛冶仕事に精を出している。


「フィセロを呼んでくれ」

「はい、ただいま!」


 若い鍛冶師に声をかけて、工房長を呼んでもらった。


 ……そういや、ドワーフ鍛冶戦士団にフィセロの名前を出しちゃったんだよなぁ、もうひとりの俺が。


 話した方がいいんだろうか。……うーん、鍛冶戦士団の連中は仕方ないって言ってたけど、本人的には魔族のために働かされてるのは不名誉だろうし。


 でも、自分の生存を同胞たちに知らせることができた、ってわかったら喜ぶかもしれないし、判断が難しいな。


 ちょっと探りを入れてみるか……それにしても、今日はなんか、やたらとチラチラドワーフたちに見られるな……何かあったのか……?


「――やあ、ジルバギアス。おかえり」


 などと考えていると、不意に背後から声をかけられた。


 この、ちょっと気怠げでありながらもよく通る美声は――


「ああ、ダイア兄上。お久しぶりです」


 何気なく振り返る。




 ――そして俺は、頭を殴られたような衝撃を受けた。




「……兄上!?」


 驚愕。ガコン、と顎が落ちそうになる。


「ひぇ」


 レイラが妙な声を漏らし。


『ほほーぅ?』


 アンテが興味深げにうなり。


『はァ――?』


 バルバラが素っ頓狂な声を上げた。




 俺の背後で、バァーンッと謎のポーズをキメていたダイアギアスは――




「あ、兄上!? その格好は……いったい……!?」




 その鍛え上げられた肉体を半ば露出するような、バチバチの革ファッション。




 いや――明らかに、クセモーヌの手による作品を、身にまとっていた!!




 ファサッ……とキザにプラチナブロンドの髪をかきあげたダイアギアスは、一言。




「着ちゃった♡」

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