200.魔王子凱旋


 どうも、魔王城に帰還しつつあるジルバギアスです。


 ぼちぼち馬車の窓から顔を出すと、城が見えるくらいにまで近づいてきた。


 あのあと――丸1日リリアナたちとゆっくり過ごしたおかげで、心身ともにリフレッシュすることができた。特に、精神面はかなり持ち直したように思う。急ぐ必要もないので、それから馬車でのんびりと3日かけてここまで戻ってきたわけだ。


 それにしても、軽い鍛錬のみで、戦闘訓練のない日なんて数年ぶりだったな……


『お主が5歳であることを思えば、異常もいいとこじゃのぅ』


 ホントそれな。まあぼちぼち6歳になるんだけど。


 ただ、あまり戦いから離れると体が鈍りそうだったので、翌日からはヴィロッサとガチ目の訓練をして戦場勘の維持に努めた。……自我を封印していた間、つまりジルバギアスとして戦ったときの醜態も、俺はハッキリ覚えてるんだよなぁ。


 経験もない、知識もない、勘も鈍い、で危なっかしいったらありゃしなかった。体と勘だけは鈍らないよう、気をつけよう……。


『――夜エルフの剣聖って何さ!? そんなのアリなわけ!?』


 ヴィロッサといえば、バルバラが死ぬほどぶったまげていた。


 まあ、夜エルフが人化して剣を極めるとか意味不明だし、気持ちはよくわかる。


 バルバラとしては、他種族に剣を極められたことより、物の理が夜エルフ(魔力がそこそこ強い)なんかに微笑んだことの方がショックだったようだが。


『……そう凹むなよ。アイツはある種の希望でもある』


 俺はバルバラをそう慰めた。


『アイツは魔力がそこそこ強い存在でありながら、人化状態で魔法を使わないという制約を貫き、物の理に愛された。ということは、だ――』


 バルバラもアンデッド化し、魔力をまとった状態ではあるが。


 自分では魔法を使わずにいることで、剣聖の絶技を使える――かもしれない。


 エンマが長年失敗し続けているアンデッドの剣聖化だが、無理やり魂を捻じ曲げ従えているアイツと違い、バルバラは自ら協力してくれている。希望はある……!


『……だといいんだけどねぇ』


 が、当の本人はちょっと弱気だった。辛気臭い闇の魔力に魂が覆われた状態だからな、気持ちが落ち込みがちなのも無理はなかろう……すまない……。


 ちなみに現在のバルバラは、ひとまず、遺品の一角獣の兜に魂を宿した状態で過ごしている。超至近距離なら俺と思念で意思疎通が可能で、自動的に、俺の中のアンテともやり取りできるようだ。


『――そして、その生意気な魔族の角に剣槍をぴたりと当ててのぅ』

『ほうほう』

『今度また舐めた真似をしてみろ。貴様の角、へし折ってくれる。そのときは父上も俺を責めまい――などとキメ顔で言った瞬間、ポロッとそやつの角がのぅ笑 取れてしもうてのぅ笑』

『笑』

『それで動揺したアレクも、まあさきっちょだけだし……父上も責めまいなどと笑』

『爆笑』


 ……呼び出し直後はアンテを敵視してる感があったバルバラだけど、この3日で割とあっさり打ち解けちまった。俺の魔王子ライフを、暇さえあれば根掘り葉掘り聞いているようだ。


 いやでも、正直かなりうるさい……耳元で会話されてるって次元じゃねえぞ!


 アンテが俺の魂に居候し始めたときもけっこうアレだったが……まだアンテひとりだったから、黙ってる時間も長かったんだよな。


 ところが、そこにバルバラが加わると――


『あっはっはっは。そいつは傑作だねぇ!』

『じゃろー?』

『そういやその話で思い出したけど、アレクが1回、勇者の同僚と喧嘩したことがあってさ――』

『ほほー』


 やいのやいのと。


 ……とはいえ、バルバラも話している間は気が紛れるみたいだし。身動きひとつ取れない兜に封じられて、ずっと黙っとけってのも酷な話だし、俺は文句を言うことができなかった。死してなお、俺に協力してくれようという勇士に、どうしてそんなことが言えよう……


 でも……俺自身も覚えてないような、恥ずかしい若気の至りを掘り返すのはやめてくれませんかね……お願いなんで……。


 ともあれ、バルバラも兜に封じられた状態では落ち着かないようなので、早くそれらしいボディを用意してあげたいところだ。


『アンタ王子様なんでしょ!? それならドワーフ製のすっごい刺突剣レイピアをちょうだいよ! 金貨100枚くらいするやつ! そっちに宿るから!!』


 などと、バルバラは冗談めかして言っていたが、これはなかなか名案だった。


 エンマに再利用されづらいよう、バルバラをはじめ精鋭部隊のみなの遺体は、可能な限りバラしてきたが――火魔法が使えたらもっと楽だったんだが――バルバラとヘッセルのふたりは、遺骨も少し手元に置いてある。


 バルバラの遺骨を材料のひとつにしたレイピアをドワーフに打ってもらい、それをバルバラの『本体』にしてしまえばいい。


 そして、レイピアを相応のアンデッドのボディに持たせ、その間はバルバラが自身の体として操作できるようにする。


 エンマだって体を乗り換えたり、別のアンデッドへ遠隔的に指示を飛ばしたりできるんだから、理論的には可能なはずだ。


 俺は技術面で、バルバラは新感覚の身体操作で、修練は必須だろうが。


 魔王城に戻って色々片付いたら、エンマにアンデッド作成の応用編を習うとするかな……。




「――ジルバ様、おかえりなさい」


 城下町に到着し、魔王城に俺の帰還を知らせる先触れを出して、リリアナと戯れながら時間を潰していると、骸骨馬に乗ってソフィアがやってきた。


「おう、数日ぶりだな」

「……?」


 俺が軽く挨拶すると、ソフィアは小首をかしげ、俺をじっと観察する。


「……どうした?」

「いえ、ちゃんとご休養されたんだな、と。自然体に戻られているようなので」


 ――ドキッとした。ソフィアが一足先に帰ったとき、俺はまだ魔王子ジルバギアス状態だったのだ。


『自然体に戻った』ということは、以前の俺の態度が『作られたものだった』と気づいていたに等しい。


 赤ん坊の頃からの付き合いってこともあるだろうが、やっぱ油断ならねえ……!


 とりあえずバレてなくて良かった。


「まあ戦場から戻って……肩の力は抜けたかな」


 気持ちの整理がついた、ともいう。


「それに、リリアナやレイラたちとのんびりできたしな」

「わう!」


 ペロペロと俺の頬を舐めるリリアナ。ソフィアがジトッとした目になる。


「なるほど。のんびり、ねっとり、しっぽりされたワケですね」

「ああ、うん……」


 そこ、強調する必要ある?


「ところで、ご帰還に際し奥方様からひとつ提案が」


 すぐにジト目から真面目な顔に切り替えて、ソフィアは話を続けた。


「馬車で正面から凱旋されるのではなく、レイラで発着場へと舞い降り、魔王陛下と対面されてはどうか、とのことです」

「ほう?」


 ……あれだけ強硬に反対していたプラティが、自分からレイラに乗れと言い出すとはな、クセモーヌ様様さまさまだ。


 しかし、なんでまた?


「その……本来ならば、魔王子が初陣から帰還する際は、戦装束の配下たちとともに盛大に祝われながら凱旋する慣わしなのですが……」

「…………」



 俺は沈黙した。



 配下は……全滅している。



「……くぅん」



 リリアナが俺の首筋を舐めた。かつてそこに刻まれていた、聖属性の傷痕――



 大丈夫だ。息苦しさに似た感覚はあるが。



 あいつらの声は、もう、聞こえない。



「……ジルバ様がおひとりで、というのは、その」

「格好がつかない、というわけだ。それで飛竜か」


 言いにくそうなソフィアの言葉を先回りして、俺はしたり顔でうなずいた。配下が全滅したのは動かしがたい事実だが、ぽつんとひとりで城門をくぐるより、レイラにまたがって空から舞い降りる方が見栄えはいい、と。


 ……まあ俺もひとりぼっちで凱旋ってのは、ちょっとな。


「ほぼ単身で槍働きされているダイアギアス殿下なんかは、いつも色欲の悪魔リビディネと一緒に凱旋されているようですが、それでも初陣は50名の輩を連れていたそうですからね」

「わかった。レイラに乗って戻るとしよう……いつぐらいに飛べばいい?」

「次の鐘が鳴ったあとでお願いします」


 では、そのように――とソフィアはまた骸骨馬に乗って、忙しげに魔王城へ戻っていった。こういうとき、イザニス族なら【伝声呪】でやり取りできて楽なんだろうけどな。


 まあ【転置呪】の方が便利だからいいけど。


「と、いうわけだ……レイラ。久々に一緒に飛ぼうか」

「はい」


 俺の言葉に、レイラが頬を赤らめて嬉しそうにうなずく。


 出征してからというもの、馬車での移動がメインで、体力温存や休養のためにも俺は一緒に飛ばずじまいだったからな。



 だが、プラティからの要請があった以上!



 大手を振って空を飛べるというもの!



 しゅる、とメイド服のリボンをほどき、白い肌をあらわにしていくレイラ――



『――はぁぁぁぁぁ!?』



 と、それまで俺のカバンの中で大人しくしていたバルバラが、不意に素っ頓狂な声を上げた。


『何その……何!? アンタ、なんてものを着せてるの、いたいけな娘に!!』


 レイラの上半身を、扇情的に締め付ける革紐の集合体。


 ん? ……ああ。魔法の鞍【キズーナ】か。初見だとちょっとビビるよな。俺も、まだ直視するのはキツいが、存在そのものには慣れたよ。


 レイラも何だかんだ慣れてしまったようで、そのまま、姿をブレさせ、美しい白銀の竜に戻った。


 ほら。あんなふうに、あの革紐が鞍と手綱に変わるんだよ。すごいだろ?


『えぇ……』


 バルバラは絶句しているようだ。ちなみにアレもドワーフ製だぜ。


『いや、逆に、あんなもんドワーフ以外の誰が作れんのよ……』


 それもそうだ。ともあれ、俺はちょっと飛んで戻ることになったから、バルバラは悪いけど、リリアナと一緒に先に部屋で待っててくれ。


『ああ、うん……わかった……』


 半ば呆然と答えるバルバラをよそに、俺は、一角獣の兜や、その他精鋭部隊の面々の遺品を『戦利品』という名目で納めたカバンを馬車に置き、ガルーニャにリリアナともども世話を頼んでから、武装を身に着け始めた。


『なに? 騒いでるあたしがおかしいの……?』


 馬車から離れる直前に、そんなバルバラのつぶやきが聞こえた気がした。


 ファラヴギの鱗鎧【シンディカイオス】を装備し、手甲や脛当てをつけ、自前の兜をかぶってから、ひらりとレイラにまたがる。


『嬉しいです……また一緒に飛べる……!』


【キズーナ】を介して、レイラの弾むような暖かな気持ちが流れ込んでくる。


 うん。俺も嬉しいし、何だかんだで、この魔法の鞍にも感謝してるよ。


 具体的なフレーズを思い浮かべずとも、お互いの感情が直に感じ取れるので、愛情をこめるだけ、まるでひとつに溶け合ったような官能感が味わえる――



 それから、待つことしばし。



 魔王城から、リーン、ゴーンと時計塔の鐘が響いてきた。



 行こうか。


『はい!』


 トンッと地を蹴ったレイラが、軽やかに、泳ぐようにして天へと舞い上がる。


 いやぁ――この瞬間は、いつも心躍る! 飽きることがない!!


『良かった――!』


 レイラも張り切って羽ばたいている。月を追いかけるようにしてぐんぐん高度を上げていく。


 それから翼を広げて、悠々と滑空。魔王城の飛竜発着場を目指す。


『…………』


 途中、喜色満面だったレイラの心にフッと影が差したのは、魔王城の上空で威圧的に旋回する、闇竜たちに気づいたからだろう。


 ――気にすることはないさ、レイラ。


 むしろ連中に、きみの羽ばたきを見せつけてやれ!


『……はい!!』


 ぐんっ、と加速する。


 まるで矢のように、夜闇を切り裂いて飛翔するレイラ。


 ははは! すごい速さだ!!


 おどおどしていただけのきみは、もういない――


 レイラは、強い! 立派なホワイトドラゴンさ!


『……ッッ!』


 レイラの胸の高鳴りが伝わってくる。



 飛竜発着場がぐんぐん迫る。



 ……見えてきた。



 闇を凝縮したような魔神の槍を携え、黒染めの鎧を身にまとう、



 我が仇敵、魔王ゴルドギアス。



 そしてそのかたわら――ドレスをまとい、凛と誇らしげに背筋を伸ばした、



 我が母、大公妃プラティフィア。



 バサァッ、と翼を広げて急減速したレイラが、まるで羽根のような軽やかさで発着場に舞い降りる。



 俺もまた、ひらりと鞍から身を躍らせ、着地した。



 視線が――俺に集中する。発着場には、魔王とプラティ以外にも、魔王城の主要な魔族たちが遠巻きに待ち構えていた。


 その中には――第1魔王子アイオギアスや、その母ラズリエル、第2魔王子ルビーフィア、第4魔王子エメルギアスなどの顔ぶれもあった。冷徹に俺を観察するような眼差し、野性的にして好戦的な笑み、あるいは驚愕に染まった羨望の目――


「おおっ……」

「なんと……」

「このような……!」


 どよめく取り巻きの魔族たち。感心する者、唖然とする者、あるいは仰け反るように身を引く者。


 俺の魔力が出陣前よりも劇的に成長しているからか、あるいは白竜の鱗の鎧を身にまといながら、白竜から降り立つという暴挙を目の当たりにしたからか。


 しかし何をおいても、俺の魔力は衝撃をもたらしただろう。


 伯爵に匹敵すると言われていた俺が、今や公爵に迫ろうかという威圧感を漂わせているのだから。


 その証拠に、魔王でさえ唇を引き結んで目をみはっているし、プラティに至っては感動のあまり目に涙――



 え、涙!?



 上位魔族が公衆の面前で泣くのはまずいですよ!!



「……よくぞ戻った、ジルバギアス」


 肩を震わせるプラティを隠すように、魔王が1歩前に進み出て、声を張り上げた。


「はっ! ジルバギアス=レイジュ、帰還しました」


 俺はそれに応えて背筋を伸ばし、軍人のように敬礼する。


「デフテロス王国、王都エヴァロティの制圧を、ここに報告いたします」

「うむ。聖大樹連合と聖教会の手厚い支援を受けた王都を、3日とせず陥落せしめるとは見事なり」


 威厳たっぷりにうなずく魔王。そして清々しい笑みを浮かべた。


「……見違えたぞ。目覚ましい、いや、凄まじい成長ぶりだ。我は魔王として、父として――お前を誇りに思う」



 ざわっ、と見物人ギャラリーたちが再びどよめいた。



 それまで隅っこの方で、鼻白んだように扇子を扇いでいたアイオギアスの母・ラズリエルが驚愕に目を見開いているあたり、今の魔王の賛辞が破格のものであったことがうかがえる。


「身に余る光栄です、父上」


 俺は涼しい顔で返した。


「この場に立てたことを、父上のお褒めの言葉をいただけたことを――」



 そして魔王おまえに。



 再び、刃を突きつける力を。



 その資格を、手に。



 舞い戻ってきたことを。



「――誇りに、思います」



 俺は万感の想いを込め、言い切った。


 

「……さあ、プラティフィア。お前も何か、声をかけてやれ」


 俺の内心など知る由もなく、もったいぶって満足気にうなずき、時間を稼ぎに稼いだ魔王が、ようやくここでプラティにうながした。


「……ジルバギアス」


 深呼吸して、表情と口調を整えたプラティが、誇らしげに笑った。


「わたしが言いたいことは、全て陛下が言ってくださったわ。……戦勝おめでとう。おかえりなさい」



 その、慈愛に満ちた眼差しが――



 俺を、貫く。しかし。



「……はい。母上」




 俺は胸を張って、ただ得意げに笑ってみせた。まるで出来の良い息子みたいに――




 そうして、俺、第7魔王子ジルバギアス=レイジュは。




 初陣を終えて、魔王城に帰還した。




――――――――――――――――

おかげさまで200話! いつも応援・コメントありがとうございます、大変励みになっております! これからもどうぞジルバギアスの魔王傾国記をよろしくお願い申し上げます!

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