203.蛮族の文化


 それから数日して、恒例の、魔王一家の食事会の日となった。


 時間前に参上した俺は、部屋に入るなりギョッとしてしまう。


「やあ、ジルバギアス」


 ダイアギアスが堂々と、例のボン=デージ・スタイルでキメていたからだ。


「あ、ああ……ごきげんよう兄上」


 ってか、よく見たら先日とちょっと違うデザインだ。また別の注文したのか……


 すでに大食いを始めていた姉、フードファイターこと第5魔王子スピネズィアも、前菜をモリモリ口に運びながら興味深げな目を向けている。


「今日のもキマってますね」

「だろう? さすが、違いがわかる男だね」


 フフンと得意げなダイアギアス。フードファイターが「あんたも同類なんだ?」という目を向けてきた。やめて。そんな目で俺を見ないで。


 ……実はここ数日、ダイアギアスに影響を受けたのか、魔王城で似たような格好をした魔族を、ちょくちょく見かけるようになってきたんだよなぁ。


『着実に、流行ってきておるのぅ……』


 認めたくないものだな……自分自身が着火点であるということを……。


「兄貴……それ肌寒くねえのか」


 俺のあとにやってきた緑野郎エメルギアスも、席につきながらちょっと呆れ顔だった。あまり感銘を受けているようには見えない。まさかコイツの服飾センス、俺寄りなのか?


 ……緑と同属性ってだけで吐き気を催してきた。俺も、ボン=デージ・スタイルをキメるべきなのかもしれない……。


「うわっ」


 続いて、眠り姫を抱えてやってきた第2魔王子ルビーフィアも、色気とやる気ムンムンなダイアギアスに引いている。


「姉上! 今日もお美しいですね」

「あっ、あんた何よその格好……!」


 眠り姫を雑に定席につかせながら、えっ、まさか、ルビーフィアさんドギマギしてらっしゃる!?


 感銘を受けてらっしゃる……!?


「今、流行りのボン=デージ・スタイルですよ。なかなか勇ましいでしょう?」


 わざわざ立ち上がって、肉体を見せつけるようにバァーンッとポーズを決めるダイアギアス。


「っ、そ、そうね……まあ……悪くないんじゃないかしら」


 ルビーフィアさん!?


「姉上にも一着お贈りしますよ」

「女用もあるの!? いっいや、いいわよ別にあたしは!」


 わたわたと手を振ったルビーフィアは、


「それにあんた、そんな変な格好してたら、父上に何を言われても知らないわよ!」


 と、噂をすればまさにその瞬間、ガチャッと扉が開いて魔王が入室してきた。いつもより早めの登場だな!?


「うむ、だいぶん揃っているな――ダイアギアス!? なんだその格好は!?」


 入るなり、くわっとした顔で叫ぶ魔王。おおっと、斬新すぎるボン=デージ・スタイルが魔王の怒りに触れたか……!?



「――勇ましいではないか!」



 ……魔王!!??



 俺は思わず、魔王を二度見した。



 視界の端で、緑野郎も二度見するのが見えた。



「ほうほう……斬新ではあるが、機能的には優れているようにも見える……」


 バァーンッとポーズをキメるダイアギアスの周りを、しきりにうなずきながら歩いて回った魔王は、感心した様子で席につく。


「ええ。とても良いものです父上」


 かつてなくキリッとした顔で答えるダイアギアス――


「おっと……俺で最後だったか」


 と、そのとき、最後のひとり、第1魔王子アイオギアスが入ってきて、魔王の姿に表情を曇らせる。


「いかん。遅刻してしまいましたかな父上」

「いや、今日に限って我が早めに着いただけだ。気にするな」

「よかった。……む、それが今流行りのボン=デージ・スタイルというやつか」


 そして目ざとく、ダイアギアスの服装に気づき――『目ざとくなくても気づくじゃろこんなもん』それもそうか――アイオギアスもまた興味深げにうなった。


「……なかなか、『良い』な。洗練されている」


 …………バルバラーッ!


 来てくれ――ッ!!


 アイツのレイピアが完成してたら連れてきていたのにチクショウ!


 緑野郎も、自らの派閥のボスを「マジかよ」という顔で凝視している。


「お前もそう思うか」


 一方、魔王が大真面目に、ひげをしごきながら声をかけた。


「ええ。父上も?」

「勇ましさもさることながら、貴族服に比べて動きやすそうだな」

「そうですね。鍛えた肉体を覆い隠さず、自然に誇示できる点も良い」


 次々にポーズをキメるダイアギアスを前に、何やら品評会が始まった。


「牙や骨、毛皮といった装飾をふんだんに使っている点も評価が高いですね。斬新でありながら、古き良き魔族文化への回帰といいますか」

「それだ! まさにそのとおりだアイオギアス!」


 バンッと膝を打つ魔王。


「我は、父上の代より始まったこの正装――貴族服が、人族どもの文化の借り物に過ぎぬことが、長年心に引っかかっていたのだ……!」


 自らも身にまとう、仕立ての良い貴族服(蛮族風)を撫でながら魔王は言った。


「しかしこれは――このボン=デージ・スタイルなるものは、今まで似たようなものを見たことがない。……しかし魔力を感じるが、魔法の品か? ダイアギアス」

「はい。温度調節のエンチャントが施されていて、気温に左右されず快適です」

「過度な装飾を排しつつも、希少なエンチャントが施されているとは……! まさに質実剛健だな!」


 おおっ、とアイオギアスが感銘を受けている。


「だが、それほどの逸品となると、製作者は」

「はい、ドワーフです父上」

「うぅむ、ドワーフ製か……」


 他種族のもの、とわかって魔王はちょっぴり落胆したようだ。


「……しかし、聞くところによると、ダイアギアス。そのボン=デージ・スタイルの元祖は、どうやらお前という話ではないか?」


 俺はなんでもお見通しなんだぞ、とばかりにドヤ顔で指摘するアイオギアス。


「…………」


 チラッとダイアギアスがこちらを見てきた。


「……ッッ!」


 俺はブンブンと首を振った。


 オレ、ナニモ、シテナイ。


 手柄はじ名誉ふめいよはお前のものだ、ダイアギアス……!


「そう……何を隠そう、僕がボン=デージ・スタイルの元祖です」


 言い切った! ダイアギアス、言い切ったァ――ッ!


「これを仕立てたのはドワーフ職人ですが、彼女は革製品の専門家でして」


 ダイアギアスの説明に、緑野郎が「やっぱ女かよ」と呆れたようにつぶやいた。


「もともと革のみを用いたシンプルな造形を強みとしていたのですが、僕が牙や角、毛皮などを用いた装飾を提案し、結果として現在のこの形が生まれました」

「……なるほど! つまり、この洗練されたデザインは、お前が生みの親と言っても過言ではないわけだな!」


 魔王がちょっと元気を取り戻す。


「そうなりますね……」


 フッ――と髪をかきあげるダイアギアス。


「……我らは、新たなる文化の萌芽を、目の当たりにしているのかもしれんな……」


 うなるようにして言いながら、魔王が目を閉じて、腕組みしながら深く椅子に腰掛けた。そして黙考することしばし――




「――『正装』に定めるか」




 ……!?


 室内の全員が魔王を凝視した。


「正装、ですか? 父上」


 これにはさすがのダイアギアスも驚いたようだ。いやお前が驚くなよ。


「普段着にしようと思ってたんですが」

「いや、無論、今日明日の話ではない。むしろお前は、それをどんどん普段使いし、仲間内で広めるのだ。さすれば自ずと長所・短所が明らかになり、より一層洗練されていこう。文化として成熟度を、お前が高めるのだ」


 運ばれてきた食前の茶をすすりながら、魔王は大真面目で言った。


「我ら魔族には文化的な深みが足りん。力こそは他種族を圧倒しているものの、それでは大陸を統べる一大王国としては不十分。魔王国建国より2百余年、国家としての安定が見えてきたからこそ、我らは次なる高みを目指さねばならん」


 熱っぽく語りながらも、再び自らの貴族服(蛮族風)を撫でる魔王。


「【聖域】を脱した魔族たちは――特に若者は、この見目麗しく着心地もいい人族の服装に飛びついた。古き魔族はそれを惰弱と見なしたが、実際ただ毛皮を羽織るより機能性も高く、見栄えもよく、初代魔王ちちうえがそれを正装と認めたことであっという間に広まり、定着した。……だが」


 ぴん、とボタン代わりの牙の装飾を指先で弾く。


「――所詮は他種族の借り物に過ぎぬ、という違和感は、我ら魔族をじわじわと蝕んでいったように思える。いかに魔族らしく、骨や牙をゴテゴテと貼り付けようとも、土台が人族の服装そのものであることには変わりない。まるで狼に羊の皮をかぶせた上で、勇ましさを出すため、角や牙で飾り立てるような滑稽さではないか?」


 ……真っ赤なドレスに身を包んだルビーフィアが、居心地悪そうに身じろぎした。


「ゆえに、頑なに貴族服を拒む古き魔族や、戦装束こそを至高とする者たちの気持ちも理解できるのだ。……とはいえ、これに代替するものはなく、今さら我らまで毛皮をまとって暮らし始めては、ただの蛮族だからな……」


 蛮族の自覚あるんだ……。


「だが! そこでこの、ボン=デージ・スタイルだっ!」


 バァーンッ! とダイアギアスに向き直る魔王。


「古き良き毛皮と骨の文化を踏襲しつつ、確かな技術力を感じさせる仕立て。これは魔王国の、新たな時代の象徴となりうるものだ。始まりがドワーフ職人なのが玉に瑕だが、エンチャント抜きのデザインのみならば我ら魔族でも作成可能。このまま発展させていけば、魔族固有の文化として育ちうるだろう……!」


 熱弁を振るう魔王の横で、アイオギアスもしたり顔でうんうんとうなずいている。最年長だし、魔王とはこういう話をする機会もあって、服装については思うところがあったのかもしれない。


「というわけだ。ダイアギアス、それを魔族固有の文化と呼べるまでに、発展させ、育て上げてみよ」

「わかりました、父上!」


 ダイアギアスが珍しく、ヤること以外にやる気がありそうな気配を見せている。


「しかし、そこまで仰るなら、一度父上もご自身で体感されてみるべきでは?」

「一理あるな」


 ダイアギアスの返しに、うむ、と重々しくうなずいた魔王は。


「――我も注文してみるか」

「マジかよ父上!?」


 緑野郎が素っ頓狂な声を上げた。「マジだ」と真面目に答える魔王。


「せっかくだし、俺も試してみるとするか。冬に狩りで仕留めた氷雪グレートフロ大狼ストウルフの毛皮がよく映えそうだ」


 フフフ……と楽しげに笑うアイオギアス。


「面白そうだし、あたしもなんか作ってみるかな~」


 ごきゅっ、と皿に山盛りいっぱいの前菜を流し込み、フードファイターまでそんなことを言い出した。


「父上のお許しも出たことですし、あとで姉上にも一着お届けします」


 ダイアギアスがかつてなく爽やかに、ルビーフィアに笑いかける。


「べっ別にあたしは……ん、『あとで』?」

「もうすでに用意してあるので」

「なんで!?」


 飛び上がるルビーフィア。いかん……魔王一族がボン=デージ・スタイルに染められていく……!! このままでは……っ!!


「「…………」」


 茫然とした俺と緑野郎の視線がぶつかりあい、すぐに逸らされた。


 よりによって、なんでコイツなんかと……ッッ!!




 ……それから、俺たちにも前菜が運ばれてきて食事会が始まったが、すっかり話題はボン=デージ・スタイル一色だった。


 毛皮や牙を材料にするという点で、魔族の遊興トロフィー狩猟ハンティング的な文化とも非常に相性が良く、何を素材とするかで俺と緑野郎以外の男連中は大盛り上がり。


 ルビーフィアも何だかんだで、どんなデザインを生み出せるか、どうすれば美しさと勇ましさを両立できるかなどをフードファイターと意見交換しており、派閥を越えて積極的に会話がなされ、かつてなく賑やかな食事会となった。


 なんか、もう、ボン=デージ・スタイルがいつかは正装になることが確定してるっぽいんスけど……


『なかなか魔族にも見どころあるのぅ』


 今度お前にも一着仕立ててもらうわ……。


 クセモーヌが大喜びするだろうな……と、俺は遠い目になった。


「……さて。他に何か議題があるものは?」


 デザートのムースを食べ終え、食後の茶を飲みながら、魔王が問うた。


「…………」


 実りある会合に満足げな面々と、虚無を抱えている俺、そして緑野郎。


「よし。では解散」


 魔王が言うが早いが、ダイアギアスがビヒュンッと一瞬で消えた。


 たぶんルビーフィアに贈る、とっておきのボン=デージ・スタイルを取りに行ったんだろうな……。ルビーフィアは期待1割、恐れ9割みたいな何とも複雑な顔をしていた。


 うん。あの弟から贈られるやつは、十中八九、普段着じゃないと思う。



「――ああ、そうだ、ジルバギアス」



 と、俺もまた席を立とうとしたところで、ティーカップを置き、魔王が不意に俺の名を呼んだ。



「お前は残れ」



 その表情は引き締まり、為政者としての顔つきに戻っている。



「――今後の、王都エヴァロティと捕虜の扱いについて、話がある」



 すっ、と空気が冷えた。

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