116.死してなお
どうも、死んだ幼馴染に抱きかかえられ頭をナデナデされてるジルバギアスです。
何の因果でこうなるんだよ。
「ええい、やめろ!」
俺は人化を解除して、クレアの手を振りほどいた。角と強大な魔力を取り戻した俺に、クレアは身を引いて一言。
「うっわ……」
「『うっわ』とは何だ『うっわ』とは!」
そんな穢らわしいようなものを見るような目を向けるな!
自分が穢らわしい魔族であることを否が応でも意識しちゃうだろ!
「一気に強そうになっちゃって、可愛くない……」
しゅん、と残念そうな顔をするクレア。
「お前の可愛いの基準はそこなのか……?」
「さっきの王子様は……ひよこみたいな感じだった」
「ひよこ」
「ちっさくて、弱っちくて……片手で捻り潰せそうな感じ」
「捻り潰すな」
そういえばお前ひよこ好きだったよな。すごく可愛がってた記憶が蘇った。
卵料理が大好物だったのに、卵からひよこが生まれてくるって知ってガチ泣きしてたの、不意に思い出して笑いそうになったわ。
あのときのお前は、いったいどこに行っちまったんだ。
「ね! 王子様、もう1回人の姿になってみて♪」
「断る」
悲しいが、コイツの前じゃ安心して人化していられない。
リリアナやレイラ、ソフィアと違って完全には信用できないからな。……ちなみに完全に信用できるソフィアは、現在、資料室で本を読み漁っている。
「でもびっくりしちゃった。あれ、人化の魔法って奴?」
「知ってたのか?」
「そりゃまあ、ドラゴンが人の姿で歩いてるのはよく見かけるし、お師匠様も幹部会で闇竜王と顔合わせてるし……」
それもそうか。
「でも、ドラゴン族の種族的な魔法かと思ってた」
好奇心の光を宿した瞳が、俺を捉える。
「魔族にも使えるなんて、知らなかった」
「……ドラゴンから習ったんだよ」
「へえ! ね、
……どうなんだろう?
『あの
……エンマの野望が気軽に達成されてしまう?
やべえ! シンプルにやべえ。
「うーむ、習得する条件があるからな」
俺は腕組みして、考え込むような素振りを見せた。
「お前たちって、モノ食わないよな?」
「そりゃそうよ。そういう生理的欲求がないのが、あたしたちの強みだもん」
「ところがな、人化の魔法を習得するには、ドラゴンに生き血を飲ませてもらう必要があるんだ」
「うえ。血をそのまま?」
クレアは露骨に顔をしかめた。
「そうだ。それで、血を飲むってのが、ただ口にするだけでいいのか、消化吸収する必要があるのかわからない。個人的には後者じゃないかって気がする」
嘘は言っていない。
俺はレイラの血を口にして、それを確かに、我がモノとした。
アンデッドたちは飲み食いする必要はないが、逆に、飲み食いすることも
以前のエンマのように、骸に特殊な仕掛けをして、飲み食いの真似をしたとしても――それは所詮、真似事にすぎない。
何かを喰らい、己が血肉とするのは生者の特権だ。
「ああー……でもひとつハッキリした、お師匠様は興味持たないやコレ」
「へえ。日光を克服するのがアイツの悲願じゃなかったか?」
「そうだけど、生き血をすするなんて吸血鬼みたいな真似、絶対しないと思う」
クレアはひょいと肩をすくめて見せる。
吸血鬼、か……そういえば魔王城には
『まったく見かけた覚えがないんじゃが?』
俺も正直、存在を忘れかけてた。今は夜型生活なのに不思議と遭遇しない。出くわしたのは、強襲作戦のときに交戦したのが最後じゃねえかな?
「どしたの? 王子様」
「いや、そういえば吸血鬼という者たちがいたなぁと思ってな。全然見かけないものだから」
「あたしたちと仲良くしてるからじゃない?」
……どういうことだ?
「あたしたちと吸血鬼、っていうか、お師匠様と吸血公って死ぬほど仲悪いから」
「はあ?」
なんじゃそりゃ。お前ら仲良しじゃねえのかよ。
「ヴァンパイアは不死だけど、アンデッドではないというのがお師匠様の主張なの。だってあのヒトら、心臓鼓動してるし、血を飲む必要があるし、生殖可能だし……」
「あ、ああ……」
言われてみれば。
「くくりとしては、むしろ生物に近いのか」
聖教会はアンデッドでひとまとめにしてるけど、さっきの俺の理論で言えば、ヴァンパイアたちは確かに生者だ。
「そういうこと。しかもあたしたち、……人族の総アンデッド化を目標に掲げてるじゃん? ヴァンパイアたちが『血が飲めなくなるからやめろ』ってうるさくてさ」
……思想的に相容れない。
ザマミロと言いたいところだが、人族が犠牲になるからそうも言ってられねえ。
「で、お師匠様も『せっかく不死化したのに、血をすすらないとロクに自我も維持できない半端者(笑)』って吸血鬼をクッソ馬鹿にしてるから、それが向こうにも伝わっちゃって、『臭いんだよ腐れ肉ども、さっさと墓場に還れ』なんて煽り返してくるし、売り言葉に買い言葉で、そりゃもうヒドイことに……」
うわー。
『醜い争いじゃのー、目くそ鼻くそを笑うとはよく言ったものじゃ』
辛辣ゥ! でも同意。
「魔王陛下がいらっしゃらなければ、まず戦争になってたわね」
うんうん、ともっともらしくうなずくクレア。
で、そんな連中と仲良くしてる俺には、吸血鬼どもも近寄らない、と……積極的に部屋の外に出るようになって早々、エンマと
それにしても、なんというか……この情報は……
『使いようによっては、という感じじゃの』
火種と燃料はあればあるほど良い……!! どんどん仲悪くなってほしい。
「ま、そーゆーことなら人化の魔法は、残念ながらおあずけかなぁ。ちぇー」
唇を尖らせながら、頭の後ろで手を組むクレア――
その口ぶりに、俺はふと違和感を抱いた。
まるで――人に戻りたいみたいじゃないか。
「……生身の苦痛からの解放ってのが、お前たちのウリだもんな。別にいいじゃないか、人の身体になんて戻れなくても」
俺はクレアを観察しながら、試すようにそんなことを言った。
「それは、そうだけどさ」
あはは、と『笑顔』に切り替えて――クレアは目を泳がせた。
不意に、思い出した。
この動き。
ああ、この動きだ。
懐かしくて泣きそうになる。
表情を作るのは難しくても、目は動くもんな。
気まずいときや、何か後ろめたいことがあるとき。
クレアはいつもこんなふうに、目を泳がせていた――
何が後ろめたい? 今の会話で、なぜそのように感じる必要がある?
……まさか。
エンマの思想に……心からは、賛同していない……?
俺は背後――並べられた剣聖たちの遺体を見やる。
「……お前は、どうなんだ」
俺の口を、そんな疑問が衝いて出た。
「何とも思わないのか。同じ人族が、魔族に殺されて」
かつての幼馴染を、真正面から見据える。
「――お前もまた、魔王軍の犠牲者だろうに」
すっ、とクレアの顔から、恐ろしいほどに表情が消え失せた。
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